発表・掲載日:2022/07/27

海底面下を透視する技術を開発

-深海の埋在性底生生物の現場観測に世界で初めて成功-

発表のポイント

  • 深海の堆積物中に生息する底生生物(以下、埋在性生物)の3次元的な分布を高周波の超音波を応用して非接触で効率的に調査できるツールを開発しました。
  • 従来の調査手法では不可能であった埋在性生物分布の現場観測に成功しました。
  • これまで把握が困難であった海底面下に生息する埋在性生物の分布や生態が明らかになり、海洋開発や気候変動が底生生物に与える影響や地球化学的な物質の循環、水産資源の分布などを理解するための新しいツールとして役立ちます。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の水野勝紀准教授、海洋研究開発機構の野牧秀隆主任研究員、CHEN Chong主任研究員、産業技術総合研究所の清家弘治主任研究員の研究グループは、深海の堆積物中に生息する底生生物の分布を非接触・非破壊で効率的に調査できるツールを開発し、海洋研究開発機構が所有する有人潜水調査船「しんかい6500」を用いて、静岡県初島沖の相模湾深海(水深851-1237 m)においてその実証試験に成功しました。

海底面下に生息する埋在性生物の調査は、従来、サンプリングによる手法が用いられてきましたが、採取効率の悪さや、その場での観察ができないこと、空間的な分布の把握が困難であることなどの課題があり、特に深海における情報が限られていました。高周波の超音波を利用する今回の新しい調査ツールを用いることにより、埋在性生物の分布を3次元的に非接触・非破壊で効率的に調査でき、これまで把握が困難であった埋在性生物の分布・生態が明らかになり、関連研究が飛躍的に進むと期待されます。

将来的には、資源・エネルギー開発や気候変動が底生生物に与える影響の把握や物質循環の理解、水産資源の分布調査などにも応用する予定です。本研究成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」(2022年7月27日)に掲載されます。

本研究は、科研費「基盤B(課題番号:20H02362)」「国際共同研究強化B(課題番号20KK0238)」「村田学術振興財団研究助成(課題番号:M21109)」の支援により実施されました。


発表内容

(1)研究の背景と経緯、先行研究における問題点

海洋開発や地球温暖化などにともなう海洋環境の変化は、海洋酸性化、富栄養化、海洋汚染など、極めて重要な地球規模の課題として注視されています[1]。地球上に広がる海洋空間の95%以上を占める深海には、多様な底生生物が生息しており、炭素や窒素などをはじめとする物質循環や生態系サービス(注1)を維持する上で極めて重要な要素として考えられています。深海生態系への短期的・長期的な環境影響を評価するためには、底生生物の分布や多様性などの定量化が不可欠です。しかし、その多くは海底下に潜っている埋在性生物であることから、潜水船や深海カメラなどを用いての個体数の把握やその行動観察は困難であり、必然的に、調査には多大な時間やコストが必要です。また、現在の調査に用いられているサンプリングによる手法では埋在性生物の堆積物中での空間分布を知ることは難しく、時間的な変化の把握も困難です。つまり、現状では深海底の埋在性生物を効率的に調査し、その生物相や環境動態をモニタリングするための有効な技術が無いことが大きな課題でした。
 

(2)研究内容

本研究グループでは、前述した課題を解決するために、新しいコンセプトの海底調査ツール(A-core-2000: Acoustic coring system、図1)を新たに開発しました。本システムは、高周波の集束型超音波センサ(ジャパンプローブ株式会社)と専用の防水モーターを搭載した2軸フレーム(アークデバイス社)で構成されており、250 mm×250 mmの範囲を500 kHzの周波数の音を海底に連続的に照射しながら2 mm間隔でスキャンニングすることで(図2)、海底下を高い解像度で3次元的に可視化することが可能になります。

今回、海洋研究開発機構が所有する有人潜水調査船「しんかい6500」にA-core-2000を搭載し(図3)、相模湾西部の深海(水深851-1237 m)に広がるシロウリガイコロニー周辺(図4)において、その実証試験を実施しました。シロウリガイの幼体は、成体と違い、殻が完全に海底下に潜った状態で生息するため、これまで光学カメラなどでは確認することが困難でした(図5)。本実証試験において、幼体を含む約17個体のシロウリガイの空間分布とそのサイズを可視化・定量化することに成功しました(図6)。

