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発表・掲載日:2004/10/21

高容量鉄系酸化物正極材料の開発に成功

-リチウムイオン二次電池の低コスト化に道-

ポイント

  • 鉄イオンを最大限に活かす化学組成設計とナノ粒子製造法を組み合わせることにより、高容量、かつ高温サイクル特性に優れる新規鉄系酸化物材料を開発。
  • 既存正極(コバルト酸リチウム、リチウムマンガンスピネル)に対して放電電圧や容量の観点から比肩しうる鉄系材料は得られていなかった。
  • 鉄系酸化物は資源量が豊富であり、リチウムイオン二次電池の低コスト化に道を拓く。
  • 資源量の豊富な元素を利用することから自動車などの大容量用途へのリチウムイオン二次電池の適用を格段に容易にする。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) ユビキタスエネルギー研究部門【部門長 小林 哲彦】は、共沈法水熱法を組み合わせたナノ粒子製造法(湿式合成法)を用い、リチウムイオン二次電池において3V以上の放電電圧を有するリチウム-鉄-マンガン系新規正極材料を開発し、この材料が高温サイクル特性においては、既存のリチウムマンガンスピネル系正極を越える充放電容量を示すこと、現在リチウムイオン電池で最もよく用いられているコバルト酸リチウム並の容量(約150mAh/g)を有すること、化学組成の制御(ニッケル元素添加)及び鉄イオン配列制御とナノ粒子径の微細化により平均放電電圧及び正極材料あたりのエネルギー密度を向上させうることを見い出した。(図1)

○従来、鉄系酸化物(LiFeO2など)はリチウムイオン二次電池用の正極材料として期待されていたが、既存正極に対して放電電圧や容量の観点から比肩しうる材料が得られなかった。またリチウムマンガンスピネルなどの既存正極に対する充放電特性上の優位性も明らかにされていなかった。

○鉄イオンを最大限に活かす化学組成設計と産総研が長年にわたり蓄積してきた共沈法と水熱法を組み合わせたナノ粒子製造法(湿式合成法)を組み合わせ、一次粒子径低減、鉄イオン乱れ低減の同時達成を実現するため、化学組成、作製条件を最適化した。得られた材料が既存正極(コバルト酸リチウム)並の高容量と、高温サイクル特性がリチウムマンガンスピネルより優れていることを発見。

○これまで困難とされてきた鉄系酸化物正極のリチウム二次電池分野への実用化に道を拓き、リチウムイオン電池の低コスト化が期待できるとともに、資源量の豊富な正極材料は自動車などの大容量用途への適用を格段に容易にする。

 本研究開発の成果は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 牧野 力】(以下、「NEDO技術開発機構」という)の委託事業「燃料電池自動車等用リチウム電池技術開発-高性能リチウム電池要素技術開発(平成14~18年度)」により得られたものである。

 今後、得られた材料に対しさらなる充放電特性の改善、作製条件の簡素化を通じた製造コストの低減などを行う。

開発した2種の正極材料の炭素負極材料を用いた、4.3V充電後の60℃における10サイクル後の放電曲線図
図1 開発した2種の正極材料の炭素負極材料を用いた、4.3V充電後の60℃における10サイクル後の放電曲線。

研究の背景

 リチウムイオン二次電池は、他の二次電池系に比べて高いエネルギー密度を有するためノートPC、携帯電話などのモバイル機器に必須の電池となっており、最近では小型電池ばかりでなく車載用などの大型電池への応用も検討されてきている。リチウムイオン二次電池の構成材料の中で電池性能を決定づける最も重要な材料の一つが正極材料であり、コバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、リチウムマンガンスピネル(LiMn2O4)等のリチウムイオンを含む遷移金属酸化物の研究開発が進められてきたが、現行のほとんどのリチウムイオン二次電池においては、コバルト酸リチウムが採用されている。しかし、最近のコバルト原料価格の高騰や電池の低コスト化の要求に応えるため、正極内のコバルト量低減が要求されている。特に車載用などとして開発されている大容量リチウムイオン二次電池においては、正極材料の使用量が大幅に増加することから、資源的に豊富で安価な遷移金属元素を主体とする正極材料開発が強く望まれている。リチウムマンガンスピネル系正極材料は最も有力な候補であるが、放電容量は100mAh/gとコバルト酸リチウムの放電容量(150mAh/g)より小さく、高温(60℃)において3価のマンガンが電解液中に溶出した後、炭素負極上に析出し充放電特性が著しく劣化することが報告されており、代替材料開発の必要性は依然として強い。

