発表・掲載日:2010/01/14

スピンRAM(MRAM)の大容量化につながる新構造のTMR素子

-情報記憶の安定化と省電力化を両立-

ポイント

  • 同一磁化方向の2枚の強磁性層からなる、新しい積層型フリー層のTMR素子
  • 高い情報記憶安定性と書き込み電力量の低減を両立させた素子構造
  • 面内磁化膜では最大1 Gbit、垂直磁化膜では10 Gbit程度のスピンRAMが実現可能

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】スピントロニクスグループ 湯浅 新治 研究グループ長、久保田 均 主任研究員は、面内磁化CoFeB/MgO/CoFeB-TMR素子をベースとして、平行結合積層型フリー層により高い情報記憶安定性と書き込み電力量低減を両立させた新構造のTMR素子を開発した。

 ギガビット(Gbit)級の次世代磁気抵抗ランダムアクセスメモリー(MRAM)の実現のため、スピントルク磁化反転と呼ばれる情報書き込み技術を用いたMRAM(スピンRAM)の開発競争が激化している。スピンRAMでは、情報はトンネル磁気抵抗(TMR)素子中の情報記憶用磁性層(フリー層)に保持されるが、素子を微細化すると熱的な擾乱(じょうらん)により情報を長時間保持することが困難になる。これを防ぐためにフリー層を厚くすると、動作電力の大幅な増大を引き起こす。これを解決してスピンRAMを大容量化するには、情報記憶の安定性と消費電力の低減を同時に図らなければならない。

 今回、磁化方向が同じ向きの、2枚の強磁性層間に非磁性層を挿入した積層型フリー層を開発することによって、情報記憶の安定化と、書き込み時の電力消費の低減を同時に達成できた。この成果は、「書き込み時の低い消費電力と情報記憶の高い安定性はトレードオフの関係にある」というこれまでの常識を覆すものである。

 今回の成果と面内磁化膜を組み合わせると、最大1Gbit、また垂直磁化膜との組み合わせでは10 Gbit程度の大容量スピンRAMが理論的に実現可能となる。

 なお、本技術の詳細は2010年1月18日から米国ワシントン市で開催される11th Joint MMM−Intermag会議で発表される。

今回開発の積層型フリー層を持つトンネル磁気抵抗素子の模式図
図1 今回開発の積層型フリー層を持つトンネル磁気抵抗(TMR)素子の模式図
強磁性層(F1)の磁化と強磁性層(F2)の磁化が同じ方向を向いている平行結合フリー層は書き込み時の電力が低く、情報記憶の安定性が高い優れた特性を示す。

開発の社会的背景

 近年、省エネルギーの観点からパーソナルコンピューター、携帯電話等の電子機器に多く用いられている半導体メモリー(DRAM)の不揮発化が強く求められている。トンネル磁気抵抗(TMR)素子をベースとするMRAM(磁気抵抗ランダムアクセスメモリー)は不揮発、高速、高書き換え耐性等の特徴を持つため、従来の半導体メモリーを凌駕するユニバーサルメモリーとして開発が進められている。すでに8 MbitのMRAMが米国企業から市販されているが、従来型のMRAMの容量は200Mbit程度が限界とされている。最近は、大きな市場が期待される1 Gbit級MRAMの実現を目指して、国内外の企業・大学・研究機関が研究開発に参入し競争が激化している。

研究の経緯

 MRAMの1 Gbit級の大容量化には、情報の読み出しと書き込みの両面でブレークスルーが必要とされていたが、読み出しの問題は、CoFeB/MgO/CoFeB構造のTMR素子により解決された。(2004年3月2日同年9月7日プレスリリース)。一方、書き込みの問題の解決手段として期待されているのがスピントルク磁化反転書き込み型のMRAM(スピンRAM)であるが、CoFeB/MgO/CoFeB-TMR素子を用いたスピントルク磁化反転は、2005年に産総研により実証された。

