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発表・掲載日:2004/11/01

巨大なTMR(トンネル磁気抵抗)効果の発生メカニズムを実証

-世界最高の出力電圧550mVを達成-

ポイント

  • 酸化マグネシウムを用いたTMR(トンネル磁気抵抗)素子の巨大な磁気抵抗のメカニズムを実証
  • 電子が波の性質を保ったままTMR素子の中を伝搬する現象の観測に成功
  • トンネル障壁界面を平坦にすることで、室温で世界最高の出力電圧550mVを達成
  • MRAMの多層記憶による高集積化に目処

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【部門長 和田 敏美】と独立行政法人 科学技術振興機構【理事長 沖村 憲樹】(以下「JST」という)は、次世代の高性能不揮発性メモリであるMRAM(Magnetoresistive Random Access Memoryの心臓部として期待されるトンネル磁気抵抗(TMR (Tunnel MagnetoResistance))素子の磁気抵抗効果の発生メカニズムを解明し、大幅な高出力化に成功した。MRAMの高集積化のための新しい指針が得られたことにより、今後は量産プロセスに応用していく考えである。

○酸化マグネシウムを用いたTMR素子の巨大な磁気抵抗の発生メカニズムを実証
 酸化マグネシウムをトンネル障壁の材料に用いたTMR素子(以下「新型TMR素子」という)は巨大な磁気抵抗を示すため、次世代MRAMの中核として期待されているが、そのメカニズムの詳細については解明されていなかった。
 今回、厚さの異なる酸化マグネシウムのトンネル障壁から成るTMR素子を作製して、それぞれ磁気抵抗を計測することにより、磁気抵抗が周期的に変動するという新現象の観測に成功した。理論的には、新型TMR素子では、電流を運ぶ電子が「波動性」(電子の波としての性質)を保ったまま素子の中を伝搬することが欧米の研究者によって予測されていたが、この理論を世界で初めて実証することに成功した。

○TMR素子の大幅な高出力化に成功
 酸化マグネシウムのトンネル障壁を原子レベルで平らにすると電子の波動性が良く保たれ、その結果、出力電圧が向上することを発見した。実際に今回、トンネル障壁界面の原子配列の乱れが極めて少ないTMR素子を試作することにより、世界最高の出力電圧(550mV)を達成した(これまでの最高は380mV)。
 MRAMの高集積化のためには、TMR素子の出力電圧を上げることが極めて有効である。この成果はTMR素子の多層化を可能とするものであり、今後MRAMの高集積化(現行の数倍)に大いに貢献するものである。

 なお、上記の研究成果は、産総研とJSTとの契約に基づき、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけタイプ)の研究領域「ナノと物性」【研究総括 神谷 武志(大学評価・学位授与機構 教授)】における研究テーマ「超Gbit-MRAMのための単結晶TMR素子の開発」【研究代表者 湯浅 新治】の研究過程において得られたものである。

 この成果の詳細は、英国科学誌 Nature Materials 2004年12月1日号【速報電子版10月31日】に掲載される。(題目:Giant room-temperature magnetoresistance in single-crystalline Fe/MgO/Fe magnetic tunnel junctions 著者:湯浅 新治、長浜 太郎、福島 章雄、鈴木 義茂、安藤 功兒)


研究の背景と経緯

 MRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)は、DRAM(Dynamic Random Access Memory)に代わる大容量で高速な不揮発性メモリとして世界的に開発が行われているメモリである【図1参照】。海外ではモトローラや IBM がいち早く開発を開始し、既に16MbitのMRAMが試作されるに至っている。一方国内では、NECと東芝が2年ほど遅れて2003年度から国家プロジェクトをたてて本格開発を開始したところである。

MRAMの構造と仕組みの図
図1 MRAMの構造と仕組み

 TMR素子【図2参照】はMRAMの心臓部である。従来のTMR素子ではトンネル障壁の材料に酸化アルミが使用されてきた。これに対して産総研ではこれまでに、より大きなトンネル磁気抵抗効果を得るためにトンネル障壁に酸化マグネシウムを用いた新型TMR素子を開発し、画期的な高性能(室温で磁気抵抗230%)を達成している(産総研プレス発表:3月2日、9月7日)。しかし、このような巨大な磁気抵抗が得られるメカニズムについては不明な点が多く、これまで良く分かっていなかった。

TMR素子のトンネル磁気抵抗(TMR)効果の図
図2 TMR素子のトンネル磁気抵抗(TMR)効果

成果の内容

(1)酸化マグネシウムを用いた新型TMR素子の巨大な磁気抵抗の発生メカニズムを実証

 金属や半導体の中を流れる電流は、電荷を帯びた粒子(電子)が移動・伝搬することによって流れる。このような電子は、粒子であると同時に「波」としての性質(波動性)を併せ持っている。

