発表・掲載日:2012/05/28

生存に必須な共生細菌が子孫へ伝達される瞬間をとらえた!

-昆虫が共生細菌を次世代へ伝える機構を解明-

ポイント

  • アブラムシ体内で必須共生細菌が選択的に母から子へ伝えられる仕組みを解明
  • 共生細菌の母子間伝達について従来知られていなかった機構を提唱
  • 共生細菌の伝達機構を標的とした新たな害虫防除法等への寄与に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】生物共生進化機構研究グループの古賀 隆一 主任研究員、深津 武馬 研究グループ長らは、国立大学法人 富山大学【学長 遠藤 俊郎】先端ライフサイエンス拠点【拠点長 平井 美朗】つち田 努 特命助教と共同で、昆虫の生存に必須の細胞内共生細菌が母虫の体内で初期胚へ伝達される瞬間を画像としてとらえることに成功し、宿主昆虫が細胞の分泌・物質取り込み機能を利用して必須共生細菌を選択的に次世代へ伝える仕組みを明らかにした。

 宿主昆虫の生存に必須の共生細菌はどのようにして子孫へ確実に伝えられるのか、その機構には不明な点が多かった。今回の成果は、長年にわたり未解決であった問題に回答を与えるものである。また、必須共生細菌の伝達機構を標的とした新規殺虫剤などの開発への貢献も期待される。

 本成果は、The Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (米国科学アカデミー紀要) 2012年5月15日号に掲載された(電子版に日本時間4月20日に掲載された)。

今回明らかにした共生細菌の母子間伝達の過程の図
図1 今回明らかにした共生細菌の母子間伝達の過程
必須共生細菌ブフネラ(緑)は①母虫の菌細胞から選択的に搬出され、 ②近傍の初期胚に取り込まれる。一方、任意共生細菌セラチア(赤)の選択的な搬出は認められず、体液中の細菌が②の機構を利用して感染する。


開発の社会的背景

 農業害虫や衛生害虫を含む多くの昆虫類が細菌との細胞内共生関係にある。特に栄養的にかたよった食物(植物の汁液、人畜の血液、木材など)に依存する昆虫では、共生細菌が宿主の成長や繁殖に必須な機能を果たしている。これらの必須細胞内共生細菌は、宿主昆虫の体内で共生のための特別な細胞や組織に保持され、母親の体内で卵や初期胚に伝達される。共生細菌の母子間伝達はこのような共生関係の維持に不可欠であり、その機構の解明は昆虫と細菌の共生関係の理解に重要である。また、宿主昆虫の生存に必須である共生細菌の母子間伝達を阻害すると昆虫は生存できないと予想されるので、この機構は殺虫剤等の開発における新たなターゲットとして期待される。

研究の経緯

 産総研では、難培養性の共生微生物を対象とした研究を展開し、昆虫共生細菌のさまざまな新規生物機能を明らかにしてきた(2004年3月25日産総研プレス発表2010年9月28日産総研プレス発表2010年11月19日産総研プレス発表)。また、蛍光in situハイブリダイゼーション法など、昆虫体内のみならず環境試料中に存在する難培養性微生物を特異的に検出する技術の開発に取り組んできた。本成果は、これらを基盤として得られたものである。

研究の内容

 昆虫類は高度な生物機能を持つ細菌と共生することで、さまざまな環境に適応している。こういった共生関係のうち、宿主昆虫の細胞内に細菌が入り込むものを細胞内共生という。農業害虫のアブラムシは、普通の動物が必要とする必須アミノ酸やビタミン類がごくわずかしか含まれていない植物の師管液を餌としている。このような栄養的にかたよった餌だけで生きていけるのは、ブフネラ(Buchnera)という細胞内共生細菌がこれらの不足栄養素を供給しているからである。アブラムシの体内には菌細胞という共生のための特別な細胞が多数あって、ブフネラはその細胞内に存在する(図2A)。一方、多くのアブラムシ類の体内には、ブフネラに加えてセラチア(Serratia)やレジエラ(Regiella)など、他の共生細菌が共存している場合がある。それらは宿主の生存や繁殖には必須ではなく、任意共生細菌と呼ばれるが、高温への耐性、寄生者への抵抗性、寄主植物範囲の拡大など、さまざまな環境適応に関わっている。任意共生細菌はブフネラとは異なり、細胞内(図2A)だけでなく体液中にも多く存在する。アブラムシの共生細菌は、母虫の体内で発育中の胚に伝えられることが観察されていたが(図2B)、その詳細な過程はわかっていなかった。

エンドウヒゲナガアブラムシの共生器官および初期胚の画像
図2 エンドウヒゲナガアブラムシの共生器官(菌細胞塊)および初期胚
必須共生細菌ブフネラを緑、任意共生細菌セラチアを赤、アブラムシの細胞核を青で示した。(A)菌細胞塊の全体像。(B)初期胚の全体像。胚の後部(右側)から共生細菌が感染しているのがわかる。点線で囲った部分の拡大図を左下に示した。

