発表・掲載日:2022/02/19

高感度・広帯域計測が可能な低消費電力磁気センサーを開発

- 磁気インピーダンス素子に最適なセンシング回路により電力効率が大幅に向上 -

ポイント

  • 低消費電力な計測用集積回路と磁気インピーダンス素子を用いた磁気センサーを開発
  • センサーのエネルギー効率が1000倍、ノイズが100分の1に改善
  • 生体磁気計測や産業応用計測などに向けた小型、高感度、低消費電力センシングへの貢献に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という) デバイス技術研究部門 先端集積回路研究グループの秋田 一平 主任研究員らは、愛知製鋼株式会社と共同で、同社が開発した磁気インピーダンス素子(以下「MI素子」という)に向けた計測用の 特定用途向け集積回路(以下、「ASIC」という)を独自設計し、低ノイズ、広帯域な磁気センサーを開発した。本ASICは、低消費電力動作が可能な新規の信号処理回路を備え、MI素子から得られる外部磁場に応じて変化する電圧信号を適切に増幅する。また、MI素子のセンシング感度を最大化するためのデジタル自動補正回路により、低ノイズ、広帯域特性を実現した。さらに、従来のフラックスゲート型磁気センサーと比較して、消費電力や磁場の検出性能も含めた指標である正規化エネルギーは1000倍改善された。また、正規化エネルギーの低い集積化フラックスゲート型磁気センサーと比較して1/100の低ノイズ化を達成した。開発した磁気センサーを利用することで、生体磁気計測や産業応用計測などにおける小型、高感度、低消費電力なセンシングシステムの実現が期待される。

なお、本技術の詳細は、2022年2月20日〜24日に、オンラインで開催される2022 International Solid-State Circuits Conference (ISSCC 2022)で発表される。

概要図

開発した磁気センサーの性能比較


背景

低ノイズで広帯域な磁気センサーは、脳磁図、筋磁図などの生体磁気や、自動運転、非破壊検査、そして電流センシングなどの幅広い分野で必要とされている。また一方で、環境磁場の変動などによる信号の飽和を避けるために、ダイナミックレンジが高く、低消費電力の動作も求められる。さらに、埋め込み型の生体磁気計測などの応用では、留置スペースの制約から数mmオーダーの必要があり、他の応用においても磁気センサーの小型化、軽量化が求められている。

小型・広帯域磁気センサーとしては、集積化フラックスゲートを用いたチップサイズの磁気センサーが開発されているが、磁気ノイズナノテスラ(nT)レベルと大きい。一方、ピコテスラ(pT)レベルに迫る低ノイズな磁気センサーは、サイズや駆動用の電流が大きくなる傾向にあり、小型実装には不利である。このように、生体磁気計測などへの応用に向けては、低ノイズ化、低消費電力化、小型化を同時に達成することが課題である。

 

研究の経緯

MI素子は、小型かつ低ノイズな磁気センサーとして利用可能であることが知られており、また、駆動用の電流を抑制することができるため、低消費電力な磁気計測システムへの応用が期待されている。MI素子を用いた磁気センサーの実装に際して、期待される低消費電力、低ノイズ特性を実現するためには、適切な駆動および信号処理手法が要求される。

産総研は、これまで様々なセンサーデバイス向けの低消費電力かつ高精度な計測用アナログASIC設計の研究開発を行ってきた。これらの知見を応用し、MI素子に特化した独自のアナログ回路技術やデジタルアルゴリズムなどを適用することで、電力効率が高く、小型で低ノイズな磁気センサーの実現を試みた。

 

研究の内容

MI素子は、図1(a)のようにアモルファス合金ワイヤの周りにコイルを形成することで実現される。本ワイヤに高速な立ち上がりエッジを持った電流パルスを通電すると、ワイヤ表層で外部磁場に比例した磁束が生じる。この磁束変化を、コイルを通じて誘導電圧として検出することで、磁気センサーとして動作する。なお、外部磁場から誘導電圧への変換係数(感度)は、ワイヤに通電した電流パルスの立ち上がりエッジが急峻であるほど大きくなるため、高感度化が可能である。

得られた誘導電圧は、適切なタイミングでサンプリングされた後、信号処理回路により増幅、出力される。低ノイズな出力信号を得るためには、信号処理回路において電力を多く消費しなければならないので、ノイズと消費電力にはトレードオフの関係がある。本研究では、MI素子用に回路構成と動作を新規に構築して最適化し、低ノイズかつ低消費電力で実現可能な信号処理回路を開発した。信号処理回路は主要な電力消費箇所であるため、本技術は、磁気センサー全体の低消費電力化に大きく寄与している。

