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発表・掲載日:2021/09/03

千葉県の太平洋岸で歴史記録にない津波の痕跡を発見

-約1000年前に発生した房総半島沖の巨大地震によって九十九里浜地域が浸水-

ポイント

  • 千葉県九十九里浜地域の地下で津波堆積物を発見
  • 津波の再現シミュレーションによりM8クラスの地震が房総半島沖で発生したことが明らかに
  • 房総半島沖に沈むフィリピン海プレートと太平洋プレートの境界も津波の波源として注意が必要

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)活断層・火山研究部門【研究部門長 伊藤 順一】海溝型地震履歴研究グループ 澤井 祐紀 上級主任研究員、行谷 佑一 主任研究員らと、カナダ・サイモンフレイザー大学 Jessica Pilarczyk助教は、産総研 地質情報研究部門【研究部門長 荒井 晃作】、アメリカ・サザン・ミシシッピ大学、筑波大学、東京大学、アメリカ・バージニア工科大学、シンガポール・南洋理工大学、アイルランド・メイノース大学、イギリス・地質調査所との共同研究で、千葉県九十九里浜沿岸において歴史上知られていない津波の痕跡を発見し、それが房総半島沖で発生した巨大地震によるものであるとの結論を得た。

産総研はこれまでに、過去に発生した津波の痕跡を調べるための地質調査を日本各地で行ってきた。特に2011年に発生した東北地方太平洋沖地震以降、その破壊領域の南方の海域に面する千葉県九十九里浜地域においては、掘削調査により過去の津波の痕跡である津波堆積物を2層発見した。また、放射性炭素年代測定により、2層のうち古いほうの津波堆積物は約1000年前に堆積しており、歴史上知られていない津波の痕跡であることが分かった。

房総半島沖には、太平洋プレート、大陸プレート、フィリピン海プレートが1カ所で接する「プレートの三重点」が存在する。約1000年前の津波堆積物の分布を再現するために津波浸水シミュレーションを行ったところ、これらのプレート境界のうち、フィリピン海プレートに対して太平洋プレートが沈み込む領域が破壊された場合、比較的小さなすべり量でも九十九里浜地域を大きく浸水させる津波が発生することがわかった。この結果は、従来考えられてきた相模トラフや日本海溝に加えて、房総半島東方沖の海底下に位置するフィリピン海プレートに対して太平洋プレートが沈み込む領域が巨大地震・津波を起こす場所として注意すべきことを示している。なお、研究の詳細は、2021年9月2日(イギリス夏時間)にNature Geoscience誌に掲載される。
 

研究の社会的背景

海岸低地地下の堆積物は過去数千年間の環境変動を記録しており、近年の機器観測や歴史記録からはさかのぼることができない、数百~千年に一度と言われる低頻度の巨大津波の履歴を調べるのに適している。産総研はこの点に注目し、2011年の東北地方太平洋沖地震の前より、千島海溝や日本海溝、南海トラフ沿い等において、巨大津波の地質学的証拠である「津波堆積物」の調査を行ってきた。例えば、千島海溝に面した北海道東部では、歴史上知られていない連動型地震の存在を明らかにし、その地震の繰り返し間隔を復元することができた。この結果は、中央防災会議(事務局:内閣府)が示す被害想定や地震調査研究推進本部(事務局:文部科学省)の「海溝型地震の長期評価」に採用されている。

2011年東北地方太平洋沖地震の発生後は、中央防災会議により、想定すべき地震・津波について「これまでの考え方を改め、古文書等の分析、津波堆積物調査、海岸地形等の調査などの科学的知見に基づき想定地震・津波を設定し、地震学、地質学、考古学、歴史学等の統合的研究を充実させて検討していくべきである」という提言が公表された。このことを受けて、日本の沿岸各地において津波堆積物に関する調査が活発に行われるようになった。

 

研究の経緯

本研究の対象地域である九十九里浜地域は、太平洋プレート、大陸プレート、フィリピン海プレートが1カ所で接するプレートの三重点に隣接する地域であり、各々のプレート境界で形成されている日本海溝、相模トラフ、伊豆・小笠原海溝の周辺で発生する地震・津波の脅威にさらされている場所である。これらの海域の沿岸における代表的な津波被害として、1677年の延宝地震(延宝五年)と1703年の元禄地震(元禄十六年)によるものが古文書等に記録されているが、これより古い時代の地震・津波の発生履歴は明らかにされていなかった。

