発表・掲載日:2022/05/12

十和田火山の巨大噴火を引き起こしたマグマの蓄積深度が明らかに

ポイント

  • 高温高圧実験の結果から巨大噴火を起こしたマグマの蓄積深度を5〜7 kmと推定
  • 推定深度は十和田火山の地下における地震波速度の遅い領域の深度と一致
  • カルデラ火山における巨大噴火のポテンシャル評価に貢献

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質調査総合センター 活断層・火山研究部門 中谷 貴之 研究員、地質情報研究部門 工藤 崇 研究グループ長、活断層・火山研究部門 鈴木 敏弘 テクニカルスタッフは、3.6万年前と1.5万年前に十和田火山で起こった巨大噴火(マグマ噴出量およそ20 km3)の噴出物を用いて高温高圧で岩石融解実験を行い、マグマが蓄積したときの温度と圧力を推定した。

現在の十和田火山の地下6 km付近には、地震波低速度領域がある。地震波速度の低下にはさまざまな要因があり、そこの領域に何が存在するのかを推定することは困難である。本研究では、岩石融解実験により、巨大噴火を引き起こしたマグマが地下5〜7 kmに二度にわたって蓄積していたことを明らかにした。この深度は、地震波低速度領域の深度と一致し、現在も噴火可能なマグマが存在していると示唆される。

今後は、国内における他の活火山の巨大噴火噴出物に対しても岩石融解実験を実施する。そして、得られた知見に基づいて物理探査の結果を解釈することで、過去に巨大噴火を起こした火山の地下に存在する噴火可能なマグマの検出に貢献する。

なお、この研究の詳細は、2022年5月12日(米国東部標準時間)にオンラインで出版される国際誌「Journal of Geophysical Research Solid Earth」にて発表される。

概要図

本研究で明らかとなった巨大噴火のマグマ蓄積深度(左・中)と現在の十和田火山下で確認されている地震波低速度領域の深度(右)


研究の社会的背景

十和田火山は、秋田県と青森県の県境に位置する活火山であり、直径8.5 kmのカルデラ湖(十和田湖)を有するカルデラ火山でもある。過去1.1万年の噴火履歴に基づいて、十和田火山が噴火した場合の火口範囲が想定されている。この中には居住地があるため、2022年3月に十和田火山に導入された噴火警戒レベルには、特別な配慮がなされている。すなわち、地殻変動や火山性地震が高まった場合、特別警報4あるいは5を直ちに発令する運用が行われる。

十和田火山は、いまから3.6万年と1.5万年前に、カルデラを作った巨大噴火を起こしており、今後も同様の噴火を繰り返す可能性がある。巨大噴火は低頻度だが甚大な被害をもたらすため、長期的なリスク管理が必要な原子力関連施設の整備や運用に際して、巨大噴火のポテンシャル評価が社会から求められている。

 

研究の経緯

巨大噴火の前には、10 km3を超えるマグマが地下に蓄積していたと考えられる。巨大噴火のポテンシャルを評価するために、一般には地震波などを用いた物理探査を行って、地下にマグマが蓄えられているかどうかを検討する。しかし、物理探査によって地震波低速度領域が確認されたとしても、それがマグマあるいは水に富んだ流体のいずれに起因するのかを区別することは困難である。また、マグマの存在を仮定しても、流動性に富む噴火可能なマグマが局所的に存在するのか、結晶質で噴火に至らないマグマ(マッシュ)が広域に存在するのか、空間解像度の問題から両者の判別は難しい。流動性に富むマグマの蓄積する空間スケールが、一般に地震波で捉えられるスケール(数km)よりも小さいことが主な原因である。物理探査のデータのみでは、地震波低速度領域に何が存在するのかを推定することが困難であるため、地質学的・岩石学的な知見を取り込んだ解釈が必要である。

