発表・掲載日:2010/06/15

特性ばらつきが小さい22 nm世代フィントランジスタを作製

-特性ばらつきを大幅に低減できるトランジスタ作製技術を開発-

ポイント

  • 材料、作製プロセスの改善により特性ばらつきを大幅に低減
  • 特性ばらつきの主要な原因を解消できる相補型金属酸化膜半導体(CMOS)プロセス
  • 22 nm世代以降のSRAMをはじめとする集積回路の歩留まりが低下する問題の解決に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】先端シリコンデバイスグループ 柳 永勛(りゅう ゆうしゅん) 主任研究員、昌原 明植 研究グループ長らは、現在、最も特性ばらつきが抑えられた22 nm世代立体型トランジスタ(フィンFET)の試作に成功した。

 フィンFETの特性ばらつきの主要な原因は、チャネル不純物統計ばらつき、フィンチャネル厚ばらつき、金属ゲート電極材料の物性ばらつきである。今回、チャネル材料である純シリコンを高精度で加工可能な高異方性ナノウェットエッチングプロセスを採用することで、これらの原因を解消した相補型金属酸化膜半導体(CMOS)プロセスを開発した。さらにこの技術を用いて、特性ばらつきが最小に抑えられている22 nm世代フィンFETの試作に成功した。22 nm世代以降のSRAMをはじめとする集積回路では、素子間特性ばらつきに対する許容範囲が非常に小さいことから、ばらつきによる素子の歩留まりの低下が最大の懸念事項であるが、今回作製したフィンFETを用いれば解決できる。

 なお、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)委託事業「ナノエレクトロニクス半導体新材料・新構造ナノ電子デバイス技術開発(平成21~23年度)」の一環として行われた。

 この技術の詳細は、2010年6月15~17日に米国ハワイ州で開催される国際会議「VLSI技術シンポジウム」(2010 Symposium on VLSI Technology)で発表される。

試作したフィンFETと、特性ばらつき強度のゲート酸化膜厚依存性の図
図1 試作したフィンFET(左)と、特性ばらつき強度のゲート酸化膜厚依存性(右)

開発の社会的背景

 これまで、シリコン集積回路は、その最小構成単位であるトランジスタを微細化することにより高性能化・高集積化を実現してきた。素子微細化はコスト削減にもつながるため、微細素子開発の熾烈な競争が続いている。しかし、2013年以降に市場投入が想定されている22 nm世代トランジスタ技術では、その寸法の小ささから素子間の特性ばらつきの問題が大きく顕在化してくると考えられており、製品の著しい歩留まり低下が懸念されている。とりわけ、システムLSIやマイクロプロセッサの50 %以上の面積を占めるSRAMでは、最小寸法のトランジスタを多用するため、特性ばらつきの影響を受けやすい。このため、特性ばらつきの少ない微細トランジスタの開発が強く求められている。

研究の経緯

 産総研とその前身である工業技術院 電子技術総合研究所は、素子寸法を縮小しても性能劣化を起こさない2重ゲート電界効果型トランジスタ(XMOSFET)を、1984年に世界に先駆けて提案し、3次元立体構造にしたフィンFETと呼ばれる新構造トランジスタの研究を推進してきた。また、素子特性を電気的に制御するための端子が付加された4端子型フィンFETを提案し、2003年に動作検証に成功している。また、2008年にはフィンFETにおける新たな特性ばらつき要因として、金属ゲート電極材料の物性のばらつきを提唱した。その後もフィンFETの特性ばらつきを抑えるための研究開発を継続している。

研究の内容

 22 nm世代に実用が見込まれているフィンFETの特性ばらつき(具体的には、しきい値電圧のばらつき) の低減を目指して、今回新たな22 nm世代フィンFET作製プロセスを開発した。図 2に特性ばらつきの要因を示すが、この中で主な要因と考えられているのは、チャネル不純物の統計ばらつき、フィンチャネル厚ばらつき、金属ゲート電極材料の物性(仕事関数)ばらつきがある。

