発表・掲載日:2015/09/09

ミリ波帯で優れた伝送特性を持つ高周波伝送路を開発

-ミリ波帯デバイスの高精度な性能評価を安価に実現-

ポイント

  • 100 GHzを超える高周波の伝送特性に優れた伝送路を開発
  • 印刷技術により作製時間の短縮と低コスト化を実現
  • ミリ波帯デバイスの性能評価のための「標準伝送路」として利用可能


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 中村 安宏】高周波標準研究グループ 堀部 雅弘 主任研究員とフレキシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】印刷デバイスチーム 吉田学 研究チーム長は、印刷技術を利用して、100 GHzを超えるミリ波帯で優れた伝送特性を示す高周波伝送路コプレーナ導波路)を開発した。

 導電率が高い銀ナノ粒子インクを用いた印刷技術によって、導体の導電率が高く寸法精度の良いコプレーナ導波路を作製した。この導波路は、100 GHzを超える高周波帯域まで低損失特性を示し、特に60 GHz以上では、従来のコプレーナ導波路の約半分の伝送損失であった。また繰り返し使用による特性劣化も小さいことから、ミリ波帯デバイスの電気的な性能を評価する「標準伝送路」として利用できる。さらに、一度に多くのパターン形成が可能なスクリーン印刷技術の活用により、導電膜形成、露光およびエッチングによる従来の作製法に比べて作製時間の短縮と低コスト化を実現した(作製時間:約1時間1、従来比20分の1以下。作製費:約6000円1、従来比10分の1以下)。

 この技術の詳細は、フランスで開催されるEuropean Microwave Week 2015(EuMW2015)にて2015年9月9日に発表する。

印刷技術で作製したコプレーナ導波路の図
印刷技術で作製したコプレーナ導波路
100 GHzを超えるミリ波帯電磁波の伝送が可能

1 作製に要する消耗品費、人件費や光熱水費などから試算。30~40本の標準伝送路が1枚の基板に作製されており、その1枚の基板当たりのコスト



開発の社会的背景

 電波の中でも30 GHz以上の高い周波数であるミリ波は、高い分解能で距離を測定できることや、大容量のデータを高速に伝送できるといった利点がある。これまで、ミリ波帯を利用するデバイス(ミリ波帯デバイス)が高価であったため普及の妨げとなっていたが、近年では安価なシリコンデバイスがミリ波帯で動作できるようになり、自動車衝突防止レーダー近距離無線通信技術第5世代(5G)携帯電話といったミリ波帯デバイスの開発が進んでいる。それに伴い、ミリ波帯デバイスの性能評価に用いる「標準伝送路」が重要となっている。標準伝送路には、長期間使用しても安定した特性が求められる。しかし、高周波プローブを標準伝送路に接触させて測定を行うため、繰り返し使用すると接触点の状態が変化し、伝送特性や反射特性が劣化してしまう。そのため、ミリ波帯デバイスの高精度な性能評価には、高価な標準伝送路(数万円~数十万円2)を、頻繁3に交換する必要があり、安価で繰り返し使用による性能劣化の少ない標準伝送路が求められている。

2 30~40本の標準伝送路が1枚の基板に作製されており、その1枚の基板当たりのコスト
3 標準線路としては10回程度、基板としては300から400回程度。ただし、使用の条件により異なる。

研究の経緯

 産総研では、ミリ波帯デバイスの性能評価技術の研究開発を行っている。ミリ波帯で高精度な性能評価を行うには、損失・反射特性に優れた標準伝送路が必要である。また、高精度なデバイス性能評価を継続して実施するには、標準伝送路のコストを低減して、交換し易くすることが必要である。

 また、産総研では、プリンテッドエレクトロニクスの実現を目指した研究開発を行っており、印刷法による電子デバイスの形成に適した印刷プロセスの開発や高度化に取り組んでいる。そこで、高性能の高周波伝送路を印刷技術によって安価に作製する研究開発を行うこととした。

研究の内容

 コプレーナ導波路の伝送特性と反射特性はそれぞれ、導波路導体の導電率と導波路寸法の精度により決まるため、高性能のコプレーナ導波路を作製するには、高い導電率と寸法精度の高い作製技術が必要となる。今回、110 GHzまで信号を伝送できるミリ波帯のコプレーナ導波路を設計し、導電率の高い銀ナノ粒子インクと高精細なスクリーン印刷技術を用いて、アルミナ基板上にコプレーナ導波路(信号線幅が50 µm、信号線と接地線の間隔が25 µm)を作製した。

 今回開発した印刷法によるコプレーナ導波路と従来のコプレーナ導波路について、110 GHzまでの信号の伝送特性と反射特性を評価した(図1a、1b)。伝送特性は、値が0に近いほど損失が低く高性能だが、印刷法による伝送路の伝送特性は、従来の伝送路と同等か、それ以上であった。60 GHz以上の高周波数領域では、従来のコプレーナ導波路よりも低損失となり、特に100 GHz以上では約半分の低損失を実現している。また、反射特性では、負の数字が大きいほど信号の反射が少なく性能がよい。今回開発した導波路は、反射特性においても従来とほぼ同等の性能を示した。これらの評価結果は、従来技術に比べて導電率と寸法精度が同等か、それ以上である伝送路を、印刷技術により作製できることを示している。

(a)
コプレーナ導波路の高周波電気特性の評価結果(a)伝送特性の図
(b)
コプレーナ導波路の高周波電気特性の評価結果(b)反射特性の図
図1 コプレーナ導波路の高周波電気特性の評価結果
(a)伝送特性、(b)反射特性