 残る課題は、情報記憶の安定性と低書き込み電力の低減を両立させる新しい情報記憶用磁性層(フリー層)の開発である。スピンRAMでは情報はフリー層の磁化の方向として記憶されるが、メモリー容量を増大するためにTMR素子を微細化していくと、室温の熱的エネルギーにより磁化の向きがひとりでに反転して情報が消失するという問題がある。この問題を解決する手法の一つは、磁化の向きをある方向に強く固定する特性を持つ垂直磁化膜と呼ばれる新材料を用いることである。2008年、産総研は株式会社 東芝らと共同で1 Gbit級のスピンRAMを作製可能な垂直磁化TMR素子を開発した。もう一つの手法は、フリー層の体積を増すことであるが、体積増大により、スピントルク磁化反転で情報を書き込むための電流が大きくなってしまうという問題があった。そこで、本研究開発では、安定した動作が期待できる面内磁化CoFeB/MgO/CoFeB-TMR素子をベースとして、この問題を解決できるフリー層の開発に取り組んだ。

 なお、本研究開発は独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクト研究「スピントロニクス不揮発性機能技術プロジェクト」によるものである。

研究の内容

 通常のトンネル磁気抵抗(TMR)素子は、図2(a)に示すように磁化固定層/MgOトンネル障壁/フリー層からなる。上部のフリー層は厚さ2 nmのCoFeB強磁性体で、磁界をかける、または、電流を流すことにより磁化が回転可能であることからフリー層と呼ばれている。一方、下部の強磁性体層は厚さ3 nmのCoFeBで、磁化の向きが固定されているので磁化固定層と呼ばれる。この二つの強磁性体層の、磁化の向きをそろえると電気抵抗が小さくなり、逆向きにすると電気抵抗が大きくなる。この抵抗の大小を“0”、“1”に対応させることでメモリーとして使用する。この素子に電流を流すと、電子の持つ「スピン」も同時に流れ、フリー層の磁化を回転する力「スピントルク」が発生する。これによって、素子の情報を書き換えることができる。

 スピンRAMを大容量化するため、素子を微細化していくと、熱的エネルギーにより磁化の向きがいつのまにか反転して記憶した情報が消失する現象が顕著になる。素子の情報記憶安定性は、フリー層の磁気異方性エネルギー密度と体積に比例する。つまり、同じ磁性材料を使った場合、フリー層の厚さが厚くなると情報記憶安定性は高くなる。一方で、書き込みに必要な電流、つまり、磁化反転電流密度も厚さに比例する。そのため、情報記憶安定性を高めると書き込みに必要な電流も増大してしまうため、これまでフリー層をむやみに厚くすることができなかった。

 この問題を解決するため産総研では、厚いフリー層の代わりに、2枚の強磁性層(CoFeB 2 nm)と非磁性層(Ru)を積層した積層型フリー層を考案した(図2(b) )。このような積層構造では、磁性層F1と磁性層F2の磁化(磁極の向き)はスペーサー層S(Ru)を通した層間交換結合により磁気的に結合されている。Ru膜厚が変化するとこの結合の強度は振動しながら変化するので、Ru膜厚を制御することにより磁化が平行にそろう平行結合、または、反平行にそろう反平行結合を実現できる(図3)。

トンネル磁気抵抗素子の模式図 振動しながら変化する層間交換結合の模式図
図2 トンネル磁気抵抗素子の模式図
(a)単層フリー層、(b)積層型フリー層
図3 振動しながら変化する層間交換結合の模式図

 いろいろな試料について、情報記憶安定性と磁化反転電流密度を測定した結果、二つの磁性層(F1とF2)の磁化を平行に結合させると、書き込み電流の増大を抑えつつ、情報記憶安定性を大幅に向上できることを見いだした (表)。

