発表・掲載日:2022/04/27

窒化物半導体薄膜結晶を作製するための新手法を開発

-窒素プラズマを供給して世界最高品質を実現-

ポイント

  • 準大気圧プラズマ源を組み込んだ有機金属気相成長装置を独自に開発
  • 高密度窒素系活性種を原料に高品質窒化インジウムの成長を実現
  • 赤色から近赤外域の高効率光デバイスや次世代高周波デバイスへの応用に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という) 窒化物半導体先進デバイスオープンイノベーションラボラトリ 王 学論 ラボチーム長、熊谷 直人 チーム付、山田 永 ラボチーム長、電子光基礎技術研究部門 榊田 創 研究部門付、清水 鉄司 研究グループ長らは、窒化物半導体、特に窒化インジウム(InN)やIn含有率の大きい窒化インジウムガリウム(InGaN)に対する薄膜結晶の新しい気相成長技術を開発した。

この技術では、従来の有機金属気相成長(以下「MOCVD」)装置の原料ガス導入ユニットに独自の準大気圧プラズマ源を統合した。これにより、高密度の窒素系活性種を試料表面に供給することで、InN薄膜結晶の高品質化に成功した。本成果により、次世代太陽光発電やVR/ARディスプレーなどに必要な赤色から近赤外域の高効率光デバイス、次世代高周波デバイスの実現が期待できる。

なお、本研究の詳細は、2022年4月23日にELSEVIER社刊行の「Applied Materials Today」で発表された。

概要図

プラズマ源とインジウム原料ガス供給ラインを統合した原料ガス導入ユニットの模式図


開発の社会的背景

窒化インジウム(InN)は窒化物半導体の中で最大の電子移動度、14,000 cm2/Vs(理論値)を有し、近赤外(1.8μm)に対応したバンドギャップエネルギー(0.7 eV) を持つことから、ポスト5Gに向けた次世代高周波デバイス、波長の温度依存性が小さいレーザーなど近赤外光デバイスの基盤材料として有望である。

窒化インジウムガリウム(InGaN)半導体は、Inの含有率を増やすことによって、発光波長を紫外から近赤外まで長波長化することが可能である。そのため、地上での太陽光の波長域に対応した高効率太陽電池や赤色の光を発するマイクロダイオード(マイクロLED)デバイスなどへの応用も注目されている。赤色発光マイクロLEDの高効率化により、VR/ARディスプレーの最有力候補であるマイクロLEDディスプレーの実現が期待される。高効率太陽電池および赤色マイクロLEDの実現のためには、In含有率が30から100% (100%はInN)および30から40%のInGaNがそれぞれ必要とされている。

MOCVD法を用いたInNや高In含有率InGaNの成長においては、成長温度の制御が極めて重要である。In原子は成長表面から脱離しやすく、800℃以上の温度ではほとんど結晶中に取り込まれない。このため、InNや高In含有率InGaNの成長は、650℃以下の低い温度で行う必要がある。従来のMOCVD法では、アンモニアガスの熱分解により、成長に必要な窒素系活性種を成長表面に供給しているが、アンモニアガスの効率的な分解のためには900℃以上の高温が必要である。このため、InNや高In含有率InGaNの成長に必要な650℃程度の低温においては、十分な量の窒素系活性種を成長表面に供給することができず、高性能なデバイスに要求される高い電子移動度や高い発光効率を持つ薄膜結晶の作製が困難である。これまで、MOCVD法による高品質InN薄膜結晶の実現に向けて、反応室の圧力を大気圧以上に高めた加圧MOCVD法やリモートプラズマによる窒素系活性種供給を行う減圧(~0.1 kPa)MOCVD法などが世界的に試みられてきた。しかし、得られた結晶の転位欠陥の密度は2×1011cm-2よりも高く、高品質結晶の実現には至らなかった。

 

研究の経緯

産総研では、窒化物半導体の光および電子デバイスへのさらなる応用に向けた中で、量産技術であるMOCVD法により、高品質なInNと高In含有率InGaN薄膜結晶の成長技術の確立を目指してきた。アンモニアガスの熱分解の代わりに、低温で窒素系活性種を生成できる技術として、プラズマを用いて窒素やアンモニアガスを分解する方法が考えられる。しかし、従来のプラズマ源はMOCVD法の成長圧力である1から10 kPaの準大気圧領域において安定的に動作しない問題があった。産総研では、先進プラズマ技術の開発も進めており、これまで1から10 kPaの圧力領域で安定的に動作する準大気圧プラズマ源を開発してきた。当該プラズマ源は、従来のプラズマ源よりも1桁以上高い窒素原子密度 (›5×1014 cm-3)と1桁以上高い動作圧力(›1 kPa)を特徴としており、高品質な窒化物半導体薄膜結晶成長の窒素系活性種供給源として有望である。このような背景から、産総研では、上記プラズマ源を組み込んだInNおよび高In含有率InGaN薄膜結晶成長のためのMOCVD装置の開発を進めてきた。

 

研究の内容

本研究では、既存の原料ガス導入ユニットに準大気圧プラズマ源を統合させたプラズマMOCVD装置を開発した。図1(a)にプラズマ源が統合された原料ガス導入ユニットの模式図を示す。中心の白色部がプラズマ源の先端ノズルであり、周囲の穴からガリウムやインジウムを含む有機金属原料ガスおよび窒素などの補助ガスを供給する。図1(b)は窒素を流した際のプラズマ点灯時の写真である。ノズル先端から薄いスクリーン状のプラズマ流が吹き出している。なお、この際の反応室内の圧力は2 kPaに設定した。

