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発表・掲載日:2021/08/19

固体表面上の酸素原子を高分解能2次元NMRで測定する技術を開発

-DNP-NMRで高速・高分解能測定を実現、材料開発期間を大幅短縮-


NEDOが進める人工知能(AI)を使った材料開発プロジェクトである「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」において、産業技術総合研究所、先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)は金属酸化物の固体表面解析に必須の動的核偏極核磁気共鳴法(DNP−NMR)で高速・高分解能なスペクトルを得ることができる測定技術(新型パルスプログラム)を開発しました。これにより固体表面上に存在する酸素原子のNMRスペクトルをより高分解能で、かつ1時間という短時間で測定することに成功しました。

本成果により固体材料表面の高速・正確な解析が可能になることで、触媒の合成方法や表面処理方法など材料設計指針が明確になり、革新的材料の開発にかかる時間を大幅に短縮できます。

図1

図1 新型パルスプログラムにより得られる固体表面17O高分解能2次元NMRスペクトルの概要図


1.概要

さらなる高度化・高速化が求められている材料開発の分野では、コンピューターや人工知能(AI)技術を活用し、大量かつ良質なデータを活用したインフォマティクス(情報科学)の手法により、経験と勘に基づく従来の手法に比べて効率的な素材・材料開発を行う「マテリアルズ・インフォマティクス」が大きな潮流となっています。固体触媒開発において、触媒表面の化学構造の情報を得るために、酸素原子核※117O)をはじめとする各種四極子核※2のNMR測定をすることが重要ですが、従来の核磁気共鳴法(NMR)では測定が難しいため、より感度を向上した動的核偏極核磁気共鳴法(DNP−NMR)※3を用います。しかし、従来のDNP−NMRの測定方法では、四極子核に対して、測定感度、およびスペクトル分解能が低く、表面構造解析が十分に実施できないことが課題でした。

このような背景の下、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト(以下、超超PJ)」(2016年度~2021年度)で高度な計算科学や高速試作・革新プロセス技術、先端計測評価技術の三位一体による有機・高分子系機能性材料の高速開発に取り組んでいます。本事業で国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)触媒化学融合研究センター永島 裕樹 研究員、先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)は、固体表面の四極子核をDNP-NMRで高速・高分解能に測定するための革新的な測定技術の開発に取り組んでいます。2020年にはDNP−NMRを用いて固体表面上の四極子核の測定を可能にするD-RINEPT(Dipolar-mediated Refocused Insensitive Nuclei Enhanced by Polarization Transfer)※4 照射プログラムを新規に設計し、世界初となる固体表面上の17O, 67Zn, 95Mo, 47,49TiなどのNMRスペクトルの短時間観測を達成しました。

そしてこのたびNEDOと産総研、ADMATは、四極子核の高分解能化手法であるMQMAS(Multiple Quantum Magic Angle Spinning)※5をD-RINEPTに組み込んだ新型パルスプログラム(D-RINEPT-MQMAS)を開発しました。これにより、固体表面の酸素原子核をはじめとする四極子核のNMRスペクトルを高速かつ高分解能で観測でき、より高精度に触媒表面の構造解析ができるため、革新的な材料開発の促進に寄与します。

なお本成果は、2021年8月22日から27日まで開催される磁気共鳴の国際会議である第22回ISMAR(International Society of Magnetic Resonance Conference)で発表されます。

表1 各NMR技術の特徴、開発年、課題のまとめ
技術 特徴 開発年 課題
核磁気共鳴法
(NMR)
化学構造解析の有力な分光法の一つ 1938(NMR現象の発見)
1958(高分解能固体NMR)
低感度
動的核偏極核磁気共鳴法
(DNP−NMR)
固体表面のNMR信号を選択的かつ高感度に観測できる 1953(DNP現象の発見)
2010(表面解析への応用)
四極子核への適用が困難
D-RINEPTプログラム DNP-NMRを使用して四極子核のNMR信号を観測できる 2020(超超PJで開発) 四極子核の分解能は改善しない
新型パルスプログラム
(D-RINEPT-MQMAS)
DNP-NMRを使用して四極子核のNMR信号を高分解能に観測できる 2021(超超PJで開発) 2次元NMRを実施する必要がある
 

