京都大学化学研究所の塩田陽一 准教授、小野輝男 同教授らの研究グループは、産業技術総合研究所(以下、産総研という)新原理コンピューティング研究センターの谷口知大 研究チーム長、名古屋大学大学院工学研究科の森山貴広 教授と共同で、二つの磁石の磁極が逆方向に結合した人工反強磁性体注1)において、波として伝わる磁気振動(マグノン注2))の回転方向を励起マイクロ波の周波数で制御し、その回転方向を電気的に読み取ることに成功しました。
反強磁性体のマグノンは、右回りと左回りの二つの異なる回転モードが存在するため、マグノンに回転極性注3)という新たな自由度を付加することが可能です。しかし、通常の反強磁性体の磁極は外場による制御が困難なことから、異なる回転極性を有するマグノンの生成・伝送・検出を一つのデバイスで実証した例はこれまでありませんでした。
本研究では、上下を白金(Pt)で挟んだ垂直磁化の人工反強磁性体を用いることで、励起マイクロ波の周波数によって選択的にマグノンの回転方向を制御し、伝搬したマグノンの回転方向をスピン流-電流変換現象を介して電気的に検出することに成功しました。この成果は、マグノンを利用したスピンデバイスに回転極性という新たな自由度を提供することになり、スピントロニクス注4)研究分野の発展に大きく貢献することが期待されます。
本研究成果は、2024年11月20日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されます。
研究概念図:マイクロ波周波数で励起するマグノンの回転方向を制御し、伝播したマグノンを電気的に検出
スピントロニクスにおいてスピン角運動量の流れであるスピン流注5)の制御は重要な要素です。磁性体において磁極の集団励起であるマグノンは、スピン流の担い手になりうることが知られており、電荷の移動を伴わずにスピン角運動量を運べるため、低消費電力なスピンデバイスへの応用が期待されています。一般的な強磁性体のマグノンは、磁場に対して右回りの回転モードしか存在しません。一方、二つの磁極が反対方向に結合した反強磁性体のマグノンは、右回りと左回りの回転モードが存在するため、マグノンに回転極性という新たな自由度を付加することが可能です。しかし、通常の反強磁性体の磁極は外場による制御が困難なことから、異なる回転極性を有するマグノンの生成・伝送・検出を一つのデバイスで実証した例はこれまでありませんでした。
本研究では、垂直磁化注6)の磁性材料として鉄(Fe)とニッケル(Ni)の多層膜を用い、数原子層程度の非常に薄いルテニウム(Ru)非磁性層を介して、それぞれの磁性層の磁極が逆方向に結合した人工反強磁性体を用いました。通常の反強磁性体に比べて人工反強磁性体は、電気計測が可能なGHzオーダーのスピンダイナミクスを持ち、外部磁場によって共鳴周波数および磁化方向の制御が容易という特徴を有しています。また、人工反強磁性体の上下層にはスピン流-電流変換注7)が可能な白金(Pt)で構成された多層薄膜試料を用いました。この薄膜試料をホールバー形状に微細加工を施した後、ホールバー端子から離れた場所に高周波磁場によってマグノン励起を行うためのアンテナを作製しました(図1)。
図1 本研究で作製したデバイスの電子顕微鏡図および測定回路の簡略図。
図2(a)に垂直磁化の人工反強磁性体におけるマグノンの外部磁場に対する共鳴周波数を示します。それぞれの回転モードは異なる共鳴条件を持っており、特定の磁場条件下では共鳴周波数は一致していますが、外部磁場を加えることで異なる共鳴周波数を持ち、適切な励起周波数を選ぶことで二つの回転モードのうち一つを選択的に励起することが可能になります。
また本研究で着目したのは、図2(b)(c)に示すように右回りと左回りの回転モードで二つの磁極の回転振幅が異なることです。より大きな磁極の回転振幅を持つ磁性層と接している非磁性層のスピン流-電流変換現象を介してマグノンを電気的に検出することが可能です。そのため、同符号のスピン流-電流変換効率を持つ白金(Pt)を人工反強磁性体の上下層に用いることで、マグノンの回転方向を効率的に検出できます。この原理に基づいて実験を行ったのが図2(d)の結果で、マイクロ波の励起周波数を13.6 GHzまたは18.0 GHzに切り替えると、伝播したマグノンの検出電圧の符号が変化しています。
図2 (a)垂直磁化の人工反強磁性体におけるマグノンの外部磁場に対する共鳴周波数。 (b)右回りマグノンおよび(c)左回りマグノンの模式図。(d)特定の外部磁場下における伝播マグノンの回転極性制御の例。マイクロ波の励起周波数の切り替えに対応して、伝播したマグノンの検出電圧の符号が変化しており、伝播マグノンの回転方向を電気的に読み取ることに成功しました。
以上の実験結果から、上下を白金(Pt)で挟んだ垂直磁化の人工反強磁性体を用いることで、異なる回転極性を有するマグノンの生成・伝送・検出を一つのデバイスで実証することに世界で初めて成功しました。
本研究の実験は主に京都大学で実施しました。産総研の研究者は理論モデルを構築しデータ解析に重要な貢献がありました。名古屋大学の研究者は実験環境の整備およびデータの解釈に重要な貢献がありました。
今回の実証は、マグノンの回転極性という新たな自由度を開拓しました。これは光で例えると左円偏光・右円偏光に対応するため、反強磁性体のマグノンにも光と同様に「偏光」制御の自由度を追加することが可能であるため、これまで注目されてこなかったマグノンの潜在的なポテンシャルを引き出せます。また、今回の実験で用いた人工反強磁性体の薄膜は微細加工によるデバイス化が容易、磁化配置を外部磁場によって容易に制御可能、といった特徴の他に材料や膜厚によって自由な物性設計が可能という通常の反強磁性体にはない特徴を有しています。これらを生かしてマグノントランジスタやマグノンによる磁壁駆動デバイスといった低消費電力で多機能なスピンデバイスへの応用が期待されます。
本研究の一部は、科学研究費補助金「基盤研究(B) JP22H01936, JP23K23204」、「国際共同研究加速基金(海外連携研究) JP23KK0093」、「学術変革領域研究(A) JP24H02233」、「基盤研究(S) JP20H05665」、「特別推進研究 JP24H00007」、公益財団法人 村田学術振興・教育財団「研究助成」、文部科学省「次世代 X-NICS 半導体創生拠点形成事業 JPJ011438」、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究拠点などの助成を受けて行われました。
タイトル:Handedness manipulation of propagating antiferromagnetic magnons(伝播する反強磁性マグノンの回転極性制御)
著者:Yoichi Shiota, Tomohiro Taniguchi, Daiju Hayashi, Hideki Narita, Shutaro Karube, Ryusuke Hisatomi, Takahiro Moriyama and Teruo Ono
掲載誌:Nature Communications DOI: 10.1038/s41467-024-54125-0