発表・掲載日:2023/11/30

西太平洋のサンゴの分析により、過去237年間の海水温変動を復元!

-20世紀の温暖化による夏の海水温上昇が明らかに-

発表のポイント

  • 19世紀の西太平洋熱帯域は、火山噴火や太平洋十年規模変動と密接な関係にあることが示唆されました。
  • 1976年以降は西太平洋熱帯域の複数地点で温暖化傾向が見られ、特に夏の温暖化が顕著であることが示されました。
  • 自然要因では西太平洋熱帯域内で海水温の変動パターンに多様性が見られたのに対し、人為的要因では一様な温暖化傾向が見られました。

岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(理)の井上麻夕里教授(地球科学)、大学院自然科学研究科の智原睦美大学院生(博士前期課程2年(当時))、産業技術総合研究所地質調査総合センター地質情報研究部門の鈴木淳研究グループ長、高知大学教育研究部自然科学系理工学部門の池原実教授らの研究グループは、フィリピンから採取されたハマサンゴ骨格試料の化学分析から、1766~2002年までの海水温と塩分の記録を復元し、19世紀~20世紀初頭にかけては自然要因の影響を強く受けて海水温が変動しているのに対し、特に1976年以降は人為的要因による温暖化に伴い海水温が上昇傾向にあることを示しました。

この研究成果は、11月29 日午後6時(日本時間)に米国地球物理学連合(AGU)の公式ジャーナル「Paleoceanography and Paleoclimatology」に公開されました。

現在では海洋観測網が発達しており、海洋の基本的な情報である水温は誰でも知ることができます。しかし、1950年以前の観測データはまだ少なく、さらに1900年代初頭になると太平洋の観測データはごくわずかです。そこで、本研究グループは年輪を形成しながら100年以上も成長を続けるハマサンゴを地質学的試料として扱うことで、過去200年以上の連続的な海水温の復元を行いました。これにより、黒潮の出発点でもある西太平洋熱帯域がいつから、どのように人為的要因による温暖化の影響を受けていたのかを明らかにしました。

本研究は、海水温と塩分データの空白域・空白時期の一部分を埋めることで、気候モデルなどの精度上昇にも貢献することが期待されます。

 


研究者からのひとこと

井上教授の写真
井上教授

最近は社会においてダイバーシティの重要性が提唱されていますが、自然界においても多様性や複雑性によりシステムが安定していると感じており、現在の温暖化によりこの安定性が崩れつつあることに危機感を持っています。また、この研究を学生と一緒に進めることで私自身新たな発見もあり、身近なところで、研究室内のダイバーシティ(個性)も重要だな、と感じました。

 

発表内容

<現状>

西太平洋熱帯域は、通年の表層海水温が28˚C以上と世界的に最も暖かい海域で、西太平洋暖水塊(Western Pacific Warm Pool; WPWP)と呼ばれています(図1)。WPWPの挙動はモンスーンなどの気候現象にも影響を与えますが、過去から現在までの人為起源と考えられる温暖化に対するWPWPの応答はまだよく分かっていません。また、現在では海水温の観測記録は充実していますが、20世紀初頭までは観測記録もごく限られており、モデルで予測される海水温変動と観測記録にズレが見られる年代もあります。そこで、本研究ではWPWPの北端に位置するフィリピンのルソン島南部から採取された長尺のサンゴ骨格試料を用いて、過去237年間のこの地域の海水温変動を復元しました。

図1

図1:サンゴ骨格試料採取位置(赤い星印)周辺の1月と7月の表層海水温分布(1981-2010年の平均値)。1年を通して28˚Cで囲まれた海域がWPWPに相当する。図中のHoubihu, Palaui, Vietnamは比較に用いた先行研究(Houbihu: Ramos et al., 2020;Palaui: Ramos et al., 2019: Goodkin et al., 2021)が行われた地点である。Paleoceanography and Paleoclimatology誌に掲載された図を改変。

