発表・掲載日:2003/05/08

世界最大級(30cm×10cm)の超電導膜を作製

-低コストな溶液プロセスで、臨界電流密度100万A/cm2以上を実現-

ポイント

  • 高臨界電流密度(100万A/cm2)をもつ世界最大級(30cm×10cm)の超電導膜を作製
  • 製膜法は、低コストで量産化可能な溶液プロセス【塗布熱分解法】
  • 電力系統の安定化に寄与するSN転移抵抗型限流器の開発を促進


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)物質プロセス研究部門【部門長 伊ヶ崎 文和】無機固体化学グループの 熊谷 俊弥 研究グループ長、真部 高明 主任研究員らは、世界最大級(30cm×10cm)のエピタキシャル(エピ)成長した酸化物高温超電導体(YBa2Cu3O7)膜を作製することに成功した。

 大面積超電導膜は、通信分野においてマイクロ波領域での低損失性を利用したフィルタ、アンテナ等のエレクトロニクスデバイスや、電力分野において超電導から常電導への瞬間的転移を利用した限流器等の機器への応用が期待されている。従来、超電導膜作製に関してレーザー蒸着法等の気相プロセスを主流として世界的に激しい開発競争が行われてきたが、気相プロセスは高コストでかつ量産化が困難という問題点があった。これに対し、産総研では経済産業省・交流超電導電力機器基盤技術研究開発制度【プロジェクトリーダー 植田 清隆】(以下「交流基盤研究」という)の下で、塗布熱分解法を用いた大面積超電導膜作製の研究開発を行ってきた。この方法は原料溶液を「塗って・焼いて」セラミックス膜を作るものであり、気相プロセスと比べてはるかに低コストでかつ量産化が可能である。この方法による超電導膜作製については産総研が基本特許を有している。

 今回、世界最大級の超電導膜作製が可能となったのは、30cm×10cmサイズのサファイア基板の全面にわたって真空蒸着法により均一で平滑なセリア(CeO2)中間層が作れるようになったことと、その上への塗布熱分解法によるYBa2Cu3O7膜作製の最適化に成功したためである。この超電導膜は粒子の向きがそろったエピ成長膜であり、液体窒素温度での臨界電流密度が最高190万A/cm2という非常に高い超電導特性を示した。この薄膜サイズは世界最大級であり、その特性は交流基盤研究の基本計画目標をクリアするものである。

 今後、大面積超電導膜について超電導発電関連機器・材料技術研究組合【理事長 橋本 安雄】(以下「Super-GM」という)との共同研究にて通電試験が行われる予定であり、電力系統の安定化に寄与するSN転移抵抗型限流器開発の促進が大いに期待される。

作製した超電導膜写真 

  超電導特性図
作製した超電導膜の写真(左)とその超電導特性(右)


研究の背景

 大面積超電導膜の実用化が有望視されている応用分野として、マイクロ波領域での低損失性を利用した移動体通信基地局用フィルタ、アンテナ等のエレクトロニクスデバイスや、超電導から常電導への瞬間的転移を利用した限流器等の電力機器がある。後者は正式には「 SN転移抵抗型限流器 」といい、過大な電流が流れたときに超電導膜が瞬間的に 「超電導(Super)状態から常電導(Normal)状態に転移する」ことを利用して、電力系統(基幹系・配電系)における「 落雷等による事故短絡電流 」を瞬時に抑制して、遮断を容易にする電力機器である。すなわち電力の系統連携や分散電源の導入拡大によって電力の自由化が進むにつれ、事故短絡電流の急激な増大が予想されるため、電力系統の安定度向上の観点から、この機器の導入への電力会社からのニーズが極めて高い。本機器の実現のためには、(1)超電導-常電導転移が瞬間的に起こること、(2)超電導状態で流せる電流が大きいこと、および(3)常電導状態に転移したときに高抵抗となることが必要であり、これに対応して(1)高臨界電流密度を有する大面積((2)幅広・(3)長尺)超電導膜の開発が期待されている。

