独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)バイオメディシナル情報研究センター【研究センター長 嶋田 一夫】機能性RNA工学チーム 廣瀬 哲郎 研究チーム長、佐々木 保典 研究員は、これまで機能未知だったヒト細胞核中のRNAが、遺伝子発現調節において重要な働きをしていると予想されている核内のRNA-タンパク質複合体のコア(芯)となっていることを発見した。
この核内RNA-タンパク質複合体はパラスペックル構造体と名付けられているが、パラスペックルにはRNA結合性の2個の制御タンパク質が存在することが2002年に報告されている。しかし結合するRNAは見つかっていなかった。今回パラスペックル(下図左)に局在するRNAを同定し、このRNAのみを分解したところ、パラスペックルも消失することを確認した(下図右)。このRNAがパラスペックルのコア(芯)になっているので、コアがなくなると2個の制御タンパク質も分散してしまうためである。
この発見は、多数の機能未知のRNAの機能解明に先鞭をつけるだけでなく、RNA-タンパク質複合体を標的とした創薬開発に貢献することも期待される。
この発見は、2009年1月22日頃、The Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS、米国科学アカデミー紀要)電子版に掲載される。
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図1. パラスペックル構造体の構成。左の蛍光顕微鏡写真の赤い輝点がパラスペックルを表す。制御タンパク質1(右図)に対する抗体で蛍光染色したもの。右にパラスペックル構成を模式的に示す。今回発見のRNA(赤波線)がコア(芯)として、制御タンパク質(小さい楕円)と共に構造体を形成する。
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21世紀に入りヒトゲノム解析の終結によって、ヒトのタンパク質遺伝子の数は、マウスのものとほとんど変わりないことが分かった。一方でポストゲノム解析によって、ヒトやマウスゲノムの大部分から、各々の種に特異的なものも含めて機能不明のRNA群が多数生産されていることが分かり、またその種類は高等動物ほど多いことからも大きな注目を集めている。これらのRNAはタンパク質をコードすることなく、自身が「ノンコーディングRNA」として働くらしいが、その機能はほとんど明らかになっていない。
産総研では、ノンコーディングRNAの中から重要な機能を果たす「機能性RNA」の発見と、それを用いた応用技術開発を目指している。ノンコーディングRNA研究は始まったばかりで、世界的にも未だ水面下で研究が遂行されている状態である。
本研究は新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「機能性RNAプロジェクト(平成17-21年)」による支援を受けて行ったものである。
細胞の核内に局在することが確認されたノンコーディングRNAの中から、パラスペックル(図1)構造体に局在するMENe/b RNAを同定した。このRNAのみを分解したところ、パラスペックルも消失することが確認された(図2)。またストレス処理によって分散したパラスペックルの再会合にも、MENe/b RNAが必須であることを確認した(図2)。
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図2. パラスペックル構造体(RNA-タンパク質複合体)の動的変化。細胞の状態により脱会合/会合を繰り返す。人為的にRNA(赤波線)を分解するとパラスペックルが崩壊し、制御タンパク質(小さい楕円)が分散することからRNAがコア(芯)となっていることが明らかになった。
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以上のことから、MENe/b RNAがパラスペックルの構造形成に必須であることが証明された。この他にMENe/b RNAに直接相互作用する制御タンパク質を同定し、このタンパク質とMENe/b RNAが共同してパラスペックルの構造形成を行っている事も明らかにした。
パラスペックルは、ストレス条件下や細胞周期のステージによって分解するが、MENe/b RNAの分解によっても構造崩壊が引き起こされる。RNAをコア(芯)としたパラスペックルは、様々なストレスに応答して柔軟に形態変化し、動的平衡を保ちながら制御タンパク質やメッセンジャーRNAを未知の様式で制御していると考えられ、癌などの疾患と関連している可能性もある。
MENe/b RNAのさらなる機能様式を解明することによって、新しい遺伝子発現制御機構が明らかになり、それを標的とした創薬開発などの応用研究の基盤になることが期待できる。またMENe/b RNAの機能解明が、未だ機能が明らかでない「これからの宝の山」と云われているノンコーディングRNAの機能解明のさきがけとなることも期待される。