発表・掲載日:2014/05/15

単層カーボンナノチューブを効率的に分散できる分散剤

-光で簡単に外せて単層カーボンナノチューブ精製プロセスに応用可能-

ポイント

  • 開発した分散剤は従来最も高性能のカーボンナノチューブ分散剤に匹敵する分散能をもつ
  • 前処理と光反応との組み合わせによる単層カーボンナノチューブの精製プロセスを実証
  • カーボンナノチューブの光制御による電子回路の作製技術への応用に期待


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 山口 智彦】スマートマテリアル研究グループ【研究グループ長 木原 秀元】松澤 洋子 主任研究員は、少量の添加で効率よく単層カーボンナノチューブ(SWCNT)を分散でき、光を当てるとほぼ全量を簡単にSWCNT表面から外せる光応答性SWCNT分散剤が、不純物を含んだSWCNTの非破壊的な精製プロセスに適用できることを実証した。

 SWCNTをはじめとする各種のカーボンナノチューブは、水にも有機溶媒にも分散し難い点が応用上の制約の一つとなっている。SWCNTの半導体型と金属型の分離技術や透明導電膜作成といったデバイスへの搭載技術では、SWCNT分散化技術の高度化は必須である。

 従来、産総研は光応答性SWCNT分散剤を開発していたが、今回、この分散剤は現在知られている最も高性能なSWCNT分散剤に匹敵する高効率な分散能をもつことを、各種評価法により明らかにした。また、この分散剤は光反応により数時間でほぼ全量を外せることを、熱重量分析により確認した。さらに、この分散技術と超遠心分離を組み合わせることで、SWCNTを非破壊的に精製できることを実証した。これにより、不純物を含むSWCNTサンプルを実験室スケールで簡単に精製できるようになった。

 なお、この研究成果は、2014年2月14日に米国化学会の科学誌Journal of Physical Chemistry Cオンライン版に掲載された。(J.Phys.Chem.C 2014, 118, 5013-5019.) 

光応答性分散剤を用いたSWCNT市販品の精製手法の図
図1. 光応答性分散剤を用いたSWCNT市販品の精製手法
(左)分散剤が吸着しているSWCNTは超遠心分離で不純物を除いた後も均一に分散している。
(右)光照射により光応答性分散剤を外すと、しばらく放置するだけでSWCNTが沈殿してくる。


開発の社会的背景

 SWCNTは、その優れた特性から広い分野への応用が期待されている材料の一つである。しかし、実際に利用していくためには、高純度生産技術、大量生産技術、半導体型と金属型の分離技術などの確立が必要とされる。さらに、SWCNTを応用するためのプロセスでは、溶媒への分散技術が極めて重要であり、その高度化(高効率分散、分散性の制御など)が望まれている。また、現状ではSWCNT市販品の多くには、合成時の触媒金属に由来する金属粒子や副生成物である炭素粒子などが多く含まれるため、簡便で効率的なSWCNTの高純度化法があれば、SWCNTの応用研究が加速することが期待される。

研究の経緯

 産総研では、SWCNTの高純度化について合成法の観点から解決する手段として、スーパーグロース法e-DIPS法を開発した(2013年12月24日2014年2月12日産総研プレス発表)。また、セッケンのように水と油の両方に相互作用を持つ化合物である界面活性剤を用いたSWCNTの分散技術を利用して、SWCNTの半導体型と金属型の分離や、炭素原子配列の違う各構造体の分離などの成果を上げてきた(2009年11月27日2011年5月11日産総研プレス発表)。一方、溶媒中で正の電荷をもつ有機化合物をSWCNTの表面に吸着させることで、SWCNTを水に分散できることを見出した(2007年5月25日産総研プレス発表)。さらに、この有機化合物に光により様々な化学反応を引き起こす光反応性官能基を導入して、分散剤の構造変化を光で誘起してSWCNTの表面から外し、分散状態を制御する技術を開発した(2011年7月26日産総研プレス発表)。しかし、この分散剤固有の分散能や、光によるSWCNT表面からの脱離量などの定量的な評価や、分散制御にかかる時間の短縮などが検討課題となっていた。

 なお、本研究開発の一部は、独立行政法人 科学技術振興機構の委託事業「A-STEP FSプロジェクト(平成24年度)」による支援を受けて行った。

研究の内容

 これまでに開発した光応答性分散剤の分散能の評価を行うために、超遠心分離前後の分散液の共鳴ラマンスペクトルを測定し、SWCNTに特徴的なGバンドの強度を比較した。超遠心分離によって、不純物である炭素粒子や金属微粒子などが沈殿して取り除かれるため、SWCNTの純度が向上しGバンドの強度が約1.9倍に増加した。現在、最も分散能に優れた分散剤であるデオキシコール酸ナトリウムを用いて同様の操作を行うとGバンドの強度が約1.8倍に増加し、開発した分散剤の分散能はデオキシコール酸ナトリウムに匹敵することがわかった。

