発表・掲載日:2004/07/30

世界で初めて強相関酸化物金属強磁性体の界面磁性の直接検出とその増強に成功

-強磁性トンネル接合を用いたメモリやセンサの高性能化に道-

ポイント

  • 磁気メモリなどに使われるスピントンネル接合の新材料として強相関酸化物金属強磁性体が期待されているが、これまで、技術的な問題により実用化はされていなかった。
  • スピントンネル接合の性能を決める強磁性体・絶縁体接合界面の磁性(界面磁性)を光で直接検出する新手法を考案し実証した。
  • さらに、接合界面の原子配列新構造を設計して界面磁性の増強を光で確認し、実際のスピントンネル接合で実証した。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)強相関電子技術研究センター【センター長 十倉 好紀】(以下「強相関センター」という)と独立行政法人 科学技術振興機構【理事長 沖村 憲樹】(以下「JST」という)は、世界で初めて強相関酸化物金属強磁性体を用いたスピントンネル接合における金属強磁性体(電極)・絶縁体(トンネル障壁)の接合界面の磁性(界面磁性)を光で検出することに成功し、さらにその磁性を増強するための界面原子積層方法を考案して、実際に作製・評価を行うことにより、その有効性を実証した。

 磁気メモリなどに用いられる性能(トンネル磁気抵抗率)は、原理的には電極である金属強磁性体のスピン偏極率が高いほど向上する。従って、100%のスピン偏極を有する強相関酸化物金属強磁性体は、トンネル磁気抵抗率は理論上無限大となり、スピントンネル接合の画期的な新材料として期待されている。

 しかし、これまで開発されたスピントンネル接合では、強相関酸化物金属強磁性体と絶縁体の接合界面でスピン偏極率が低下することにより、期待通りの性能を得られないでいた。

 今回、強相関センターらの研究グループは、界面磁性を定量的に検出する新手法を開発し、様々な界面の組み合わせでの界面磁性を系統的に調べることによって、スピン偏極率が低下する原因を解明した。さらに、接合界面での原子の積層構造を最適化することで、界面磁性を飛躍的に増強できることを明らかにした。

 この技術開発の成果は、次世代不揮発性メモリとして注目される磁気メモリ(MRAM, Magnetic Random Access Memory)や、ハードディスクの読みとりヘッド磁気センサなどに応用できるスピントンネル接合の高性能化に新しい道を拓くものである。

 本研究成果は、米国の科学雑誌「Science」の7月30日号に掲載された。


研究の背景・経緯

 ハードディスクなどデジタル情報機器への蓄積密度向上への要求は留まることがなく、また、携帯機器の高性能化にともない不揮発性メモリの性能・集積度向上が望まれている。

 現在、ハードディスクの読みとりヘッドには金属強磁性体であるパーマロイを用いたスピントンネル接合磁気センサが実用化されており、最近ではハードディスクの面記録密度が年率60%という驚異的な増加率で大容量化が持続しているが、さらなる成長には飛躍的に高感度な磁気センサの開発が望まれている。

 一方、スピントンネル接合のもう一つの重要な応用として磁気メモリがある。スピントンネル接合では、電源の供給を止めても磁化の向きとして情報を蓄積し、電気抵抗として情報を読み出すことが可能で、磁気メモリとして実用化に向けた開発競争が激化しており、性能のさらなる向上が望まれている。

 このようなスピントンネル接合で最も重要な性能指数であるトンネル磁気抵抗率は、原理的には電極である金属強磁性体のスピン偏極率で決まる。

 強相関センターらの研究グループでは、スピン偏極率が40%のパーマロイに替わる次世代新材料として強相関酸化物に注目し研究を進めてきた。

 マンガンをベースとする強相関酸化物金属強磁性体はスピン偏極率が100%であり、トンネル磁気抵抗率の非常に大きなスピントンネル接合の実現が期待されるが、これまではスピントンネル接合の金属強磁性体と絶縁体の界面でスピン偏極率の低下が発生し、十分な性能が得られていなかった。

 本件は、産総研とJSTの創造科学技術推進事業「十倉スピン超構造プロジェクト」(平成13~18年度)【総括責任者 十倉 好紀】との共同研究、及び、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究の研究領域「新しい物理現象や動作原理に基づくナノデバイス・システムの創製」【研究総括 梶村 皓二】において産総研が受託した研究課題「強相関界面エンジニアリングによるスピントンネル機能の巨大化」(平成15~19年度)【研究代表者 赤穗 博司】によるものであり、国立大学法人 東京大学【総長 佐々木毅】と国立大学法人 東北大学【総長 吉本 高志】の協力により得られた成果である。 

