発表・掲載日:2026/05/28

麹菌に有用物質の“設計図”を素早く読み込ませる方法

-有用な二次代謝産物を生産させるための長大な生合成遺伝子を迅速に麹菌に移植する技術を開発-

ポイント

  • 長大な生合成遺伝子を24のDNA断片に分けてPCRで調製、それらを混合して麹菌細胞に一度に導入するだけで元の1本の長大な生合成遺伝子を再現できることを確認
  • クローニングや複数回の遺伝子導入が不要となるため、別の生物の二次代謝産物を麹菌で異種生産する際の課題だった生合成遺伝子の移植期間の短縮が可能
  • バイオものづくり技術による医薬品・農薬・機能性材料の迅速かつ安全な安定生産に貢献

概要図


概要

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)バイオものづくり研究センター 玉野 孝一 主任研究員、細胞分子工学研究部門 工藤 慧 主任研究員、末永 光 研究グループ長、モレキュラーバイオシステム研究部門 新家 一男 キャリアリサーチャーらは、麹菌への多重相同組み換えによる長大な生合成遺伝子の簡便で迅速な移植技術を開発しました。

バイオテクノロジーを活用して植物や微生物が生産する二次代謝産物を医薬品・農薬・機能性材料として利用するにあたっては、その生産性向上が不可欠です。そこで、有用物質の“設計図”ともいえる生合成遺伝子を、生産性の高い異なる種の微生物に移植して生産させる「異種生産」という手法があります。異種生産の宿主としてさまざまな微生物が用いられる中、麹菌(別名コウジカビ)は安全で、物質生産の能力が高く、RNAスプライシング能力を備え植物やカビ、キノコといった同じ真核生物の遺伝子を働かせるのに適していることから、宿主の有力候補の一つです。しかし、麹菌への生合成遺伝子の移植には時間と手間がかかることが問題でした。

今回、6.3万の塩基配列(= 63 kb)を持つ生合成遺伝子を24のDNA断片に分けてPCRで調製、それらを混合して麹菌細胞に一度に導入するだけで、42コロニーのうち13コロニーで、元の1本の長大な生合成遺伝子の再現に成功しました。従来技術では必要だったクローニングや複数回の遺伝子導入が不要となるため、麹菌への生合成遺伝子の移植期間を30日間と、従来技術のおよそ4分の1に短縮できます。この技術により、バイオテクノロジーを活用した有用物質の生産において、異種生産の宿主としての麹菌の利用が進むと期待されます。

なお、この技術の詳細は、2026年5月7日に「Applied Microbiology and Biotechnology」に掲載されました。


研究の社会的背景

微生物の生産する二次代謝産物の中には医薬品・農薬・機能性材料として有用な物質があり、その安定供給・大量生産はバイオテクノロジーの重要なテーマです。生産性向上の手段の一つとして、ある微生物の生産する二次代謝産物の生合成遺伝子を生産性の高い別種の微生物に移植して生産させる「異種生産」があります。ただし、生産させたい有用物質の“設計図”ともいえる生合成遺伝子は長大で、数万におよぶ塩基配列を持つものが多く、その移植には膨大な期間と手間が必要です。

麹菌は日本酒・醤油・味噌の製造で重要な役割を果たす糸状菌(カビ)であり、抗生物質などの二次代謝産物は元々ほとんど作らず、他の生物からの遺伝子移植による物質生産を行う場合に精製の障害となる不純物が少ない点で、他の糸状菌と比較して優れています。長く食品に用いられており安全性も高いため、二次代謝産物を工業的に生産できるようにする異種生産の宿主として有力です。一方で、大腸菌などに比べると、生活環(ライフサイクル)がやや複雑で増殖も遅いため、遺伝子の移植に長い期間がかかります。従来技術では、麹菌に対して63 kbの塩基配列を持つ生合成遺伝子を移植するのに、およそ130日かかると試算されます。加えて、移植成功後も生産性向上のための改良に時間を要することから、迅速な遺伝子移植技術が求められていました。

 