 さらに、透析操作により、この良好な分散性を保ちつつ、過剰な分散剤を分散液から除くことができた(図2)。デオキシコール酸ナトリウムによる分散のメカニズムは、デオキシコール酸ナトリウムのミセル形成によるため、デオキシコール酸ナトリウムは、ある一定以上の濃度が必要なうえ、温度などの作業環境がSWCNT分散に強い影響を及ぼすことが知られている。一方、光応答性分散剤は、SWCNT表面に直接吸着してSWCNT同士の結合をほどいて分散させるので、温度などの作業環境の変化にあまり影響を受けない。したがって、直接吸着していない余剰な分散剤を除くことで、存在量を非常に少なくできる。これまで余剰な分散剤が光を吸収してしまい、光による分散剤の脱離の妨げになっていたが、透析操作により余剰な分散剤を除くことで、光が分散液中に充分行きわたるようになった。そのため、光による分散剤の脱離が加速され、これまで10時間以上必要だった光照射工程に要する時間を2時間程度に短縮することができた。

透析操作により余剰な分散剤を除去の図
図2 透析操作により余剰な分散剤を除去
(a) 透析操作により分散剤の添加量を減らせるため、分散剤による光の吸収が減り、SWCNTから脱離するために必要な光(約350nmの波長の光)が十分に行きわたる。 (b)SWCNTに相当する近赤外スペクトルに変化はほとんど見られず、安定な分散状態を保持していることがわかる。


 SWCNTを精製する手法には、混在する不純物を酸処理や焼成処理により破壊して除く方法と、適切な分散剤を用いて分散液とした後、遠心分離、濾過、カラムクロマトグラフィーなどにより不純物を分離する方法がある。前者の場合、処理中にSWCNT自体にダメージを与え、その優れた特性を損なうことが懸念されており、後者が望ましいと考えられる。そこで、不純物を多く含む市販のSWCNTを、光応答性分散剤を用いて分散液とし、超遠心分離によって不純物を除いた後、透析操作によって余分な分散剤を除去した。その後、光照射により光応答性分散剤を外して分散性を失い沈殿したSWCNTを回収した(図3)。

光応答性分散剤を使用したSWCNT精製法の図
図3 光応答性分散剤を使用したSWCNT精製法
本研究の分散剤を用いて市販のSWCNTを分散させ、超遠心分離によりSWCNTを合成する際に生成する炭素粒子や触媒金属由来の金属粒子を沈降させて除いた。さらに、光照射によって分散剤を外し、高純度なSWCNTを回収した。

 回収したSWCNTについて、熱重量測定より分散剤の残留量を分析し、結晶性(カーボンナノチューブの表面の規則正しい構造)を共鳴ラマンスペクトル測定によって評価した(図4a)。その結果、酸処理や焼成処理による精製法のSWCNTとは異なり、精製前後のラマンスペクトルに変化はほとんどなく、分散剤を光で除去する精製プロセスがSWCNT固有の物性に悪影響を与えないことがわかった。さらに、分散剤の熱分解に相当する重量減少(A)が消失し、分散剤は1重量%以下に除去されていることがわかった(図4b)。また、市販の未精製処理SWCNTの場合、熱重量分析で燃え残る不純物(金属粒子)は45重量%であったが、精製後は8.5重量%以下に減量できることがわかった(図5)。したがって、この方法を使うことで、不純物を含むSWCNTサンプルを実験室スケールで、処理中にSWCNTにダメージを与えることなく簡単に精製できることが実証できた。

光照射前後のラマンスペクトルと熱重量分析の図
図4 光照射前後のラマンスペクトルと熱重量分析
(a)ラマンスペクトルからは精製前後でスペクトルにほとんど違いがみられず、SWCNTが劣化していないことがわかる。(b)熱重量分析からは精製されたSWCNT(赤)には精製前(青)にみられる分散剤の分解による重量減少(A)がみられず、分散剤が光照射によって脱離したことがわかる。

市販のSWCNTの精製前後における熱重量分析の図
図5 市販のSWCNTの精製前後における熱重量分析
精製したSWCNTでは燃え残る金属成分(不純物)が減少していることがわかる。