研究内容(開発機器の性能)・今後の予定

 国内外の電機メーカーや各種研究機関では、スピントンネル接合の作製および性能評価を重ねることにより、電極である金属強磁性体やトンネル障壁である絶縁体の最適化が試みられてきた。強相関センターらの研究グループでは、従来のような方式では抜本的な性能向上が望めないと判断し、スピントンネル接合の界面でのスピン偏極した電子の挙動を詳しく調べる方針をとった。

 当初、界面を何重にも積み重ねた超格子構造で磁性や磁気抵抗効果を調べてきたが、物質全体の磁性からそのごく一部に過ぎない界面磁性のみを取り出す、という困難を打開することができなかった。そこで、レーザ光を利用した磁化誘起第二高調波発生(MSHG: Magnetization Induced Second Harmonic Generation)により、界面磁性のみを選択的に検出することに成功した【図1参照】。

 また、この手法を様々な材料の組み合わせに適用して調べた結果、界面の電荷移動がスピン偏極率の低下の原因であることが分かった。さらに、マンガンをベースにした強相関酸化物金属強磁性体を用いたスピントンネル接合において、スピン偏極率の低下の原因である界面電荷移動を相殺するような界面の原子配列構造を設計し【図2(a)参照】、原子レベルで設計通りに構築して調べた結果、劇的に界面磁性が増強する事を明らかにした【図2(b)参照】。

 また、作製したスピントンネル接合のトンネル磁気抵抗率を評価したところ、従来の50%の磁気抵抗率が170%に巨大化しており(温度は10K)、界面磁性の基礎研究がデバイスの高性能化に最短距離で結びつく結果となった。

 170%の磁気抵抗率はスピン偏極率に換算すると70%に相当し、さらなる界面構造の改善で理想値の100%に限りなく近い性能を達成できる見込みである。

 開発したスピントンネル接合は、現状では、残念ながら温度上昇と共に磁気抵抗率が低下する結果となっているが、MSHGで検出した界面磁性は比較的高い値を維持しており、この原因がトンネル障壁層の漏れ電流によることが解っている。

 トンネル障壁層のさらなる高品質化と材料の最適化により、漏れ電流を抑制することで、室温でトンネル磁気抵抗率100%程度の実用に十分な性能を実現できる見込みである。

磁化誘起第二高調波発生を用いた強磁性体・絶縁体接合界面での磁性検出原理図

図1 磁化誘起第二高調波発生(MSHG)を用いた強磁性体・絶縁体接合界面での磁性検出原理

本研究で開発された、新しい接合界面の原子配列構造と新規界面における巨大MSHGの図
図2 (a)本研究で開発された、新しい接合界面の原子配列構造。
(b)新規界面における巨大MSHG(赤)。従来型界面のMSHGは黒で示した。

用語の説明

◆強相関酸化物
通常の半導体や金属では電子はまるで真空にいるかのように「自由に」振舞う。しかし電子の密度が十分に高い場合、電子同士がお互いに反発しあい、結果として電子集団が動けないか、かろうじて動ける状態が出現する。このような電子系を強相関電子系と呼ぶ。マンガンをベースとする酸化物は典型的な強相関電子系(強相関酸化物)である。[参照元へ戻る]
◆スピントンネル接合
非常に薄い絶縁体層(トンネル障壁)を二つの金属強磁性体(電極)で挟み、二つの電極間の電子のトンネル確率が、磁化の相対角度により異なることを利用した素子。二つの電極の磁化の向きが平行なときはトンネル確率が高く、接合の抵抗が低い。反平行のときはトンネル確率が低く、接合の抵抗が高い。この現象をトンネル磁気抵抗と呼ぶ。磁気センサや大規模磁気メモリとして応用できる。[参照元へ戻る]
◆スピン偏極率
電子集団のもつスピン(電子の小さな磁石としての性質)の向きのそろい具合のこと。通常の物質は上向きのものと下向きのものが同数存在するが(スピン偏極率0%)、金属強磁性体(磁石としての性質を示す金属)では両者の数が異なる。マンガンをベースとする強相関酸化物金属強磁性体はスピン偏極率が100%であり、上向きのスピンのみをもつ。[参照元へ戻る]
◆磁化誘起第二高調波発生
強磁性体界面に光を照射すると二倍の振動数をもつ光(第二高調波)が発生し、その偏光面が磁化により回転する(非線形磁気光学カー効果)。その回転を与える成分(磁化誘起第二高調波発生)は界面磁性の大きさに比例する。界面以外の強磁性体内部はこのような現象は全く起こさない。[参照元へ戻る]


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