発表・掲載日:2022/04/27

多摩川低地の地下に分布する「軟弱層」を可視化

-過去の地盤沈下・地震被害と地下構造との関係が明らかに-

ポイント

  • 多摩川低地における沖積層の分布と成り立ちを示した「沖積層アトラス」を公開
  • 沖積低地全体を捉えた軟弱層の分布を提供
  • 地震などの災害への備えやインフラ整備の基礎情報として活用が可能

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質調査総合センター 田邉晋 主任研究員、同研究所企画本部 中島 礼 総括企画主幹、福岡大学 石原与四郎 助教は、「多摩川低地の沖積層アトラス」を公開した。

東京都と神奈川県の県境を流れる多摩川流域の地下には、沖積層と呼ばれる過去2万年間に形成された未固結な地層が厚く分布する。今回、多摩川低地の沖積層の中に、含水率が高い軟弱層が広域的に存在することを解明し、沖積層アトラスとして、その分布を可視化した。この沖積層アトラスは、住宅や工業地帯、主要交通網が集中する多摩川低地全体を俯瞰した沖積層の地下構造と成り立ちを示す。軟弱層の分布とこの地域における過去の地盤沈下の範囲はよく一致し、沖積層が厚く分布する地域で大正関東地震による地震被害が大きいことがわかった。沖積層アトラスは、国・自治体や産業界による災害対策やインフラ整備へ活用が期待できる。

本日より、地質調査総合センターのウェブサイトから、「多摩川低地の沖積層アトラス」をダウンロードすることができる(https://www.gsj.jp/researches/project/coastal-geology/miscellaneous-map/miscellaneous-map042.html)。

概要図

多摩川低地における沖積層の深度分布(左)と軟弱層の層厚分布(右)。
低地の地下には、深度70 mまで沖積層が分布し、軟弱層が沿岸部に広く、内陸部にも点在する。灰色は台地と丘陵。


研究の社会的背景

全国の主要な都市は、国土の約10%の面積を占める沖積低地と呼ばれる平野に立地する。この沖積低地には人口の約50%と資産の約75%が集中する。沖積低地は平坦な地形であることから、住宅や工場、交通網などの整備に適している。一方、沖積低地は、低い土地に分布することから水害の影響を受けやすく、また未固結な地盤の存在が一因となって、地震被害や地盤沈下などの地質災害が顕在化しやすい場所でもある。そのため、沖積層の地下構造と地質災害との関連に基づいて、防災対策や産業立地に活用できる地質情報の整備が求められている。

 

研究の経緯

2007年より産総研では、地質情報の空白域であった沿岸域における地質と活断層の実態を解明する目的で、「沿岸域の地質・活断層調査(以下「沿岸域プロジェクト」とする)」を開始した。このプロジェクトでは、これまでに能登半島北部、新潟、福岡、石狩低地帯南部、駿河湾北部、房総半島北部、相模湾、伊勢湾において調査を行ってきた。これらの多くの地域では、沖積層の基礎的な情報として、深度分布図を作成してきた。しかし、沖積層を成り立ちや物性で区分した分布を示すまでには至っていなかった。

「多摩川低地の沖積層アトラス」は、沿岸域プロジェクトの一環として、調査を進めてきた成果のひとつである。多摩川は東京湾に流入する河川で最大の流量を持つ。この川に沿って分布する多摩川低地には、京浜工業地帯や羽田空港のみならず、行政区分としての神奈川県川崎市と横浜市、東京都大田区が含まれ、首都圏の中でも特に多くの人口と資産が集中する。

多摩川低地の沖積層を対象として、1980年代に多数の放射性炭素年代値を用いて、先駆的な研究がなされた。その際は、73点の年代値の得られた5本の基準コアと800本のボーリング柱状図資料から、沖積層の分布と成り立ちのアウトラインが解明された。今回の沖積層アトラスでは、これらのデータに加え、新たに123点の年代値の得られた基準コア9本と8700本のボーリング柱状図資料を用いることで、沖積低地全体を捉えたものとしては、世界に類を見ない精度と密度でのデータ整備が実現した(図1)。国内の沖積低地を対象に、このように精密な空間データを構築したのは初めてである。このような多量のデータは、沖積層の地質構造や成り立ちの詳細化を可能にし、新たな科学的な発見を生み出す。