今回開発したA-core-2000を用いることで、従来の光学カメラによる海底表面の観察やサンプリングによる手法ではこれまで把握が困難であった深海の埋在性生物の空間的な分布を、定量的に調査できることが世界で初めて示されました。
 

(3)社会的意義・今後の予定

本システムを用いることで、海底下に分布する二枚貝など埋在性の底生生物を可視化することができるようになり、これまで把握が困難であった、海底下における埋在性生物の分布を定量化できるようになります。また、本手法は非破壊・非接触での継続的な観測が可能であることから、時系列にその分布を把握することも可能です。

海底下における埋在性生物の埋没深度やその移動の様子は、深海底の堆積物の構造や地球化学的な物質循環に重要な影響を与えます。例えば、内湾に生息する大型埋在性生物は、日周的な運動や巣穴の構築によって、堆積物の安定性や構造を決定する上で重要な役割を果たすのみでなく、堆積物の生物撹乱によって、表層堆積物の新鮮な有機物の循環に寄与し、地球規模の炭素・窒素・リンなどの循環を決定する重要な要素となります。つまり、本システムを用いた深海の大型埋在性生物の調査とその空間分布の把握は、深海底生態系が地球規模の物質循環に果たす役割を理解する上で極めて重要な情報を与えます。今後は、資源・エネルギー開発や気候変動が底生生物に与える影響の把握や地球化学的な物質循環の理解、水産資源の分布調査などに応用予定です。

※本プレスリリースの図1と図4、図5、図6は原論文「Deep-sea infauna with calcified exoskeletons imaged in situ using a new 3D acoustic coring system (A-core-2000)」の図を引用・改変したものを使用しています。
 

本研究への支援

本研究は、科研費「基盤B(課題番号:20H02362)」「国際共同研究強化B(課題番号20KK0238)」「村田学術振興財団研究助成(課題番号:M21109)」の支援により実施されました。また本研究は、深海潜水調査船支援母船「よこすか」の船長、乗組員や有人潜水調査船「しんかい6500」の運航チーム、日本海洋事業の観測技術員の方々の協力により実施されました。

[1] Joos, F., Plattner, G. K., Stocker, T. F., Marchal, O., & Schmittner, A. (1999). Global warming and marine carbon cycle feedbacks on future atmospheric CO2. Science, 284(5413), 464-467.

図1

図1 A-core-2000
集束型超音波センサ(耐水圧3000 m)が2軸のステージコントロールユニット(耐水圧2000 m)に取り付けられている。

A-core-2000のスキャニングの様子を動画でご覧いただけます。
https://drive.google.com/file/d/16s0tTwlG5v78M0_wLsVj7LtANgViTF8P/view?usp=sharing

図2

図2 観測イメージ
超音波を海底に照射しながら水平方向に動き、スキャンニングすることで、海底下の空間を3次元的に可視化する。

図3

図3 しんかい6500に搭載されたA-core-2000
右下の矢印で示した場所に搭載。

図4

図4 シロウリガイコロニー周辺に設置されたA-core-2000
ロボットアームを用いて、調査地点に設置される。

図5

図5 海底表層のシロウリガイ
幼体は殻が完全に海底面下に埋没していることが多く、表面からは時折、吸水管が確認できるのみである。

図6

図6 3次元の音響画像(上)とその断面図(下)
光学カメラからは確認できない、シロウリガイの殻の分布の様子が明確に確認できる。
丸囲み数字は個別のシロウリガイ個体を示す。

発表雑誌

雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版:7月27日)
論文タイトル:Deep-sea infauna with calcified exoskeletons imaged in situ using a new 3D acoustic coring system (A-core-2000)
著者:Katsunori Mizuno*、Hidetaka Nomaki、Chong Chen、Koji Seike
DOI番号:10.1038/s41598-022-16356-3

 

発表者

水野 勝紀(東京大学大学院新領域創成科学研究科 環境システム学専攻 准教授)
野牧 秀隆(海洋研究開発機構 超先鋭研究開発プログラム 主任研究員)
CHEN Chong(海洋研究開発機構 超先鋭研究開発プログラム 主任研究員)
清家 弘治(産業技術総合研究所 地質調査総合センター 主任研究員)


用語解説

(注1)生態系サービス
生物・生態系に由来し、人類の利益になる機能のこと。[参照元へ戻る]


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