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発表・掲載日:2019/05/08

低エネルギー陽電子ビームの寿命測定をデジタル化して実用レベルを達成

-分子のすき間の大きさを精密に測定できる高速デジタル計測システム-

ポイント

  • 陽電子で薄膜中の「分子のすき間」を測る実用レベルの高速デジタル計測技術を開発
  • アナログ電子回路を置き換えたデジタル信号処理による高精度データ解析の定型化を実現
  • 水処理用ろ過膜を始め、機能性材料開発などものづくり産業への貢献と競争力向上への寄与を期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物質計測標準研究部門【研究部門長 高津 章子】ナノ構造化材料評価研究グループ 伊藤 賢志 研究グループ長、分析計測標準研究部門【研究部門長 野中 秀彦】X線・陽電子計測研究グループ 満汐 孝治 研究員、オローク ブライアン 主任研究員、大島 永康 研究グループ長は、株式会社 テクノエーピー【代表取締役社長 荒井 孝司】(以下「テクノエーピー」という)渡辺 房雄 研究開発部長、荒井 陽一 専務取締役と共同で、機能性薄膜材料の性能の決め手になる分子の通り道(ナノメートルスケール以下のすき間:サブナノ空間)のサイズを精密に評価できる低エネルギー陽電子寿命法のための高速デジタル計測技術を開発した。

従来、低エネルギーの陽電子ビームを用いた陽電子寿命測定システムが薄膜材料評価に用いられているが、アナログ方式による従来の寿命計測は検出信号の数え落としや、その信号を寿命に変換する際のばらつきなどの課題があった。今回、開発した高速デジタル計測技術は、低エネルギー陽電子寿命測定システムの数十メガヘルツの動作にも追従でき、アナログ方式のようなばらつきもない。この技術に基づいてテクノエーピーが実用化した計測システムにより薄膜部材評価の信頼性が向上するため、水処理用ろ過膜など各種機能性材料の開発などものづくり産業への貢献と競争力向上への寄与が期待される。

概要図
低エネルギー陽電子ビーム用陽電子寿命計測システムの構成(左)、
デジタル信号処理回路組み込み計測モジュール(右)


開発の社会的背景

機能性薄膜材料の分子の通り道となるナノメートルスケール以下のすき間(サブナノ空間)のサイズを評価できる技術が求められている。サブナノ空間に敏感な陽電子(正電荷をもつ電子の反粒子)は材料中に打ち込まれるとまわりの電子と対で消滅して光(消滅ガンマ線)が発生する。陽電子が消滅するまでの時間を寿命といい、陽電子がいる空間が大きいほど寿命が長くなるので、その平均寿命からサブナノ空間の大きさを評価できる。エネルギーの高い陽電子による測定はバルク試料に適している。それに対し、低エネルギーの陽電子は、試料への侵入長が短く、主に表面近くの電子と対で消滅するため、低エネルギーの陽電子ビームを利用した陽電子寿命測定システムが薄膜材料評価に使われている。しかし、従来はアナログ方式の電子回路で寿命を計測していたため、検出信号の数え落としやその信号を寿命に変換するときのばらつきなどの課題があり、それらの解決が求められていた。

研究の経緯

産総研では、高強度の陽電子ビームの発生技術や普及型システム、高感度マイクロビームシステムなどの制御技術の開発や、材料中の陽電子の寿命を高精度に計測する技術を確立してきた(産総研プレス発表 2001年5月28日2008年8月28日2012年6月26日産総研TODAY 2009年9月号 [PDF:1.4MB]2012年12月号 [PDF:1.2MB])。また、陽電子消滅寿命測定における結果の妥当性を確認するための標準物質の研究開発を進めてきた(産総研TODAY 2011年2月号 [PDF:860KB])。

テクノエーピーは、主に放射線計測機器の開発と製造販売を行っており、陽電子寿命測定に適用できるデジタル方式の計測システムの実用化に取り組んできた。これまでに、アナログ電子回路を書き換え可能な論理集積回路(field-programmable gate array:FPGA)によるデジタル信号処理システムで置き換えたコンパクトなデジタル式汎用計測モジュールを開発し、製品化している。

今回、両者のもつコア技術を融合、活用して、アナログ電子回路で発生する検出信号を寿命に変換するときのばらつきを排除し(図1)、かつ従来のデジタル式汎用計測モジュールでは対応できなかった数十メガヘルツの広帯域信号に対応できる、低エネルギー陽電子ビームを用いた高精度・高速デジタル計測技術の開発を目指した。