 候補となる遷移金属元素の中で最も安価で資源的に豊富なのが鉄であり、その金属材料価格はコバルトの約1/100、埋蔵量はコバルトの約2000倍ある(芳尾真幸、小沢昭弥編「リチウムイオン二次電池 第二版 材料と応用」、日刊工業新聞社、p.36、2000年)。しかしながら今まで開発されてきたLiFeO2などの鉄系酸化物正極材料は平均放電電圧が2V以下と低く、上記既存正極の代替材料として採用されるに至っていない。またコバルト酸リチウムやニッケル酸リチウムに鉄を固溶させた系においても充放電特性改善効果が認められず、鉄系酸化物のリチウム二次電池正極材料への応用はほとんど不可能とされてきた。

研究の経緯

 コバルト酸リチウムを超える高容量を有する鉄系酸化物正極材料開発を目標に、化学組成や遷移金属イオン分布の精密制御技術を用いて研究を行ってきた。その中で平成13~14年度に、世界で初めて4V領域で鉄イオンが酸化還元する正極材料(鉄含有Li2MnO3)を見出した(Journal of Power Sources, 97-98, 415-419 (2001).及びJournal of the Electrochemical Society , 149, A509-A524 (2002). 特許第3500424号)。しかしながら得られた材料の充放電特性は既存正極には及ばず更なる作製条件、化学組成の最適化が必要であった。そこで平成14年度より経済産業省、平成15年度以降はNEDO技術開発機構より委託を受け、研究題目「燃料電池自動車等用リチウム電池技術開発-高性能リチウム電池要素技術開発-ベースメタル元素を活用した新規酸化物正極材料開発」を実施し本成果を得た。本成果は安価で資源的に豊富な構成元素(主として鉄及びマンガンで最大約20%のニッケルを含む)からなるためリチウムイオン二次電池正極材料の低コスト化、省資源化が期待できる。

研究の内容

 今回新規鉄系酸化物正極材料として開発したのは、コバルト酸リチウムやニッケル酸リチウムと同じ層状岩塩型構造を有する二種のLi1.2M0.8O2M=Fe0.5Mn0.5, Fe0.4Mn0.4Ni0.2)の組成式を有する化合物である。これらは図2のように100nm以下の一次粒子径を有するナノ粉末であり、図3の作製行程により得られた。鉄イオンを最大限に活かしつつ、充放電特性を向上させるためには鉄イオン配列の乱れを低減しつつ粒子径を小さくする必要がある。そのためには、不純物生成を抑制し遷移金属イオンを固体内で均質に分布させた前駆体を作製することが必須となる。


Li1.2(Fe0.4Mn0.4Ni0.2)0.8O2
開発した鉄系正極材料粉末のTEM写真画像
図2 開発した鉄系正極材料粉末のTEM写真

開発した鉄系正極材料の基本的作製工程図
図3 開発した鉄系正極材料の基本的作製工程

 本材料製造時においては、電極反応を阻害するフェライトの生成が起き易いが、特に工程(1)での共沈法における低温制御及び工程(2)での水熱処理を急速昇温で開始することがフェライト生成を抑えることに大きな効果をもつことを見出した。また得られた前駆体は微粉でリチウム源との反応性が高く比較的低温(650℃以下)で最終生成物が得られることがわかった。

