発表・掲載日:2024/08/21

サンゴの骨格形成過程で生じる結晶微粒子を可視化

-サンゴ骨格の立体構造に関与する石灰化中心-

サンゴ※1は炭酸カルシウムを主成分とした立体的な骨格を作ります。サンゴの表面に分布するポリプの口の近くで、垂直方向に成長する骨格は「隔壁※2(かくへき)」と呼ばれ、サンゴ種の判別にも用いられる重要な部位です。サンゴ骨格の形態形成に関与する成長部には石灰化中心※3が存在し、隔壁の形成に関係することも地球化学的な観点から研究が進んでいました。北里大学海洋生命科学部の大野良和特任助教、安元剛講師、海洋生命科学研究科の高橋有南大学院生(修士課程1年)、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)環境調和型産業技術研究ラボ (E-code)の井口亮主任研究員らの研究グループは、日本電子株式会社、琉球大学、自然科学研究機構 生理学研究所自然研究バイオフォトニクス研究部門と共同で、生体のサンゴ稚ポリプ※4の石灰化中心の直接観察に成功しました。

この成果は、2024年8月6日付で、Frontiers Media S.Aが刊行する「Frontiers in Marine Science」に掲載されました。

概要図

【参考画像】サンゴ稚ポリプを生きたまま底部から観察した骨格の様子(直径:約1 mm)
偏光による顕微鏡撮影※5では、光が透過する周縁部の炭酸カルシウム結晶は色がついて見える。一方で、灰色に見える放射状の12本の隔壁は、厚みがあるため、灰色に見える(撮影:高橋有南)。

研究成果のポイント

  • サンゴ稚ポリプの石灰化中心の形成過程の撮影に成功
    褐虫藻を体内に保有していないサンゴ稚ポリプを研究に使用し【図1】、サンゴの隔壁形成【図2】の初期で発生する石灰化中心の形成過程を報告しました。
  • サンゴ稚ポリプの隔壁形成の開始時には結晶微粒子が出現することを報告
    石灰化中心の発生初期には微粒子※6が出現し、その後、繊維状の炭酸カルシウム結晶が成長する様子を記録しました【図3】。
  • サンゴ組織内で隔壁成長部の微粒子を可視化
    サンゴを含む海洋生物の骨格形成過程に関する研究で、走査型2光子励起レーザー顕微鏡(以下、2光子顕微鏡)※7を使用したことも本研究の特徴です【図4】。本研究では、サンゴ稚ポリプの口側(上部)より、隔壁の石灰化中心に存在する微粒子の動態観察に成功しました。

図1

【図1】褐虫藻有無でのサンゴ稚ポリプの比較写真

自然界に存在する造礁サンゴは右の写真のように茶色の褐虫藻と共生をするが、本実験では、体内に藻類を共生させないサンゴ稚ポリプを用いた。サンゴは半透明なため、観察すると口周辺の骨格形状(隔壁)が観察できる。スケールバー:500 μm※8

 

図2

【図2】サンゴ稚ポリプの骨格表面と隔壁の電子顕微鏡(SEM)写真
サンゴ骨格の表面構造を観察するために、電子顕微鏡観察※9が使用される。サンゴ骨格のみを上から観察すると、稚ポリプの中心部には放射状の立体構造(隔壁)が観察できる。右図は隔壁の一部を拡大したもので、周囲の骨格は凸凹とした微細構造も観察できる。
 

図3

【図3】隔壁の石灰化中心の形成過程
生体の稚ポリプの着底部(底部)を偏光顕微鏡で観察したところ、周りの黄色く見える結晶とは異なり、青白い小さな結晶が出現した(観察開始39時間後)。その後、隔壁が形成される様子(観察開始48時間後)を動画記録した。
 

図4

【図4】蛍光による隔壁成長部の微粒子の可視化
隔壁を特異的に染色し、サンゴ稚ポリプの上方から体内の隔壁形成の様子を2光子顕微鏡で観察を行った。右の写真は隔壁先端部の厚さ約40 μmの立体構造で、隔壁成長面では直径1 μm以下の微粒子が動く様子も報告した。

