発表・掲載日:2019/05/17

超高精度平面回路計測技術により300 GHz帯で印刷配線の性能を評価

-未開拓周波数領域を利用した通信やセンサーの利用を加速-

ポイント

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「研究者が語る! 1分解説」動画(1分54秒)
  • 300 GHz帯の超高周波領域での回路の超高精度測定技術を開発
  • 300 GHz帯での伝送特性の評価を可能とし、印刷法で作製した配線の低損失性を実証
  • 未開拓周波数領域を利用した通信やセンサーの社会実装の加速に貢献すると期待


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 藤間 一郎】電磁気計測研究グループ 坂巻 亮 研究員、堀部 雅弘 研究グループ長とセンシングシステム研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】スマートインタフェース研究チーム 吉田 学 研究チーム長は、新たに超高精度の回路計測技術を開発した。この技術により、印刷技術で作製した高周波伝送線路コプレーナ導波路)の伝送特性を測定し、今後の社会実装が期待される未開拓周波数領域である300 GHz帯の超高周波領域でも低損失であることを実証した。

今回開発した計測技術では、高周波プローブが接触する電極の位置決めを目視やカメラで行わず、実際のプローブで測定されるSパラメーターの解析に基づいた高精度プロービング技術による正確な位置決めを採用している。そのため、測定される反射係数値のばらつき(標準偏差)が従来に比べて300 GHzで1/3程度の優れた測定再現性を実現できた。これにより、印刷技術で作製したコプレーナ導波路の特性を300 GHz以上の超高周波数領域で高精度に測定できるようになり、従来の成膜技術で作製されたコプレーナ導波路に比べ、60 %以上の性能向上を実証できた。

この技術の詳細は、電子情報通信学会和文論文誌(論文誌C)にて2019年5月17日に発表した。

概要図
コプレーナ導波路の構造の模式図(左)と測定風景の顕微鏡写真(中央)と
測定のばらつき(標準偏差、黒破線:従来計測技術、赤線:開発した技術)(右)


開発の社会的背景

電波の中でも高い周波数であるミリ波、特に100 GHzを超える周波数帯では、大容量のデータを高速に伝送できるため、2019年のサービス開始に向けた第5世代(5G)携帯無線通信の技術開発が進められ、さらに高周波の未利用周波数領域を利用した第6世代(6G)携帯無線通信が検討されている。近年では、量産可能なシリコン半導体製造技術によるミリ波帯デバイスの性能が向上し、ミリ波帯の電波を利用した無線通信の社会実装が進んでいる。それに伴い、ミリ波帯デバイスや回路の高性能化と、その評価技術の重要性が増している。

一般に、デバイスや回路の測定には、回路配線であるコプレーナ導波路に高周波プローブを接触させて測定を行う。手動による方法では、プローブの凸部を目視で平面回路の電極の位置に合わせ、その後プローブを下ろして電極に接触させるが、接触部の状態(接触圧力や位置)を制御することが難しい。また、接触状態の測定精度への影響は、波長が短い高周波ほど顕著となり、300 GHz帯の超高周波領域での伝送特性の正確な評価は困難であった。そのため、高周波プローブを再現性良く接触できる高精度な制御技術が求められていた。

研究の経緯

産総研では、プリンテッドエレクトロニクス技術による高周波デバイスやセンサーの実現を目指し、印刷プロセスの開発や高度化に取り組んでいる。また、印刷技術で作製したコプレーナ導波路のミリ波帯デバイスへの応用の研究開発を行い、これまでに、銀ナノインクを用いたスクリーン印刷で作製したコプレーナ導波路の100 GHzを超える高周波での優れた特性を実証した(2015年9月9日 産総研プレス発表)。

さらに、より高周波で利用するため、ミリ波帯で性能を高精度で評価できる高周波プローブの接触制御技術を研究開発し、これまで高精度の実証が困難であったコプレーナ導波路の300 GHz帯を超える周波数領域での性能(低損失・低反射特性)の実証を行うこととした。

なお、本開発の一部は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「物流サービスの労働環境改善と付加価値向上のためのサービス工学×AIに関する研究開発」の支援を受けて実施した。

研究の内容

これまでに銀ナノインクを用いた印刷技術により110 GHzまでの広帯域で、優れた伝送特性と反射特性を持つコプレーナ導波路を実現した。さらなる高周波領域での、コプレーナ導波路の反射特性と伝送特性の実証では、微細な測定針(針先幅 10 μm以下)の高周波プローブを微小な導波路測定端子(幅 50 μm以下)へ接触させて行うため、プローブ先端の接触する位置が異なると、測定結果に違いが生じる。その影響は周波数が高いほど大きくなるので、高周波領域での測定には、高精度で再現性の高いプローブの位置制御手法が必要となる(同じ位置精度でも、周波数が30 GHzに比べて、300 GHzでは高周波の波長が1/10になるため、相対的に10倍影響が大きくなる)。従来方式では顕微鏡などで視認してプローブの位置を制御していたが、精度が悪く微小な変化を再現性良く高精度に測定することが困難であった。