2.今回の成果

固体触媒、太陽電池、量子ドット、マイクロエレクトロニクス部材などは、さまざまな製品に利用されている重要な部材であり、その部材性能は表面特性に大きく依存します。このような次世代のナノ材料開発においては、材料設計指針を得るために、表面の化学構造の解析が重要な課題です。この課題に関し、NMR分光法は有効な分析法の一つです。しかし、分析対象の表面部分は原子の数が少なく、感度が低いNMRでは、構造解析が困難です。

2017年に、超超PJにおける研究開発で導入したDNP-NMR装置は、原子核よりも大きな磁性を持つ不対電子を使用して、固体表面の原子核の微弱なNMR信号を高感度に観測できる画期的な分析法です。DNP-NMRは固体表面の化学構造を調べる手段として適していますが、従来、その適用範囲は主に核スピン量子数※62分の1を有する1H、13C、15N、29Siなどの原子核に制限されてきました。一方、表面特性が重要なナノ材料では、化学構造に酸素原子を含む場合が多いため、17OのDNP-NMR測定が強く望まれてきました。しかし、核スピン量子数1以上を有する17Oをはじめとする四極子核では、測定感度およびスペクトル分解能が低いという課題があり、NMR信号の観測とスペクトル解析が難しい原子核でした。このような背景の下、超超PJでは2020年に、四極子核をDNP-NMR測定できるD-RINEPTプログラムを開発し、固体表面上の17O, 67Zn, 95Mo, 47,49TiなどのNMRスペクトルの観測に成功しました。

今回の成果は、2020年に開発したD-RINEPTプログラムをさらに進化させたものです。D-RINEPTプログラムでは、測定時間を大幅に短縮したものの、取得した1次元NMRスペクトルの分解能が低いため、ピークが重なってしまい、構造が十分に解析できない場合がありました。このピークの重なりを解消するためには、四極子核の高分解能化を可能にするMQMAS法の適用が必要でした。そこでこのたびD-RINEPTとMQMASの各部分のパルス照射方法を見直し、D-RINEPTにMQMAS法を組み込んだ新型パルスプログラム(D-RINEPT-MQMAS)を開発し、D-RINEPTプログラムによる四極子核の短時間・高分解能な観測、解析を実現しました。

図2

図2 新型パルスプログラムにより実測されたγ―アルミナの固体表面17O高分解能2次元NMRスペクトル

新型パルスプログラムによって測定される高分解能NMRスペクトルは、2次元NMRデータとして得られます(図1右)。これは、1次元NMRスペクトルの横軸とは別に、高分解能な観測結果を新たに縦軸として追加することに相当します。これにより、化学的環境が異なる酸素原子のNMRスペクトルを縦軸により分離し、詳細な化学構造の情報を得ることができます。本新技術を用いると、17Oをはじめとする、さまざまな四極子核の高分解能NMRスペクトルを測定できるようになります。一例として、17Oエンリッチ化※7γ―アルミナ※8の観測結果を示します(図2参照)。従来、1次元のDNP-NMRではアルミニウム―酸素(Al-O)の結合に由来する構造の存在が示唆されるものの、その詳細な組成に関するデータは得られていませんでした(図2左青線)。今回開発した測定技術により、従来では取得が困難な17Oと27Alの高分解能2次元NMRスペクトルをわずか1時間で測定でき、重なり合って認識できなかったAl-Oの各ピークが分離した形で観測できるようになりました(図2右)。17Oの結果から、3配位構造の酸素原子(OAl3)、2種類の4配位構造の酸素原子(OAl4)、また、27Alの結果からは、4配位構造と6配位構造のアルミニウム(AlO4、AlO6)の他に、表面上にのみ存在する5配位構造のアルミニウム(AlO5)を実測することができました。

