サンゴ※1は炭酸カルシウムを主成分とした立体的な骨格を作ります。サンゴの表面に分布するポリプの口の近くで、垂直方向に成長する骨格は「隔壁※2(かくへき)」と呼ばれ、サンゴ種の判別にも用いられる重要な部位です。サンゴ骨格の形態形成に関与する成長部には石灰化中心※3が存在し、隔壁の形成に関係することも地球化学的な観点から研究が進んでいました。北里大学海洋生命科学部の大野良和特任助教、安元剛講師、海洋生命科学研究科の高橋有南大学院生(修士課程1年)、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)環境調和型産業技術研究ラボ (E-code)の井口亮主任研究員らの研究グループは、日本電子株式会社、琉球大学、自然科学研究機構 生理学研究所自然研究バイオフォトニクス研究部門と共同で、生体のサンゴ稚ポリプ※4の石灰化中心の直接観察に成功しました。
この成果は、2024年8月6日付で、Frontiers Media S.Aが刊行する「Frontiers in Marine Science」に掲載されました。
【参考画像】サンゴ稚ポリプを生きたまま底部から観察した骨格の様子(直径:約1 mm)
偏光による
顕微鏡撮影※5では、光が透過する周縁部の炭酸カルシウム結晶は色がついて見える。一方で、灰色に見える放射状の12本の隔壁は、厚みがあるため、灰色に見える(撮影:高橋有南)。
- サンゴ稚ポリプの石灰化中心の形成過程の撮影に成功
褐虫藻を体内に保有していないサンゴ稚ポリプを研究に使用し【図1】、サンゴの隔壁形成【図2】の初期で発生する石灰化中心の形成過程を報告しました。
- サンゴ稚ポリプの隔壁形成の開始時には結晶微粒子が出現することを報告
石灰化中心の発生初期には微粒子※6が出現し、その後、繊維状の炭酸カルシウム結晶が成長する様子を記録しました【図3】。
- サンゴ組織内で隔壁成長部の微粒子を可視化
サンゴを含む海洋生物の骨格形成過程に関する研究で、走査型2光子励起レーザー顕微鏡(以下、2光子顕微鏡)※7を使用したことも本研究の特徴です【図4】。本研究では、サンゴ稚ポリプの口側(上部)より、隔壁の石灰化中心に存在する微粒子の動態観察に成功しました。
【図1】褐虫藻有無でのサンゴ稚ポリプの比較写真
自然界に存在する造礁サンゴは右の写真のように茶色の褐虫藻と共生をするが、本実験では、体内に藻類を共生させないサンゴ稚ポリプを用いた。サンゴは半透明なため、観察すると口周辺の骨格形状(隔壁)が観察できる。スケールバー:500 μm※8。
【図2】サンゴ稚ポリプの骨格表面と隔壁の電子顕微鏡(SEM)写真
サンゴ骨格の表面構造を観察するために、
電子顕微鏡観察
※9が使用される。サンゴ骨格のみを上から観察すると、稚ポリプの中心部には放射状の立体構造(隔壁)が観察できる。右図は隔壁の一部を拡大したもので、周囲の骨格は凸凹とした微細構造も観察できる。
【図3】隔壁の石灰化中心の形成過程
生体の稚ポリプの着底部(底部)を偏光顕微鏡で観察したところ、周りの黄色く見える結晶とは異なり、青白い小さな結晶が出現した(観察開始39時間後)。その後、隔壁が形成される様子(観察開始48時間後)を動画記録した。
【図4】蛍光による隔壁成長部の微粒子の可視化
隔壁を特異的に染色し、サンゴ稚ポリプの上方から体内の隔壁形成の様子を2光子顕微鏡で観察を行った。右の写真は隔壁先端部の厚さ約40 μmの立体構造で、隔壁成長面では直径1 μm以下の微粒子が動く様子も報告した。
サンゴの骨格は年輪を刻みながら成長するため、数百年間の環境記録を保持し、気候変動の高解像度での長期復元に有用です。サンゴの炭酸カルシウム中には、カルシウムの他に微量元素が含まれており、これらの濃度は、水温や塩分などに応じた熱力学的な法則に支配されるため、古環境の復元(過去の海洋のpH、温度、イオン組成など)に利用されています。しかしながら、サンゴは、生物学的に制御された骨格を造ることが、近年の研究で分かってきました(関連記事①)。特に、隔壁などの石灰化中心と呼ばれる場所は生物的な作用を受け※10、微量元素の組成が変化してしまうことから、そのメカニズムについて地質学的、地球化学的な観点から研究が盛んに行われてきた背景があります。また、造礁サンゴのみならず、深海などに生息する非造礁サンゴにも石灰化中心が存在し、研究が先行していました。サンゴの骨格は、化石として産出するため、サンゴ種の判別や進化の歴史をたどり、地質時代の古環境の推定にも役立てられています。
一方で、サンゴの生理学的な研究はまだ発展途上で、骨格形成のメカニズムもいまだよく分かっていません。本研究では、サンゴを生きたまま顕微鏡により長時間撮影を行い、サンゴの隔壁の形成メカニズムの一端を明らかにしようと試みました。
