発表・掲載日:2006/10/30

電気絶縁性と柔軟性を両立させた絶縁用樹脂を開発

-エレクトロニクス製品の小型軽量化、高性能化、長寿命化に貢献-

ポイント

  • 大型液晶ディスプレイから携帯電話まで、あらゆる電子部品に使われる絶縁保護膜用樹脂の新製造法を開発。
  • 樹脂原料として塩素化合物を用いないため、環境にやさしく、長期の電気絶縁性にすぐれた技術。
  • 新開発の硬化剤を組み合わせて、高い柔軟性を実現。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)環境化学技術研究部門【部門長 島田 広道】高選択酸化技術連携研究体 佐藤 一彦 研究体長は、昭和電工株式会社【代表取締役社長 高橋 恭平】(以下「昭和電工」という)と共同で電子部品の小型軽量化、高性能化、長寿命化に貢献する革新的な絶縁保護膜用樹脂を開発した。

 絶縁保護膜用樹脂は、大型液晶ディスプレイから携帯電話まであらゆる電子部品や配線の保護材料として使われている。これまでの製造技術では塩素化合物が不可欠であり、長期間の使用時に樹脂から塩化水素が発生して微細配線をショートさせ、絶縁性が損なわれるという問題点があった。これを防ぐために樹脂の耐熱性を上げると、材料の柔軟性が低下し、自由な形状の機器を実現するのに大きな支障となっていた。

 今回、過酸化水素を用いるクリーンな酸化技術により、塩素化合物を使わない絶縁保護膜用樹脂材料の製造法を確立した。新開発の硬化剤と組み合わせることにより、従来よりも2桁以上の長期間の絶縁安定性と、高い柔軟性とをあわせ持つ革新的な絶縁保護膜用樹脂の開発に成功した。製造の際の環境汚染物質の排出も無く、環境に優しい製造技術である。

 この樹脂は、今後ますます進んでいくプリント基板のフレキシブル化と配線の細線化に対応し、次世代のエレクトロニクス社会を支える基盤素材になると期待される。量産化に先立ち,2007年からユーザーへのサンプル配布を開始する。

 本技術の内容の一部は、平成18年11月6(月)~7日(火)に開催される第39回酸化反応討論会(於産総研つくば)および平成18年11月16日(木)~17日(金)に開催される第15回ポリマー材料フォーラム(於千里ライフサイエンスセンター)で発表される。

新開発の絶縁保護膜用樹脂の応用例の写真 左図 新開発の絶縁保護膜用樹脂の応用例
ポリイミドフィルム上に緑色で銅配線を被覆している材料に新開発の絶縁保護膜用樹脂を用いた。なお、柔軟性を強調するために、丸めて撮影した。


開発の社会的背景

 インターネットの普及や携帯電話の高機能化、地上波デジタル放送の開始により、電子部品の高機能化、軽量化が強く求められている。そのため、プリント基板のフレキシブル化と配線の細線化が進んでいるが、その上を被覆し回路を保護する絶縁保護膜用樹脂も非常に高い性能が求められるようになってきた。一般に絶縁保護膜用樹脂にはエポキシ樹脂が原料として用いられているが、このエポキシ樹脂中に残存する塩素化合物が長期絶縁特性の観点から問題となりつつある。従来は不純物として混入する加水分解性塩素のみが問題視されていたが、これとは別に、樹脂中の有機塩素化合物の塩素が、長期間の使用時に脱塩化水素反応を起こし、回線をショートさせるという問題が起こっている。この問題を回避するために耐熱性を上げることもできるが、そうすると材料の柔軟性が損なわれ部材の小型軽量化を進める上で支障となる。このように、柔軟性と長期絶縁安定性は、両立させることが難しい課題であった。

 また、一方でエポキシ樹脂は一般にエピクロルヒドリンを原料として製造されているが、製造時に大量の塩化ナトリウムや塩化カルシウムが副産物として生成し、廃棄物処理の負担が大きい上に、電気絶縁特性を改良するために残存塩素を除去しようとすると、非常に大きな精製コストがかかるという問題があった。

研究の経緯

 このような背景のもと、産総研は昭和電工と共同で、産総研の開発したエポキシ化反応をベースに、高性能材料の提供による最先端エレクトロニクス分野ニーズへの対応を可能とするための研究開発と、有害化学原料を使用せず、かつ、廃棄物を極小化することによる環境負荷低減に取り組んだ。なお、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「有害化学物質リスク削減基盤技術研究開発(平成16~18年度)」による支援を受けて行ったものである。