今後の予定

 今後は、不純物の除去率向上や光による脱離時間の一層の短縮など、精製プロセスを最適化する。SWCNTのデバイス実装技術を目指した光応答性分散剤の固体中での光反応については、この分散剤を用いてSWCNT分散液由来の固体膜を作成し、フォトリソグラフィーによるSWCNT薄膜の微細加工技術の開発へと展開していく予定である。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
ナノシステム研究部門 スマートマテリアル研究グループ
主任研究員  松澤 洋子  E-mail:yoko-matsuzawa*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆単層カーボンナノチューブ
単層カーボンナノチューブは、炭素原子からなる直径0.7~4 nm(1ナノメートル:10億分の1メートル)程度の筒で、黒鉛と同じく、六角形のネットワークによってできている。六角形の並び方の違いで、半導体的性質を示したり、金属的性質を示したりする。 [参照元へ戻る]
◆透明導電膜
ガラスに匹敵するほど可視光をよく通し、金属のように電気を通す電子材料。各種のディスプレイをはじめ、現在ではタッチパネル、太陽電池などによく使われている。[参照元へ戻る]
◆熱重量分析
試料の温度をプログラムに従って変化させながら、結晶水の分離や熱分解などに伴う試料の質量変化を直接熱天秤で測定し、温度の関数として評価方法。[参照元へ戻る]
◆超遠心分離
液体中にある微粒子などの成分を、遠心力を利用して分離・分画する方法。特に、毎分数万回以上、重力の数十万倍に達する遠心力を与えて行う場合をいう。 [参照元へ戻る]
◆触媒
反応速度を促進させたり、特定の反応を選択的に進行させたりする物質のこと。[参照元へ戻る]
◆スーパーグロース法
単層カーボンナノチューブの合成手法の1つである化学気相成長(CVD)法で、水分を微量添加することにより、触媒の活性時間および活性度を大幅に改善した方法。従来の500倍の長さ(10 mm)に達する高効率成長、従来の2000倍の高純度(99.98%)な単層カーボンナノチューブを合成することが可能。 [参照元へ戻る]
◆e-DIPS法
改良直噴熱分解合成法(enhanced Direct Injection Pyrolytic Synthesis method)。化学気相成長(CVD)法の一種である気相流動法をさらに進化させた触媒/気体接触反応法の一種で、基板を用いない連続法によりカーボンナノチューブを合成する方法。これまでカーボンナノチューブを気相流動法で合成した際に不可避であった不純物の混入が、生成されるSWCNTの量と比較して非常に少ないため、精製をほとんど必要としない連続カーボンナノチューブ合成技術である。[参照元へ戻る]
◆ラマンスペクトル
物質に光を入射したとき、散乱された光の中には強度が非常に弱いが入射した光の波長と異なる波長の光が含まれる現象があり、発見者の名前からラマン散乱とよばれる。単一波長のレーザーを照射して得られる異なる波長の散乱光と入射光のエネルギー差は、物質の構造に特有の値をとることから、分子の振動、結晶の格子振動などを測定することができる。ラマン散乱により得られるスペクトルをラマンスペクトルという。[参照元へ戻る]
◆Gバンド
カーボンナノチューブのラマン分光で観察されるカーボンナノチューブのグラファイト構造における炭素原子の六員環構造の面内伸縮振動に起因するラマンバンドである。[参照元へ戻る]
◆デオキシコール酸ナトリウム、ミセル
胆汁酸の一種であるデオキシコール酸のナトリウム塩。分子内に親水性の部分と疎水性(親油性)の部分を併せ持つ界面活性剤のひとつ。このような分子は、水(溶媒)中での濃度が増すと親水基を外(溶媒側)に、親油基を内に向けて集まる。この集合体をミセルという。 [参照元へ戻る]
◆透析
透析膜の細孔よりも小さな溶質分子を、透析膜の内側(高濃度溶液)から外側の低濃度の溶液に平衡に達するまで通過させる拡散プロセスのこと。細孔より大きい高分子は拡散せずに透析膜の内側に残存する。 [参照元へ戻る]
◆カラムクロマトグラフィー
筒状の容器に充填した不溶性固定相に、溶媒に溶かした反応混合物を流して固定相と移動相(溶媒)を適切に選択することにより、化合物によって固定相との親和性や分子の大きさなどが異なることを利用して分離を行う化合物の精製法の1つ。 [参照元へ戻る]
◆フォトリソグラフィー
集積回路などを製造する工程の1つ。基板に塗られた感光性の物質にパターンを光で焼き付け、転写する方法。焼き付けられたパターンを元に基板を加工する。 [参照元へ戻る]


関連記事