産総研は、巨大噴火を起こした火山地域の地質調査や噴出物の採取および分析を行ってきた。また、採取した噴出物を用いて高温高圧下での岩石融解実験を行うため、内熱式ガス圧装置(図1)を整備した。この装置を用いて噴出物に含まれる鉱物種などを高温高圧下で再現することで、マグマが蓄積していた温度と圧力を推定できる。そして、推定した深度と現在観測されている地震波低速度領域の深度を比較することで、現在も噴火可能なマグマが存在するか否か、地質学的・岩石学的な知見に基づいて推測できるようになる。マグマの蓄積条件は、火山の地下の岩相や力のかかり方、およびマグマの性質に依存する。そのため、各火山について、マグマの蓄積条件を個別に調べる必要がある。

十和田火山の周辺には重要な原子力関連施設が存在するため、巨大噴火に関わるマグマの蓄積条件を明らかにすることが求められている。十和田火山では、西暦915年に有史以来で最大規模の爆発的な噴火があり、その噴出物は巨大噴火と同様、二酸化ケイ素(SiO2)に富んだ組成であった。この噴火年代は、地質学的に見て最近であることから、現在もマグマが地下に蓄積している可能性があり、早急な地下構造の究明が望まれていた。最近、十和田火山の地質情報が地質図にまとめられ(2019年8月20日、産総研プレス発表 1)、巨大噴火時の噴出物の分布域と化学組成などが明らかにされた。われわれは、地質図から判明している巨大噴火時の噴出物を用いて、岩石融解実験を実施し、噴出物がマグマとして蓄積していたときの温度と圧力を推定した。

なお、本研究は、原子力規制委員会原子力規制庁の委託事業「原子力施設等防災対策等委託費(巨大噴火プロセス等の知見整備に係る研究)事業(2019〜2021年度)」の支援を受けて行った。

 

研究の内容

十和田火山で起こった巨大噴火の噴出物(図2)を用いて高温高圧の岩石融解実験を行った。実験は、温度825〜900℃および圧力100〜350 MPa(1 MPaは約10気圧)の範囲で行い、マグマが蓄積した温度および圧力を推定した。

実験に使用した噴出物は、流紋岩質のマグマを起源とする軽石である。軽石の大部分は多孔質のガラスであるが、ガラスに対して約10%の斑晶鉱物が含まれる。斑晶鉱物の量や種類は、マグマ蓄積時の温度や圧力を反映しているため、それらを再現する温度圧力条件を実験で明らかにすることで、マグマの蓄積条件を推定できる。

軽石に含まれる鉱物の種類は、3.6万年前の噴火では斜長石、直方輝石、単斜輝石、チタン鉄鉱、磁鉄鉱、1.5万年前の噴火ではこれらの鉱物に加えて角閃石であった。実験の結果、軽石中の主要な鉱物の晶出と結晶の割合を温度840〜850℃および圧力150〜170 MPaで再現できた(図3)。

実験で推定された圧力は深さにしておよそ5〜7 kmに相当する。つまり、過去二回の巨大噴火を起こしたマグマは、いずれも十和田火山下において、ほぼ同じ条件で蓄積したことが分かった。また、現在の十和田火山の地下約6 kmに地震波低速度領域が確認されており(Chen et al., 20202)、その深さは本研究で推定した過去のマグマの蓄積深度とほぼ一致する。この結果は、過去に巨大噴火を起こしたマグマとほぼ同じ場所に、現在も噴火可能なマグマが存在すること示唆する。

高温高圧の岩石融解実験により、過去の巨大噴火におけるマグマの蓄積深度を決定することは、現在の地震波などを用いた物理探査の結果を地質学的・岩石学的情報を加味して解釈することを可能にする。そして、カルデラ火山の地下における噴火可能なマグマの検出に貢献する。

図1

図1 内熱式ガス圧装置

図2

図2 十和田火山の1.5万年前の巨大噴火を起源とする軽石

図3

図3 高温高圧実験で得られた試料の走査電子顕微鏡写真(左)と推定されたマグマの蓄積条件を示した模式図(右)。鉱物の周囲を埋める暗灰色の部分は、融体が急冷固化したガラスである。鉱物種は、エネルギー分散型X線分光法による化学組成分析結果に基づいて判別した。