 また、高周波伝送路を標準伝送路として利用するには、高周波プローブで繰り返し接触しても、特性を安定に維持できることが求められる。今回開発したコプレーナ導波路に、高周波プローブを10回接触させ、伝送特性の位相変化を測定したところ(図2a、2b)、印刷法によって作製したコプレーナ導波路は、従来のコプレーナ導波路に比べて位相変化が3分の1程度であり、安定性が増していることが分かった。これは、繰り返しの接触による導体金属表面の変形が少ないためと推測される。

 これらの評価・測定結果から、今回開発したコプレーナ導波路は、伝送特性・安定性の面において、従来のものより優れており「標準伝送路」として利用できる。また作製コストも安価なことから、ミリ波帯デバイスの性能評価用の「標準伝送路」として非常に有望である。

(a)
高周波プローブの繰り返し接触に対するコプレーナ導波路の特性の安定性評価結果(a)印刷技術の図
(b)
高周波プローブの繰り返し接触に対するコプレーナ導波路の特性の安定性評価結果(b)従来技術の図
図2 高周波プローブの繰り返し接触に対するコプレーナ導波路の特性の安定性評価結果
伝送路の位相測定結果の再現性(1回目の測定値で規格化)(a) 印刷技術、(b) 従来技術

今後の予定

 今回開発したコプレーナ導波路を、様々なミリ波帯デバイスの性能評価に活用し、「標準伝送路」としての有用性を実証する予定である。



用語の説明

◆ミリ波
周波数が30 GHzから300 GHzの電磁波のこと。主に、自動車衝突防止用のミリ波レーダーや、短距離無線通信などに用いられている。[参照元へ戻る]
◆伝送特性
配線、デバイスや回路に入力される信号の情報(強度や位相)と、出力端から出力される信号の情報(強度や位相)との比で表される。一般的に、測定される対象物に信号の増幅機能がない場合は、出力される信号の強度は入力信号より小さく、損失が発生する(説明図1を参照のこと)。[参照元へ戻る]
◆高周波伝送路
電磁波を伝送する伝送路(配線)のことで、テレビのアンテナケーブルに代表される同軸構造、水道管のようなパイプの中を伝送させる導波管構造、そして平面基板上に信号線や接地線(あるいは接地面)を配置した平面回路がある。平面回路には、信号線と接地線を同じ面内に配置したコプレーナ導波路や、基板の表面に信号線、裏面に接地面を配置したマイクロストリップ導波路などがある。[参照元へ戻る]
◆コプレーナ導波路
セラミックや樹脂等の誘電体でできた板状の基板表面に、導電体薄膜で信号線とその両側に接地線を配置した構造の電磁波を伝播する伝送路のこと。主に、高周波プローブの特性を校正するために使われる線路形状である。[参照元へ戻る]
◆ミリ波帯デバイス
ミリ波の周波数帯で動作・機能するデバイスのこと。信号を分配、切り替え、伝送方向を制限するなどの受動デバイスと、電磁波信号を発生、受信、増幅するなどの能動デバイスに分けられる。無線機器、放送機器や計測器に利用されてきたが、近年では自動車衝突防止レーダーなど生活に身近なデバイスにも使用されている。[参照元へ戻る]
◆標準伝送路
ミリ波帯デバイスの電気的な性能を評価するために、伝送・反射特性の測定の基準値を与える伝送路(配線)のこと。標準伝送路の長さや導体の導電率により決まる伝送特性(振幅と位相)と、配線の寸法などから決まる反射特性(理想値はマイナス無限大デシベル(dB))を、測定の基準値とする。実際に作製される標準伝送路では、配線の加工精度のために理想的な寸法や形状からのずれを生じ、配線内部で信号の反射を生じる。また、繰り返し使用すると高周波プローブとの接触部の状態が変化して伝送・反射特性が劣化し、測定の精度が低下する。[参照元へ戻る]
◆自動車衝突防止レーダー
自動車周辺の人や障害物や、車間距離などを検出するためのレーダーのこと。検出結果は、ブレーキの補助や速度の調整、運転者への警告をするために用いられる。主に、カメラや赤外線、ミリ波が用いられる。特に、ミリ波を利用した自動車衝突防止レーダーは広範囲に検出できることと、天候に左右されにくいといった利点があるが、これまでは低コスト化が課題とされてきた。[参照元へ戻る]
◆近距離無線通信技術
電車やバスなどの乗車カードや電子マネーなどの機能がついた非接触型ICカードやスマートフォンに用いられる、近距離での通信を可能とする技術のこと。また、ヘッドホンなどとスマートフォンとの通信などに用いられているBluetooth®や、超高速近距離無線伝送方式である60 GHz帯の電波を利用するWiGigTMWireless Gigabit、ワイギグ)なども近距離無線に分類されることがある。[参照元へ戻る]
◆第5世代(5G)携帯電話
2020年の実用化が目標とされている次世代の携帯電話規格のこと。通信速度は10 Gbps以上(現在主流の第4世代の最大10倍)を目標としており、日本では、2020年の東京オリンピックまでの実用化を目指した研究開発が進められている。また、現在は最大70 GHzの電波利用の実験も進められている。[参照元へ戻る]
◆反射特性
配線、デバイスや回路に入力される信号の情報(強度や位相)と、入力端に戻される信号の情報(強度や位相)との比で表される(説明図1を参照のこと)。[参照元へ戻る]
伝送特性と反射特性の説明図
(説明図1)伝送特性と反射特性



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