研究の内容

 電子材料用に設計したジオレフィン化合物を原料として、過酸化水素による選択的エポキシ化による二官能性エポキシモノマー製造の検討を行った。過酸化水素は反応後に水以外の副生成物が出ないクリーンな酸化剤であるが、それ自身の酸化力は弱く、反応に用いるには触媒による活性化が必要である。今回、高活性と高選択性を実現する新規な触媒系を開発し、選択的エポキシ化に成功した(図-1)。

過酸化水素による選択的エポキシ化反応の図

図-1 過酸化水素による選択的エポキシ化反応

 更に図-2に示すように、このようにして得られた二官能性エポキシモノマーをオリゴマー化するとともに、このエポキシ基と反応させるのに最適な硬化剤を開発し、高性能樹脂を完成させた。

開発技術の概要図

図-2 開発技術の概要

 絶縁保護膜用樹脂として実際に利用した場合に、図-3に示すような高い絶縁性能を達成することが出来た。

長期絶縁性試験結果の図

図-3 長期絶縁性試験結果

 本技術によればエポキシ化合物、硬化剤ともに分子設計の自由度は高く、絶縁特性と柔軟性のバランス調整を行いながら、ユーザーからの多様な要求にも対応可能となる。また、新しく開発した硬化剤は、光学特性に優れているので、最初の開発コンセプトである柔軟性と組み合わせて、熱硬化型の光学フィルムとすることが可能であり、液晶ディスプレイ向けフィルムとしても期待できる。

今後の予定

 今回開発した高性能絶縁保護膜用樹脂について、最初に高性能絶縁特性を生かして、エレクトロニクス分野の中で特に高度な配線の細線化が要求されている特定用途へ展開し、実績を積んだあと、他の電子材料、光学材料市場に拡大する計画である。そのために2007年よりサンプル配布を行い、ユーザーの評価を受けるとともに潜在ニーズの掘り起こしを行っていく。


用語の説明

◆絶縁保護膜用樹脂
銅等の電気配線を外的要因から保護する目的で、プリント配線板上の特定領域に施す耐熱性被覆材料。[参照元へ戻る]
◆過酸化水素
融点0.9℃、沸点152℃の無色透明液体。物質を酸化する特徴を有する。水に任意の割合で混合し、通常は水溶液として市販される(3%水溶液はオキシドール)。物質を酸化する工程では水以外の副生物が生じないために環境負荷が小さく、クリーンな酸化技術を達成できる有用な物質である。[参照元へ戻る]
◆硬化剤
エポキシ樹脂の場合には、エポキシ基を持った化合物に組み合わせて、エポキシ基と反応する官能基を複数持った化合物。両者が反応することにより硬化反応が起こる[参照元へ戻る]
◆プリント基板
絶縁基板上に、導電性の配線パターンをめっきやエッチングなどの化学的手法もしくは、導電性ペーストによって配線を形成した板のこと。電子部品・集積回路などを搭載する場合が多い。[参照元へ戻る]
◆エポキシ樹脂
エポキシ基を複数持った化合物。エポキシ基の反応により硬化反応を行う。硬化前の液状品もエポキシ樹脂と呼ばれている。[参照元へ戻る]
◆加水分解性塩素
エポキシ樹脂の中に含まれる有機塩素化合物の中で、水の存在下に容易に加水分解して塩素イオンを発生するもの。樹脂を溶剤に溶解しアルカリで所定温度、所定時間処理を行い、塩素を分解して発生する塩を、電位差滴定により定量する。この分析法で検出できない塩素化合物でも、電気特性を悪化させることが最近分かってきている。[参照元へ戻る]
◆エピクロルヒドリン
下図の化合物。エポキシ化合物や高機能ゴムの原料として使用される。[参照元へ戻る]

エピクロルヒドリンの説明図

◆ジオレフィン化合物
下図に示されるような二つの二重結合をもつ物質。[参照元へ戻る]

ジオレフィン化合物の説明図

◆選択的エポキシ化
二つの二重結合をもつ化合物の一つだけを反応させ、エポキシドを得る反応。通常は困難であるが、触媒を工夫することにより可能となる。[参照元へ戻る]
◆二官能性エポキシモノマー
下図に示されるような、二重結合およびエポキシ基をもつ物質の総称。[参照元へ戻る]

二官能性エポキシモノマーの説明図

◆オリゴマー化
モノマーを重合させ、2量体以上で分子量数千までの低重合体を得ること。熱硬化性樹脂の場合には、モノマーをそのまま硬化させたのでは、収縮等の悪影響が出るので、オリゴマー化を行うことが良くある。[参照元へ戻る]

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