 従来型TMR素子のトンネル障壁の材料である酸化アルミはアモルファス物質(原子の配列が不規則な物質)であるため、電流が流れる際にトンネル障壁の中で電子が散乱されて波動性を失ってしまう【図3(a)参照】。これに対して新型TMR素子では、トンネル障壁の酸化マグネシウムが結晶(原子が規則正しく配列した物質)であるため、電流が流れる際に電子は散乱されずに波動性を保ったまま直進すると理論的に予想されている【図3(b)参照】。米国の研究者の理論(W.H.Butler, 2001年)によると、このように電子が波動性を保ったまま伝搬する現象が、巨大な磁気抵抗が現れるための必須条件である。しかし、このような現象が実際に起こっているかどうかは、これまで全く証明されていなかった。


従来型TMR素子と新型TMR素子の図
(a) トンネル障壁が酸化アルミ(アモルファス物質)の場合。原子の並び方が不規則なため、電子が散乱されて、波動性を失う。   (b) トンネル障壁が酸化マグネシウム(単結晶)の場合。原子の並び方が規則的なため、電子が散乱されずに波動性を保ったまま直進すると予想される。
図3 従来型TMR素子と新型TMR素子

 今回、超高真空蒸着法を用いて、高品質の酸化マグネシウムのトンネル障壁と鉄の電極から成るTMR素子を作製し、その磁気抵抗を計測することによって、酸化マグネシウムの厚さが変わると磁気抵抗が周期的に変動するという新現象の観測に成功した【図4参照】。図中の赤矢印の厚さのとき磁気抵抗は大きくなり、青矢印の厚さのとき磁気抵抗は小さくなる。この現象のメカニズムは、電子の波動性に関係している【図5参照】。酸化マグネシウムの中で、電子の波は、ある特定の長さ(周期)を持つ。酸化マグネシウムの中に整数個(1, 2, 3,・・・)の周期の波があるとき磁気抵抗は小さくなり、半整数個(0.5, 1.5, 2.5,・・・)の波があるとき磁気抵抗は大きくなると理論的に予想される。つまり、今回観測された磁気抵抗の周期的な変動は、電子が波動性を保ったまま素子の中を伝搬していることを示す直接的な証拠である。今回の成果により、電子が波動性を保ったまま伝搬することによって巨大な磁気抵抗が現れるというメカニズムが初めて実証された。


トンネル障壁の厚さを変えると、磁気抵抗は周期的に変動する説明図
図4 トンネル障壁(酸化マグネシウム)の厚さを変えると、磁気抵抗は周期的に変動(振動)する。赤矢印の厚さで大きな磁気抵抗、青矢印の厚さで小さな磁気抵抗になる。

酸化マグネシウム層の中に整数個の周期の波があるとき磁気抵抗は小さくなり、半整数個の周期の波があるとき磁気抵抗は大きくなる説明図
図5 酸化マグネシウム層の中に整数個(1, 2, 3,・・・)の周期の波があるとき磁気抵抗は小さくなり、半整数個(0.5, 1.5, 2.5,・・・)の周期の波があるとき磁気抵抗は大きくなる。

(2)TMR素子の大幅な高出力化に成功

 MRAMの高集積化のためには、TMR素子の出力電圧を上げることが極めて重要であるが、このためには、(i) 磁気抵抗の向上、(ii) 電圧特性の改善の両方が必要となる【図6参照】。今回、各種の試作品によって実験することにより、酸化マグネシウムのトンネル障壁を平坦にすると電子の波動性がより良く保たれ、その結果TMR素子の電圧特性が改善することを発見した。酸化マグネシウムを作製する温度を200℃まで上げることにより(従来は室温で作製)、トンネル障壁と電極の界面を原子レベルで平坦にして、原子の乱れが極めて少ないTMR素子【図7参照】を実現し、電圧特性の改善に成功した。その結果、世界最高の出力電圧(550mV)を達成した。これは、これまでの最高値(380mV)を遙かに超える出力電圧である【図8参照】。

 このような高い出力電圧を用いれば、MRAMの多層記憶が可能となる。現在のMRAMは、トランジスタの上にTMR素子を1層だけ積層した構造である【図1参照】。しかし、高い出力電圧を示す新型TMR素子を用いれば、トランジスタ上に多層(4層程度)のTMR素子を積層することが可能となり、MRAMの高集積化(従来の4倍)が実現される。一つ一つのTMR素子を小型化することによってもMRAMの高集積化は可能であるが、その場合は書込み電力の低減というもう一つの課題を解決しなければならない。これに対して、多層化によってMRAMを高集積化する場合は、書込み電力は問題にならない。従って、多層記憶はMRAMの高集積化のための容易な解決策といえる。


TMR素子の電圧特性と出力電圧の関係図
TMR素子に電圧を印加すると磁気抵抗が減少してしまう。これを電圧特性と呼ぶ。TMR素子の出力電圧を増やすには、(i) 磁気抵抗の増大と(ii) 電圧特性の改善の両方が必要となる。
図6 TMR素子の電圧特性と出力電圧の関係