Super-GM 「 限流器プロジェクト 」 説明資料図 

Super-GM 「 限流器プロジェクト 」 説明資料

 従来の超電導膜の作製方法は、レーザー蒸着法等の気相プロセスが主流であるが、このような方法は、高コストであり、量産化が困難である。「 経済産業省・交流基盤研究 」の基本計画では、矩形膜として30cm×10cmサイズというチャレンジングな目標が設定されている。これまで超電導製膜の最大サイズは、国内においては、直径7.5cmの円盤状、および10cm×3cmの矩形が住友電工等から報告されている。最近、世界においては、先行するドイツ・ミュンヘン工科大学-THEVA社のグループが、蒸着法により直径20cmの円盤状(但し、中心部に非製膜部分が存在)、あるいは20cm×10cmの矩形を作製しているが30cm×10cmサイズは矩形膜としては最大である。

研究の経緯

 産総研・物質プロセス研究部門では、「 経済産業省・交流基盤研究 」の下、 塗布熱分解法を用いた限流器用「Y系大面積超電導膜作製技術の開発 」を進めてきた。塗布熱分解法とは、超電導体構成元素(イットリウム(Y),バリウム(Ba),銅(Cu))を含む金属有機酸塩を有機溶媒に溶解し、この溶液を基板に塗布した後、これを加熱処理することで有機成分を燃焼除去して超電導体を形成する方法(「塗って・焼いて」作る方法)であり、産総研が製法基本特許を有している。この方法は、気相プロセスと比べてはるかに低コストな(超電導膜の作製コストが約10分の1)方法であり、大面積化が容易・量産化も可能であることから、大面積膜の作製と高臨界電流密度の実証が期待されていた。

塗布熱分解法の工程概略図
塗布熱分解法工程概略図
 

大面積製膜装置

塗布装置の写真
塗布装置
 
  精密制御電気炉の写真
精密制御電気炉
 

 今回は30cm×10cmサイズに対応した製膜装置を導入し、熱処理条件(温度、雰囲気、昇温速度)の最適化を行うことで高臨界電流密度が達成された。

研究の内容

 今回、世界最大級の超電導膜作製が可能となったのは、塗布熱分解法に適した平滑なセリア(CeO2)中間層が真空蒸着法により大面積にわたって均一に作れるようになったことと、その上への塗布熱分解法による超電導膜作製の最適化に成功したためである。作製法は以下のとおりである。30cm×10cmサイズのサファイア単結晶基板上に真空蒸着法にてCeO2中間層を40nm形成し、その上に塗布熱分解法によって高温超電導体(YBa2Cu3O7)を250nm積層した。CeO2の真空蒸着においては温度分布の均一性をよくするためにシールドを工夫し、RF(ラジオ波)アンテナにより酸素をプラズマ化した。塗布熱分解法における出発原料は超電導体構成金属の有機化合物(アセチルアセトナト)を用いた。仮焼成条件は空気中500℃、本焼成条件は酸素分圧を精密に制御した雰囲気下(酸素分圧:10Pa→105Pa(10-4 気圧→1気圧))で750-780℃である。作製された超電導膜が粒配向の揃ったエピ成長膜であることをX線回折で確認した。また、液体窒素温度(-196℃)での臨界電流密度が最高190万A/cm2、平均100万A/cm2という非常に高い特性を有することが誘導電流法によって示された。この膜サイズは世界最大級であり、その超電導特性は「 経済産業省・交流基盤研究 」の基本計画目標をクリアして、SN転移抵抗型限流器設計上の要求仕様を満たすものとなっている。

今後の予定

 本成果の大面積超電導膜について、Super-GMとの共同研究による通電試験を行い、将来的には限流動作の実証を行う予定であり、「 SN転移抵抗型限流器 」開発の促進が大いに期待される。



