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2025年ノーベル物理学賞「電気回路における巨視的量子トンネル効果とエネルギー量子化の発見」とは? 

2025年ノーベル物理学賞「電気回路における巨視的量子トンネル効果とエネルギー量子化の発見」とは? 

2025/12/24

#話題の〇〇を解説

2025年ノーベル物理学賞
「電気回路における巨視的量子トンネル効果とエネルギー量子化の発見」

とは?

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    電気回路における巨視的量子トンネル効果とエネルギー量子化の発見とは?

    ミクロな世界でしか起こらないと思われていた「量子の振る舞い」が、人の手で作った電気回路で再現できる――。2025年のノーベル物理学賞は、超伝導ジョセフソン接合を用いた電気回路の中で、量子トンネル効果とエネルギーの量子化が起こることを初めて明確に示した研究に授与されました。これは、人工の回路でも量子力学的な振る舞いを再現できることを示し、現在の超伝導量子コンピュータ研究の源流となる物理的な知見を与える転換点となった研究です。この知見の上に、日本が主導した量子コヒーレンス操作などの後続研究が積み重なり、実用的な量子コンピュータへの道が開かれつつあります。

    2025年のノーベル物理学賞は、「電気回路における巨視的量子トンネル効果とエネルギー量子化の発見」に授与されました。受賞したのは、ジョン・クラーク氏、ミシェル・デボレ氏、ジョン・マルティニス氏の三氏です。一見、量子力学とは無縁に思える電気回路の世界で、「量子力学的な振る舞い」が再現できることを示した1980年代の研究です。人工的な回路で量子の振る舞いを再現できる研究は、その後の量子コンピュータなどの研究にどのようにつながっていくのでしょうか。産総研 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT) 量子デバイス計測チームの猪股邦宏チーム長に、その意義と現在への継承、産総研としての同分野への取り組みなどを聞きました。

    Contents

    ミクロな世界特有の量子的な現象を人工的な回路で確認

     2025年のノーベル物理学賞は、アメリカのジョン・クラーク氏、ミシェル・デボレ氏、ジョン・マルティニス氏の三氏に授与されました。「電気回路における巨視的量子トンネル効果とエネルギー量子化の発見」が受賞理由です。イメージしにくいのですが、その発見の優れた点を端的に表現するとしたら、「電子などのミクロな世界でしか観測できなかった量子力学的な振る舞いを、1980年代という量子力学の創成から比較的早い時期に、人工的な回路で初めて実証したこと」と言えるでしょう。近年、超伝導回路を用いた量子コンピュータ開発が進む中、革新的とも言える知見を初めて示した1980年代の研究が、あらためて評価されました。

     量子力学では、私たちが日常的に生活しているニュートン力学の世界とは異なる特殊な現象が起きることがわかっていました。量子は、壁があっても通り抜ける、トンネル効果を示すことがあります。

    トンネル効果を表した図
    壁にボールを投げれば、必ず跳ね返ってきます。壁の高さを越えるボールを投げない限り、壁の向こうにボールが現れることはありません(左図)。
    しかし、そのボールが突然、壁の向こう側に現れたとしたら………?(右図)。量子力学では、こうした現象を「トンネル効果」と呼びます。これは、量子力学が“奇妙で直感に反する学問”と言われる理由となった代表的な現象です。

     また、量子のエネルギー状態は連続的な値を取れず、飛び飛びの値になります。この状態を、「エネルギーの量子化」と言います。

    エネルギーの量子化を表した図
    量子力学的な系が壁(障壁)の外側(図中、黒い面の右側)にある場合、そのエネルギーはさまざまな値を取り得ますが、その吸収または放出できるエネルギーの量は特定の値に限られます。このように、エネルギーは「量子化」されています。トンネル効果は、低いエネルギー状態よりも高いエネルギー状態のほうが起こりやすく、統計的に見ると、より高いエネルギーを持つ系は、より短い時間で閉じ込め状態から抜け出します。
    ※階段状の「量子化されたエネルギー」のうち、高い段にある原子核ほど、トンネル効果によって「アルファ粒子(α)」を外へ放出しやすいことを示しています。
    Credit: The Royal Swedish Academy of Sciences
    Illustration: ©Johan Jarnestad
    画像引用元 ※日本語訳は産総研にて作成

     こうした量子力学的な振る舞いは、電子や原子といったミクロの粒子に特有のものと考えられていました。ところが三氏は、「電流バイアスされたジョセフソン接合」という超伝導回路の中で、巨視的量子トンネル効果とエネルギーの量子化という、量子力学の代名詞とも言うべき現象の観測に成功しました。

