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発表・掲載日:2021/10/04

計算科学による酵素機能改良の効率化

- 酵素改変部位の特定により目的の化合物の割合が向上 -

ポイント

  • シミュレーション解析で酵素反応を制御するアミノ酸部位を特定
  • 特定部位のアミノ酸改変で不要な化合物生成を抑制し、目的化合物の生成率向上を実証
  • 目的化合物を作る酵素の作製・機能評価にかかる労力を大幅に削減しバイオものづくりに貢献

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)人工知能研究センター【研究センター長 辻井 潤一】オーミクス情報研究チーム 池部 仁善 研究員、亀田 倫史 主任研究員と神戸天然物化学株式会社【代表取締役社長 宮内 仁志】(以下「神戸天然物化学」という)鈴木 宗典 博士、小森 彩 博士は、酵素反応を制御するアミノ酸部位を予測する計算手法(Mutation Site Prediction method for Enhancing the Regioselectivity of substrate reaction sites, MSPER)を世界に先駆けて開発した。この手法により香料原料の生産に使用する酵素シトクロムP450(P450)を改変することで、改変前の酵素と比べ、目的とする化合物(目的化合物)の生成率を最大6.4倍まで向上させることができた。

医薬品、食品、繊維、プラスチックなどをはじめとする化成品製造の分野において、「酵素を利用したものづくり」は、環境負荷が少ない代替技術として注目を集めている。酵素反応は、酵素と基質(原材料)が特定の複合体を形成し、化合物を生成する。しかし、酵素によっては、複数の異なった複合体を形成し、目的としない副産物も作られ、目的とする化合物の生成率が低くなることがある。そこで、酵素反応で生成する複数の酵素・基質の複合体をシミュレーション解析で再現し、得られた複合体群の構造情報から副産物生成に関与するアミノ酸部位を予測し、これを改変することで副産物生成を抑制する計算手法(MSPER)を開発した。この手法により酵素の改変すべき部分を絞り込むことができ、機能検証の評価実験数を従来の無作為(ランダム)変異法の170分の1から1000分の1へ省力化することができる。

なお、この技術の詳細は、2021年10月4日付で論文誌『Scientific Reports』に掲載される。

 

概要図

MSPERによる複合体の種類を決定するアミノ酸部位の予測


開発の社会的背景

酵素反応を利用して、医薬品、食品、繊維、プラスチックなどの材料となる化合物を生産するバイオものづくりは、高温・高圧の反応条件、石油由来の有機溶媒、重金属触媒等を使用する化学合成反応と比較して、常温・常圧条件や水系溶媒等を使用できるため、光熱費や廃液処理などの環境負荷の低減などが期待できる次世代の技術として注目を集めている。酵素を産業利用するうえで酵素機能改良の効率化は重要である。

酵素は基質と結合して特定の複合体を生成する。酵素や基質の種類によっては複数の異なった複合体が生成される場合があり、副産物の生成により目的化合物の生成率を低下させることになる。これを解決するためには、酵素を構成する数百~数千個のアミノ酸の中から酵素機能に関与するアミノ酸部位を見つけて改変する必要がある。その方法として進化分子工学的手法や各種の理論設計の手法が考案されてきた。進化分子工学的手法は、多種の改変酵素の作製と検証実験を繰り返し行うため、最適な改変酵素を得るために多大な時間・労力・費用が必要であった。一方、理論設計は、酵素と基質の立体構造などの情報から酵素の機能を改変するアミノ酸部位を予測することで、検証実験を省力化することができる。しかし、副産物生成の抑制に特化した手法の開発はこれまで行われていなかった。

研究の経緯

産総研は、分子動力学(MD)シミュレーションをはじめとする計算手法を用いて、分子構造学的観点から酵素の機能向上、改変に関する研究を行ってきた。神戸天然物化学は、酵素シトクロムP450を中心とした物質生産に関する研究を行ってきた。そこで、P450の一種、CYP102A1を実証の対象とし、MDシミュレーションと分子構造学に基づく解析技術をCYP102A1に適用することにした。

