発表・掲載日:2021/04/29

マイクロバイオーム解析のための推奨分析手法を開発

-ヒト関連微生物相解析データの産業利用に向けた信頼性向上に貢献-

ポイント

  • マイクロバイオームを次世代シーケンサーで解析するため、新たな精度管理用菌体と核酸標品を作製し、簡便、精確な推奨分析手法を開発
  • 次世代シーケンサーによる信頼性の高い微生物相の解析が可能
  • マイクロバイオーム解析の標準化、データの比較互換性が担保された日本人マイクロバイオームデータベースの構築に貢献

概要

一般社団法人 日本マイクロバイオームコンソーシアム【代表理事 竹中 登一】(以下「JMBC」という)と国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 大西 芳秋】 Tourlousse Dieter 主任研究員、関口 勇地 総括研究主幹らは、独立行政法人 製品評価技術基盤機構【理事長 長谷川 史彦】(以下「NITE」という) バイオテクノロジーセンター【所長 加藤 愼一郎】 三浦 隆匡 主任、川﨑 浩子 参事官ら、国立研究開発法人 理化学研究所【理事長 松本 紘】(以下「理研」という)バイオリソース研究センター【センター長 城石 俊彦】微生物材料開発室 坂本 光央 専任研究員、大熊 盛也 室長と共同で、マイクロバイオーム次世代シーケンサーで解析するための精度管理用菌体、核酸標準物質(標品)、推奨分析手法を開発した。これらはヒト糞便を対象としたショットガンメタゲノム解析を想定したものであり、推奨分析手法は産業界で広く実施でき、その計測結果の比較互換性が担保できるものである。また、メタゲノム解析の分析バリデーションに関連し、マイクロバイオーム解析の精度管理方法の指針を示した。これにより、次世代シーケンサーによる信頼性の高いマイクロバイオーム解析に貢献し、マイクロバイオーム創薬などさまざまな分野におけるマイクロバイオーム解析の標準化に資することが期待される。さらに、標準化された分析法に基づく日本人マイクロバイオームデータベースの構築により、マイクロバイオーム産業の拡大が期待される。この技術の詳細は、2021年4月29日(英国夏時間AM1:00)に国際学術誌Microbiomeにオンライン掲載される。

図

マイクロバイオーム解析のプロセスと開発した精度管理用菌体、核酸標品および推奨分析手法(開発技術)


開発の社会的背景

多様な微生物種で構成されるマイクロバイオームは、地球環境の保全から人の健康に至るさまざまな場面で重要な役割を担っている。とりわけ、人と直接接触するヒトマイクロバイオームは、さまざまな疾患の診断用マーカーや創薬ターゲットとして注目を集めるほか、食などを通じた健康維持や疾患予防、衛生管理、美容との関係性が示されている。このような背景から、マイクロバイオームに関わる新たな産業の創出が期待されている。マイクロバイオームの解析では、次世代シーケンサーを利用して解析した遺伝子情報に基づき、それを構成する微生物の種類と量を計測することが出発点となる。一方で、その解析結果の再現性・信頼性や研究・検査機関のあいだでのデータ互換性に懸念があり、解析結果の精度管理を進めるために、一連の分析手法の標準化などの取り組みが各国で始まっている。わが国においても、JMBCが設立され、分析法の標準化が検討されている(注1)。しかしながら、マイクロバイオーム解析のための計測標準基盤(精度管理用菌体および核酸標品、標準分析手法等)、とりわけ産業界で広く利用、実施することを想定し開発され、多施設間でのデータ互換性が担保された推奨分析手法や、その分析精度管理のための指針等はこれまで確立されていなかった。

 