用語の説明

◆エピタキシャル成長
略してエピ成長という。基板表面の結晶原子配列に従って結晶の向きの揃った単結晶的な薄膜を成長させること。イットリウム系(YBa2Cu3O7) 酸化物高温超電導膜において高い臨界電流密度を達成するためには、YBa2Cu3O7をエピ成長させる必要がある。[参照元へ戻る]
◆(酸化物)高温超電導体(膜)
超電導材料は、ある温度以下になると電気抵抗がゼロになる材料。超電導体には液体ヘリウム(-269℃)冷却で超電導状態になる金属系超電導体と、液体窒素(-196℃)冷却で超電導状態となる酸化物系超電導体とがあり、後者を高温超電導体と呼ぶ。酸化物高温超電導体には、イットリウム系(YBa2Cu3O7),ビスマス系(Bi2Sr2Ca2Cu3Oy),タリウム系(Tl2Ba2Ca2Cu3Oy)等様々な物質群があるが、本研究ではイットリウム系(YBa2Cu3O7)を用いた。[参照元へ戻る]
◆SN転移抵抗型限流器
過大な電流が流れたときに超電導膜が瞬間的に 「超電導(Super)状態から常電導(Normal)状態に転移する」ことを利用して、電力系統(基幹系・配電系)における「 落雷等による事故短絡電流 」を瞬時に抑制して、遮断を容易にする電力機器である。すなわち電力の系統連携や分散電源の導入拡大によって電力の自由化が進むにつれ、事故短絡電流の急激な増大が予想されるため、電力系統の安定度向上の観点から、この機器の導入への電力会社からのニーズが極めて高い。本機器の実現のためには、(1)超電導-常電導転移が瞬間的に起こること、(2)超電導状態で流せる電流が大きいこと、および(3)常電導状態に転移したときに高抵抗となることが必要であり、これに対応して(1)高臨界電流密度を有する大面積((2)幅広・(3)長尺)超電導膜の開発が期待されている。[参照元へ戻る]
◆塗布熱分解法
超電導体構成元素(イットリウム(Y),バリウム(Ba),銅(Cu))を含む金属有機酸塩を有機溶媒に溶解し、この溶液を基板に塗布した後、これを加熱処理することで有機成分を燃焼除去して超電導体を形成する方法、いわば「塗って・焼いて」作る方法である。気相プロセスと比べてはるかに低コストな方法であり、かつ大面積化が容易である。なお、塗布熱分解法による超電導製膜は産総研が製法基本特許を有している。
【 参考 】 超伝導性材料の製造方法(登録1778693号)
     超伝導性材料用原料溶液(登録1778694号)
     超電導体の製造方法及び超電導体(登録2091583号) [参照元へ戻る]
◆セリア(CeO2)中間層
限流器応用におけるイットリウム系(YBa2Cu3O7) 酸化物高温超電導膜の基板材料としては、熱伝導度や耐熱衝撃性が高く、大面積化が可能なサファイア(α-Al2O3)が有望とされている。しかしサファイアはYBa2Cu3O7と化学反応を起こすうえ、結晶構造が異なり、格子不整合性が大きい(ミスマッチ:約10%)ため、直接YBa2Cu3O7をエピ成長させるのは困難である。そこでYBa2Cu3O7のエピ成長のため、格子長が両者の間となるようなセリア(CeO2)やイットリア安定化ジルコニア(YSZ)などを中間層(バッファ層)として形成し、両者の格子不整合を緩和しかつ化学反応を抑制することが行われている。
セリア中間層説明図

また今回、塗布熱分解法に適した平滑なセリア(CeO2)中間層が真空蒸着法により大面積にわたって均一に作れるようになったため、大面積超電導膜の作製が可能となった。

[参照元へ戻る]
大面積セリア蒸着装置の図
大面積セリア蒸着装置
◆臨界電流密
臨界電流密度とは、単位断面積当たりの超電導体に抵抗ゼロで流すことのできる最大の電流値のこと。この値が高いほど抵抗ゼロで大電流を流せることになるため、超電導膜にとって実用上、最も重要な特性である。高温超電導体(YBa2Cu3O7)にとっては、100万A/cm2という値が高特性の目安となっており、「 経済産業省・交流基盤研究 」においても100万A/cm2を臨界電流密度の目標に設定している。[参照元へ戻る]
◆通電試験
超電導膜に電流及び電圧端子を取り付け、電流を通電したときの電流-電圧特性を測定する試験。電流を増加していったときに急激に端子間電圧が増加する敷居値が臨界電流である。[参照元へ戻る]
◆誘導電流法
大面積超電導膜における臨界電流密度 Jcを非破壊的に測定する方法の一種であり、膜の直上に小コイルを置いて交流磁界を印加し、それによって誘導される電圧の第3高調波成分を測定する方法。第3高調波誘導電圧 V3 をコイル電流 I0 に対してプロットすると、コイル電流がある敷居値電流 Ith 以上になると V3 が急激に増加するが、Ith は Jc と膜厚の積に比例するため、Ith から Jc が求まる。[参照元へ戻る]


関連記事


お問い合わせ

お問い合わせフォーム