なお、本研究の一部は、論文の筆頭著者であるPilarczyk助教が、日本学術振興会の外国人特別研究員制度(欧米短期)による支援を受けて実施した。

 

研究の内容

本研究では、過去に発生した津波の痕跡を見つけるため、九十九里浜の3地域(匝瑳市(そうさし)、山武市(さんむし)、一宮町)において掘削調査を行った。過去の航空写真、地形図、絵図などから堤間湿地と呼ばれる窪地を読みとり、地層抜き取り装置(写真)などを用いて合計142地点で掘削を行った。その結果、淡水の池あるいは湿地環境で堆積したと考えられる泥炭層の中に、明瞭な2層の砂層(上位から砂層A、B)を発見した。この砂層中には海域で生息する有孔虫の化石が含まれていることから、砂は海域から運ばれたものだと推定した。さらに、砂層の堆積構造は、これらが当時の地表面を削りながら堆積したことを示していた。以上の分析結果から、両砂層は海岸あるいは海底の砂や泥が津波により陸上へ急激に運搬された「津波堆積物」であると判断した。

津波堆積物の直下および直上の地層から植物化石を拾い出し、それらに対して放射性炭素年代測定を行った。その結果、砂層AとBは、それぞれ西暦900年~1700年、西暦800年~1300年に堆積したと推定した。この堆積年代から判断すると、砂層Aは1677年の延宝地震あるいは1703年の元禄地震に対応する津波堆積物である可能性が高い。一方、砂層Bについては、先行研究*1,2との比較から、相模トラフで発生したされる元禄地震のように房総半島南端の隆起をともなう地震・津波であるとは考えにくく、未知の津波の痕跡といえる。そこで本研究では、砂層Bに焦点を絞り、その起源を津波浸水シミュレーションにより考察した。

津波浸水シミュレーションでは、地質調査から推定した約1000年前における海岸線の位置や砂丘の高さも考慮して、プレート境界が滑った場合に発生する津波の伝播を再現した。仮定した断層は、相模トラフ(大陸プレートに対してフィリピン海プレートが沈み込む境界)で4ケース(モデル1~4)、日本海溝(大陸プレートに対して太平洋プレートが沈み込む境界)で4ケース(モデル5~8)、フィリピン海プレートに対して太平洋プレートが沈み込む境界で2ケース(モデル9、10)、さらに、モデル5とモデル10が連動する地震で1677年の延宝津波の波源とされてきたものに近いモデル(モデル11)、869年の貞観地震の波源と考えられているモデル(モデル12)、2011年の東北地方太平洋沖地震の波源モデル(モデル13)である(表)。

津波浸水シミュレーションの結果、先行研究で示されている日本海溝における2つの巨大地震の断層モデル(869年の貞観地震、モデル12*3;2011年の東北地方太平洋沖地震、モデル13*4)では、津波の浸水は砂層Bの分布域まで達しないことが分かった。一方、房総半島沖において、相模トラフと日本海溝のプレート境界を20 mあるいは25 m滑らせた場合(モデル3、4、8)には砂層Bの位置まで浸水することが分かった。また、フィリピン海プレートと太平洋プレートの境界を滑らせた場合、他のプレート境界と比較して小さなすべり量(10m)でも、九十九里浜地域に大きな津波浸水が生じることが分かった(モデル10、11)。モデル11はモデル10に日本海溝沿いの領域(モデル5)を加えたものだが、両者には大きな浸水範囲の違いは無く、モデル10の領域が九十九里浜地域の浸水に大きな役割を果たしていると考えられた。

房総半島沖に位置するプレートの三重点周辺では、主に相模トラフと日本海溝で発生する地震の繰り返しが検討されてきたが、房総半島東方沖におけるフィリピン海プレートと太平洋プレートの境界が単独で滑るモデル10のような地震は検討されてこなかった。これは、この領域では実際に大きな地震が観測されておらず、過去数十年間における機器観測データからも、該当の領域で大きな歪みは蓄積していないと考えられていたからである。しかし、砂層Bの存在と津波浸水シミュレーションの結果は、従来考えられてきた相模トラフや日本海溝に加えて、房総半島東方沖におけるフィリピン海プレートと太平洋プレートの境界が滑ることによって九十九里浜地域に大きな津波浸水を発生させる可能性も考慮すべきであることを示している。

