発表・掲載日:2005/09/28

猛毒リシンを僅か10 分で高感度検出

ポイント

  • 猛毒リシン[RCA60]の高感度で迅速な検出法を開発
  • リシンが細胞表面の糖鎖に結合する感染機構を利用した世界初の検出技術
  • リシンと類似の弱毒性リシン凝集素[RCA120]を識別可能
  • 対処療法しかなかったリシン毒症状の新たな治療法への発展も可能に

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) バイオニクス研究センター【センター長 軽部 征夫】糖鎖系情報分子チーム 鵜沢 浩隆 チーム長らは、警察庁 科学警察研究所【所長 高取 健彦】(以下「科警研」という)法科学第三部化学第四研究室 瀬戸 康雄 室長と共同で、産総研が独自に開発した糖鎖分子を利用して、猛毒リシンを高感度で迅速に検出する技術を世界で初めて開発した。本検出法では、致死量の1万分の一という極微量のリシンを僅か10 分で検出することができる。糖鎖を使用したリシン検出法は世界初である。

  • 本成果は、産総研の糖鎖利用技術をシーズとし、科警研で実剤を使用して実施したものである。本課題は、産総研 ハイテクものづくりプロジェクト、及び、科学技術振興調整費 「化学剤・生物毒素の一斉現場検知法の開発(研究代表者:科警研 瀬戸 康雄)」により実施した。
     
  • 複数の糖鎖を用いることにより、リシン[RCA60]と構造上類似したリシン凝集素[RCA120]との識別も可能。未知の「白い粉」がリシンによるものかどうか、瞬時に判定可能。
糖鎖を用いたリシンの超高感度検出の概要図

 今後、本毒素検出法が1次スクリーニング法として、幅広く公的機関に配備されることが期待される。



研究の背景

 ヒマ種子から容易に精製されるリシンは、生物化学兵器として最も使用され得る毒素であるため、各国がテロへの使用を懸念している。米国ナノテク国家戦略において、バイオハザードセンサーの重要性が謳われているが、これまで必ずしも十分な成果は得られておらず、国家レベルの研究が急務であった。

 現行の遺伝子診断法や抗原抗体法などは、専門家による判定が不可欠であり、検出感度や判定時間、操作性などにおいて問題のある方法である。また、海外より輸入されている抗体法は、低温での管理が必要であり、また室温保管が可能であっても保証有効期限が短いなどの課題がある。

研究の経緯

 これまでに産総研では、病原性大腸菌O-157 の生産するベロ毒素を、腎臓細胞に存在する糖鎖を模倣し独自に開発した「人工の糖鎖」と水晶振動子とを組み合わせることによって、1 時間以内に検出することに世界で初めて成功した。これらの成果を基に、科警研と共同でリシン検出の研究を行い、本成果を得るに至った。

 本検出法は、リシンが細胞表面の「糖鎖」に結合して感染するメカニズムに着目し、この感染機構を検出原理に応用して、当該毒素を感度良く検出するものである。

研究の内容

 本検出法は、リシンが細胞表面にある糖鎖に結合する感染機構を検出原理に用いている。独自に開発した3種類の糖誘導体(糖鎖)を合成し、これをセンサーチップに固定化した。表面プラズモン共鳴(SPR)とよばれるラボ設置型の光学検出装置を用いたところ、致死量の1万分の一(15ng)のリシンを僅か10 分で検出することができた。さらに、リシン精製時にリシン [RCA60]とともに得られるリシン凝集素[RCA120]は、それらのタンパク質の1次配列がよく似ている(高い相同性を示す)ため、両者を識別することはこれまで困難であった。今回、産総研及び科警研は、複数の糖鎖をセンサーチップ上に並べた糖鎖チップを用いることで、両者を識別することに成功した。糖鎖は熱的、化学的に安定であることから、常温で長期保存可能であり、比較的高温条件での使用も可能であるため、現行の遺伝子診断法や抗原抗体法に比べて取り扱いやすい。

 また、糖鎖を用いる検出法が過酷な条件下でも使用可能な毒素検出法であることから、現場向きの簡易検出法の開発を目指し、糖鎖で被覆した金コロイド微粒子を使用した新規な検出法を予備的に検討した。この金コロイド微粒子が分散する溶液に、リシンを加えたところ、金コロイドの凝集による色の変化により、極微量のリシンを僅か10 分間で判定できた。この変化は目視で判定が可能であるため、今後さらに検討を行い、手軽に使用できる検出キットの開発を進める。詳細な研究は、科学技術振興調整費の国家プロジェクトで進めることとする。

今後の予定

 細胞表面の糖鎖は、病原性ウィルスや細菌、毒素の標的分子であるため、糖鎖利用の検出法は、感染実態に近い判定が行え、魅力的な方法である。今後は、手軽に現場で、誰でも簡単に判定できる毒素判定試薬の開発や、感染症関連病原体の検出などの研究へと拡張予定である。

 さらに糖鎖を利用した生体由来の毒性を緩和できる治療薬の発展にも繋げていきたい。


用語の解説

◆糖鎖分子
人間が生活する上で重要な3大栄養素は、タンパク質、脂質、糖質である。糖鎖はこの糖質の構成成分であり、糖質は生体の単なるエネルギー源としての役割しか持たないと古くから考えられてきた。しかし、近年、糖質を構成する糖鎖が、免疫、感染、癌化、ホルモン調整など、細胞内外で情報伝達、分子認識に関与しているが明らかとなり、糖鎖が核酸、タンパク質に次ぐ第3の生命鎖として注目されるようになった。糖鎖は、糖タンパク質、糖脂質として細胞膜に存在し、ホルモン調整、免疫、分化、細胞間の認識、受精などの生命現象に深く関与している。糖鎖の生命維持に関わる重要な機能は、ときに、病原性ウィルスや細菌、あるいは、毒素の標的にもされるが、このような生命現象を材料工学的に利用することにより、特定の毒素等を検出するバイオセンサーの開発へと展開できる。たとえば、病原性大腸菌O-157 の分泌するベロ毒素は、腎臓細胞表面の糖鎖と強く結合する。産総研は、ベロ毒素の感染機構を模倣した検出原理を材料工学的に応用して、迅速で簡便なベロ毒素検出の方法を開発した。[参照元へ戻る]
◆リシン
ヒマ(トウゴマ; Ricinus communis)の実から得られるタンパク性毒素。致死量は150マイクログラム。ヒマの実には、分子量約12 万のリシン凝集素[RCA120]および分子量約6万のリシン[RCA60]を含む。毒性は熱に不安定。本実験で使用したリシンは、タンパク質生合成阻害による毒性が高いため、化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律において特定物質に指定されており、その製造、所持、使用は禁止されている。本研究では、リシンを用いた毒素検出は、科警研にて実施した。[参照元へ戻る]
◆表面プラズモン共鳴
光が固体表面で全反射するとき、エバネッセント波という特殊な光が発生している。表面上に極微量の質量が吸着するとエバネッセント光の強度が増大するので、超高感度の質量計測ができる。今の場合、センサー基板上の糖鎖にリシンが結合すると質量が増加するので検出できる。約1ピコグラムの対象化合物を検出することができる。[参照元へ戻る]

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