TMR素子の断面の電子顕微鏡写真
図7 TMR素子の断面の電子顕微鏡写真
酸化マグネシウム層の中に見える白い粒々が原子。原子が規則的に配列し、乱れの少ない高品質の「結晶」であることが分かる。

TMR素子の出力電圧の歴史の図
図8 TMR素子の出力電圧の歴史
赤△印は量産技術(スパッタ法)で作製したTMR素子
赤○印は超高真空蒸着法で作製したTMR素

今後の予定

 今回得られた成果にさらに検討を加えることにより、TMR素子を高出力化する技術を量産プロセスであるスパッタ成膜に応用する手法の実現を目指す。



用語の説明

◆MRAM【図1参照】、出力電圧【図5参照】
TMR素子を用いたコンピュータ用メモリがMRAMである。TMR素子の2つの強磁性電極の磁化の相対的な向きが平行か反平行のどちらかの状態をとるようにすると、1個のTMR素子で1bitの情報を記憶できる。TMR効果によって平行状態と反平行状態でのTMR素子の電気抵抗が異なるため、素子の電気抵抗を計れば、TMR素子に記憶された情報を非破壊で読み出すことができる。実際の読み出しは、TMR素子に電流を流して、TMR素子の両側に生ずる電圧の変化(出力電圧)を読み出すことで行われる。MRAMを高集積化するためには、高い出力電圧が必要となる。
実際のMRAMでは、ワード線ビット線の間にTMR素子を挟み、格子上に多数並べる。MRAMは原理的には、不揮発・高速・低消費電力・低電圧駆動・高集積といった、メモリに要求される特性を全て兼ね備えた次世代メモリである。MRAMの研究開発は米国(IBM、モトローラ)が先行しており、日本でも精力的に研究開発が行われている。[参照元へ戻る]
◆ワード線、ビット線
RAMなどの固体メモリでは、ワード線とビット線と呼ばれる非常に細い電線が、碁盤にある縦線と横線のように張り巡らされており、1ビット(bit)の記憶を担う個々のメモリ素子は、この縦線と横線の交点に置かれている。特定のメモリ素子へのアクセスは、その素子に繋がった縦線と横線即ちワード線とビット線に通電することによって行われる。[参照元へ戻る]
◆トンネル磁気抵抗素子(TMR素子)、トンネル障壁、磁気抵抗【図2参照】、電圧特性【図5参照】
厚さ数nm(1nm:10億分の1メートル)以下の非常に薄い絶縁体(トンネル障壁という。従来、酸化アルミ(Al2O3)が用いられてきた)を2枚の強磁性金属の電極で挟んだ素子をトンネル磁気抵抗素子(TMR素子)という。2つの強磁性電極の磁化の相対的な向きが平行な時と反平行な時で、TMR素子の電気抵抗が変化する。この現象をトンネル磁気抵抗効果(TMR効果)といい、この時の電気抵抗が変化する割合を百分率で表したものを磁気抵抗と呼ぶ。TMR素子に電圧を印加すると磁気抵抗は減少してしまうが、これをTMR素子の電圧特性と呼ぶ。磁気抵抗の減少が小さい(大きい)TMR素子を「電圧特性が良い(悪い)」という。[参照元へ戻る]
◆酸化アルミ、酸化マグネシウム【図3参照】
従来型のTMR素子のトンネル障壁には、酸化アルミ(Al2O3)が用いられている。酸化アルミは、通常、原子配列が不規則なアモルファス物質である。このため、電子が酸化アルミの中を流れる際に散乱されて直進しづらい。一方、新型のTMR素子のトンネル障壁材料である酸化マグネシウム(MgO)は、原子が規則的に配列した結晶の性質を持つ。この性質のために、電子が散乱されずに直進できる。[参照元へ戻る]
◆DRAM
Dynamic Random Access Memoryの略。現在のコンピュータに用いられている最も一般的なメモリであり、大容量、比較的高速な読み書きが可能、揮発性(電源を切ると記憶情報が消える性質)、などの特徴を持っている。キャパシタ(蓄電素子)に電気を貯めることで情報を記憶するため、電源を切るとキャパシタが放電されて記憶情報が失われてしまう。[参照元へ戻る]
◆結晶、アモルファス【図3参照】
原子が格子状に並んだ構造(結晶格子という)で構成されている物質を結晶という。一方、原子の配列が不規則な物質をアモルファス物質という。[参照元へ戻る]
◆超高真空蒸着法
装置の内部を非常に良い真空に保ち、その中で材料を高温に加熱して蒸発させ、基板上に堆積させて薄膜を作製する方法を超高真空蒸着法という。量産プロセスには不向きであるが、その代わり非常に高品質の薄膜を作製することが可能であり、基礎研究に適した手法である。[参照元へ戻る]


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