今後の予定

今後は岩石融解実験の手法を用いて、巨大噴火を起こした日本の代表的な火山、例えば姶良カルデラなどについて、過去のマグマの蓄積深度を推定する。その知見に基づいて、物理探査の結果を解釈することで、カルデラ火山の地下に噴火可能なマグマが現在も存在するのか推測する。火山毎に科学的知見の蓄積と事例研究を積み重ねることで、巨大噴火を起こすマグマの蓄積深度が主にどのような因子によって支配されるのか、より一般的な理解を目指す。

 

論文情報

掲載誌:Journal of Geophysical Research Solid Earth
論文タイトル:Experimental Constraints on Magma Storage Conditions of Two Caldera-Forming Eruptions at Towada Volcano, Japan.
著者:Takayuki Nakatani, Takashi Kudo, and Toshihiro Suzuki

1 工藤崇・内野隆之・濱崎聡志 (2019) 十和田湖地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅).産総研地質調査総合センター,p192.

2 Chen, K. X., Fischer, K. M., Hua, J., & Gung, Y. (2020). Imaging crustal melt beneath northeast Japan with Ps receiver functions. Earth and Planetary Science Letters, 537, 116173.


用語の説明

◆巨大噴火
およそ10 km3以上のマグマが、噴出物として地表にもたらされる噴火を指す。多くの場合、大規模な火砕流を伴い、カルデラ形成に至る。[参照元へ戻る]
◆岩石融解実験
高温高圧の環境を再現可能な実験装置を用いて、採取した噴出物を溶融させる実験。一定の温度および圧力条件で溶融させた状態を保持し、化学的に均質になったのち、冷却中に結晶化が起こらないように急冷して回収する。回収した試料を顕微鏡で観察し、融液と共存する鉱物種を判定する。[参照元へ戻る]
◆地震波低速度領域
地震波が通過する速度が、周囲よりも遅い領域を指す。地震波速度が低下する理由はいくつかあるが、火山地域の地下では、マグマや水を主成分とする流体が存在すると想定されることが多い。[参照元へ戻る]
◆カルデラ湖
カルデラ内に水がたまってできた湖。カルデラとは大量のマグマの噴出により、マグマだまりの天井の岩盤が崩落して、その直上の地表に形成される陥没構造のこと。[参照元へ戻る]
◆マッシュ
地下深部のマグマは主に融液と結晶から構成され、含有する結晶の量(結晶分率)がおよそ50%を超えるマグマをマッシュと呼ぶ。結晶量の少ないマグマは流動性に富み噴火可能である。一方、マッシュは流動性に乏しく、そのままでは噴火できないと考えられている。[参照元へ戻る]
◆内熱式ガス圧装置
高圧のガス(主にアルゴン)で圧力容器内の試料を加圧し、容器内部のヒーターで試料を加熱することにより、火山下の高温高圧の環境を再現可能な実験装置。特に、ガスを圧力媒体として用いているため、固体物質を圧力媒体とした実験装置よりも、発生圧力の精度が高い(±1 MPa(約10気圧)程度)。[参照元へ戻る]
◆斑晶
火山岩中のガラス質の石基に含まれる比較的大きな結晶。[参照元へ戻る]
◆走査電子顕微鏡
光より波長の短い電子線で高真空中の試料表面を走査することで、マイクロメートルからナノメートルの微細構造の観察が可能な顕微鏡(1マイクロメートルは1000分の1 mm、1ナノメートルは100万分の1 mm)。[参照元へ戻る]
◆エネルギー分散型X線分光法
試料に電子線を照射した際に発生する特性X線をエネルギーで分光し、化学組成分析を行う手法。元素に固有の特性X線のエネルギー値から元素を同定し、強度から元素濃度を推定できる。本研究では、走査電子顕微鏡に取り付けられた検出器を用いて、噴出物と実験後に回収した試料の分析を行った。[参照元へ戻る]

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