アブラムシ共生器官の3次元イメージ

 そこで私たちは、共生細菌が伝達される部位を透過型電子顕微鏡により観察し、伝達過程の詳細を画像としてとらえた(図3)。ブフネラは母虫の菌細胞の中で、自身の細胞壁に加えて宿主由来の細胞膜に包まれて存在しているが(図3B)、初期胚の近くで特異的に菌細胞表面から突出して細胞外に放出され(図3C)、初期胚から伸びる膜突起に捕捉されて(図3D)初期胚に取り込まれる(図3E)。

 すなわち、アブラムシの初期胚の近くで、菌細胞は必須共生細菌ブフネラをエキソサイトーシスと呼ばれる細胞の分泌機構によって選択的に細胞外へ放出すること、そして隣接する初期胚はエンドサイトーシスと呼ばれる細胞の物質取り込み機構によって放出された共生細菌を取り込むことが判明した(図1)。このような共生細菌の高度な伝達機構は、アブラムシが生存に必須の共生細菌ブフネラを確実に子孫へ伝えるために進化したものと考えられる。

 一方、任意共生細菌であるセラチアは菌細胞からは放出されず、母虫の体液中に浮遊するセラチアがブフネラの取り込みに便乗して初期胚に感染する過程が観察された。このようなセラチアの伝達過程は、アブラムシとセラチアとの共生進化の歴史の浅さを反映しているものと考えられた。

共生細菌伝達部位の電子顕微鏡観察画像
図3 共生細菌伝達部位の電子顕微鏡観察
(A)伝達部位の全体像。(B)母虫の菌細胞(mb)の細胞膜が必須共生細菌ブフネラ(b)の細胞壁を取り囲んでいる。(C)母虫の菌細胞表面から突出する共生細菌。エキソサイトーシス直前と思われる。菌細胞と初期胚の間隙には任意共生細菌セラチア(s)も見られる。(D)初期胚から伸びる膜突起にトラップされる共生細菌(エンドサイトーシスの開始)。(E)初期胚(em)に取り込まれた細菌の表面は胚由来の細胞膜におおわれている。細胞壁を構成する二枚の膜を白と黄の矢頭で、宿主由来の細胞膜を赤矢頭でそれぞれ示した。また初期胚からの膜突起を黒矢頭で示した。

 今回の結果から、母虫の菌細胞と初期胚が隣接する限られた領域において、必須共生細菌ブフネラが特異的に次世代へ伝えられることが判明した。すなわち菌細胞と初期胚の間には、分子レベルや細胞レベルにおける高度な相互作用の存在が示唆される。この母子伝達の分子機構の解明は、細胞内共生の成立要因を理解するうえで重要である。

 必須共生細菌の母子間伝達を阻害すると宿主昆虫は生存できないと予想されるため、その機構を解明することにより、従来にない作用機序による害虫防除法の開発に資する可能性も想定される。

今後の予定

 今後は菌細胞と初期胚の境界領域に特に着目して、次世代シークエンサーを用いた網羅的遺伝子発現解析やプロテオーム解析を行うことにより、その分子機構に迫る研究を展開していきたい。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
生物プロセス研究部門 生物共生相互作用研究グループ
主任研究員  古賀 隆一 E-mail:r-koga*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
生物プロセス研究部門 生物共生進化機構研究グループ
研究グループ長  深津 武馬 E-mail:t-fukatsu*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)

用語の説明

◆細胞内共生細菌
宿主生物の細胞内に入り込んで生存している細菌。真核細胞の小器官であるミトコンドリアや葉緑体は真核細胞の進化の初期に細胞内共生によって獲得された細菌が由来であると考えられている(細胞内共生説)。[参照元に戻る]
◆蛍光in situハイブリダイゼーション法
特定の細菌に特異的に結合する核酸に蛍光色素を結合させた薬剤を昆虫組織や活性汚泥などの環境試料に働かせることで、これらの中に含まれる細菌を試料が持つもともとの構造を出来るだけ維持した状態で特異的に検出する方法。[参照元に戻る]
◆菌細胞と菌細胞塊
共生細菌を収納することに特殊化した細胞を菌細胞という。菌細胞が多数集まって形成される器官を菌細胞塊という。[参照元に戻る]
◆エキソサイトーシス
真核細胞が細胞内の物質を細胞外へ放出する機構。放出される物質は、細胞内では膜で包まれているが、細胞外に放出される際にこの膜を失う。[参照元に戻る]
◆エンドサイトーシス
真核細胞が細胞外の物質を細胞内へ取り込む機構。物質は、細胞表面において細胞膜で包み込まれるようにして細胞内に取り込まれるため、その直後は膜で包まれている。[参照元に戻る]

エキソサイトーシスとエンドサイトーシスの説明図


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