 正極放電電位をより正確に見積もるために最終生成物を正極とし、金属リチウムを負極とした3~4.3Vの電位範囲、電流密度42mA/g、30℃での初期放電特性(図4)はM=Fe0.5Mn0.5のものは90mAh/g以下で比較とするリチウムマンガンスピネル系正極(LiMn2O4)に比べ低かったが、ニッケル含有正極はほぼ同等の容量(100mAh/g)を示した。平均作動電圧も3.8Vありこの容量、電圧値は鉄系酸化物正極の中では最も高いものであり、開発品はリチウムマンガンスピネル並みの充放電特性を有することがわかった。従来よりリチウムマンガンスピネル系正極は、炭素負極を用いた60℃での充放電サイクル試験においてMn3+イオンの溶出に伴う顕著な特性劣化を示すことが報告されているため、図5にあるように、開発品とリチウムマンガンスピネル系正極の高温サイクル特性を炭素負極を用い、金属リチウム負極の場合と同様の電流密度、2.5-4.3Vの電位範囲で比較した。リチウムマンガンスピネル正極が10サイクル経過後容量低下を起こしているにもかかわらず本開発品はそのような容量劣化を起こしていない。また10サイクル経過後の容量が約150mAh/gに近いことがわかる。これは現状のコバルト酸リチウムの容量(150mAh/g)とほぼ同等である。このことは本開発品がリチウムマンガンスピネルに比べ高温サイクル特性が優れているものと考えられる。

 得られたLi1.2(Fe0.5Mn0.5)0.8O2の放電平均電圧は3.2Vとコバルト酸リチウムの平均電圧3.6Vより0.4V程度低かった。しかしながらLi1.2(Fe0.4Mn0.4Ni0.2)0.8O2正極でも同様の試験を行い、図1に示されるように10サイクル経過後に同等の容量を示すことを確認し、またニッケルの固溶により平均作動電圧が0.07V上昇することを確認した。このことからも本開発品は、マンガンスピネル系正極材料とは異なる特徴を有する正極材料として既存正極の代替候補となりうるものと考えられる。

開発した2種の鉄系正極材料粉末の負極に金属リチウムを用いた4.3V充電後の初期放電特性と既存LiMn2O4正極材料との比較図
図4 開発した2種の鉄系正極材料粉末の負極に金属リチウムを用いた4.3V充電後の初期放電特性と既存LiMn2O4正極材料との比較

60℃における4.3V充電後の初期及び10サイクル後の放電曲線の比較図
図5 開発した鉄系正極材料と既存LiMn2O4正極材料との炭素負極を用い、60℃における4.3V充電後の初期(1d)及び10サイクル後(10d)の放電曲線の比較。
矢印は10サイクル経過後の放電容量の変化を示す。

今後の予定

 鉄は他の遷移金属(コバルト、ニッケル、マンガン)に比べ環境流出の許容値も高いのでこれらの開発品は、資源的に豊富で環境に優しいリチウムイオン二次電池正極材料となりうることが期待できる。本開発品は長期サイクル安定性などまだ解決すべき課題がある。今後さらなる充放電特性改善を進め、塗布型電極試作・評価による実用化可能性の検証、電池メーカー等を通じての本材料の車載用電池等への適用の可能性について検討を行っていく予定。



