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発表・掲載日:2002/01/21

印刷プロセスで製造できる有機薄膜トランジスタを開発

-サブミクロン台のチャネル長を実現し、印刷集積回路の実現に活路を拓く-

ポイント

  • 従来、微細加工技術及び真空製造プロセスを適応しなければ、高性能有機薄膜トランジスタは製造できなかった。
  • 印刷技術を用いることで、常温常圧下で簡便に有機薄膜トランジスタを創製できる技術を実現した。
  • 微細加工技術を用いることなく、有機薄膜トランジスタのチャネル長0.5µm以下を達成した。
  • 単結晶性能並みの低電圧駆動を、高分子系有機半導体の塗布膜で実現した。
  • 集積回路を印刷プロセスで製造する技術開発の実現に道を拓く。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 小林 直人】は、微細加工技術を用いず、常温常圧下における簡易印刷製造プロセス(真空プロセスを必要としない)のみで作製できる「有機薄膜トランジスタの創製技術」の開発に成功した。これにより、有機薄膜トランジスタにおいて、サブミクロン台(0.5µm)のチャネル長を実現し、1V以下の低電圧で駆動する有機薄膜トランジスタを開発した。

 この技術開発によって、スクリーン印刷等の高速印刷プロセスでも実用可能なトランジスタが製造できることになり、印刷集積回路の実現に活路を拓くものと期待される。

 本成果は、第49回応用物理学関係連合講演会【 日程:2002年3月27日(水)~3月30日(土) 開催地:東海大学湘南校舎 】で発表する予定である。



成果の内容

○有機薄膜トランジスタでは、10µm以下のチャネル長制御は困難であった
 一般に、電界効果トランジスタの開発においては、いかに短いチャネル長を創製するかが、高速化・高集積化の鍵を握る重要な技術開発課題となっている。有機電界効果トランジスタの開発においては、これまで主として、シリコン等従来の無機半導体材料を用いた電界効果トランジスタの素子構造を模倣することで素子開発が行われてきたために、これら同様、短いチャネル長を得るためにはフォトリソグラフィーなどの微細加工技術を適応する必要があった。しかし、有機材料においては、リソグラフィーにより素材そのものが劣化する問題があり、微細加工に不適と考えられてきた。

○産総研が見出したトランジスタ構造は、簡易製造プロセスで作製でき、かつ高性能を発揮
 産総研では、従来の無機半導体材料系の電界効果トランジスタの素子構造を模倣するのではなく、有機半導体材料に適した素子構造を開発することで、必要性能が発揮できるトランジスタ素子の開発を行ってきた。ソース電極、ドレイン電極、有機半導体層の素子内配置と、作製順序を大幅に変え、平面構造を立体化することに成功した。その結果「トップアンドボトムコンタクト型素子構造」(産総研オリジナル:特許出願中)【添付図参照】という、全く新規なトランジスタ素子構造により、サブミクロンオーダーの短いチャネル長を有し、1V以下の低電圧で駆動する有機薄膜トランジスタを開発することに世界で初めて成功した。

○素子構造の発想転換
 従来のシリコンを用いた電界効果トランジスタにおいては、ソース電極とドレイン電極は、並列配置で創製されるのが基本とされてきた。従って、両電極間距離がチャネル長となることから、狭い電極間距離を得るための微細加工技術が不可欠となっていた。
 今回、産総研が開発した有機トランジスタでは、ソース電極とドレイン電極が、立体的な斜め配置になっており、ドレイン電極、有機半導体層、ソース電極の順に、順次積層していくことにより構成される(特許出願中)。このためチャネル長は、ドレイン電極とソース電極とに挟まれて構成される有機半導体層の厚さ(ナノメートル・オーダー)で規定されることになる。