     電子などのミクロな世界でしか観測できなかった量子力学的な振る舞いが、微細とはいえ、人間が作ったマイクロメートルオーダーの回路の上で確認できたのです。1980年代としては非常に画期的な発見でした。

     ここで、今回の受賞理由にある「巨視的」というワードについて、考えてみます。巨視的とは元来、肉眼で視認できる大きさの事物を指しますが、物理学では多数の粒子が協調して振る舞うことで、全体として一つの量(変数)で記述できる状態を指して「巨視的」と呼ぶことがあります。ノーベル物理学賞で採り上げられた「巨視的」という言葉は、後者の意味で使われていることに注意が必要です。

     巨視的量子トンネル効果とは、「巨視的量子変数」と呼ばれる、超伝導の位相そのものがトンネルする現象を指します。超伝導体では、非常に多くの電子がクーパー対と呼ばれる電子対を形成し、一つの状態に凝縮します。このとき、凝縮したクーパー対の状態は一つの波動関数で表すことができます。したがって、波動関数の中の位相も、一つの変数として表すことが可能となります。この位相は、膨大な数のクーパー対の集団状態を表す一つの変数であり、これが「巨視的量子変数」になります。二つの超伝導体が薄い絶縁体で隔てられたジョセフソン接合では、両方の超伝導体間において波動関数の位相差が生じます。このジョセフソン接合に電流を流すと、ジョセフソン接合のダイナミクスは位相差によって記述できます。具体的には、位相空間において仮想的な位相粒子の運動として表すことが可能となり、十分に温度の低い環境下では、この位相粒子は位相ポテンシャルの壁をトンネルします。巨視的量子変数によるこのトンネル現象が巨視的量子トンネル効果で、このとき、ジョセフソン接合ではその両端に電圧が発生し、超伝導体から常伝導体へ状態遷移します。

     ジョセフソン接合では、クーパー対が薄い絶縁体をトンネルすることにより、超伝導電流(ジョセフソン電流)が流れますが、このトンネル現象は通常の量子力学的なトンネル効果で、巨視的量子トンネル効果には該当しません。ちなみに、超伝導体の位相差によってジョセフソン接合に超伝導電流が流れる現象を理論的に説明したのがブライアン・ジョセフソン氏で、1973年にノーベル物理学賞を受賞し、「ジョセフソン接合」や「ジョセフソン電流」などの名前の由来になっていることは広く知られています。

    ノーベル物理学賞研究がその後の量子研究の土台に

     私自身は、学生時代に高温超伝導体のジョセフソン接合における巨視的量子トンネル効果の研究に携わっていたこともあり、受賞対象となった三氏が1985年に発表した論文を勉強しました。実は、「巨視的量子変数のトンネル効果とエネルギーの量子化を確認した」というこの研究には、理論と実験に関連した先行研究があります。2003年にノーベル物理学賞を受賞したアンソニー・レゲット氏らが、1980年にジョセフソン接合での巨視的量子トンネル効果について理論的に示唆しています。そして、1981年にはIBMトーマスワトソン研究所のリチャード・ヴォス氏とリチャード・ウェッブ氏が巨視的量子トンネル効果の観測に成功しているのです。

     クラーク氏ら三氏の1985年の論文は、巨視的量子トンネル効果の観測、という点では後追いの研究とも言えるでしょう。一方で、三氏はジョセフソン接合でエネルギーが飛び飛びの値を取る量子化が起こっているという新しい現象を発見しています。このエネルギー量子化は、純粋に三氏の功績と言えます。これらを鑑みて、今回のノーベル物理学賞の受賞は、巨視的量子トンネル効果の検証と、さらに踏み込んだ研究としてのエネルギー量子化の双方を併せた功績に対してということになると考えられるでしょう。

     ノーベル賞は、存命中の人に授与されるものです。IBMの1981年の研究に対しては、ウェッブ氏がすでに他界していることが何らかの影響を与えているのかもしれません。

     今回のノーベル物理学賞を受賞した研究は、その後どのように世の中の役に立ってきたのでしょう。超伝導の研究に携わる人々の間では著名な研究でしたが、当該論文の引用は他のノーベル賞受賞論文と比べると少なく、知る人ぞ知る研究という位置づけでもありました。

     実際、今回の量子力学的な振る舞いが大きくその後の研究開発に影響を与えるのは、1999年、NECの中村泰信氏(現 東京大学教授)や蔡兆申氏(現 東京理科大教授)が示した、超伝導単一電子トランジスタ回路における量子化エネルギー間の量子コヒーレンス操作というブレークスルーを待つ必要がありました。量子コヒーレンスとは、量子がいくつもの状態を同時に持ちながら、位相がずれずに進行する状態です。こうした状態が、人工的に作られた電気回路でも再現できたのです。