研究の背景

サンゴの骨格は年輪を刻みながら成長するため、数百年間の環境記録を保持し、気候変動の高解像度での長期復元に有用です。サンゴの炭酸カルシウム中には、カルシウムの他に微量元素が含まれており、これらの濃度は、水温や塩分などに応じた熱力学的な法則に支配されるため、古環境の復元(過去の海洋のpH、温度、イオン組成など)に利用されています。しかしながら、サンゴは、生物学的に制御された骨格を造ることが、近年の研究で分かってきました(関連記事①)。特に、隔壁などの石灰化中心と呼ばれる場所は生物的な作用を受け※10、微量元素の組成が変化してしまうことから、そのメカニズムについて地質学的、地球化学的な観点から研究が盛んに行われてきた背景があります。また、造礁サンゴのみならず、深海などに生息する非造礁サンゴにも石灰化中心が存在し、研究が先行していました。サンゴの骨格は、化石として産出するため、サンゴ種の判別や進化の歴史をたどり、地質時代の古環境の推定にも役立てられています。

一方で、サンゴの生理学的な研究はまだ発展途上で、骨格形成のメカニズムもいまだよく分かっていません。本研究では、サンゴを生きたまま顕微鏡により長時間撮影を行い、サンゴの隔壁の形成メカニズムの一端を明らかにしようと試みました。

 

研究内容と成果

サンゴは周囲の海水からミネラルを濃縮し、炭酸カルシウム骨格を形成しますが、このメカニズムについてもいまだ分からないことが多くあります。特に、石灰化中心と呼ばれる部位は、生物作用が大きく、骨格の形態形成を制御する重要な部位であることは古くから知られていました。1990年代に入ると、分析技術の発展により、生物作用の大きい石灰化中心は、その他の骨格部位に比べてイオン組成が異なることは明らかになっていました(引用1)。最近では、サンゴ骨格中の微量元素組成を高解像に分析する手法が発展していますが、実際に生体のサンゴを用いて、石灰化中心の骨格形成過程を可視化した研究例はありませんでした。

本研究では、コユビミドリイシ(Acropora digitifera)のサンゴ稚ポリプの骨格形成過程の様子を、まず、偏光顕微鏡を用いて、底部から数日間撮影しました。ポリプ着底部で直径数μmの微粒子の出現を起点とした、石灰化中心の形成過程を撮影することに成功しました【図3】。画像解析により、石灰化中心が形成される際、造骨細胞の周囲や間隙で、まず急速降着前線堆積物(Rapid accretion deposit)と呼ばれる小さな微粒子が形成され、その後、繊維状の炭酸カルシウム結晶が成長すること(Thickening deposit)が分かりました。そして、この2つの過程には、別々のメカニズムが関与していることも報告しました。

さらに、ポリプの生体内で隔壁を蛍光染色※11し、2光子顕微鏡を用いることで、微粒子の動態を画像解析することにも成功しました。画像解析から、隔壁の石灰化中心も、微粒子で構成されており、微粒子が付着しながら隔壁が成長する様子が明らかになりました。

 

今後の展開

造礁サンゴは熱帯から亜熱帯域に広く生息し、多様な骨格を形成します。サンゴ骨格の立体構造は、多くの浅海性生物に安定した生息場所を提供し、共生する藻類の光合成により豊かなサンゴ礁生態系を支えます。サンゴ礁は、海洋で最も多様な生態系であり、その他にも沿岸保護、漁業、観光などに重要で、世界的には、年間に数百兆円の生態系サービスを生み出していると試算されています(引用2)。しかしながら、サンゴ礁は、海水温の上昇、海洋酸性化、富栄養化、乱獲、海面上昇、海洋汚染など、人間活動による多くの脅威に直面しており、造礁サンゴへの影響予測は急務です。

本研究のように、生体のサンゴを顕微鏡により観察する実験手法の開発は、サンゴを生理学的に理解する上で必要不可欠と言えます。本研究で用いた2光子顕微鏡技術という、新しい生体イメージング技術を用いることで、サンゴのみならず、さまざまな海洋生物の生理現象の理解につながります。最近では、骨格形成部位でのカルシウムイオンや炭酸イオンの化学反応に加え、サンゴの骨格成長の促進には炭酸カルシウム骨格の前駆体となる非結晶構造(アモルファス構造)※12が重要であることが、国際的に議論されるようになりました。また、骨格成長界面で、どのような物理・化学現象が起こっているのかの議論も深まっています。実際のサンゴの生体を対象にした、非破壊的なイメージング技術の発展により、サンゴの骨格形成メカニズムが明らかになることが期待されます。