一方で、さらに出力信号を低ノイズ化し、また、広帯域化するためには、誘導電圧のサンプリング処理をナノ秒オーダーで制御する必要があるが、従来は、デバイス間の製造ばらつきによりこの制御が困難であった。もし、不適切なタイミングで誘導電圧をサンプリングした場合、実効的なMI素子の感度が減少するため、ノイズ特性と信号帯域に悪影響を及ぼすことになる。この問題を解決するために、本研究では、図1(b)に示すように、出力信号をモニタリングし、当該サンプリングタイミングを補正するためのデジタル自動補正技術を開発した。本技術は、遅延同期回路を用いることで、高い時間分解能でサンプリングタイミングを調整できるようにしておき、実効的なMI素子感度が最大化するポイントを自動的に探索する。この校正処理により、デバイス間のばらつきによらず常に最適なタイミングでサンプリングし、ノイズ特性と信号帯域を最良の状態に制御することが可能となった。

図1

図1 (a) MI素子の概要図。 (b) 開発した磁気センサーのブロック図。
(c) MI素子向け計測用ASICのチップ写真。

上記技術を含むMI素子向け計測用ASICを試作し、磁気センサーとしての評価を行った。図1(c)に試作したチップの写真を示す。図2(a)に示すとおり、入力レンジは、±125 マイクロテスラ(µT)であり、無入力時の消費電力は2.6 mWである。図2(b)および(c)は、信号帯域とノイズ特性の測定結果を示しており、それぞれ33 kHz、10 pT/√Hzであった。また、開発したデジタル自動補正技術の有効性を確認するために、本技術適用前と後における信号帯域とノイズ特性を、5つの磁気センサーサンプルについてプロットしたものを図2(d)に示す。同図より、自動補正後の信号帯域・ノイズ特性が、自動補正前のそれらよりも改善していることが確認できる。また、本磁気センサーは93 dBという高いダイナミックレンジを達成しており、センサーの性能指標である正規化エネルギーは1.6 pJとなり、従来の低ノイズ磁気センサーと比べて、1000倍以上の電力効率を達成した。

図2

図2 (a) 開発した磁気センサーの入出力直流特性。(b) 周波数特性。(c) ノイズスペクトル密度。
(d) 自動補正前後における信号帯域とノイズ特性の変化(5サンプル測定)。

今後の予定

今後は磁気センサーとしてのさらなる高感度化、電力効率の向上を図るとともに、製品として組み込むための開発を進める。また、生体磁気計測や産業用計測などに向けた応用技術の研究開発を推進するとともに、新たな用途開拓に向けた応用提案を行っていく。

論文情報

掲載誌:2022 IEEE Int. Solid-State Circuits Conf. Dig. Tech. Papers (ISSCC)
論文タイトル:A 2.6mW 10pT/√Hz 33kHz magnetoimpedance-based magnetometer with automatic loop-gain and bandwidth enhancement
著者:Ippei Akita, Takeshi Kawano, Hitoshi Aoyama, Shunichi Tatematsu, Masakazu Hioki


用語の説明

◆磁気インピーダンス素子(MI素子)
外部磁場に応じてインピーダンスが変化するアモルファス合金ワイヤと、それを周回するコイルにより構成される。ワイヤに駆動用として鋭いパルス電流を流すと、外部磁場に応じてコイルの誘導電圧が変動し、高感度磁気センサーとして機能する。[参照元へ戻る]
◆特定用途向け集積回路(ASIC)
ある特定の用途に必要な機能や特性を実現するよう設計された集積回路チップ。[参照元へ戻る]
◆フラックスゲート
磁気センサーの一種。高透磁率磁性材料からなるコアに、2つのコイル(励磁用、検出用)を巻き、励磁用コイルに交流電流を流し、検出用コイルに現れる、外部磁場によって変動する電流を計測することで磁気センサーとして機能する。[参照元へ戻る]
◆正規化エネルギー
アナログ回路の動作エネルギー効率を示す性能指標の1つであり、小さいほど電力効率が高いことを示す。単位はJ(ジュール)。[参照元へ戻る]
◆ダイナミックレンジ
最大信号強度の実効値と、雑音の実効値の比で定義される。大きいほど系がセンシングできる信号レンジが広く、高性能であることを意味する。。[参照元へ戻る]
◆磁気ノイズ
センサーや回路が発生する電気的な非理想的なゆらぎ(雑音、ノイズ)を外部磁場に換算した量として定義される。単位は、単位周波数の2乗根あたりの磁束密度として、T/√Hz(テスラ/√ヘルツ)となる。[参照元へ戻る]
◆マイクロ、ナノ、ピコ
マイクロは10の-6乗、ナノは10の-9乗、ピコは10の-12乗。日本における地磁気はおよそ41〜51マイクロテスラ(µT)である。[参照元へ戻る]
◆立ち上がりエッジ
MI素子を励磁するためのパルス電流の立ち上がり遷移期間の波形形状を指す。これが急峻であるほど、MI素子の外部磁場に対する誘導電圧が大きくなる。[参照元へ戻る]
◆遅延同期回路
電圧で遅延量を制御可能な遅延素子を複数直列接続し、その入出力パルスの遅延差が、外部から与えられたクロックの参照遅延差(例えば、単一クロックの立ち上がり・立ち下がり間の半周期など)と等しくなるよう負帰還を施した回路。遅延素子の数と参照遅延差より、各遅延素子1段当たりの遅延量を正確に設定することができる。[参照元へ戻る]


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