発表・掲載日:2021/11/08

PETボトルの常温原料化法を開発

-資源循環型社会を推進する触媒利用化学リサイクル技術-

ポイント

  • PET樹脂を常温で効率的に原料化する触媒技術を開発
  • 反応法の工夫により、原料化の温度を従来の200 ℃以上から常温まで低下させることに成功
  • PETボトルの「ボトルtoボトル」リサイクルの低コスト化に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター ケイ素化学チーム 田中 真司 主任研究員、中島 裕美子 研究チーム長は、PETボトルなどに使用され廃棄されたPET樹脂を、従来よりも大幅に低い温度で分解し、原料であるテレフタル酸ジメチルを高収率かつ高純度で回収する触媒技術を開発した。

この技術は、炭酸ジメチルを使用した新しいアルカリ分解法によって、常温・短時間で効率良くPET樹脂の分解が進行し、原料であるテレフタル酸ジメチルを90 %以上の収率で得ることができる。200 ℃以上の高温処理が課題となる現行法から大幅に低温化できるため、PETボトルの「ボトルtoボトル」リサイクルの低コスト化が期待される。なお、この技術の詳細は、 2021年11月8日(グリニッジ標準時)に英国王立化学会が発行するGreen Chemistry誌で発表される。

概要図

本技術によるペットボトルの効率的リサイクル法の概要


開発の社会的背景

最近、プラスチックごみによる環境汚染問題が注目を集めている。そのため、社会で使用されるプラスチック製品を効率的にリサイクルするための基盤技術の開発が急務となっている。ポリエチレンテレフタレート (PET) 樹脂は、食品用ボトルや繊維として現代社会で欠かすことのできないプラスチック材料の一つである。回収されたPET樹脂のリサイクル法としては、マテリアルリサイクルとケミカルリサイクルが知られている。前者は、使用済みPET樹脂を選別後に樹脂のまま溶融・再成形する手法であるが、不純物の影響でリサイクル前の品質に戻すことが困難となる。一方後者はPET樹脂を一度低分子化合物へと化学的に分解することで、原理的に元のPET製品と同じ品質で製造することが可能である。しかし、この方法は分解処理のために高い温度が必要であり、高コストなプロセスであることが大きな課題であった。SDGs (Sustainable Development Goals)の観点からは、繰り返し再生できることが求められる。それには、品質の低下がないケミカルリサイクルが有望であり、とりわけ分解温度を低くするためのさまざまなアプローチが盛んに研究されている。

 

研究の経緯

産総研触媒化学融合研究センターは、資源循環型社会の推進に貢献するため、さまざまな未利用資源を活用するための触媒技術開発を進めてきた。このたび、プラスチックごみを効率的にリサイクルするための触媒技術開発に着手した。PET樹脂の効率的なケミカルリサイクルとしてエステル交換反応に着目し、副生成物の捕捉により平衡反応をコントロールする独自のアイデアによって、反応温度の大幅な低温化を実現した。

 

研究の内容

従来のPET樹脂のケミカルリサイクルとしては、高温、高圧条件下で水やメタノールを用いる方法や、過剰量のエチレングリコールを用いる方法が知られていたが、いずれも200 ℃以上の高温条件を必要としていた。また、アルカリ触媒とメタノールを用いる方法では、比較的低温(~100 ℃)での反応が可能であるが、長い反応時間や環境負荷の大きいハロゲン溶媒が必要であるなどの課題が残されていた。

産総研は、PET樹脂の分解反応が、逆反応である重合反応を併発する平衡反応であることに着目した。すなわち、PET樹脂の分解反応により生成するテレフタル酸ジメチルとエチレングリコールは、同条件で再び反応し元のPET樹脂へと戻るため、この逆反応の存在が分解反応の効率を低下させていると考えた。一般的に、このような平衡反応は、大過剰の反応剤を用いる、あるいは副生成物を除去することにより、正反応をより進めることができる。しかし、大過剰の反応剤の使用は処理コストの増大を招く。また、副生成物であるエチレングリコールの除去には200 ℃以上の高温が必要となり、反応温度を下げることができない。そこでわれわれは、エチレングリコールを炭酸ジメチルで捕捉し、化学的に安定な炭酸エチレンへと変換することで、逆反応を抑制し、正反応を促進するアイデアを着想した (図1)。

