産総研:ニュース

お知らせ記事2002/05/29

糖鎖工学研究センターの設置について
-産総研は、2002年6月1日付で「糖鎖工学研究センター ( Research Center for Glycoscience ) 」を設置します。-

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)は、平成14年6月1日付で「 糖鎖工学研究センター 」を設立することを決定しました。センター長には、地神 芳文 分子細胞工学研究部門長 が就任する予定です。

 糖鎖工学研究センターは、「総合科学技術会議」「産業界」「学会」等からの、糖鎖研究の中核的拠点としての産総研に期待が高まる中で設立されます。

 組織構成は、センター長他、つくば拠点6チーム、北海道拠点1チームを想定し、常勤職員17名の他、産学官連携による集中型研究の推進のために企業等が派遣する研究者を含めた約40名の共同研究者やポスドクで構成され、補助技術者および連携大学院生等を含めると100名を越える規模で、我が国における糖鎖工学研究の中核的センターとなるべく発足します。

現状

 ポストゲノム時代の研究課題として有望であり、我が国が世界的に優位にある糖鎖分野において、米国に遅れをとる事態は何としても避けるべきです。ヒトの糖鎖関連遺伝子の総数は約300とも言われ、重要な糖鎖関連遺伝子の探索に激烈な競争が行われています。産総研では、産学官を統合した集中型研究により網羅的な糖鎖関連遺伝子の探索を行い、既に決定したヒトの糖転移酵素遺伝子約150のうち、約半分が日本人研究者、さらにその半数が産総研で実施中の集中型研究プロジェクト関係者により達成したという実績を持っています。

研究目標

 糖鎖工学研究センターは、世界トップレベルの糖鎖科学( Glycoscience )の研究拠点を目指し、糖鎖科学および糖鎖工学に関して、基礎から応用に至るまでの総合的な研究を行います。

 ヒトゲノムをはじめとする各種生物のゲノム配列が明らかとなり、ゲノム探索研究からプロテオーム解析へと急展開するなかで、生体内の多くのタンパク質が糖鎖修飾を受けていることが明らかとなってきました。タンパク質への糖鎖修飾は、タンパク質の機能を制御する重要な要素であり、生体内のタンパク質の機能を解明するには糖鎖とタンパク質を一体として解析する「グライコプロテオーム」の視点を重視した研究の実施が急務です。糖鎖工学は、ポストゲノム研究において我が国が優位に立っている数少ない分野であり、これまでの産総研の糖鎖研究の資産を生かして我が国の糖鎖工学研究をネットワーク化し、産業化につながる糖鎖工学の拠点を構築します。

研究テーマ

[要素研究] として-
  1)各種生物からの糖鎖関連遺伝子の単離やその機能解析
  2)糖鎖関連酵素の立体構造解析やその特異的阻害剤の設計
  3)微生物・動植物の糖鎖関連ゲノム解析とその利用
  4)糖鎖関連遺伝子を利用する有用複合糖質(糖タンパク質、糖脂質など)の合成
  5)糖タンパク質の糖鎖付加部位を含む糖鎖構造のハイスループット解析
[新産業創出のための応用的技術開発] として- 
  1)ガン、感染症などの診断・治療システムの開発
  2)細胞の表層機能・増殖制御およびそのリアルタイム計測技術
  3)糖鎖の合成・解析・利用のためのシステムおよび機器開発


糖鎖工学研究センター概要図

糖鎖研究の意義

・ヒトゲノム配列の解析が完了し、バイオインフォマティクス技術により塩基配列から遺伝子の探索、さらに遺伝子からタンパク質の生産およびその機能解析へと急展開している。しかし生体内のタンパク質の半分以上は糖鎖修飾されていることが明らかとなっており、糖鎖によりタンパク質の機能が制御されている。したがって生体内におけるタンパク質の機能を解析するためには、糖鎖機能を含めた機能の解明が不可欠となっている。(プロテオームからグライコプロテオームへ

・タンパク質糖鎖は、タンパク質が合成された後、糖転移酵素など糖鎖関連遺伝子による作用によりタンパク質上に付加される。ヒトの糖鎖関連遺伝子の総数は約300とも言われ、重要な糖鎖関連遺伝子の探索に激烈な競争が行われている。産総研では、平成12年度から産学官を統合した集中型研究により網羅的な糖鎖関連遺伝子の探索を行ってきており、既に決定したヒトの糖転移酵素遺伝子約150のうち、約半分は日本人研究者、さらにその半数は産総研で実施中の集中型研究プロジェクト関係者により達成したという実績を持っている。

・糖鎖工学研究センターでは、残りの糖鎖関連遺伝子約150の解析を目指し、世界的に糖鎖関連遺伝子のレベルで圧倒的優位に立つとともに、その遺伝子資産を生かして糖鎖の関連する疾患の診断、あるいは精密な糖鎖合成やタンパク質機能の発現、生体内における安定性の向上など糖鎖機能の産業応用を目指す。

センター設立の経緯

・総合科学技術会議が「糖鎖研究」の重要性を指摘、日本で高い研究ポテンシャルをもつ中核拠点の1つとして産総研を明示【平成13年9月21日、平成14年1月30日】

・産業界からの要請(永井三菱化学生命研所長発言「産総研に中核的糖鎖工学センターを創るべし」【平成14年1月】など)

・学会からも中核的拠点としての産総研への期待表明(日本糖質学会が、「糖鎖科学研究拠点・コンソーシアム構想」を文部科学省などに提案【平成14年5月13日】)