表 情報記憶用磁性層(フリー層)の構造による特性の変化
情報記憶用磁性層の構造による特性の変化の表

 平行結合の試料で上下の磁性層厚さが2 nmの場合、情報記憶安定性の指標であるΔ値が約140と通常の単層フリー層に比べて2倍以上大きくなった。この時書き込みに必要な電流、すなわち磁化反転電流密度は、単層フリー層に比べて約40 %増であった。さらに、上部のF2層だけを厚くして4 nmとした場合、Δ値は約300で単層フリー層に比べて約5倍の非常に大きな値を示した。一方、磁化反転電流密度は約80 %増にとどまっている。これらの結果は、書き込みに必要な電流は主にF1層によって決まるが、情報記憶安定性はF1層、F2層、S層からなるフリー層全体により決まるということを示している。従来は、書き込み電流もF2層の影響を強く受けて大幅に増大すると推測されていたが、今回の研究開発により、これまでの常識が覆ることとなった。なお、二つの磁性層の磁化が反平行に結合した場合は、情報記憶安定性は単層フリー層とあまり変わらずスピンRAMに用いるメリットはない。反平行に結合した場合に情報記憶安定性が低いという結果は、理論的な予測と一致していた。

 今回の成果である積層型フリー層をスピンRAMに適用すると、情報記憶安定性から決まる素子サイズを小さくすることができる。今回用いたCoFeBのような面内磁化膜系素子では1 Gbit程度、さらに、垂直磁化膜系素子に適用すれば10 Gbit程度に対応するサイズまで素子サイズを小さくできると期待される。

今後の予定

 今回は、MRAMのフリー層としてもっとも一般的な面内磁化膜を用いて実験を行ったが、今後は、面内磁化系素子に比べて書き込み電流の低減の点で優れている垂直磁化膜系TMR素子への適用を進めて、超大容量スピンRAMの実現を目指す。


用語の説明

◆磁気抵抗ランダムアクセスメモリー(MRAM)
トンネル磁気抵抗素子(TMR素子)を用いたコンピューター用メモリー。TMR素子の二つの強磁性電極が、磁化の相対的な向きが平行か反平行のどちらかの状態をとるようにすると、1個のTMR素子で1ビットの情報を記憶できる。MRAMは原理的には、不揮発・高速・低消費電力・低電圧駆動・高集積といった特性をすべて兼ね備えたメモリーである。[参照元へ戻る]
◆スピントルク
強磁性体を含む強トンネル磁気抵抗素子に電流を流すと、電荷とともに電子の持つスピンが流れる。流れ込むスピンから、それを受け取る強磁性体のスピンへ、スピン角運動量が受け渡され、その結果、回転力が生じる。この回転力をスピントルクと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆スピンRAM
電流を流して生じるスピントルク磁化反転により情報の書き込みを行うタイプのMRAMをさす。磁界を発生させて磁化反転を起こす通常のMRAMと区別して、スピンRAMと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆トンネル磁気抵抗(TMR)素子
強磁性体/絶縁体/強磁性体からなる微小素子で、それぞれ厚さが1~数ナノメートルの非常に薄い層からなる。絶縁体の両側の強磁性体は金属であり、電圧を加えると絶縁体を通してトンネル電流が流れる。二つの強磁性体の持つ磁化の向きが平行な時と反平行な時で、TMR素子の電気抵抗が大きく変化する。[参照元へ戻る]
◆スピントルク磁化反転
スピントルクを用いて磁石の磁極の向きを反転することをスピントルク磁化反転という。次世代の磁気抵抗ランダムアクセスメモリーにおける省電力書き込み技術として期待されている。[参照元へ戻る]
◆磁気異方性エネルギー密度
ある特定方向に磁化方向が向き易くなる現象を磁気異方性という。磁気異方性エネルギー密度が高いほどその方向に磁化が向き易くなる。[参照元へ戻る]
◆情報記憶安定性の指標であるΔ値
Δはフリー層の磁気異方性エネルギーと熱エネルギーの比であり、Δが大きいほど磁化は安定、つまり、”1”、”0”の情報が消えにくい。[参照元へ戻る]

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