○低電圧駆動トランジスタの実現
 可溶性で印刷が可能な導電性高分子材料の一つであるポリチオフェンを塗布した膜を用いて、有機電界効果トランジスタを作製した。0.5µmのチャネル長が、フォトリソグラフィー等の微細加工技術を適応することなく容易に達成でき、ソース-ドレイン間電圧が0.5Vの時に、サブスレショルドスロープが0.6V/decadeという値を得ることができた。この値は、著しく高い移動度を示す有機半導体材料として知られている「ペンタセンの単結晶」を用いて作製した電界効果トランジスタ素子で得られる値に匹敵するものである。ペンタセンは有機半導体材料ではあるが、印刷プロセスで素子を作製することができない半導体材料である。従って、今回の産総研の成果は、印刷(塗布製造)プロセスの適応が可能な高分子系有機半導体材料を用いての電界効果トランジスタの性能としては、世界最高性能となる。

○印刷プロセス適応可能にするためには、印刷可能な半導体材料を用いなければならない
 有機トランジスタは、印刷プロセスが適応可能との期待を持たれているが、その際、同じ材料でも印刷プロセスが適応可能な材料、すなわち溶媒溶解性がある半導体材料を用いなければならないという制約がある。今日、米国のIBM社やルーセントテクノロジー社から、優れた特性を示す有機トランジスタが報告されているが、優れた性能を示す物は、いずれも溶媒溶解性が低く印刷プロセスが適応できない有機半導体材料を用いての性能である。

○新素子開発の効果
 今回開発した技術により、トランジスタ素子を、微細加工技術を用いることなく、常温常圧下で製造できることになるので、集積回路の製造プロセスの大幅な簡素化、設備の簡素化、製造コストの低減化が可能になる。また、汎用印刷技術の適応が可能になることから、印刷電子デバイスの製造が可能になり、電子素子の製造時間の大幅な短縮化が可能になる。

トップアンドボトムコンタクト型素子構造図
トップアンドボトムコンタクト型素子構造

研究の背景

 有機半導体は、シリコン、化合物半導体に続く第三の半導体として、近年その実用化に向けた技術開発に大きな期待が寄せられている。特に、有機トランジスタの開発は、紙のように軽く、柔らかいディスプレイとしての電子ペーパーの実現や、無線での個別製品管理を実現する電子値札(次世代バーコード:有機情報タグ)の創製などを可能にすることから、近年その実用化に向けた国際研究開発競争が激化してきているところである。

 有機トランジスタの特徴としては、「折り曲げても動作に支障がない」「簡易印刷製造プロセスで著しく安価に製造できる」といった点があげられるが、実際に現状技術でこうした概念を導入しても、「トランジスタとして要求される性能を満たすことができない」か、もしくは「特殊なインクジェット印刷などの技術を適応しないと、トランジスタとして要求される性能を発揮させることができない」ということが問題となっていた。