研究の経緯

産総研ではこれまでに、麹菌に医薬品などで有用な物質を多く生産させる技術について研究してきました。麹菌が元々生産する物質で有用なものには、アミラーゼやプロテアーゼといった加水分解酵素、またコウジ酸という化合物などがありますが、それらは組み換えにより麹菌の遺伝子自体を改良することで、生産量を高めることができます。一方、麹菌が元々生産しない物質は、それを作るために必要な遺伝子を他の生物から麹菌に移植することで生産できるようになります。ただし植物など、医薬品などに利用できる可能性のある物質を生産する生物では、その生産に際して一般的に3個~20個以上の個別の役割を持つ遺伝子が働く必要があります。遺伝子が多いということは、それだけ生合成遺伝子が長くなってしまい、一般的に数十kbから数百kbもの長さになります。そのような長大な生合成遺伝子を麹菌に移植することは、大変な期間と手間のかかる作業でした。そこで私たちは、有用物質の生産に必要な生合成遺伝子を効率的に麹菌に移植する技術の開発に取り組んできました。

 

研究の内容

物質生産に優れた麹菌に、従来技術で行うよりも格段に短い期間と少ない手間で、医薬品や農薬などに有用な物質の生産に必要な長大な生合成遺伝子を導入する技術を開発しました。

今回対象としたある二次代謝産物の生合成遺伝子は、8遺伝子からなり63 kbもの長さを有します(図1)。これを24個に分けて、全ての両末端に相同組み換えのための重複配列を1 kbずつ付加したDNA断片をPCRにより調製しました。また麹菌は、細胞内に二つ以上のDNA断片が存在する場合、それらをランダムに結合する非相同末端結合と、重複する配列を手がかりに結合する相同組み換えというしくみを備えています。本研究では、あらかじめ相同組み換えのみが起こるように麹菌も改変しました。

図1

図1 生合成遺伝子を別の生物から麹菌に移植する今回の技術の模式図

改変型麹菌に、24個のDNA断片を等モル量で混合してから導入した結果、生育してきた42個のコロニーのうち13個のコロニーで、これらのDNA断片が正しく1本の長大な形に連結されて、染色体の標的部位に組み込まれていました。この導入株を液体培養した結果、目的の二次代謝産物が麹菌で生産されるようになったことを確認でき、設計図通りに生合成遺伝子が麹菌に移植されたことが証明されました。

従来は遺伝子クローニングやその後複数回の形質転換とマーカー除去という遺伝子導入の作業を経て、少しずつ生合成遺伝子を麹菌に移植してきました。本研究では、クローニングを行わず、しかも一度の遺伝子導入で生合成遺伝子を移植することができました。その結果、従来よりも少ない手間で、かつ約4分の1の短期間で、目的の有用物質の生産株を作出できることを見いだしました。

なお、別の生物に由来する遺伝子8種類を麹菌で稼働させるため、それぞれの遺伝子上流領域を本来のものから麹菌で常に高発現するものに置き換えました。このような置き換えも、従来のようにクローニングを必要とせず、人工遺伝子合成とPCRのみで実現できるため、作業の時間と手間を削減できます。

過去には麹菌とは別種の糸状菌で、同様の手法で5個のDNA断片を混合して導入し、20 kbもの生合成遺伝子を細胞内で組み立てた報告があり[1]、これが本研究以前の最多DNA断片数かつ最長生合成遺伝子の導入記録でした。それと比べると、本研究はDNA断片数が4倍以上、生合成遺伝子長が3倍以上です。そのような数でも長大な生合成遺伝子が一度の遺伝子導入だけで麹菌細胞内で組み立てられることがわかりました。

今回対象の物質であれば、従来技術を用いた場合[2]は最初の形質転換から完成までに作業日数は最低でも130日かかったと見込まれます(図2)。本技術ではそれが約30日に短縮できました。

図2

図2 麹菌で有用物質生産株の構築に要する期間(生合成遺伝子移植での最初の形質転換からの想定期間)

本研究により、麹菌を用いて医薬品・農薬・機能性材料などに有用な物質を生産させるための生合成遺伝子の移植を短期間で行うことが可能になります。その結果、化学合成では高コストで長い期間がかかったり、化学合成そのものが困難であったりする物質の麹菌による生産が、従来よりもずっと簡単で迅速にできるようになります。麹菌は毒素を作らず安全な菌であることから、微生物による安価で安心な有用物質生産が、より現実的になると考えられます。