フィンFETの特性ばらつきの主要な原因と今回用いた解決法の図
図2 フィンFETの特性ばらつきの主要な原因(下線)と今回用いた解決法

 まず、チャネル不純物の統計ばらつきを完全に除去するため、チャネル材料として不純物無添加の純シリコンを用いた。通常のトランジスタの場合、チャネル中に不純物を添加することで短チャネル効果の抑制を行っているが、フィンFETでは立体チャネルをゲートが覆う構造にすることで短チャネル効果を抑制できるため、不純物を添加しないチャネル材料の利用が可能となる。

 次にフィン厚ばらつきを抑制するため、チャネル形成時のプロセスに、高異方性ナノウェットエッチングプロセスを用いた。このプロセスは、シリコン(ケイ素:Si)の結晶面によってエッチングの速度が異なる性質を利用する異方性ウエットエッチングという方法を応用したものである。通常のドライエッチングプロセスでは、フォトレジストのマスクの側壁に凹凸があった場合、その凹凸はそのままSiチャネルに転写されてしまうが、今回用いた高異方性ナノウェットエッチングプロセスでは、凸部分のエッチングされる速度が速く、結果的に先に凸部分がなくなっていく。すなわち、自己修復的に側壁が平たん化されるので、原子レベルで平たんな側壁が形成される(図 3)。図 4に今回試作した22 nm世代フィンFETの上面電子顕微鏡像とフィン断面電子顕微鏡像を示す。高異方性ナノウェットエッチングプロセスにより、平たん性の高い側壁チャネルが形成されていることがわかる。

 さらに、この原子レベルで平たんな側壁は、フィンFETの特性ばらつきにおいて最も大きな要因である金属仕事関数ばらつきの抑制にも効果を発揮する。通常のドライエッチングプロセスで形成されたフィンチャネル側壁にはミクロな凹凸が存在する。このミクロな凹凸の上に金属を堆積した場合、凹凸に伴い堆積が様々な方向に進行するため、結果として金属ゲート電極材料の仕事関数に大きなばらつきを発生させてしまう。しかし、原子レベルで平たんなチャネル側壁であれば、金属が一様に堆積されるため、金属ゲート電極材料の仕事関数ばらつきを極限まで低減させることができる。

フィンチャネル形成時における、通常のドライエッチングプロセスと高異方性ナノウェットエッチングプロセスの違いの図
図3フィンチャネル形成時における、通常のドライエッチングプロセスと高異方性ナノウェットエッチングプロセスの違い

試作したフィンFET上面の走査型電子顕微鏡像とフィンチャネル断面の透過型電子顕微鏡像
図4 試作したフィンFET上面の走査型電子顕微鏡像(a)、フィンチャネル断面の透過型電子顕微鏡像(b)

 図 5に、今回試作したフィンFETのPelgromプロットを示す。このプロットはトランジスタ特性ばらつきの指標としてよく用いられ、横軸はゲート面積の平方根の逆数、縦軸はあるゲート面積におけるトランジスタ群のしきい値電圧の標準偏差(ばらつき)を示している。この図の傾きは通常Avtと定義されており、Avtが小さければ小さい程、特性ばらつきがよく抑えられていることを意味する。

今回試作したフィンFET群のPelgromプロットの図
図5 今回試作したフィンFET群のPelgromプロット

 図6に、これまで学会で発表されているAvt値と、今回試作したフィンFETのAvtを比較した結果を示す。今回試作したフィンFETでは、通常タイプのトランジスタに比べてAvtが劇的に改善されている。また、同じように不純物無添加チャネルを用いたトランジスタと比べても、同程度以下のレベルであった。これらの結果は、今回開発したフィンFETとその作製プロセス技術が、22 nm世代以降の集積回路の有力な候補であることを示している。

今回開発したフィンFETのPelgromプロットの傾きと学会報告値との比較の図
図6 今回開発したフィンFETのPelgromプロットの傾きと学会報告値との比較
フィンFETが、同一の酸化膜厚では最小値を示している。

今後の予定

 今回の成果は、22 nm世代以降で深刻になるトランジスタ特性ばらつきの解決案を提示するものであり、ひいてはSRAMをはじめとする集積回路の歩留まりが低下する問題の解決につながると考えられる。今後は、フィンFETを用いた集積回路を作製し、回路レベルでの歩留まり向上の実証を目指す。