研究の経緯

 産総研では、情報通信技術の裾野拡充を図るため、次世代の半導体としての「有機材料を用いたトランジスタの開発」を行ってきている。

今後の予定

 安定動作させるための技術開発を行うとともに、集積回路化を検討していく。


用語の説明

◆微細加工技術
半導体集積回路等において、数十µm~0.7µmの間隔でトランジスタ構造及び配線を行うためのリソグラフィー技術。
具体的には、シリコン・ウェアの上に(1)光硬化性樹脂等の塗布(レジスト膜)、(2)パターンの焼付け(リソグラフィー)、(3)不要部分の有機溶媒を用いた溶出、(4)真空蒸着等を用いた半導体層の製膜、(5)光硬化部分(レジスト)の反応性イオン・エッチング等による摘出、(6)真空蒸着等による半導体層の積層、(7)(1)~(3)を繰り返し、真空蒸着による金属の製膜(配線)等の多段階かつ、真空と溶液処理という異なるプロセスを繰り返す必要がある。
また、その加工限界も、光によるパターンの焼付けにおいて、光の波長の限界(サブµmオーダー)がある。[参照元へ戻る]
◆真空製造プロセス
真空排気ポンプ(分子ターボポンプ、クライオポンプ、油回転ポンプ等)を用い、10-5~10-7Pa(Pa(パスカル)は真空の単位):1Paは1000分の1気圧)の真空度において、半導体材料、金属等の薄膜を作製する技術。[参照元へ戻る]
◆有機薄膜トランジスタ
シリコン等の無機半導体材料ではなく、有機色素、導電性高分子を用いた薄膜トランジスタ。1980年代には、日本において作製が行われていたが、無機半導体に較べて特性が十分でないので、研究が停滞していた。1999年に米国のベル研(ル-セント)が、ペンタセン単結晶を用いて、無機半導体に匹敵する特性を示した研究成果により、世界的に再ブームが起きている。[参照元へ戻る]
◆チャネル長
ソース電極とドレイン電極の間の電流の流れる通路(チャネル)の距離。電界効果トランジスタにおいては、ゲート電極からの信号の付与により、ドレイン電極への出力電流が変調される。この際、チャネル長が短ければ、高速応答性や、素子の高集積化等がもたらされる。特に有機トランジスタにおいては、有機半導体のキャリア移動度があまり高くないため、短いチャネル長は著しく効果的に作用するとされている。[参照元へ戻る]
◆サブミクロン
ミクロンは1000分の1ミリメートルであり、サブミクロンとは10000分の1ミリメートルのことである。シリコントランジスタにおいても、サブミクロン台の長さのチャネル長を創製することは必ずしも容易ではない。[参照元へ戻る]
◆スクリーン印刷
孔版印刷のひとつ。枠に合成繊維・ステンレス線などでできた紗しやを張り、画線部以外はゼラチン・樹脂などで目をつぶし、露出している織目を通してインクを押し出し、印刷する方法。紙以外に布・プラスチック・ガラス・金属への印刷が可能。曲面への印刷もできる。シルク‐スクリーン印刷。[参照元へ戻る]
◆集積回路
多くの回路素子が1個の基板の表面または内部で一体として結合されている超小形構造の電子回路。同一シリコン基板上に選択的な拡散を利用してトランジスター・ダイオード・抵抗などを形成し配線する場合が多い。略称IC ( integrated circuit ) [参照元へ戻る]
◆電界効果トランジスタ
半導体中の電子や正孔の流れが電界により制御されることを利用した増幅用素子。
ゲート、ソース、ドレインの三つの電極を持ち、ゲートに信号を加えるとソースとドレイン間の電流の通路(チャネル)の幅が変わり、それによりドレインへの出力電流が変調されるという仕組みを有するトランジスタ。有機薄膜トランジスタとして、現在,、開発が検討されているものの中では、この方式のトランジスタが多い。FET ( field-effect transistor ) [参照元へ戻る]
◆導電性高分子材料
有機半導体材料は、大別すると低分子系と高分子系とに分けられる。一般に低分子系材料はキャリア移動度が高いことから、高性能な有機トランジスタを開発するのに用いられるが、溶媒溶解性に乏しいものが多いため、素子の製造は通常真空プロセスが適応される。一方、高分子系材料は低分子系材料に比べキャリア移動度が低く、有機トランジスタとしての特性は、低分子系材料よりも劣るが、塗布製膜により高品質薄膜層が作製できることから、印刷プロセスの適応には、高分子系材料が用いられる。白川英樹教授をノーベル賞に導いた導電性高分子は、製膜性に優れ、印刷などの簡易プロセスへの応用が期待されている。[参照元へ戻る]
◆サブスレショルドスロープ
ゲート信号により、ドレイン出力電流を変調するにあたり、その効果の効き方を示す指標。
0.6V/decadeというのは、10倍の電流増幅を得るために、0.6Vのゲート電圧印可が必要という意味。より小さなゲート電圧印可で、ドレイン電流が変調できるのが望ましい。[参照元へ戻る]
◆電子デバイス
電子の働きを利用した能動素子の総称。トランジスタなどの半導体素子や電子管など。
これらの基本素子を組み合せた集積回路などを含めることもある。[参照元へ戻る]

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