写真 左:山武市蓮沼地域で行った調査風景。右:地層抜き取り装置を用いて採取した連続柱状堆積物。試料は年代測定などに利用した。

写真

表 本研究で検討したモデルの一覧。灰色で示したモデルは、九十九里浜地域で発見された津波堆積物の位置まで浸水が起きる。フィリピン海プレートに対して太平洋プレートが沈み込む境界で発生する地震が、少ないすべり量で大きな浸水を発生させることがわかる。Pilarczyk et al. (2021) Nature Geoscienceに掲載された表を改変。

表

引用文献
*1 Shishikura, M. 2014. History of the paleo-earthquakes along the Sagami Trough, central Japan: Review of coastal paleo-seismological studies in the Kanto region. Episodes, 37, 246-257.
*2 Komori, J., Shishikura, M., Ando, R., Yokoyama, Y., Miyairi, Y. 2017. History of the great Kanto earthquakes inferred from the ages of Holocene marine terraces revealed by a comprehensive drilling survey. Earth and Planetary Science Letters, 471, 74-84. 
*3 Namegaya, Y., Satake, K. 2014. Reexamination of the A.D. 869 Jogan earthquake size from tsunami deposit distribution, simulated flow depth, and velocity. Geophysical Research Letters, 41, 2297-2303.
*4 Fujii, Y., Satake, K., Sakai, S., Shinohara, M., Kanazawa, T. 2011. Tsunami source of the 2011 off the Pacific coast of Tohoku Earthquake, Earth Planets Space, 63, 815–820.

 

今後の予定

日本の太平洋沿岸は千島海溝、日本海溝、相模トラフ、南海トラフといった沈み込み帯に面しており、これまで繰り返し巨大地震・津波に見舞われてきた。今後も、これらの場所で地質学・地球物理学的な調査・研究を実施し、巨大地震・津波の発生履歴の解明を目指す。

 

論文情報

掲載誌:Nature Geoscience (2021)
論文タイトル:A further source of Tokyo earthquakes and Pacific Ocean tsunamis.
著者:
Jessica E. Pilarczyk, Yuki Sawai, Yuichi Namegaya, Toru Tamura, Koichiro Tanigawa, Dan Matsumoto, Tetsuya Shinozaki, Osamu Fujiwara, Masanobu Shishikura, Yumi Shimada, Tina Dura, Benjamin P. Horton, Andrew C. Parnell, Christopher H. Vane

 

用語の説明

◆津波堆積物
津波によって海底あるいは海岸の堆積物が削り取られ、その後、別の場所に堆積した砂泥や石の総称。海岸低地において平穏な環境下で堆積した地層(泥炭層や泥層)の中に、砂層として挟まれることが多い。津波堆積物の年代から津波の再来間隔の推定や、その分布域から過去の津波の浸水域の推定が可能になる。[参照元へ戻る]
◆放射性炭素年代測定
放射性炭素14原子(以下「炭素14」という)が約5,730年で半減する性質を利用し、年代を推定する方法。大気中には炭素14がほぼ一定の存在比率で含まれており、生物中の炭素14は呼吸によって大気と同じ割合に維持されている。しかし生物が死滅すると、大気と同じ割合だった炭素14の壊変が始まり、時代とともに生物遺体中の炭素14が減じていく。この減少率を利用して、生物遺体を含む地層の年代を知ることができる。半減期の長さから、約6万年前から約400年前までの年代測定に有効とされている。過去と現在の炭素14の濃度は異なっているため、得られた年代値から暦年代を算出するためには、その濃度の違いを考慮した補正を行う必要がある。炭素14濃度などを考慮して補正した年代値はcal yr BPで表し、西暦1950年からどれだけさかのぼったかで表現する。つまり、数字が大きくなればなるほど古い時代を表す。[参照元へ戻る]
◆プレートの三重点
3つのプレートがぶつかり1カ所で接する場所。トリプルジャンクションとも言う。本研究の対象地域である九十九里浜沖では、大陸プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートがぶつかり合う。[参照元へ戻る]
◆堤間湿地
波によって打ち上げられた砂礫が海岸線に沿って堤状に堆積した地形を浜堤(ひんてい)と呼ぶ。複数の浜堤が発達したものを浜堤列と呼び、浜堤列の間には堤間湿地と呼ばれる湿地が形成される。津波などの地質痕跡は、堤間湿地地下の泥炭層や泥層に残されていることが多い。[参照元へ戻る]
◆有孔虫
海に生息している微少な原生動物。大きさは数十ミクロンから数ミリ程度で、実体顕微鏡を使用して観察することができる。環境によって生息する種が異なるため、過去の環境を推定する指標として使用することができる。[参照元へ戻る]


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