このように、単一な構造が集積したものと考えられるγ―アルミナについても本開発測定方法を用いると、表面でさまざまな構造をとっていることがわかりました。本開発技術はγ―アルミナにとどまらず、各種の金属酸化物にも利用できます。材料表面を酸素原子の構造の観点から短時間で解明し、合成法や表面処理方法など材料設計指針を明確にすることで、材料開発に要する時間を大幅に短縮できます。

 

3.今後の予定

今回の成果は固体表面上の酸素原子核をはじめとする四極子核の高速・高分解能NMR測定を実現し、材料解析に要する時間を大幅に短縮し、高精度な表面構造解析を可能にしたのみならず、計測技術の飛躍的な進歩とも言えます。今後NEDOと産総研、ADMATは本事業で、今回の成果を用いてさまざまな金属酸化物の表面構造を詳細に解析します。また、高度な計算科学や高速試作・革新プロセス技術、先端計測評価技術を融合し、材料開発の加速と製品性能や製品寿命に優れた超先端材料の開発に貢献します。


注釈

※1 酸素原子核
酸素の原子核は16O、17O、18Oの同位体が存在しますが、NMR信号を観測できる同位体は17Oのみです。これらの同位体の中で、17Oは0.038%と極めて少ない量しか自然界に存在しません。加えて、17Oの共鳴周波数は13Cに比較して2分の1程度と低いため、NMR測定感度が低く、測定が困難です。[参照元へ戻る]
※2 四極子核
原子核内の電荷分布が非球対称のために、物質内の電場勾配に影響を受ける原子核のこと。スペクトルが複雑なスペクトル形状をとってしまい、測定、スペクトル解析が困難です。周期表中のおよそ75%の元素は四極子核に該当します。[参照元へ戻る]
※3 動的核偏極核磁気共鳴法(DNP−NMR)
不対電子にマイクロ波を照射し、電子スピンから原子核への磁化移動を生じさせ、固体NMRの感度を飛躍的に向上させる技術。NMRは核磁気共鳴法を意味し、原子核にラジオ波を照射し、得られた電気的信号から化学構造を特定する技術です。[参照元へ戻る]
※4 D-RINEPT(Dipolar-mediated Refocused Insensitive Nuclei Enhanced by Polarization Transfer)
超超PJで2020年に発表したDNP-NMRの測定プログラム。DNPによって高感度化した水素核の磁化を固体表面上の観測したい四極子核へ高効率に移動させてNMR信号を観測します。これにより、四極子核のDNP-NMR測定が可能になります。技術の詳細は次のリンク先をご覧ください(https://doi.org/10.1021/jacs.9b13838)。[参照元へ戻る]
※5 MQMAS(Multiple Quantum Magic Angle Spinning)
NMRの測定プログラムの一種で、四極子核のスペクトルを高分解能化する技術。1995年に最初に発表され、現在までに十数種類のMQMAS測定プログラムが発表されています。本研究ではMQMAS中のパルス照射方法を改良して、D-RINEPTプログラムに組み込むことに成功しました。[参照元へ戻る]
※6 核スピン量子数
核スピン量子数は陽子数、中性子数によって決定される各原子核が持つ固有の物理量。核スピン量子数がゼロの場合はNMR信号が観測されません。核スピン量子数1以上を有する原子核は、四極子核に分類されます。本研究の解析ターゲットである17Oは核スピン量子数2分の5を有する四極子核です。核スピン量子数2分の1を有する原子核(1H、13C、15N、29Si)は、原子核内の電荷分布が球対称のために、物質内の電場勾配に影響を受けないため、測定とスペクトル解析が比較的容易です。[参照元へ戻る]
※7 エンリッチ化
材料の同位体量をNMRで観測しやすいように置換すること。酸素の場合、16O、18OがNMRでは検出できないため、検出可能な17Oへ前処理で酸素原子の一部を交換します。本開発では40%17O水と試料を混合して、ボールミル処理によりエンリッチ化を行いました。[参照元へ戻る]
※8 γ―アルミナ
化学式がAl2O3で表されるアルミニウムの酸化物。立方晶系のγ―アルミナは高比表面積であり、触媒担体として頻繁に利用されます。[参照元へ戻る]


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