発表・掲載日:2008/09/16

常温プレス加工ができる新マグネシウム合金圧延材を開発

-アルミニウム合金なみの常温成形性を達成-

ポイント

  • マグネシウム合金圧延材の常温成形性を飛躍的に改善。
  • 既存の圧延装置で新マグネシウム合金圧延材が作製可能。
  • 汎用プレス機で成形加工できるため、飛躍的な低コスト化、高生産性化が可能。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】金属材料組織制御研究グループ【研究グループ長 斎藤 尚文】千野 靖正 研究員と、国立大学法人 京都大学(以下「京都大学」という)大学院エネルギー科学研究科 エネルギー応用科学専攻 馬渕 守 教授は共同で、アルミニウム合金なみの常温成形性を示す新マグネシウム合金圧延材を開発した。

 開発した新マグネシウム合金は、マグネシウム-亜鉛系合金に微量の希土類元素(セリウム等)を添加したもので、熱間圧延により作製される。新マグネシウム合金は汎用マグネシウム合金(AZ31合金)と大きく異なる集合組織を形成するため、アルミニウム合金なみの常温成形性(エリクセン値9.0)を示す(図1)。

 一般にマグネシウム合金圧延材の常温成形性はアルミニウムや鉄よりも極めて低いため、プレス加工に際して、圧延材および金型を250℃以上に加熱し成形する必要があった。今回開発したマグネシウム合金圧延材を利用すれば、加熱装置を備えていない汎用プレス機でもプレス加工することが可能となり、従来と比較して飛躍的な低コスト・高生産性を見込むことが期待できる。

 本成果の詳細は9月16~18日に東京国際フォーラムで開催されるイノベーションジャパン2008-大学見本市、9月23~25日に熊本大学で開催される日本金属学会2008年秋期大会および11月15~16日に工学院大学で開催される軽金属学会秋期大会で発表される。

汎用マグネシウム合金と新マグネシウム合金圧延材のエリクセン試験結果、およびエリクセン試験の概要図

図1 汎用マグネシウム合金(AZ31合金)と新マグネシウム合金圧延材のエリクセン試験結果、およびエリクセン試験の概要


開発の社会的背景

 マグネシウム合金は実用金属の中で最も低密度で、高い比強度を示し、資源も豊富に存在することから次世代の軽量構造材料として注目を集めており、鋳造部品を中心として、家電製品(ノートPC、携帯電話)や輸送機器(自動車部品)への利用が拡大している。特に、マグネシウム合金圧延材は、高い強度を必要とする軽量大型部品を作製するためのキーマテリアルとして、その実用化が期待されている。しかしながら、マグネシウム合金圧延材は常温における成形性に乏しく、プレス加工するためには圧延材と金型を250℃以上に加熱する必要があり、これがプレス加工費を大幅に引き上げる要因となっている。

 加熱装置を備えていない汎用プレス機でもマグネシウム合金圧延材をプレス加工することができれば、大幅に加工コストが削減でき、低コストで生産性の高いマグネシウム合金加工が実現できることから、新しい技術の開発が求められていた。

研究の経緯

 マグネシウムに希土類元素(セリウム)を添加すると常温での圧延性が向上することは古くから知られているが、その変形メカニズムにはいまだ不明な点が多い。産総研は、京都大学との共同研究により、セリウムの添加がマグネシウムの柱面すべりを容易にすることを明らかにした。

 この研究成果をシーズとして、新マグネシウム合金の合金設計を系統的に行った結果、マグネシウム-亜鉛系合金に微量の希土類元素(セリウム等)を添加した合金を熱間圧延すると、アルミニウム合金なみの優れた常温成形性を持つようになることを発見し、組織と成形性の詳細な調査、研究を行なってきた。

研究の内容

マグネシウムのすべり系と常温の臨界分解せん断応力の図

図2 マグネシウムのすべり系と常温の臨界分解せん断応力

 マグネシウムの延性は、結晶構造に異方性があるためアルミニウムや鉄と比較して低い。図2にマグネシウムのすべり面と臨界分解せん断応力(以下CRSSという)を示す。マグネシウムのすべり系は、底面、柱面、錐(すい)面に平行な3つのすべり系により構成される。錐(すい)面すべりのCRSSは、底面すべりや柱面すべりのCRSSよりも非常に大きく、常温ではほとんどすべらない。従って、常温ではc軸方向(図2の上下方向)のすべりが期待できない。

