発表・掲載日:2019/11/05

走査型電子顕微鏡での元素組成分析を高い空間分解能で実現

-カーボンナノチューブの表面官能基の均一性を微細構造レベルでイメージング-

ポイント

  • 走査型電子顕微鏡での元素分析の空間分解能を10ナノメートル以下と2桁向上
  • カーボンナノチューブ表面の官能基に由来した元素を微細な束状の構造レベルで分析可能に
  • さまざまなナノ材料の表面状態を分析する手法として、材料開発の促進に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノチューブ実用化研究センター【研究センター長 畠 賢治】CNT評価チーム 中島 秀朗 産総研特別研究員、森本 崇宏 主任研究員、小橋 和文 主任研究員、岡崎 俊也 研究チーム長(兼)同研究センター 副研究センター長らは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 石塚 博昭】(以下「NEDO」という)の超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト【プロジェクトリーダー 村山 宜光 (産総研 材料・化学領域長/理事)】で、走査型電子顕微鏡(SEM)中でのエネルギー分散型エックス線分光法(EDS)による元素分析を従来よりも2桁以上高い空間分解能で可視化する技術を開発した。

SEM中でのEDS計測は、元素組成を簡便に定量分析する手法としてさまざまな材料に広く用いられているが、一方で空間分解能が低く、ナノメートルサイズの材料を精度良く分析することが困難であった。今回開発した技術では、試料の支持基板を工夫することで観察時のエックス線信号検出の安定性を飛躍的に改善し、空間分解能10ナノメートル以下のイメージングを実現した。

カーボンナノチューブ(CNT)材料開発では、機能性を付与するためにCNT表面に官能基を導入する技術開発が盛んに行われている。CNTは直径数~数100ナノメートル程度の束状の構造(バンドル)を形成し、それらバンドルの特性、溶媒や母材中での解繊状態、ネットワーク構造が、最終的に得られるCNT材料の機能に大きく影響する。したがってCNTバンドルの表面官能基の分布を高い空間分解能で迅速に評価する技術が求められていた。今回開発した技術により、バンドル状のCNT表面の官能基分布を高い精度で評価できるようになった。CNTをはじめとするさまざまなナノ材料の表面状態を実用的な大面積視野で評価できる技術として今後の材料開発への貢献が期待される。

なお、この成果は、2019年11月5日(英国時間)にNanoscaleにオンライン掲載される。

概要図
SEM中での元素組成分析を高い空間分解能で実現

開発の社会的背景

CNTは優れた電気・力学・熱特性や化学的な安定性のため、エレクトロニクスをはじめ幅広い分野での応用が期待されるナノ炭素材料であり、実用化された例も増えはじめている。一般にCNTは強いファンデルワールス力によりバンドルや凝集構造を形成するため、バンドルの特性や解繊状態、母材中での分散状態の制御が材料開発の鍵となっている。そのため、CNT表面への官能基導入が盛んに検討されている。官能基の種類や量によって表面の化学構造や可溶性は大きく変化するので、官能基の空間的な分布の制御は用途開発の大きな課題である。一方で、表面官能基の状態を観察するために、これまで主に、透過型電子顕微鏡(TEM)中での分析によって官能基に由来する元素の空間分布が検証されてきたが、孤立分散した1本~数本のCNTしか観察できず、試料のごく一部しか評価できない課題があり、広い範囲を高空間分解能で元素分析できる技術が求められていた。

研究の経緯

産総研 ナノチューブ実用化研究センターでは、CNT産業の創出を目指し、CNTの大量合成、構造分離、機能性複合材料作製、安全性評価などの基盤技術を開発してきた(産総研プレス発表2017年9月12日2018年4月19日2019年2月4日)。超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクトは、機能性材料開発の大幅な高速化を目指し、CNT複合材料評価の基盤技術開発を行っている。その中で、CNT表面官能基の空間的な均一性を広い範囲で評価するため、SEM中でのEDS分析を用いた元素イメージングによる評価技術の開発に取り組んでいる。しかし炭素や酸素のような軽元素をイメージングする場合、空間分解能は通常1マイクロメートル程度と低く、CNTのバンドルでは官能基の均一性が評価できないという課題があった。そこで今回、高い空間分解能のSEM-EDS法の研究開発に取り組んだ。

研究の内容

従来のSEM-EDS法では、環境由来の元素放出帯電現象(チャージアップ)が生じるため、高い空間分解能でのCNT表面の元素イメージングは困難であった(図1a,b)。今回開発した技術では、観察に用いる支持基板に、新たに窒化物基板を用いて酸素などの環境元素の放出を十分に抑え込んだ。また、支持基板上にメッシュ状の金属パターンを作製して帯電現象をほぼ完全に抑制した(図1c)。さらに、試料からのエックス線を高効率で検出できる四素子一体アニュラー型シリコンドリフトEDS検出器を用いることで、10ナノメートル以下の高い空間分解能での元素イメージングを実現した。

図1dに、今回開発した技術による元素イメージング例を示す。試料は、スーパーグロース法の単層CNTを、過マンガン酸カリウム/硫酸溶液中で酸化処理を行って表面にカルボキシル基(-COOH)などの官能基を導入したものである。SEM画像で観察されるCNTのバンドルが、EDSによる炭素元素のイメージングでも鮮明に観測できた。また、酸素元素のイメージングでもCNTのバンドル構造を良く反映しており、表面官能基に由来する元素の高い空間分解能でのイメージングが可能であった。