なお、本研究開発は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発(2016〜2020年度)」による支援を受けて行った。

研究の内容

MDシミュレーションを用いてさまざまな複合体構造をコンピュータ上に生成し、それらを解析することで、副産物生成を抑制させるアミノ酸部位を予測する手法(MSPER)を開発した。MSPERでは、まず多数の複合体のデータから酵素を構成するそれぞれのアミノ酸と基質の接触率を計算・比較し、副産物を生成する複合体構造での基質と接触するアミノ酸を特定する。このアミノ酸を別のアミノ酸に改変すれば、基質と酵素の結合が阻害され、副産物の生成が抑制され目的化合物の生成率の向上(選択性向上)を見込むことができる(図1)。MSPERにより、目的化合物の生成に影響が少なく、副産物生成時に基質が触れるアミノ酸の接触率の順位付けがなされる。高い順位から改変酵素を作製・評価すれば、効率的に選択性が向上した改変酵素が得られる。

図1

図1 副産物生成を抑制させるためのアミノ酸部位予測

MSPERの検証では、酵素P450と基質S-リモネン(図2)を用いて、香料原料である二種類の目的化合物、トランス-カルベオール(12)とシス-イソピペリテノール(6)の生成率から、どのような反応生成物が生成されるかの選択性を評価した。MSPERによって提案された高い順位のアミノ酸部位の改変酵素を作製し検証実験を行った。検証の結果、提案されたのべ6個所のアミノ酸部位すべてにおいて、オリジナルの酵素より目的化合物の生成率が向上し、最大6.4倍の向上が確認できた。

図2

図2 MSPERによる目的化合物の生産率向上例

無作為にアミノ酸を改変した数千個以上の改変酵素の中から、目的の酵素を探し出す従来技術に比べ、MSPERはランキング形式で改変すべきアミノ酸部位を絞り込むことができる。今回の例では、数日から一週間程度の計算時間を要する。しかし、試算では従来技術と比べて酵素開発研究で最も時間とコストを要する検証のための実験数を170分の1から1000分の1に削減できる。

今後の予定

本研究で開発されたMSPER法はP450の他にも各種酵素で有効性を検証している。他にも酵素反応における生産性向上など高機能化に関する解析法を開発し、企業との共同研究により各種酵素の機能改変を通して、酵素を利用したものづくりに貢献する。

論文情報

掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Enzyme modification using mutation site prediction method for enhancing the regioselectivity of substrate reaction sites
著者:Jinzen Ikebe, Munenori Suzuki, Aya Komori, Kaito Kobayashi, Tomoshi Kameda


用語の説明

◆酵素シトクロムP450
細菌から、植物、ヒトをはじめとする哺乳類まで、さまざまな生物種に存在する酸化酵素の一種。[参照元へ戻る]
◆バイオものづくり
生体内で必要な物質を効率的に生産する酵素など生物由来の物質を利用し、産業界で必要な物質を工業的に生産すること。 [参照元へ戻る]
◆進化分子工学的手法
変異と選択を繰り返す自然界の進化のプロセスを模倣し、高機能な改変酵素の獲得を目指す方法。多数の改変酵素の作製と検証実験を繰り返さなければならないため、酵素開発のためのコストや時間の削減に課題が残されている。[参照元へ戻る]
◆分子動力学(MD)シミュレーション
酵素や基質などの分子をコンピュータ上に再現し、構成する原子間に働く力を計算することで、時間経過による分子の構造変化を追跡することができる計算手法。[参照元へ戻る]
◆CYP102A1
多様な化合物を基質とすることから工業的に利用価値の高いP450の一つである。香料原料のS-リモネンを基質とした場合、多種類の反応物を生成するため、目的生成物の選択性を向上させる検証実験のテストケースとして選ばれた。[参照元へ戻る]


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