・米国でも「糖鎖研究」の整備がNIHを中心にして総予算40億円規模で進められており、これまで我が国が優位に進めてきた「糖鎖研究」を警戒してネットワーク化した研究体制を作りつつある。ポストゲノム時代の研究課題として我が国が世界的に優位にある糖鎖分野で米国に遅れをとる事態は何としても避けるべきである。

センターの概要

設立:平成14年6月1日
期間:6年間( 平成14年6月1日 ~ 平成20年3月31日 )
研究員陣容:常勤職員17名( 2年以内に23名程度に増員予定 )共同研究者・ポスドクなど約40名( 産学官集中プロ実施など )テクニシャン・大学院生など約40名
組織構成:センター長( 地神芳文 )、副センター長、総括研究員、研究顧問、および7研究チーム( つくば拠点6チーム 北海道拠点1チーム )


糖鎖工学研究センター組織図

センターが達成すべき具体的目標

・ヒトの糖鎖関連遺伝子(推定約300)の未決定分約150遺伝子の解析を目指す。

・適切な糖転移酵素を選ぶことにより、任意の糖鎖構造を自動合成可能とする。
8-10糖程度の糖鎖および糖ペプチドを3日程度の合成能で達成する自動合成装置の開発 )

・糖鎖認識タンパク質(レクチン)を用いた糖鎖解析(グライコミックス)新技術の開発。
( 糖鎖?レクチン相互作用解析装置、グライコキャッチ法LC/MS/MS法に基づく知的グライコームデータベースの構築、広義の糖鎖シークエンサーの開発など )

・糖鎖の生体内レセプターや、糖鎖代謝不全症、癌など各種の疾患等に対応する診断システム、機器等の開発。

国家プロジェクト等との関連

経済省「産技プロジェクト」「大学連携産技プロジェクト」を中心に、NEDO等からの委託事業を実施。

産総研における位置づけ

・従来から、産技プロジェクト「複合糖質生産利用技術【H3-H12】」「ヒト糖鎖合成関連遺伝子ライブラリー構築【H13-H15】」、大学連携産技プロジェクト「グリコクラスター制御技術(H11-H15)」で中核的な役割を果たし、実績がある。

・産総研の第1期中期目標「ゲノム情報利活用技術」「有用タンパク質機能解析技術」に沿ったもので産総研バイオ研究の重要な柱の1つ。

産業界、大学等との連携の実態

国内:北海道大学とは、糖鎖自動合成装置などを共同開発中。東京大学、大阪大学、京都大学等の各大学、生化学工業、富士レビオ、アマシャム・ファルマシア等の企業とも連携を行っている。( 集中型産技プロなどとして実施中 )
海外:米国ラホヤ研究所やスクリプス研究所とは緊密な情報交換を実施。ワシントン大学(シアトル、箱守教授)とは研究員の派遣で緊密な交流がある。さらに、英国や独など欧州の糖鎖関連研究所、大学とも緊密な情報交換を実施中。

中核拠点として --- 日本糖質学会の構想(文部科学省に提案中)などに基づき、学会と産業界をつなぐ国内および国際的中核研究拠点としての役割が期待されている。

用語の説明

◆糖鎖関連遺伝子
糖鎖を合成、代謝、分解するのに必要なタンパク質を作るための遺伝子。[参照元へ戻る]
◆糖転移酵素遺伝子
糖鎖を合成するのに必要な遺伝子。[参照元へ戻る]
◆プロテオーム解析
生体内で働いているすべてのタンパク質の機能を解析すること。[参照元へ戻る]
◆グライコプロテオーム
生体内のタンパク質の多くは糖鎖修飾され活性を有する。すべての糖鎖付加されたタンパク質を総称してグライコプロテオームと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆特異的阻害剤
特定の酵素の機能を阻害する物質。病態(ガン、感染症など)を誘起する糖転移酵素の活性を抑えることができれば、治療への応用が期待される。[参照元へ戻る]
◆ハイスループット解析
サンプルを機械的に大量に高速で解析する方法。臨床診断で必要とされている[参照元へ戻る]
◆バイオインフォマティクス
生物情報科学。生物の構造、機能、関係などの生物学的データを情報科学的手法により検索し、データベース上から未知の遺伝子、タンパク質を発見し、機能を類推する研究方法。[参照元へ戻る]
◆8-10糖
糖鎖はグルコースやガラクトースなどの単糖がつながったものであり、その長さを単糖の数で表記する。8糖は単糖が8個つながったもの。[参照元へ戻る]
◆グライコキャッチ法
糖鎖を認識するタンパク質(レクチン、糖鎖抗体)などを利用し、特定の糖鎖を有する糖タンパク質群を分離し、構造と機能を解析する方法。[参照元へ戻る]
◆LC/MS/MS法
液体クロマトグラフィー(LC)で分離した物質をさらに質量分析計(MS)で測定し、分子量から物質を同定する方法がLC/MS。MS解析では分子の部分分解が起こるため、二段階MS解析を行うことにより、分子の詳細な構造の情報を得ることができる。[参照元へ戻る]
◆知的グライコームデータベース
糖タンパク質、糖脂質上の糖鎖に関して、その構造のみならず、結合位置、機能などを相関づけた情報のデータベース。[参照元へ戻る]
◆レセプター
細胞表面上で外部からの物質を受け取ることにより、細胞内での生体反応を引き起こすタンパク質。[参照元へ戻る]
◆糖鎖代謝不全症
糖鎖を合成、代謝、分解する働きをする遺伝子に遺伝的な変異があり、糖鎖の生合成、代謝に異常をきたす病態の総称。先天性糖鎖異常症候群(CDGS)、リソソームなどがよく知られている。[参照元へ戻る]