 

今後の予定

今後は、長大な生合成遺伝子を要する別種の有用物質をターゲットとし、本研究で開発した移植技術による麹菌の異種生産株の構築を進めます。また、麹菌で有用物質が生産できるようになれば、次に生産量を増やす方向で菌の改良にも取り組みます。

 

論文情報

掲載誌:Applied Microbiology and Biotechnology
論文タイトル:One-step in vivo assembly of a 63 kb-long biosynthetic gene cluster via multiple recombination in Aspergillus oryzae
著者:Koichi Tamano, Haruka Takayama, Ikuko Kozone, Yukiko Abe, Akio Kanda, Kei Kudo, Hikaru Suenaga, Kazuo Shin-ya
DOI:https://doi.org/10.1007/s00253-026-13845-7


用語解説

相同組み換え
細胞内で同じ塩基配列のDNA領域がある一定の長さで二つ存在すると、その二つの間でDNAの乗り換えが起きる。学術的には交差ともいわれる。その機能を用いることで、外部より導入したDNAを麹菌の染色体DNAに組み込んだり、外部より導入したDNAが2種類以上あればそれらを連結したりすることができる。[参照元へ戻る]
二次代謝産物
生物が生きていくうえで必須の細胞内の化合物は一次代謝産物と呼ばれる。これに対し、それ以外の生きていくうえで必須でない化合物が二次代謝産物になる。ただし生きるうえで必須でないから存在意義のない化合物とはいえず、実際は他の生物の生育を抑えて自らの生育環境を守るための物質(抗生物質)や、紫外線からの遺伝子損傷を防ぐための物質(色素)など、その生物が自然界で有利に生育するのに必要な物質が二次代謝産物に含まれる。[参照元へ戻る]
RNAスプライシング
動物や植物、また菌類の中でも高等なカビやキノコ、酵母などでは、細胞内でDNAは核という小器官に収められて存在している。そのことから、真核生物と呼ばれ、核を持たない細菌などの原核生物と区別される。真核生物の遺伝子が働く際、DNAから転写でRNAができた後、RNAの中でタンパク質に翻訳されるのに必要な領域だけが切り取られ、連結される。そのようなRNAの必要な領域だけを切り取り、それらだけを一つに再度つなげる真核生物に特有の細胞機能をRNAスプライシングと呼ぶ。[参照元へ戻る]
PCR(Polymerase Chain Reaction)
遺伝子を実験室レベルで増幅する技術。生物から抽出した遺伝子は微量であることが多く、それを実験で取り扱うために増やす必要がある。PCRの技術を用いれば、目的の遺伝子だけを実験室で増やすことができる。[参照元へ戻る]
コロニー
微生物を寒天培地などの表面で生育させると、元々は一つの細胞であったものが分裂により増殖を繰り返すことで、肉眼でも観察できるくらいに大きな集団となる。この集団をコロニーと呼ぶ。[参照元へ戻る]
遺伝子上流領域
遺伝子はDNAからRNAへの転写、そしてRNAからタンパク質への翻訳を経て、機能を発揮する。そのためには、転写をつかさどるRNAポリメラーゼ、また翻訳をつかさどるリボソームが遺伝子に結び付く必要がある。その結び付きに必要なDNA領域は、遺伝子のすぐ上流の1 kb前後の領域となり、その領域を遺伝子上流領域と呼ぶ。[参照元へ戻る]
人工遺伝子合成
遺伝子を人工的に合成する技術。これまでは有用な機能を持つ遺伝子を利用したい場合、その遺伝子を持つ生物またはその生物のDNAを入手しなければ利用することができなかった。しかしこの技術が開発されたことで、有用な遺伝子の塩基配列の情報さえあれば、その情報を元にその遺伝子のDNAを人工的に合成することができるようになった。[参照元へ戻る]
 

参考文献

[1] Kirchgaessner et al.(2023) A genetic tool to express long fungal biosynthetic genes, Fungal Biology and Biotechnology, 10:4
[2] Yoshimi et al.(2018) Heterologous production of a novel cyclic peptide compound, KK-1, in Aspergillus oryzae, Frontiers in Microbiology, 9:690



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