図1

図1 沖積層アトラスの作成に用いたデータの位置図(上)とXY測線における基準コアを並べた地質断面図(下)。
同時間線は地層の積み重なりを示す。8千年前以降の同時間線は河口が徐々に沖合へ前進したことを示す。

 

研究の内容

掘進長が10~45 mの9本の基準コアについて、詳細な堆積物の記載のほか、貝化石と珪藻化石の同定および10 cm間隔で粒度と含水率を測定した。これらの情報を総合的に解釈して、地層の堆積環境を復元した。コアから得られた植物片について、2 m間隔で放射性炭素を用いた年代測定を行い、沖積層の千年単位の形成過程を復元した(図1;Tanabe et al., 2022, Sedimentary Geology)。

川崎市と横浜市、東京都、土木研究所が公開している8700本のボーリング柱状図資料を使用し、福岡大学と共同開発した技術(石原ほか、2013、地質学雑誌)を用いて、50 m × 50 m × 1 mグリッドのボクセルモデルを作成した(Tanabe et al., 2021, PEPS)。

沖積層の含水率は砂よりも泥の方が相対的に高い。これは泥の方が粒子間の空隙が大きいためである。また、含水率は堆積環境によっても異なり、多摩川低地では陸に堆積した泥層で約20%、海に堆積した泥層で約30%を示す。今回、1万年前以降に内湾で形成された泥層の中に、含水率40%以上を示す泥層の存在が明らかとなった。このような内湾泥層は、ボーリング柱状図資料において、Nが5以下の軟弱な泥層に含まれる。

大規模な開析谷における窪みと、川による砂の供給が無い小規模な開析谷において、N値が5以下の軟弱層の層厚は特に厚い。また、軟弱層のまだら状の分布は1985年までの地盤沈下の分布とよく一致する(図2)。なお、地下水の揚水規制によって、現在では地盤沈下は沈静化している。

多摩川低地における軟弱層のうち、羽田空港の地下に分布する在来粘土層については、その存在がよく知られていた。軟弱層の一種には、鋭敏粘土が挙げられ、これは埼玉県の中川低地や大阪府の河内低地、佐賀県の有明海北岸低地などにも分布する。鋭敏粘土は、いずれの地域においても、沖積低地や内湾の奥まった場所に分布する。しかし、その成因については、まだ不明な点が多い。

国内における他の沖積低地でも、沖積低地や内湾の奥部、小規模な開析谷に軟弱層の存在が予想される。また、まだら状に分布する軟弱層は、構造物などによる上載圧がかかった場合に、不等沈下が発生する可能性を示す。なお、中川低地では、このような軟弱層の分布と1923年の大正関東地震による被害の大きかった地域の分布が一致する傾向が見られる(Tanabe et al., 2021, Geosciences)。しかし、多摩川低地における同被害は、軟弱層の分布よりもむしろ沖積層の層厚と相関が見られる(図3)。川崎駅の南の地域では、沖積層が深度40~50 mまで分布しており、大正関東地震による木造家屋の被害率が60%を超えた範囲と一致している。

今回の沖積層アトラスでは、多摩川低地における軟弱層が内湾において形成されたことを明らかにし、その広域的な分布を初めて可視化した。また、このアトラスでは、沖積層の地下構造と地盤沈下および地震被害とを対比することで、沖積層の地下構造の影響を評価できたことに意義がある。地層の形成機構を解明し、軟弱層の分布予測を可能とする沖積層アトラスは、人口が集中する沖積低地における都市開発やインフラ整備の基礎情報としての利用が期待できる。

図2

図2 横浜市における軟弱層と地盤沈下の対比。
黒線は1985年までの5~20 cm間隔の累積沈下量を示す。軟弱層の層厚と累積沈下量の分布はよく一致する。

図3

図3 沖積層の深度分布と1923年の大正関東地震による木造家屋の被害率分布の対比。
黒線は10 m間隔の沖積層の等深度線を示す。沖積層が深く分布する地域で被害率が高い傾向が見られる。

 

今後の予定

現在、沿岸域プロジェクトでは、紀伊水道の地質・活断層調査を実施しており、和歌山平野においても、沖積層アトラスを作成する予定である。沖積層アトラスの整備地域の拡充によって、軟弱層の普遍性や成因のみならず、地盤特性の分布や地質災害の予測が期待できる。