用語の説明

◆特性ばらつき
集積回路の生産現場において、素子個々の特性(例えばしきい値電圧)が設計値からランダムに外れる現象を指す。トランジスタの寸法公差や不純物原子数に依存するので、素子寸法が小さくなるに伴い増大する傾向を持つ。したがって、素子の微細化に伴って、問題は大きくなる。[参照元へ戻る]
◆フィンFET(フィン型マルチゲート電界効果型トランジスタ)
平面型の2重ゲート電界効果トランジスタでの作製における、2つのゲートの位置合わせの難しさを解消した、起立型のチャネルを有する2重ゲート電界効果トランジスタ。起立したシリコンチャネルが魚などのヒレに似ていることからフィン型と呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆SRAM(Static Random Access Memory, 静的ランダムアクセス記憶装置)
随時、書き込み・読み出しが可能な半導体記憶装置。DRAMでは必須のリフレッシュと呼ばれる記憶内容の書き直し操作が不要であり、かつ高速動作が可能である。SRAM装置において1ビットの記憶を保持する最小構成要素、セルは、現在標準的なCMOS(Complementary MOS, 相補型金属-酸化膜-半導体構造)式の場合、6つのトランジスタで構成される。電源を切ると情報が失われる。[参照元へ戻る]
◆22nm世代トランジスタ技術
国際半導体技術ロードマップ(ITRS, International Technology Roadmap for Semiconductor)によれば、2013年に市場投入と想定されている、トランジスタと配線の仕様(トランジスタの各寸法や電気的特性、配線間隔等)の業界呼称。別名では、最小の金属配線ピッチの半分の長さ(hp, half pitch)で定義し、ハーフピッチ32 nm世代とも呼ばれる。現在製品化されている最新の集積回路では、45 nm世代(ハーフピッチ65 nm世代)トランジスタ技術が用いられている。[参照元へ戻る]
◆システムLSI
複数の機能を持つ回路を1チップ上に集積し、1つのシステムとして動作する大規模集積回路。携帯型電子機器などの中核をなす半導体部品として開発される。多くの場合、一時記憶装置として用いられるSRAMを内蔵している。[参照元へ戻る]
◆2重ゲート電界効果トランジスタ(XMOSFET)
電総研が1984 年に提案したゲートを2つ持つ平面型トランジスタ。半導体層を挟み込むように対向させてゲートを配置する。その断面形状がギリシャ文字のグザイ(Ξ)に似ていることから、それに対応する英文字のXをつけてXMOS と命名された。素子寸法縮小による特性劣化が抑えられ、理想的な性能向上が可能となる。[参照元へ戻る]
◆しきい値電圧
トランジスタの性能を決めるパラメーターの1つで、2つの電極間(ソース-ドレイン)を電流が流れ始める最小のゲート電圧。[参照元へ戻る]
◆短チャネル効果
トランジスタにおいて、ゲート長の微細化に伴い、ドレイン電流をゲート電圧によって制御する能力が低下していく現象。このゲート電圧の制御性の低下が原因となって、トランジスタオフ時の漏れ電流激増や、しきい値電圧の低下、ばらつきなどを引き起こす。[参照元へ戻る]
◆仕事関数
物質表面において、表面から1個の電子を無限遠まで取り出すのに必要な最小エネルギーのこと。トランジスタにおいては、ゲート材料の仕事関数が、しきい値電圧を決めるパラメーターの1つとなる。[参照元へ戻る]
Pelgromプロット
P.M.Pelgromによって提唱されたばらつき強度を表すプロット。不純物統計ばらつきのようなランダムな事象が原因となって特性ばらつきが誘起される場合には、しきい電圧Vth の標準偏差σ(Vth)は、ゲート面積(チャネル長L ×チャネル幅W)の平方根の逆数に比例することが知られている。Pelgromプロットでは、横軸を1/(LW)1/2、縦軸をσ(Vth)としており、通常その傾き(一般にAvtと呼ばれる)が、特性ばらつきの強さを表す指標として用いられる。[参照元へ戻る]

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