<研究成果の内容>

本研究グループは、フィリピン・ルソン島南部の沿岸から長尺約2.5mもの大きさのハマサンゴ骨格試料を採取し、海水温と塩分の間接指標とされているストロンチウム・カルシウム比と酸素同位体比を分析しました。そして、化学分析の結果をもとに、1766~2002年までの海水温と塩分の記録を復元しました。その結果、海水温と塩分には数年~数十年規模の変動が見られ、特に海水温の変動はエルニーニョ・南方振動(ENSO)の影響を受けつつも、主には太平洋十年規模変動(PDV)の影響を強く受けて変動していることが示唆されました。また、19世紀~20世紀初頭にかけて、何度か寒冷化が起きており、これがインドネシアおよびフィリピン地域の火山噴火に伴う寒冷化である可能性が示されました。このようなENSOやPDV、火山噴火等の自然要因の気候変動について、先行して報告されている西太平洋のサンゴ記録では、今回のフィリピンとは異なる変動パターンが示されており、海水温の反応は複雑であることが分かります。それに対して、1976年以降は全球の海水温変動を含め、人為的要因による温暖化に対して西太平洋熱帯域が一様に温暖化していることが明らかになりました。また、特にこの期間は夏の温暖化が冬に比べ顕著であることも示されました(図2)。

図2

図2:サンゴ記録から復元した夏と冬の海水温偏差の時系列変動。海水温偏差は、記録全体の平均値に対する偏差(高いか低いか)をとったものである。点線は1年毎のデータを、実線は5年間の移動平均をとったものである。灰色の三角は1815年のタンボラ火山、白抜きの三角は1883年のクラカタウ火山の大規模噴火が起きた年を示している。また、1800年代末から1900年代初頭にかけては、太平洋数十年規模振動(IPO)に関連した寒冷化も見られた。Paleoceanography and Paleoclimatology誌に掲載された図を改変。

<社会的な意義>

この研究からも、現在では人為的要因による二酸化炭素放出に伴う温暖化が、自然の気候変動を圧倒し支配的になっている様子が伺えます。季節ごとに細かく時系列変動を見ることができるのがサンゴ骨格の利点なので、どの海域までどのような影響が及んでいるのか季節に分けて調べることや、塩分の変動もさらに複雑であるので、塩分変動から水循環への人為的要因による温暖化の影響を探ることなどについて、今後、他の海域でも研究を続けていく予定です。それと同時に、自然の複雑性を失い画一的に温暖化している現状はやはり異常とも言えますので、サンゴから発せられるシグナルを適切に社会にも伝えていきたいと考えています。

 

論文情報

論文名:Natural and anthropogenic climate variability signals in a 237-year-long coral record from the Philippines
掲載紙:Paleoceanography and Paleoclimatology
著者:Mayuri Inoue, Ayaka Fukushima, Mutsumi Chihara, Ai Genda, Minoru Ikehara, Takashi Okai, Hodaka Kawahata, Fernando P. Siringan, Atsushi Suzuki
DOI:10.1029/2022PA004540
URL:https://doi.org/10.1029/2022PA004540

 

研究資金

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(若手研究A・15H05329 研究代表者:井上麻夕里、基盤研究C・20K12135 研究代表者:井上麻夕里、基盤研究B・20H01981 研究代表者:川幡穂高)の支援を受けて実施しました。また本研究は高知大学海洋コア国際研究所共同利用・共同研究(18A046、18B043)のもとで実施されました。

 

参考文献

Ramos et al. (2019). Paleoceanography and Paleoclimatology, 34, 1344–1358.
https://doi.org/10.1029/2019PA003684
Ramos et al. (2020). Paleoceanography and Paleoclimatology, 35, e2019PA003826.
https://doi.org/10.1029/2019PA003826
Goodkin et al. (2021). Paleoceanography and Paleoclimatology, 36, e2021PA004233.
https://doi.org/10.1029/2021PA004233




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