論文情報

タイトル:多摩川低地の沖積層アトラス
著者:田辺 晋1・石原与四郎2・中島 礼3

1 地質調査総合センター地質情報研究部門 平野地質研究グループ 主任研究員
2 福岡大学理学部 地球圏科学科 助教
3 産業技術総合研究所企画本部 総括企画主幹

引用文献情報

Susumu Tanabe, Rei Nakashima, Yoshiro Ishihara, 2022, Transition from a transgressive to a regressive river-mouth sediment body in Tokyo Bay during the early Holocene: Sedimentary facies, geometry, and stacking pattern. Sedimentary Geology, 428, 106059.

石原与四郎・宮崎友紀・江藤稚佳子・福岡詩織・木村克己,2013,東京港湾地域のボーリング情報を用いた浅層3次元地質・地盤モデル.地質学雑誌,119,554–566.

Susumu Tanabe, Yoshiro Ishihara, 2021, Formation of undulating topography and gravel beds at the bases of incised valleys: Last Glacial Maximum examples beneath the lowlands facing Tokyo Bay. Progress in Earth and Planetary Sciences, 8, 20.

Susumu Tanabe, Yoshiro Ishihara, Toshimichi Nakanishi, Jan Stafleu, Freek S. Busschers, 2021, Distribution of Holocene marine mud and its relation to damage from the 1923 earthquake disaster in the Tokyo Metropolitan area, Japan. Geosciences, 11, 272.


用語の説明

◆アトラス
図面集のこと。この沖積層アトラスは、沖積層の地質構造の他に、基準コアや地質断面図、古地理などに関する図面を含む。[参照元へ戻る]
◆沖積低地・沖積層(ちゅうせきていち・ちゅうせきそう)
約2万年前の氷河時代に日本列島周辺では、海面が現在よりも120 mほど低下した。この海面低下に伴い、多摩川沿いには開析谷(かいせきこく)と呼ばれる深さが約70 mの谷が形成された。開析谷は、氷河時代以降の海面上昇に伴い、河川から供給された土砂によって埋め立てられた。このように埋め立てられて形成された地形を沖積低地、沖積低地を構成する地層を沖積層と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆未固結
固結していないこと。[参照元へ戻る]
◆軟弱層
水分を多く含む泥など、軟らかい地層を意味する言葉であり、本資料ではN値が 5 以下の地層を指す。[参照元へ戻る]
◆放射性炭素年代値
放射性の炭素同位体が 5730 年の半減期で放射壊変して減少することを用いて求めた年代値。[参照元へ戻る]
◆基準コア
堆積物の記載および物性値と放射性炭素年代値の測定などの各種分析を行ったボーリングコア。地層の区分や堆積環境の復元の基準として用いられる。[参照元へ戻る]
◆ボーリング柱状図資料
構造物の建築の際に行ったボーリング調査の資料。ボーリングコアの粒度や色調、含まれる化石の特徴、地盤の硬さ(N値)などが1 mごとに記載されている。[参照元へ戻る]
◆珪藻化石
珪酸質の被殻を持った単細胞藻類の化石。過去の堆積環境や塩分の指標となる。大きさは0.01~1 mm程度。[参照元へ戻る]
◆ボクセルモデル
ボーリング柱状図資料の岩相とN値を50 m × 50 m × 1 mグリッドとして空間表示したもの。[参照元へ戻る]
N
硬さの指標として用いられる。N値を求めるためのボーリング調査のことを「標準貫入試験」とも呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆開析谷(かいせきこく)
約2万年前の氷河時代に起きた海面低下に伴い、河川の下方への侵食によって形成された谷のこと。[参照元へ戻る]
◆在来粘土層
もともと堆積していた自然の粘土層のこと。[参照元へ戻る]
◆鋭敏粘土(えいびんねんど)
少しの刺激で強度が低下する粘土のこと。鋭敏粘土はN値1以下を示すことが多い。[参照元へ戻る]
◆不等沈下
構造物などによる上載圧がかかった場合に地盤の不均一性などにより、構造物が傾いて沈下すること。不同沈下ともいう。[参照元へ戻る]


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