用語の説明

◆共沈法
2種類以上の溶液内の金属イオンを同時に沈殿させて両者の比率の保たれた均質な沈殿(共沈物)を作製する方法。本研究の場合、いかにマンガンと鉄を均質に含む沈殿(水酸化物や酸化水酸化物)を作製するかがキーポイントとなる。[参照元へ戻る]
◆水熱法
2種以上の原料を含む溶液を密閉容器内に入れ、水の沸点(100℃)を超える温度で加熱後冷却することにより両者を液相中で溶解・反応析出させて均一な生成物を得る方法。上記共沈法で完全に金属イオン分布を均質化できない場合でも本方法でより均質化できる。[参照元へ戻る]
◆リチウムイオン二次電池
現行の二次電池の中で最も高い作動電圧(3-4V)を有し、正極材料にコバルト酸リチウムに代表される遷移金属酸化物、負極材料として黒鉛系炭素材料、非水系電解液を構成材料とした二次電池。充電時に正極から負極へ、放電時に負極から正極へリチウムイオンが移動することにより電池として作動する。1990年代初めに実用化され、電池体積あるいは重量当たりに取り出せる電気量(エネルギー密度)が他の二次電池系に比べ格段に大きいことから、携帯電話、ノートPC等のモバイル機器の電源として必要不可欠なものとなっている。生産はほとんど日本の電池メーカーが行っている。[参照元へ戻る]
◆正極材料
電池の+極側を構成する材料。リチウムイオン二次電池の場合、負極にリチウムイオンを含まない炭素材料を用いるため、正極材料にはコバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、リチウムマンガンスピネル(LiMn2O4)等のリチウムイオンを含む遷移金属酸化物が用いられている。現行電池においては、ほとんどがコバルト酸リチウムが採用されているが、最近のコバルト原料価格の高騰や電池の低コスト化の要求に応えるため、正極内のコバルト量低減が企業にて検討されている。なおこれら酸化物は一般にアセチレンブラックなどの導電材や結着剤と混合して電池に導入されている。正極材料の充放電時のリチウムイオン出し入れの量が電池の容量を、出し入れ時の電圧が電池電圧を決定づけるため、正極材料開発はリチウム二次電池の中で特に重要である。[参照元へ戻る]
◆高温サイクル特性
この場合の高温とは室温よりやや高い温度(約60℃)であり、その温度域で繰り返し充放電した際の充放電特性のサイクル数に対する変化を意味する。この温度においてはリチウムマンガンスピネル系正極材料は電解液中に微量含まれるフッ化水素酸により3価のマンガンイオンが電解液中に不均化してMn2+イオンとして溶出し、炭素負極上で消費されることにより顕著な容量低下を起こす。現在企業内でその低減のための努力がなされている。今回見いだした鉄系正極材料もマンガンイオンを含むためこの試験によりリチウムマンガンスピネルのような容量低下を引き起こすのかどうかを検討した。[参照元へ戻る]
◆リチウムマンガンスピネル系正極材料
組成式LiMn2O4を有し、スピネル型構造を有するリチウムマンガン酸化物の一つ。合成が比較的容易でコバルト酸リチウム中のコバルト資源より豊富なマンガンを用いるため現状最も低コストな正極材料となりうることが期待され大型リチウムイオン二次電池正極材料として精力的に研究が行われている。充放電容量は100mAh/g程度とコバルト酸リチウムの150mAh/gに比べ低いが、価格や安全性などの観点から一部実用化されている。ただ上記のように高温サイクル特性に問題があり、その克服が望まれている。[参照元へ戻る]
◆充放電容量
二次電池の充電・放電時に消費したり取り出したりできる電流値と時間の積(mAhあるいはAhで表記)。正極材料に関しては、正極材料重量当たりとしてmAh/gとして表す。この値が大きいほど性能が良いことを示す。リチウムイオン二次電池正極材料の場合、正極材料から可逆的に脱離・挿入可能なリチウム量に対応している。[参照元へ戻る]
◆層状岩塩型構造
コバルト酸リチウムやニッケル酸リチウムが有する結晶構造。酸化物イオンを介して遷移金属イオン層とリチウム単独層が交互に積層した結晶構造。充放電時にリチウムイオンの脱離・挿入が容易であるといわれている。[参照元へ戻る]
◆フェライト
スピネル型構造を有する磁性を示す鉄系複合酸化物(LiFe5O8, MnFe2O4, CoFe2O4, NiFe2O4など)の総称。共沈物作製時に生成しやすくいったん生成すると不純物として残りやすい。不純物として残るとそれ自身が充放電せずまた目的物質の組成特に鉄含有量が低下するため顕著な充放電特性劣化を引き起こす。[参照元へ戻る]

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