 一般に圧延により作製されるマグネシウム合金(プレス加工をする前の素材)には底面が圧延面に対して平行に配列するマグネシウム特有の集合組織が形成される(図3(a))。このような集合組織が形成されると、底面すべりと柱面すべりは圧延方向と板幅方向には作用するが、板厚方向には作用しなくなる(図3(b))。そのためマグネシウム合金圧延材は薄くなることができず、プレス加工の初期に破断してしまう。このため、汎用マグネシウム合金圧延材は、常温でのプレス加工が極めて難しい。

マグネシウム合金圧延材の集合組織形成、集合組織が圧延材のプレス加工性に及ぼす影響の図

図3 (a)マグネシウム合金圧延材の集合組織形成、(b)集合組織が圧延材のプレス加工性に及ぼす影響

 上記のことから、マグネシウム合金圧延材の常温成形性を改善するためには、マグネシウムの集合組織が圧延面に対して平行に配列しないようにすることが重要である。すなわち、圧延中の集合組織形成を制御し、底面すべりと柱面すべりが板厚方向に作用しやすい集合組織を形成させることが必要となる。

汎用マグネシウム合金および新マグネシウム合金圧延材の集合組織の図

図4 汎用マグネシウム合金(AZ31合金)および新マグネシウム合金圧延材の集合組織(模式図)。圧延方向(紙面垂直方向)から板を眺めた時の結晶の傾きを示す。結晶の水色の面が底面。

 今回開発したマグネシウム合金は、マグネシウム-亜鉛系合金に微量の希土類元素(セリウム等)を添加し、熱間圧延により作製される。汎用マグネシウム合金(AZ31合金)圧延材と新マグネシウム合金圧延材の集合組織の模式図を図4に示す。AZ31合金は底面が圧延面に対して平行に配列した集合組織を持つ。一方、新マグネシウム合金は、底面の法線が板幅方向に35°傾いた集合組織を持つため、板厚方向に容易に変形することができ、優れた常温成形性を示す。この特異な集合組織の形成は、希土類元素の微量添加に伴い、柱面すべりが活発化することに起因すると考えられる。

 図5に、アルミニウム合金とマグネシウム合金の常温の破断伸び(引っ張り試験で得られる破断伸び)とエリクセン値の関係を示す。従来、汎用マグネシウム合金(AZ31合金)はアルミニウム合金と同程度の破断伸びを示すものの、成形性はアルミニウム合金よりも著しく乏しかった。一方、今回作製した新マグネシウム合金は、図1にも示すとおり、アルミニウム合金(3000系、5000系、6000系アルミニウム合金相当)なみの成形性(エリクセン値9.0)を示す。すなわち、新マグネシウム合金は、アルミニウム合金なみの破断伸びと成形性を同時に実現し、常温でのプレス加工を可能とするものである。

アルミニウム合金およびマグネシウム合金の破断伸びとエリクセン値の図

図5 アルミニウム合金(Al)およびマグネシウム(Mg)合金の破断伸びとエリクセン値

今後の予定

 今後、企業等との連携を幅広く求め、新マグネシウム合金の応用展開・用途開発に向けた実用化研究を推進する。


用語の説明

◆希土類元素(レア・アース)
周期律表のIIIA族6周期に組み込まれている、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までのランタノイド元素と、同III族のスカンジウム(Sc)とイットリウム(Y)を加えた計17種類の元素を指す。これらの元素は化学的性質がよく似ている。 [参照元へ戻る]
◆AZ31合金
マグネシウム合金を表すASTM(米国材料試験協会)規格で、マグネシウム合金の添加元素としてアルミニウム(Al)と亜鉛(Zn)をそれぞれ3wt%と1wt%含む合金であり、汎用展伸マグネシウム合金として認知されている。[参照元へ戻る]
◆集合組織
多結晶体を構成する単結晶の一群が特定の規則的配列をもったもの。加工した金属に観察される。[参照元へ戻る]
◆エリクセン値(エリクセン試験)
圧延板のプレス成形性(主に張り出し成形性)を判断する試験法の一つであるエリクセン試験での測定値で、この値が大きいほど張り出し成形性が良い。日本工業規格JIS Z 2247(エリクセン試験方法)により規定されている。圧延材に鋼球ポンチ(直径20 mm)を押し込み、試験片に割れが生じた時点でのポンチ先端としわ押さえ面の距離をエリクセン値(単位:mm)と定義し、指標としている(図1右図参照)。[参照元へ戻る]
◆臨界分解せん断応力(CRSS: Critical Resolved Shear Stress
特定の結晶面をすべらせるために(転位運動を開始させるために)必要な最小のせん断応力。CRSSが小さい結晶面ほどすべりやすい。[参照元へ戻る]

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