なお、本開発は「茨城県次世代技術実用化産学連携事業(2017〜2018年度)」の支援により実施された。

図1
図1 陽電子寿命デジタル計測技術による高精度化

研究の内容

陽電子による薄膜の分析では、ビーム状にした低エネルギーの陽電子を表面から打ち込み、サブナノ空間中で消滅するまでの時間(寿命)を計測し、それを100万回程度繰り返して陽電子の平均寿命を求める。その寿命はナノ秒程度と極めて短く、また、低エネルギー陽電子ビーム測定では数十メガヘルツの頻度(高速サイクル)で陽電子を打ち込むため、測定結果の信頼性を高めるためには、陽電子の寿命計測を、精度よく一定時間安定に続ける必要がある。

今回の開発では、陽電子を打ち込むタイミングを決める数十メガヘルツの信号(陽電子の発生に対応する信号)と打ち込んだ陽電子が消滅したときの信号をそれぞれ数え落としなくデジタル化した上で、多数のタイミング信号の中から一つの陽電子の発生と消滅の組み合わせを高速に判定し、組み合わせを正しく選別するためのFPGAを新たに設計して、デジタル信号処理回路にし、計測モジュールに組み込んだ(概要図(右)(縦26 cm横19 cm)、写真1(a))。さらに、選別した陽電子の発生と消滅のデータセットから平均寿命を求めるための寿命分布をコンピューター上で生成するオフライン解析コードを開発した。これら計測モジュールとオフライン解析コードを組み合わせた試作システム(概要図(左)、写真1(b))を最適化し、陽電子の寿命分布を適切に測定できるように、低エネルギー陽電子ビームシステムの信号を用いて、デジタル化した波形の処理と解析の各パラメータを調整した。さらに、産総研で開発した標準物質の測定結果(図2)とその特性値とを比較して妥当性を確認した。この結果、従来のアナログ電子回路の課題だった検出信号を寿命に変換するときのばらつき要因を排除するとともに、バルク試料のためのデジタル式汎用計測モジュールの約30倍の計数速度をもつ実用レベルの高速デジタル計測技術を実現した。これらの成果をもとに、テクノエーピーは、温度調節器など外部機器との同期機能や複雑な装置パラメータの保存機能を搭載した制御ソフトウエアと組み合わせて、一連の陽電子寿命測定をワンタッチで計測できるシステムを開発した。

写真1
写真1 (a)電源筐体に組み込まれた計測モジュールと(b)低エネルギー陽電子ビームと組み合わせた外観

図2
図2 陽電子の寿命分布の測定例

今後の予定

今後、開発した技術を、汎用陽電子寿命測定システムや低エネルギー陽電子ビーム測定システムを保有する、各国の民間企業や大学、研究機関へ導入することを目指す。なお、開発した技術を用いた計測システムは2019年5月からテクノエーピーにて受注販売を開始する。



用語の説明

◆低エネルギー陽電子寿命法
陽電子の寿命を測定して材料中のすき間を評価する分析方法。高分子材料では寿命から分子間のすき間のサイズを見積もることができる。低エネルギー陽電子ビームによる薄膜材料中の陽電子の短寿命成分と長寿命成分の両方を同時に測定できる方法は工業技術院(現産総研)が世界に先駆けて開発した。[参照元へ戻る]
◆陽電子
人類が初めて手にした反粒子。質量は電子と同じであるが電荷は逆符号である。陽電子は、電子に出会うと、消滅ガンマ線と呼ばれる高エネルギーの光となって消滅する。物質中では数ナノ秒という非常に短い間しか存在できず、その寿命は消滅した空間の大きさに依存する。また、陽電子は、陽電子放射断層撮影法(positron emission tomography: PET)として、医療診断にも利用されている。[参照元へ戻る]
◆標準物質
一つ以上の規定特性について、十分均質、かつ、安定であり、測定方法に適するように作製された物質。今回は、産総研で開発された陽電子寿命測定のための標準物質を、開発した計測システムによる測定結果の妥当性確認のために活用した。[参照元へ戻る]
◆書き換え可能な論理集積回路
Field-programmable gate array(FPGA)。通常の大規模集積回路(large scale integrated circuit: LSI)では、半導体基板上に回路素子が一旦実装された後は、回路を変更することはできないが、FPGAは、小さい論理回路が多数配列接続されていて、プログラムを変更することにより接続の繋ぎ変えが可能である。従って、設計者は開発現場で何度でも回路を作り変えることができ、短期間に低コストでカスタムLSIを用意できるため製品開発の効率化を図ることができる。[参照元へ戻る]
◆オフライン解析コード
今回開発した計測モジュールでデジタル化された一つの陽電子の発生と消滅の検出信号のセットからその寿命を計算し、これを多数回積算して寿命分布を作成することで、平均寿命を求めるためのソフトウエア。[参照元へ戻る]

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