発表・掲載日:2023/11/08

“生物が食べられる糖”の高速化学合成

-原料・燃料・食料の高速バイオ生産に繋がる新触媒技術-

研究成果のポイント

  • 糖は全ての生命の活動を支える物質で、化学品等のバイオ生産技術においても極めて重要だが、光合成による糖の大量生産はその持続可能性に課題があった
  • 開発した触媒プロセスをもとに、光合成の機能を代替する可食糖を中性条件下で化学合成することに成功した
  • 糖の高速・オンサイト生産が可能なシステムの実現により、バイオ生産技術の一層の拡大への貢献が期待される

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の大学院生の田畑裕さん(博士後期課程3年)および同附属太陽エネルギー化学研究センターの中西周次教授らの研究グループは、産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 環境生物機能開発研究グループの加藤創一郎上級主任研究員および株式会社豊田中央研究所の長谷陽子主任研究員(太陽エネルギー化学研究センター特任教授を併任)らとの共同研究により、“生物が食べられる糖”を中性条件下で化学合成する触媒プロセスの構築に世界で初めて成功しました。

グルコースやフルクトースなどの糖は、人類の食料生産を支える基幹物質として、また化学品のバイオ生産技術における基質として極めて重要です。一般に、糖は水とCO2を原料として光合成によって作られます。しかし、光合成、つまり農業によって糖を大量生産するには、多くの水と栄養塩(リン、窒素など)ならびに大面積の土地が必要であるため、プラネタリー・バウンダリー※1の観点から、その供給の持続可能性に懸念が持たれています。

今回、研究グループは、タングステン酸ナトリウムなどの金属オキソ酸※2塩が中性条件下における糖の合成触媒として機能することを見いだしました。そして、化学合成された糖が微生物により資化されること、すなわち生物が食べることができ、またバイオ生産における原料として利用可能であることが示されました。糖の化学合成は、光合成と比較して少なくとも数百倍と高速であり、水や栄養塩もほとんど必要としません。したがって将来的には、本技術がCO2を原料として“生物が食べられる”糖を高速・オンサイト生産可能なシステムへと発展し、環境調和性の高いバイオ生産技術の一層の拡大に貢献することが期待されます。

本研究成果は、英国王立化学会が発行するChemical Science誌への掲載に先立ち、Accepted Manuscriptとして2023年10月9日に公開されました。

DOI:https://doi.org/10.1039/D3SC03377E

図1

図1 本研究構想の説明図(従来プロセスとの比較)

図2

図2 化学合成糖による微生物培養。(a)化学合成糖のHPLCクロマトグラム。A–Dの主要な糖が微生物により消費された。(b)微生物の増殖曲線。化学合成糖を添加することで微生物の生育が大幅に促進された。(図は当該論文データを基に編集)


研究の背景

グルコースなどの天然糖は、私たち人類を含め多くの生命の活動を支える最も基本的な基質です。糖は、水とCO2を原料として光合成により作られます。近年、食料需要の高まりやバイオマス利用技術の拡大に伴い、糖の供給の持続可能性に対する懸念が高まっています。一方、糖の化学合成について、塩基性条件下でホルムアルデヒド(HCHO)水溶液を加熱すると、HCHOを起点としたカルボニル化合物のアルドール縮合・レトロアルドール開裂・異性化反応が複雑に絡み合って起こることで、糖を主要な化学種とした複雑な混合物が生成することが古くから知られていました。この反応はホルモース反応※3と呼ばれ、糖の人工的な合成経路として関心を集めた時期もありました。しかし、塩基性条件下では、カニッツァロ反応※4と呼ばれる副反応や生成した糖の酸化分解も同時に起こることから、糖の収率の向上は原理的に見込めませんでした。

 

研究の内容

こうした背景の下、中西教授らの研究グループは、類似の反応を進行させる生体酵素システムを手本とし、副反応の抑制が可能な中性条件下でホルモース反応を進行させる触媒材料の探索を行いました(詳細は論文参照)。その結果、タングステン酸ナトリウムやモリブデン酸ナトリウムといった金属オキソ酸塩が中性条件下において非天然糖の生成触媒として機能すること、また当初の期待通り、副反応の抑制を介して糖の生成効率が大きく向上することを見いだしました。さらに、この触媒プロセスで合成される糖は自然界に存在しないにも関わらず、微生物によって資化されること(食べられること)も明らかにしました。

 

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果に基づくと、生物が利用可能な糖が“いつでも・どこでも・高速に”手に入る未来社会の到来が見えてきます。将来的には、バイオ化成品やバイオ燃料、食料の生産など、糖が原料として不可欠なバイオ領域でのゲームチェンジ、ひいては新しいバイオ産業の創出が期待されます。

特記事項
本研究成果は、英国王立化学会が発行するChemical Science誌への掲載に先立ち、Accepted Manuscriptとして2023年10月9日に公開されました。
タイトル:“Construction of an autocatalytic reaction cycle in neutral medium for synthesis of life-sustaining sugars”
著者名:Hiro Tabata, Genta Chikatani, Hiroaki Nishijima, Takashi Harada, Rika Miyake, Souichiro Kato, Kensuke Igarashi, Yoshiharu Mukouyama, Soichi Shirai, Minoru Waki, Yoko Hase, Shuji Nakanishi
DOI:https://doi.org/10.1039/D3SC03377E

本研究成果の一部は「科学技術振興機構・未来社会創造事業(JPMJMI22E、研究代表者:中西周次)、科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽)(19K22232、研究代表者:中西周次)、および科学研究費助成事業特別研究員奨励費(22J10537、研究代表者:田畑裕)による支援を受けて行いました。


用語説明

※1 プラネタリー・バウンダリー
地球環境の安全限界のこと。本研究との関係においては、糖の生産に必要とされる水や栄養塩、土地などに関し、人類が地球環境の持続可能性の観点から安全に利用できる限界を意味する。[参照元へ戻る]
※2 金属オキソ酸
分子内に酸性水酸基を持ち、主に遷移金属元素と酸素から成る無機酸の総称。[参照元へ戻る]
※3 ホルモース反応
塩基性条件下でホルムアルデヒドから単糖が生成する反応として1860年代に発見された。炭素数が1の小分子から糖を含む複雑な有機分子が形成されることから、生命の起源や、将来の食料問題の解決を目指した糖の大規模合成などの観点から関心を集めてきた。[参照元へ戻る]
※4 カニッツァロ反応
α水素を持たないアルデヒドをアルカリ水溶液中で加熱すると、還元体であるアルコールと酸化体であるカルボン酸が1:1の量比で得られる反応。ホルモース反応においては、カニッツァロ反応が起こるとメタノール(もしくは糖アルコール)とギ酸が副生成物として生じる。[参照元へ戻る]


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