今回開発した位置制御技術(図1及び図2)では、高周波プローブを電極上に配置し(図2左上図の(1)の位置)、コンピューター制御により徐々に下げながら(例えば1 μm毎)、電気特性(図2の場合は反射特性)を測定する。高周波プローブが電極表面に接触するまでは、反射特性は図2右上図の青丸(反射特性複素数面の実数軸上の+1)付近で測定される。プローブが電極表面に接触すると(図2左上図の(2)の位置)、反射特性が急峻に変化し、図2右上図の赤丸(反射特性複素数面の実数軸上の-1)付近で測定される。この変化を検出して高周波プローブと電極表面との位置関係を再現良く決定できる。さらに、高周波プローブを電極から離して電極のない基板上へ移動し、基板に接触させると(図2左中図の(3)の位置)、反射特性は図2右中図の青丸(実数軸上の+1)付近で測定される。その後、高周波プローブを上下繰り返し接触させながら電極に近づけながら(例えば1 μm毎)、反射特性を測定する。その間、反射特性は図2右下図の青丸(実数軸の+1)付近で測定されるが、高周波プローブが電極側壁に接触すると(図2左下図の(4)の位置)、反射特性が急峻に変化し、図2右下図の赤丸(実数軸上の-1)付近で測定される。この変化の検出により、電極側壁と高周波プローブ先端の位置関係を再現良く決定できる。こうして決定した電極の表面と端面(壁面)を高周波プローブの基準位置と定義する。この基準位置を再現性良く決定できるので、自動ステージにより面内の各被測定素子の電極にもプローブを再現性良く接触させることができる。従来の目視やカメラなどの接触位置の制御に比べ、高精度なプローブ位置制御が実現し、340 GHzまで再現性よく測定できる。300 GHzでは、従来方式に比べて測定の再現性は、4回の測定の最大偏差は反射特性の振幅で約89 %、位相で約66 %、伝送特性では振幅で約44 %、位相で約70 %の改善を実現した(図3)。

図1
図1 今回開発した、電気信号の検出と解析による高周波プローブ位置合わせ技術(概要・模式図)

図2
図2 開発したプローブの位置制御技術における位置制御の原理

図3
図3 従来方式と新方式による測定ばらつき(標準偏差)の比較結果
(従来技術の金薄膜で形成された伝送線路を300 GHzにおいて4回測定した際の最大偏差)

今回開発したプローブ位置制御技術により、測定結果のばらつきを低減でき、被測定物間の特性を高精度で比較評価できるようになったので、印刷技術で作製したコプレーナ導波路と従来の金属成膜技術で作製したコプレーナ導波路について、340 GHzまでの信号の伝送特性と反射特性を高精度で評価した(図4(a)、(b))。印刷技術により作製した伝送線路の伝送特性(値が0 dBに近いほど損失が低く高性能といえる)は、従来の伝送線路に比べて低損失であることが実証できた。特に300 GHzでは約65 %低損失であった。

図4
図4 長さ5250 µmのコプレーナ導波路の高周波電気特性
(a)伝送特性、(b)反射特性

このように、低コストの印刷技術により作製したコプレーナ導波路は、300 GHzを超える未開拓周波数領域でも、従来技術の金薄膜で形成された伝送線路より低損失であり、センサーやデバイスとして非常に有望な技術であると考えられる。

今後の予定

今回開発した計測技術により、印刷法によるセンサーやデバイスのマイクロ波からミリ波帯に至る周波数領域での動作実証を行うとともに、測定技術のさらなる高周波化(500 GHzへの適用範囲の拡大など)を検討する。



用語の説明

◆高周波伝送線路
電磁波を伝送する伝送線路(配線)のことで、テレビのアンテナケーブルに代表される同軸構造、水道管のようなパイプの中を伝送させる導波管構造、そして平面基板上に信号線や接地線(あるいは接地面)を配置した平面回路がある。平面回路には、信号線と接地線を同じ面内に配置したコプレーナ導波路や、基板の表面に信号線、裏面に接地面を配置したマイクロストリップ導波路などがある。[参照元へ戻る]
◆コプレーナ導波路
セラミックや樹脂などの誘電体でできた板状の基板表面に、導電体薄膜で信号線とその両側に接地線を配置した構造の電磁波を伝播する伝送線路のこと。主に、高周波プローブの特性を校正するために使われる線路形状である。[参照元へ戻る]
◆高周波プローブ
半導体素子やプリント基板上の回路など被測定物の回路特性(Sパラメーターなど)を測定する際に用いる測定用のプローブのこと。プローブの先端部はコプレーナ導波路構造となっており、基本構造としては、接地線(G)―信号線(S)―接地線(G)の3つの電極構造(GSG構造)となっている。このGSGの3つの電極を回路の高周波伝送線路のGSGに接触させることで、高周波信号を被測定物である回路などに入力し、他方の高周波プローブで回路などの伝送特性を測定する。[参照元へ戻る]
◆Sパラメーター
配線、デバイスや回路の特性を表すために使用するパラメーターのことで、回路などの信号の伝送と反射特性を表現している。伝送特性とは、配線、デバイスや回路に入力される信号の情報(強度や位相)と、出力端から出力される信号の情報(強度や位相)との比で表される。反射特性とは、配線、デバイスや回路に入力される信号の情報(強度や位相)と、入力端に戻される信号の情報(強度や位相)との比で表される(説明図1)。[参照元へ戻る]
説明図
(説明図1)伝送特性と反射特性
◆第6世代(6G)携帯無線通信
第5世代の携帯電話規格の次の世代の規格のこと。カリフォルニア大学サンタバーバラ校のComSenTerでは、第6世代携帯無線通信向けの周波数として、140 GHz、 220 GHz、340 GHzに注力している。[参照元へ戻る]
◆ミリ波帯デバイス
ミリ波の周波数帯で動作・機能するデバイスのこと。信号を分配、切り替え、伝送方向を制限するなどの受動デバイスと、電磁波信号を発生、受信、増幅するなどの能動デバイスに分けられる。無線機器、放送機器や計測器に利用されてきたが、近年では自動車衝突防止レーダーなど生活に身近なデバイスにも使用されている。[参照元へ戻る]

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