 

論文情報

論文名:Live imaging of center of calcification formation during septum development in primary polyps of Acropora digitifera
邦題名:コユビミドリイシ稚ポリプにおける隔壁形成時の石灰化中心の生体イメージング
掲載誌:Frontiers in Marine Science
著者:大野良和(北里大学)、高橋有南(北里大学)、堤元佐(生命創成探究センター/生理学研究所)、窪田梓(北里大学、日本電子株式会社)、井口亮(産総研)、飯島真理子(産総研)、水澤奈々美(北里大学)、中村崇(琉球大学)、鈴木淳(産総研)、鈴木道生(東京大学)、安元純(琉球大学)、渡部終五(北里大学)、酒井一彦(琉球大学)、根本知己(生命創成探究センター/生理学研究所)、安元剛(北里大学)
DOI:10.3389/fmars.2024.1406446

 

 

研究資金

本研究は、産総研環境調和型産業技術研究ラボ (E-code)、日本学術振興会科研費(23K14222、23H00339、JP22H04926)、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20221C01)、総合地球環境学研究所(RIHN14200145)、新エネルギー・産業技術総合開発機構、先端バイオイメージングプラットフォーラムによる支援で行われました。


用語解説

※1 サンゴ
サンゴは、イソギンチャクやクラゲの仲間(刺胞動物)に分類され、その体表を⾒ると、たくさんのポリプで構成されている。サンゴの多くの種は炭酸カルシウムの⾻格を形成する。その中でも、造礁サンゴは、⾻格が堆積すると、砂浜や地形の⼀部となり、熱帯・亜熱帯地⽅の島々の基盤形成種として重要である。造礁サンゴの体内には⼤量の褐⾍藻が共⽣していることが特徴で、この共⽣藻類は、浅い海の光を利⽤して光合成を⾏ない、造礁サンゴに栄養を供給している。⼀⽅、⾮造礁サンゴには宝⽯サンゴなどが含まれ、光が届かない深海でも⽣息している。[参照元へ戻る]
※2 隔壁
サンゴの柔らかい軟組織を⽀える構造物である。本研究で⽤いたコユビミドリイシは六放サンゴ類に属し、6の倍数を基本とする放射状の隔壁を有している【図2】。造礁サンゴのほとんどは六放サンゴ類であるが、世界的に絶滅の危ぶまれるアオサンゴは⼋放サンゴ類である。また、地球上に最初に出現したサンゴ類は四放サンゴ類や床板サンゴ類であるが、すべて化⽯種からなり、古生代の終わり(約2億5000万年前)に絶滅してしまった。[参照元へ戻る]
※3 石灰化中心(Center of calcification)
サンゴによる生物作用が強く、サンゴが立体的な構造を作る先端部に出現する。直径が数μm程度のものが多く、中心部は繊維状の炭酸カルシウム結晶とは異なり、粒子状の構造物で構成されていることは、多くの研究で明らかにされてきた(引用3)。本研究では、生体のサンゴを実験に用い、石灰化中心の起点を捉えることに成功した【図3】。[参照元へ戻る]
※4 サンゴ稚ポリプ
造礁サンゴの体表を見ると、たくさんのポリプで構成されている。サンゴ稚ポリプは、サンゴが一斉産卵をした後、プラヌラ幼生(浮遊期)を経て着底した、初期ポリプである【図1】。国内では、サンゴ稚ポリプを基板上に着底させる技術が発展しており、毒性影響評価等にも応用されている(関連記事②、関連記事③)。本研究で用いたコユビミドリイシに褐虫藻を獲得させることで、共生状態の有無で研究を行うことも可能である。[参照元へ戻る]
※5 偏光顕微鏡
鉱物学や材料科学で発展してきた技術であり、試料の構造や特性を詳細に観察するために通常は薄片を作成する。サンゴ稚ポリプの底部は薄い骨格で構成され、偏光顕微鏡で観察すると、異なる結晶方向や種類に応じてさまざまな色が生じる【参考画像】。炭酸カルシウム骨格を高いコントラストで撮影できるため、本研究でも応用された。[参照元へ戻る]
※6 微粒子
サンゴ骨格の結晶成長は微粒子の集合体から開始されるとされている。本研究では、石灰化中心と微粒子の関連性について観察を行った。偏光顕微鏡で観察した微粒子は直径が数μm程度であったが【図3】、2光子顕微鏡で詳細な観察を行ったところ、1 μm以下の微粒子が石灰化中心に付着していく様子を明らかにした【図4】。[参照元へ戻る]