開発した装置を用いて、試料温度650℃で成長させたIn含有率100%のInN薄膜結晶をX線回折、光学測定、電子顕微鏡などにより評価をしたところ、世界最高速の成長速度で世界最高水準の結晶品質を実現できたことがわかった。なお、基板にはサファイア基板上にMOCVD法により成長させた窒化ガリウムテンプレートを用いた。

結晶方位のばらつきを評価するX線回折ロッキングカーブの半値幅は、測定した面方位に対するものとしては世界最小であった(図2(a))。これは結晶構造の揺らぎや欠陥が少ないことを示している。また、転位密度がこの半値幅の値を用いて算出され、従来のMOCVD作製結晶に比べて約二桁低い約3×109 cm-2であった。さらに、光学的品質を示すフォトルミネッセンススペクトルの半値幅も世界最小値に匹敵する0.1 eVであった(図2(b))。図3に、試料温度650℃において成長した厚さ約600 nmのInN薄膜結晶の断面の透過電子顕微鏡像を示す。成長した結晶は、100から数100 nmおきに転位(図3の矢印)が存在する以外はほとんど結晶欠陥の発生が見られなかった。電子顕微鏡像から算出した成長速度は、0.3 μm/時であり、従来のMOCVD技術と比較して2倍以上を実現した。

従来のMOCVD法では困難であった高品質InNの薄膜成長が、今回開発した準大気圧プラズマ源を組み込んだMOCVD装置により実現できた。これにより、高い電子移動度を持つInNによる次世代高周波デバイスやIn含有率30から100%で太陽光の波長域をカバーする高効率太陽電池、In含有率30から40%での高効率赤色発光マイクロLEDなど、カーボンニュートラル社会、ポスト5G社会に欠かせない電子・光デバイスの実現に貢献することが期待できる。

図1

図1 (a)準大気圧プラズマ源が統合された原料ガス導入ユニットの模式図と(b)窒素ガスプラズマ点灯時の写真

図2

図2 成長したInN結晶の(a) X線回折ロッキングカーブおよび(b) 室温フォトルミネッセンススペクトル
(図2(b)はApplied Materials Today誌に掲載された図面(クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0国際1)を和文に編集したもの)

図3

図3 InN薄膜結晶の透過電子顕微鏡像。図中の矢印は表面付近の転位を示す

今後の予定

今後、装置のさらなる改良や成膜条件の最適化などを行い、より高品質なInNの成膜や高効率な赤色発光InGaN量子井戸構造の作製を行うと同時に、それらを用いた高効率光・電子デバイスの開発を進める。

 

論文情報

掲載誌:Applied Materials Today
論文タイトル:Ammonia-free epitaxy of single-crystal InN using a plasma-integrated gas-injection module
著者:Hajime Sakakita, Naoto Kumagai, Tetsuji Shimizu, Jaeho Kim, Hisashi Yamada, Xue-lun Wang


用語の説明

◆有機金属気相成長(MOCVD)
MOCVDはMetal Organic Chemical Vapor Depositionの英語略称。化合物半導体の構成元素から成る原料ガスを反応室内で加熱分解させ、基板上に化合物半導体の薄膜結晶を成長させる技術。生産性が高く、窒化物半導体光デバイスの量産技術として用いられている。[参照元へ戻る]
◆準大気圧プラズマ
1~10 kPa程度の準大気圧領域で生成されるプラズマ状態。産総研では、マイクロストリップ線路を用いたマイクロ波プラズマ源により、窒素やアンモニアのプラズマを長時間安定して生成することを可能にした。[参照元へ戻る]
◆窒素系活性種
窒素分子やアンモニア分子をプラズマ化や高い温度で熱分解させて生成する、窒素原子(N)や窒素原子を含む反応性の高い分子。インジウム原子やガリウム原子と反応しやすい状態になっているものを指し、これらの寄与によりInNやInGaNの結晶成長が起こる。[参照元へ戻る]
◆マイクロLEDディスプレー
数マイクロメートルの大きさの半導体LEDを高密度に配列させたディスプレー技術。従来の液晶や有機ELディスプレーよりも高輝度化、高精細化、省電力化が可能である。次世代の眼鏡型情報端末用ディスプレーや車載ディスプレーとして期待されている。[参照元へ戻る]
◆転位
結晶内における構造の線状「ずれ」による欠陥。この欠陥の少ないものが高品質な結晶である。発光効率や高い電子移動度などの特性に強く影響するため、高性能な半導体デバイスの実現には低減が重要である。[参照元へ戻る]
◆ロッキングカーブ
X線回折による結晶構造評価法の一つ。一般に、結晶構造の揺らぎや欠陥が少ないほど、ロッキングカーブの幅が狭くなる。ロッキングカーブの半値幅から結晶欠陥の一種である転位を密度として定量的に見積もることができる。[参照元へ戻る]
◆フォトルミネッセンス
材料に光を照射、吸収させて生じるキャリアが再結合して、光として放出される現象。放出時のスペクトルは、結晶品質が高いほど発光強度が強く、半値幅が狭くなるため、品質の評価に用いられる。[参照元へ戻る]
◆量子井戸構造
エネルギー幅(バンドギャップ)の狭い半導体薄膜(厚さ:数nm~10 nm)をエネルギー幅の広い半導体薄膜結晶で挟んだ構造。電子と正孔をエネルギー幅の狭い半導体層に閉じ込めることによって、高い発光効率を実現している。[参照元へ戻る]


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