- 高精度な光学素子の開発・製造に欠かせない基準球面レンズ表面の球面度を従来と同等の不確かさ4.3 nmで効率的かつ簡便に校正できるシステムを開発
- ランダムボール法の導入と不確かさの評価法の確立により、小さい不確かさを維持したまま、精密な光学系調整が不要に
- 光学部品メーカーの基準球面レンズの表面形状を小さな不確かさで校正できるサービスの提供へ
産総研の球面度校正システムと現場で使用される基準球面レンズとの関係
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)工学計測標準研究部門 長さ標準研究グループ 川嶋なつみ 研究員、平井亜紀子 研究グループ長、近藤余範 主任研究員、同研究部門 尾藤洋一 副研究部門長は不確かさ4.3 nmで基準球面レンズの球面度を高精度に校正可能な技術を開発しました。
スマートフォンや内視鏡などに搭載されるカメラには、小型であっても高精細な画像を得ることができるレンズの存在が欠かせません。レンズや曲面鏡など球面形状をもつ光学素子の高精度化のためには、表面の凹凸をナノレベルに低減するだけでなく、絶対形状をナノレベルで設計形状と合致させることが求められます。そのため、加工された表面形状を精密かつ正確に測定して、設計された形状からのずれを評価する必要があります。それを実現する高精度な形状測定装置には、基準球面レンズと呼ばれる高い球面度をもつ面を参照する仕組みがあり、その球面度が測定の精度を左右しています。
今回、レーザー干渉計による球面度校正装置において、ランダムボール法という実用的な手法により産業界の任意のFナンバーの基準球面レンズを簡便に校正するシステムを確立しました。また、光学系調整時のエラー(ミスアライメント)による測定誤差を詳細に解析した不確かさの評価法を確立しました。これらにより、不確かさ4.3 nmの測定精度でユーザーの任意のFナンバーの基準球面レンズを校正できるようになりました。今後、産業界で使用される基準球面レンズの校正体系を通じて、高精度な光学素子の開発、製品の品質管理の高度化に貢献します。
なお、この研究成果の詳細は、2024年10月24日に「Optics and Lasers in Engineering」にオンライン掲載されました。
私たちの身の回りにあるスマートフォンのカメラやヘッドマウントディスプレーなどには、小型で高性能なレンズが使用されています。より高精細な画像を得るため、光学素子を高精度化する製造・評価技術は絶えず向上しています。
これらの光学素子表面の形状は解像度などの性能を左右します。必要な仕様を満たすためには高精度な加工技術はもとより、それらが設計通りに作製されたかを正確に測定して評価しなければなりません。そのために使用される形状測定装置は、測定に際して基準球面レンズを参照します。市販の高精度形状測定機(レーザー干渉計)は、ナノメートル以下の高い分解能と数ナノメートルの高い測定の繰り返し性をもっていますが、参照する基準球面レンズの球面度校正精度が形状測定機の測定精度のボトルネックとなっています。また、製造現場では、測定対象に合わせてさまざまなFナンバーの基準球面レンズを持っている必要がありますが、これまでの産総研での球面度校正手法では、同じFナンバーの基準球面レンズを二つ用意する必要があり、産総研が保有していないFナンバーの基準球面レンズを校正する場合には、依頼者が二つ用意しなければ校正できないという問題がありました。
産総研では、レーザー干渉計による球面度校正装置において二球面比較三位置法と呼ばれる原理を用いて、ユーザーから持ち込まれる基準球面レンズの球面度の校正を行ってきました。二球面比較三位置法はFナンバーが同等な二つの球面レンズを、回転を含む三つの位置関係で測定することで、それぞれの球面レンズの表面形状を校正できる手法です。しかし、産総研が同じFナンバーの基準球面レンズを保有していない場合は依頼者が同じFナンバーの基準球面レンズを二つ用意する必要がある、回転させた際の回転軸の正確な特定や重力による形状歪みの評価が困難、精密なアライメントが要求されるなど、基準球面レンズの高精度校正の実現に際して課題がいくつか存在します。そのため、二球面比較三位置法に代わる実用的な基準球面レンズ校正システムの確立に向けて研究を実施してきました。