※7 走査型2光子励起レーザー顕微鏡
2光子顕微鏡は、焦点以外での光化学反応が無く、非常に局所的な蛍光励起が可能であるため、生体組織の詳細な観察や神経活動のリアルタイム観察において発展してきた。2つの低エネルギー光子(近赤外線)が蛍光色素に同時に吸収され、蛍光分子を励起することが名前の由来である。近赤外線は生体深部まで届くため、サンゴの生体内で隔壁表面の微粒子の様子を観察することが可能となった【図4】。サンゴの組織内で骨格自体は観察できるが【図1】、微細構造の観察では、ピンぼけを防ぐ工夫が必要である。[参照元へ戻る]
※8 μm(マイクロメートル)
1 mmの千分の一の長さである。本研究では、μmサイズの微粒子に着目して研究を行った。さらに、1 μmの千分の一の長さがnm(ナノメートル)である。[参照元へ戻る]
※9 電子顕微鏡
電子線を使用した観察手法である。電子線は波長の短い波であり、光学顕微鏡に比べて高い倍率で観察することができる。図2では電子顕微鏡の一種である走査電子顕微鏡(SEM)でサンゴ稚ポリプの骨格表面の構造を観察したものである。電子顕微鏡は非常に高解像度で対象の観察ができる一方で、試料を真空状態で観察する必要があり、生物を生きたまま観察を行うことが困難である。[参照元へ戻る]
※10 生物的な作用
石灰化中心と繊維状の骨格では、構造や元素組成が異なることから、生物作用が大きいことが古くから議論されてきた。有機物の関与も指摘されており、海外ではvital effectと呼ばれ、数多くの研究がされてきた。 [参照元へ戻る]
※11 蛍光染色
透明な細胞や組織の特徴を観察するためには、調べたい部位を染⾊する必要がある。蛍光は、物質に照射した光より⻑波⻑の光が放出される現象(⾚⾊シフト)であり、蛍光⾊素として研究で⽤いられる。本研究では、カルシウムと結合性の⾼いカルセイン蛍光⾊素を使⽤し、成⻑中のサンゴ⾻格や微粒⼦の観察に⽤いた。[参照元へ戻る]
※12 非結晶構造(アモルファス構造)
電⼦顕微鏡の⼀種である⾼分解透過電⼦顕微鏡(HRTEM)などを⽤いると、結晶構造の規則的な原⼦配列を観察できる。⼀⽅で、規則的な原⼦配列を持たない不定形の構造が⾮結晶質である。サンゴの場合は造⾻細胞内、あるいは⾻格表⾯で、最初にアモルファス構造の炭酸カルシウムが形成され、その後、結晶成⻑が促進されるという説が最近、有⼒となってきた(引用4)。本研究では、⽯灰化中⼼の微粒⼦は可視化できたものの、⽣体内で結晶と⾮結晶を識別はできないという結論に⾄った。[参照元へ戻る]
 

引用文献

  1. Cuif, J. P., & Dauphin, Y. (1998). Microstructural and physico-chemical characterization of ‘centers of calcification’in septa of some Recent scleractinian corals. Paläontologische Zeitschrift72(3), 257-269.
  2. Eddy, T. D., et al. (2021). Global decline in capacity of coral reefs to provide ecosystem services. One Earth4(9), 1278-1285.
  3. Stolarski, J. (2003). Three-dimensional micro-and nanostructural characteristics of the scleractinian coral skeleton: a biocalcification proxy. Acta Palaeontologica Polonica48(4).
  4. Gilbert, P. U., et al. (2022). Biomineralization: Integrating mechanism and evolutionary history. Science Advances, 8(10), eabl9653.
 

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