     量子コヒーレンスを電気回路で制御できれば、複数の状態を重ね合わせる量子力学的な重ね合わせ状態を作れます。量子の階段を観測した1985年の研究に対し、1999年の中村・蔡両氏の研究は、その階段を自由に上り下りする技術を確立したと言えるでしょう。これは量子コンピュータの演算単位である量子ビットが実現できることを示しますから、ここから爆発的に量子ビットの研究が始まりました。

     クラーク氏ら三氏の研究は非常に価値の高いものでした。しかし、「現在の量子コンピュータの研究開発の基礎になった」とまで言うと、誤解を招く危険があります。量子コンピュータ実現の第一歩になった中村氏や蔡氏の量子コヒーレンス操作の研究に、大きな知見を与えた位置づけの研究だったと考えるとよさそうです。

    巨視的な量子の振る舞いの量子コンピュータへの応用と課題

     今回のノーベル物理学賞を受賞した研究や、中村氏などの研究を通じて、量子力学的な振る舞いを人工的に作り上げた電気回路で実現し、制御できるようになってきました。これにより、現在に至る量子コンピュータの研究開発が進展しました。とはいえ、あまたの量子ビットを操作する量子コンピュータを実用化するには、まだ多くの課題があります。

     量子ビットとしては、ジョセフソン接合を用いる超伝導量子ビット(電荷量子ビット)が現在では主流になっています。一方で、電荷ノイズが多くあることで、量子コヒーレンス状態を長時間保てないという課題がありました。これまでに、電荷ノイズに強くコヒーレンス時間が長いトランズモン量子ビットなどが開発されています。研究による知見の積み重ねと技術発展により、単体の量子ビットではコヒーレンス時間が6桁ほど改善されるなど、目覚ましく進展しています。

     そうした中で、国内外の研究機関などでは、実際に使える量子コンピュータの開発を目標として取り組みを進めています。量子コンピュータとして実用化するには、単一量子ビットだけでなく多くの量子ビットを集積する必要があります。また、従来型のコンピュータと同様に、量子コンピュータでもエラー訂正の仕組みが必要です。量子コンピュータで発生するエラーを訂正する「量子エラー訂正」を実装した、「誤り耐性あり量子コンピュータ(FTQC)」が求められており、早期実現に向けて研究開発が続けられています。

    量子コンピュータの実用化に向けて産総研がサポート

     産総研は、量子コンピュータの社会実装を支える共創基盤としての役割を担っています。その中核となるのが、G-QuATです。量子コンピュータと従来の古典コンピュータとの融合計算技術の研究開発に取り組み、グローバルな新市場の形成、産業界との連携を通じた経済的価値の創出を目指します。G-QuATは、量子業界に参入したい企業や国立研究開発法人などを支援する取り組みを中心に活動しており、「量子コンピュータを作るにはどうしたらいいか」「作ったのだけれど、どのように評価したらいいか」といった相談に対して、必要な要素技術の提案、ファブリケーション技術や計測技術などを提供します。

     量子コンピュータに関連する技術は、一朝一夕では身につかないものです。日本の量子業界のプレーヤーを増やし、量子業界のボトムアップに貢献することで、産総研は社会への貢献を目指します。

     産総研としても、量子コンピュータの実用化に向けて独自の技術開発を進めています。例えば超伝導材料の研究では、超伝導量子ビットの電極に使われてきたニオブ(Nb)に、同族元素のタンタル(Ta)を組み合わせた回路を作ることで、量子回路の高性能化につながる成果を上げています。また、量子チップを大型化させるための技術として、実現が難しい基板サイズの拡大の代わりに、小さいチップを量子的に接続する量子インターンコネクションがあります。私の研究では、量子インターコネクションを単一のマイクロ波光子を用いて実現する成果を上げています。この他にも、超伝導量子コンピュータを構成している量子ビットの状態を読み出すための、微弱信号を増幅する量子極限増幅器の開発も進めています。

     「電気回路における巨視的量子トンネル効果とエネルギー量子化の発見」という、ノーベル物理学賞の受賞研究は、本来ミクロな世界の量子力学的な振る舞いを、人工的に作り上げた電気回路で観測できるという新しいステージの幕を1985年に開きました。1999年には量子コヒーレンス操作という大きなブレークスルーがあり、そこからさらにおよそ25年の歳月を経て、量子コンピュータの実用化や社会実装に向けた取り組みが世界レベルで盛んに行われる現在につながっているのです。

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