図1

図1 本技術の鍵となるアイデア: 炭酸ジメチルによるエチレングリコールの捕捉

市販の飲料用PETボトルをフレーク状にした試料に、メタノール、炭酸ジメチル、アルカリ触媒であるリチウムメトキシドを適切な比率で混合することにより、室温3時間程度で90 %以上のPETが分解することがわかった。次に、反応温度を50 ℃に設定すると、フレーク状のPETはすべて分解した。この反応で生成するテレフタル酸ジメチルは、反応後の単純な精製操作(ろ過、濃縮、水による洗浄)により、結晶として高純度(>99%)で単離することができ、PETの原料として再利用できる。また、エチレングリコールが炭酸ジメチルで捕捉され、炭酸エチレンも高収率で得られることがわかった。炭酸エチレンはリチウムイオン電池の電解液などとして利用できる高付加価値化成品であるため、本手法はPET由来エチレングリコールのアップサイクリング法としても期待できる。さらに、触媒であるリチウムメトキシドは、反応完結後は不溶物として沈殿するため、ろ過により生成物から容易に分離、回収することができる。

図2

図2 本技術によるPET樹脂からのテレフタル酸ジメチルと炭酸エチレンの合成

今後の予定

今後は、本リサイクル法の社会実装を目指し、触媒の改良、反応のスケールアップ、さまざまなPET含有製品への適用可能性を検討する。また、PET樹脂以外のさまざまなプラスチック材料をリサイクルするための触媒開発についても、鋭意検討を進める。


用語の説明

◆PET樹脂
ポリエチレンテレフタレート (Polyethylene Terephthalate) を主原料とする樹脂の一種。ポリエステルとしては最も汎用されるプラスチックであり、食品用ボトルや繊維として広く社会に流通している。[参照元へ戻る]
◆テレフタル酸ジメチル
PETの原料であるテレフタル酸をメチルエステル化した化合物であり、これ自体もPET原料として利用可能。テレフタル酸に比べて取り扱いやすく、再結晶や蒸留による高純度化が容易である利点がある。[参照元へ戻る]
◆炭酸ジメチル
炭酸イオンに二つのメチル基が結合した構造を持つ化合物。従来は有害なホスゲンから合成されていたが、一酸化炭素とメタノールから合成するプロセスが確立されて以来、環境リスクのより小さな原料で合成された有機溶媒として広く利用されている。[参照元へ戻る]
◆アルカリ分解法
アルカリ性化合物を触媒あるいは反応剤として用いることにより、エステル類を分解する方法。油脂の分解によく用いられる。石鹸の合成法である鹸化反応はその代表例である。[参照元へ戻る]
◆SDGs (Sustainable Development Goals)
国際連合が提唱した人類が持続可能な開発を進めるための17の目標。プラスチックのリサイクルに関連する本研究は、SDGsのうち、12. つくる責任 つかう責任(Responsible Consumption and Production)に強く関連している。[参照元へ戻る]
◆エステル交換反応
エステルはカルボン酸とアルコールが脱水して結合した構造を持つ化合物。これらのうち、アルコール由来部位が別のアルコールと交換する反応を指す。高付加価値なエステルを合成する方法として汎用されている。[参照元へ戻る]
◆平衡反応
原料から生成物ができる反応(正反応)と、生成物が原料に戻る反応(逆反応)が、互いに近い速度で進行する状態。速度は化合物の濃度に依存するため、原料を過剰にすることや、生成物を除去することにより、生成物側へ偏らせることができる。[参照元へ戻る]
◆ハロゲン溶媒
塩素等のハロゲン元素を含む有機溶媒。一般に毒性を有するものが多いため、環境低負荷な溶媒への代替が求められている。[参照元へ戻る]
◆エチレングリコール
テレフタル酸とともにPET樹脂の原料となる化合物。融点が水より低いため、不凍液として広く社会に流通している。[参照元へ戻る]
◆炭酸エチレン
環状炭酸エステルの一種。五員環構造により化学的に安定である。近年はリチウムイオン電池の電解液として広く活用されている。[参照元へ戻る]
◆アップサイクリング法
不要になった製品を、元の製品よりも高付加価値な製品へと変換する手法。従来のリサイクル法とは異なる概念として近年注目されている。[参照元へ戻る]


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