サンゴは周囲の海水からミネラルを濃縮し、炭酸カルシウム骨格を形成しますが、このメカニズムについてもいまだ分からないことが多くあります。特に、石灰化中心と呼ばれる部位は、生物作用が大きく、骨格の形態形成を制御する重要な部位であることは古くから知られていました。1990年代に入ると、分析技術の発展により、生物作用の大きい石灰化中心は、その他の骨格部位に比べてイオン組成が異なることは明らかになっていました(引用1)。最近では、サンゴ骨格中の微量元素組成を高解像に分析する手法が発展していますが、実際に生体のサンゴを用いて、石灰化中心の骨格形成過程を可視化した研究例はありませんでした。
本研究では、コユビミドリイシ(Acropora digitifera)のサンゴ稚ポリプの骨格形成過程の様子を、まず、偏光顕微鏡を用いて、底部から数日間撮影しました。ポリプ着底部で直径数μmの微粒子の出現を起点とした、石灰化中心の形成過程を撮影することに成功しました【図3】。画像解析により、石灰化中心が形成される際、造骨細胞の周囲や間隙で、まず急速降着前線堆積物(Rapid accretion deposit)と呼ばれる小さな微粒子が形成され、その後、繊維状の炭酸カルシウム結晶が成長すること(Thickening deposit)が分かりました。そして、この2つの過程には、別々のメカニズムが関与していることも報告しました。
さらに、ポリプの生体内で隔壁を蛍光染色※11し、2光子顕微鏡を用いることで、微粒子の動態を画像解析することにも成功しました。画像解析から、隔壁の石灰化中心も、微粒子で構成されており、微粒子が付着しながら隔壁が成長する様子が明らかになりました。
造礁サンゴは熱帯から亜熱帯域に広く生息し、多様な骨格を形成します。サンゴ骨格の立体構造は、多くの浅海性生物に安定した生息場所を提供し、共生する藻類の光合成により豊かなサンゴ礁生態系を支えます。サンゴ礁は、海洋で最も多様な生態系であり、その他にも沿岸保護、漁業、観光などに重要で、世界的には、年間に数百兆円の生態系サービスを生み出していると試算されています(引用2)。しかしながら、サンゴ礁は、海水温の上昇、海洋酸性化、富栄養化、乱獲、海面上昇、海洋汚染など、人間活動による多くの脅威に直面しており、造礁サンゴへの影響予測は急務です。
本研究のように、生体のサンゴを顕微鏡により観察する実験手法の開発は、サンゴを生理学的に理解する上で必要不可欠と言えます。本研究で用いた2光子顕微鏡技術という、新しい生体イメージング技術を用いることで、サンゴのみならず、さまざまな海洋生物の生理現象の理解につながります。最近では、骨格形成部位でのカルシウムイオンや炭酸イオンの化学反応に加え、サンゴの骨格成長の促進には炭酸カルシウム骨格の前駆体となる非結晶構造(アモルファス構造)※12が重要であることが、国際的に議論されるようになりました。また、骨格成長界面で、どのような物理・化学現象が起こっているのかの議論も深まっています。実際のサンゴの生体を対象にした、非破壊的なイメージング技術の発展により、サンゴの骨格形成メカニズムが明らかになることが期待されます。
論文名:Live imaging of center of calcification formation during septum development in primary polyps of
Acropora digitifera
邦題名:コユビミドリイシ稚ポリプにおける隔壁形成時の石灰化中心の生体イメージング
掲載誌:
Frontiers in Marine Science
著者:大野良和(北里大学)、高橋有南(北里大学)、堤元佐(生命創成探究センター/生理学研究所)、窪田梓(北里大学、日本電子株式会社)、井口亮(産総研)、飯島真理子(産総研)、水澤奈々美(北里大学)、中村崇(琉球大学)、鈴木淳(産総研)、鈴木道生(東京大学)、安元純(琉球大学)、渡部終五(北里大学)、酒井一彦(琉球大学)、根本知己(生命創成探究センター/生理学研究所)、安元剛(北里大学)
DOI:
10.3389/fmars.2024.1406446
本研究は、産総研環境調和型産業技術研究ラボ (E-code)、日本学術振興会科研費(23K14222、23H00339、JP22H04926)、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20221C01)、総合地球環境学研究所(RIHN14200145)、新エネルギー・産業技術総合開発機構、先端バイオイメージングプラットフォーラムによる支援で行われました。