今回、実用的な基準球面レンズの校正法として、ランダムボール法を導入しました。さらに、二球面比較三位置法でも問題となり、ランダムボール法でも測定に影響のあるミスアライメントによる測定誤差を詳細に解析した不確かさの評価法を確立することで、従来と同等の不確かさで簡便に校正できるシステムを実現しました。
ランダムボール法は、球の表面形状を測定し回転させることを何度も繰り返し、それらを平均化することで、完全な球(真球)を使わなくても真球を使った場合と同等の結果が得られる手法です。今回開発した校正システムでは、基準球面レンズの焦点位置に中心がくるよう球を設置し、球表面における任意の部分的な面(部分球面)に対する基準球面レンズの形状の偏差を測定します(図1左)。そして、球を回転させてあらゆる部分球面形状と基準球面レンズ形状との偏差を取得し、それらの平均を求めます。その結果、それぞれの部分球面がもつ表面形状が平均化され、実質的に真球に対する基準球面レンズの形状の偏差を得ることができ、基準球面レンズの絶対形状の校正が可能となります。球は任意のFナンバーの基準球面レンズに対応できるため、ユーザーは高価な基準球面レンズを二つ用意する必要がありません。
図1 ランダムボール法の模式図
基準球面レンズの校正のように、光の波長を基準とした長さや幾何学形状の測定では、光学素子を固定する位置を精密に調整(アライメント)しなければなりません。ランダムボール法では球を回転させる度にアライメントをする必要があり、基準球面レンズと測定器物の共焦点位置から測定器物が横方向および縦方向にずれることがあります(図2)。このミスアライメントはチルト成分やコマ成分、デフォーカス成分、球面成分などの測定誤差を引き起こします。そこで、ミスアライメントと測定誤差の関係を理論的に解析かつ実験的に検証し、ミスアライメントによる不確かさの評価方法を確立しました。レーザー干渉計におけるミスアライメントの影響に関する先行研究では測定器物が設置されている物体空間における座標系のみを考慮していましたが、解析するデータはカメラで取得された画像であるという実態に即して、レーザー干渉計における干渉縞画像取得光学系および画像処理の座標系を考慮した理論的な解析を行いました。その結果、ミスアライメントの影響は先行研究で考えられていたものより小さく、精密な調整が必要ないことを見いだしました。一方、基準球面レンズの不完全性によりミスアライメントの影響が顕在化することも判明し、レンズごとに実験的にミスアライメントの影響を評価する必要があることが示されました。これらを考慮した不確かさの評価法を確立できたことで、例えばFナンバーが0.75の基準球面レンズを校正する際、先行研究では横方向13 nm、縦方向40 nmの精度で焦点位置の調整が必要であると考えられていたところ、横方向106 nm、縦方向318 nmの精度での調整でも、従来と同等の不確かさ4.3 nmで基準球面レンズの球面度の校正が可能となりました。
これらの開発技術を使った校正サービスが開始されると、より多様な基準球面レンズの校正が可能となり、光学部品関連メーカーの高精度な光学素子の開発、製品の品質管理の高度化に貢献します。また、ユーザーが自身のレーザー干渉計で器物を測定するときも、今回のミスアライメントに起因する測定誤差の解析結果が適用でき、先行研究で考えられていたほど精密な調整をしなくても同等の測定精度が実現できます。
図2 ミスアライメントとそれに伴い測定結果の形状に誤差として重畳する形状の例
今回開発した校正システムを用いてSIトレーサブルな球面度の標準供給を開始します。さらに、より簡便な手法として、校正済みの産総研の基準球面レンズとの比較による校正も行う予定です。また、今回開発した技術や球面形状を産業界に展開します。
掲載誌:Optics and Lasers in Engineering
論文タイトル:Novel analysis of alignment error on spherical Fizeau interferometer and uncertainty evaluation of sphericity calibration system based on random ball test
著者:Natsumi Kawashima, Yohan Kondo, Akiko Hirai, and Youichi Bitou
DOI:https://doi.org/10.1016/j.optlaseng.2024.108646