図1
図1 SEM-EDS分析による元素イメージング
(a)、(b) 従来のイメージングと(c)、(d)今回の技術によるイメージング
 

図2aは、SEM-EDS法によって測定した表面官能基に含まれる酸素元素によるエックス線の強度をCNTに含まれる炭素元素によるエックス線の強度で規格化したO/C比を可視化した画像(O/C像)である。バンドルの測定箇所(1~3)ごとにO/C比が異なり、表面官能基が不均一に導入されていることが分かった。またこれらO/C比の違いはSEM画像で観測されるCNTバンドルの解繊状態(図2b)と良い相関を示した。化学処理が進み官能基導入量の多いバンドルほど、溶媒和によって分散が促進され、解繊したバンドル形状を持つことが分かった。これまで経験則に基づいて検証されてきたCNT表面の官能基の導入量と解繊状態との相関が、今回初めて実空間で直接可視化された。

図2
図2 高空間分解元素イメージングによる評価例
(a)酸素と炭素からのエックス線の強度比(O/C比)の画像
(b)箇所1~3のSEM観察画像とCNTバンドルの模式図
 

今回開発したSEM-EDS技術は、ナノメートルスケールの直径のナノ粒子や、ナノメートルからマイクロメートルスケールの平面サイズの酸化グラフェンなどの2次元材料まで、さまざまなナノ材料に応用できる技術である。従来困難であったナノメートルスケールでの表面構造を精度よく可視化するツールとして、今後のナノ材料の研究開発の促進への貢献が期待される。

図3
図3 今回開発したSEM-EDS技術の位置付け(さまざまなナノ材料のサイズとの比較)

今後の予定

今後は、CNT中の官能基分布や官能基化されたCNTバンドルの分散状態を評価する手法として、高機能性CNT材料の研究開発に貢献するとともに、さまざまなナノ材料系の分析・評価技術としての開発にも取り組む。


用語の説明

◆走査型電子顕微鏡(SEM)・エネルギー分散型エックス線分光(EDS)
試料表面に電子線を照射し、表面から放出される二次電子や反射電子を検出して試料形態を観察する走査型電子顕微鏡(SEM: Scanning electron microscope)と、同時に試料表面から放出されるエックス線を検出して、元素組成を分析するエネルギー分散型エックス線分光(EDSもしくはEDX: Energy dispersive X-ray spectroscopy)を意味する。一般にEDSはSEMか透過型電子顕微鏡(TEM)中に組み込んで用いられ、TEM中のEDS分析と識別してSEM中で行うEDSをSEM-EDSと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆カーボンナノチューブ(CNT: Carbon nanotube)
炭素原子のみで構成される直径が0.4~50 nmの一次元性のナノ炭素材料。グラファイト層を丸めてつなぎ合わされた構造で、層の数が1枚だけのものを単層CNT、複数のものを多層CNTと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆CNT表面の官能基
化学処理などでCNTを反応させた際にCNT表面のグラファイト層にさまざまな官能基が共有結合で導入される。一般的な手法として強酸処理による表面酸化が良く用いられ、CNT表面にヒドロキシル基(-OH)や、カルボニル基(C=O)、カルボキシル基(-COOH)などが導入される。[参照元へ戻る]
◆透過型電子顕微鏡(TEM)
電子顕微鏡の一種で、試料に電子線を照射し、通り抜けた電子によって試料の構造を観察する手法(TEM: Transmission electron microscope)。SEMと比べて空間分解能が高い一方、試料を薄片化する必要がある。TEM中の元素分析には、EDSや電子線が失ったエネルギーを測定する電子エネルギー損失分光法(Electron energy-loss spectroscopy: EELS)が用いられる。[参照元へ戻る]
◆環境由来の元素放出
ここでは、SEM-EDSにて計測する際に支持基板などから放出される元素を指す。通常よく用いられるシリコンや金属基板では、自然酸化膜が形成されるため基板からの酸素元素が多量に検出される。[参照元へ戻る]
◆帯電現象(チャージアップ)
試料に照射された電子の帯電によって、得られる画像に歪みやドリフトが起こる現象。比較的長時間の計測を要するEDSでは、帯電現象により元素イメージ画像の鮮明度が著しく低下する。[参照元へ戻る]
◆四素子一体アニュラー型シリコンドリフトEDS検出器
高感度EDS検出器であるシリコンドリフト検出器を四素子一体化させた大面積検出器。試料からのエックス線信号を高角度・広範囲で検出することで高効率な元素イメージング計測が可能。[参照元へ戻る]
◆スーパーグロース法
2004年、産総研 畠 賢治博士らによって見出された単層CNTの大量合成手法。化学気相成長(CVD)法を用いた単層CNT合成法であり、加熱炉内で単層CNTを合成する際に、水分を極微量添加することにより、触媒の活性時間および活性度が大幅に改善された。当時、従来の500倍の長さに達する高効率成長、従来の2,000倍の高純度の単層CNTを合成することが可能となった。2015年11月に日本ゼオン株式会社によって工業的量産が開始されている。[参照元へ戻る]

関連記事


お問い合わせ

お問い合わせフォーム