研究の経緯

産総研では、マイクロバイオーム解析の精度管理用核酸標準物質や、その標準物質を用いた精度管理技術の開発にも取り組んできた(注2)。JMBCと産総研は、それぞれの強みを生かし、マイクロバイオーム関連産業におけるわが国の産業競争力強化を目的に、マイクロバイオーム分析法の標準化を両者の連携により加速していくことに合意(2018年6月)、共同研究を実施してきた(注3)。今回は、NITEおよび理研と共同で、ヒト糞便のマイクロバイオーム解析での利用を想定した精度管理用菌体および核酸標品、推奨分析手法、それらを活用した分析バリデーションおよび精度管理方法を新たに開発した。なお、本研究開発は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の「NEDO先導研究プログラム/新産業創出新技術先導研究プログラム/ヒトマイクロバイオームの産業利用に向けた、解析技術および革新的制御技術の開発」(2018年度〜2020年度)による支援を受けて行った。

 

研究の内容

本研究では、ヒト糞便等検体マイクロバイオーム解析の信頼性向上のため、メタゲノム解析用の精度管理用菌体と核酸標品を開発した。NITEと理研がヒト糞便等を想定した標品を作製し、NITE、JMBC、産総研等がその評価を実施することで、約20種の微生物種により構成される菌体および核酸標品を開発した。

また本研究では、それら標品を利用し、国内産業界が実施でき、計測結果の比較互換性が担保できるショットガンメタゲノム解析の推奨分析手法を開発した。本課題では、ショットガンメタゲノム解析によるマイクロバイオーム解析の工程のうち、核酸抽出と、シーケンシングのためのライブラリ調製の工程について重点的に検証した(図1)。具体的には、核酸抽出の工程では、9種類の核酸抽出技術について、計21種の異なる条件下での核酸抽出方法を検証し、精確性が高く簡便な方法を開発、選定した。また、ライブラリ調製の工程では、11種類のライブラリ調製技術について、計28種の異なる条件下でのライブラリ調製方法を検証し、同じく精確性が高く簡便な方法を2種類選定した。これらの方法を推奨分析手法として標準手順書としてまとめ、JMBC参画企業に配布、同じ糞便試料等を異なる分析機関(JMBC参画企業)で測定する室間共同試験を実施し、施設間(10機関間)での分析結果の比較互換性を検証した。その結果、推奨分析手法を利用した場合、期待値からの偏差は推定される許容範囲に収まったが、分析機関で使用されている従来の手法を利用した場合、一部で許容範囲よりも大きな誤差が観察された(図2)。本検証により、開発した推奨分析手法は、特に特別な講習等による技術移転がなくても多くの機関において精確な計測が可能な方法であり、その内容が適切に標準手順書として文書化されていることが実証された。また、この際、3機関においてこれまで当該機関で実施していた分析手法で同じ試料を測定したが、3機関中2機関は設定した精度範囲を超えた測定結果を出しており、推奨分析手法の利用でマイクロバイオーム解析データの比較互換性が向上することが明らかとなった。

図1

図1 糞便を対象としたメタゲノム解析での核酸抽出手法とライブラリ調製方法の違いによる測定値のばらつき。精確な方法で得られた各種菌株の相対存在量を期待値とし、その期待値からのずれ(偏差:測定された各菌株の相対存在量と期待値との偏差を倍率で表したもの、○はそれぞれの菌株での偏差の平均、灰色のバーは測定した菌株での偏差の標準偏差を示す)を示す。

さらに、開発した推奨分析手法を国際的な室間共同試験(モザイクチャレンジ)でその精度を評価した。この評価により、多様な分析方法を利用した異なる国における分析機関間でのマイクロバイオーム解析データには大きなばらつきがあり、国際的にもその分析妥当性の検証が重要であること、またその中でも本研究で開発した推奨分析手法の精確性が高いことが明らかとなった。

本研究では、これらの検証結果をもとに、ショットガンメタゲノム解析の分析バリデーション方法、およびマイクロバイオーム解析の精度管理方法の指針を示した。具体的には、標準物質である菌体と核酸標品の開発、評価方法、それらを利用した分析バリデーション方法、精度管理方法を示し、マイクロバイオーム解析の信頼性確保のための指針を提示した。これらは、今後の産業界での次世代シーケンサーによる信頼性の高いマイクロバイオーム解析の実施、新たな推奨分析手法の開発に資する成果である。この取り組みは、今後整備が求められるマイクロバイオーム関連ビッグデータの品質保証や、検査機関のマイクロバイオーム解析の質を保証する標準物質の作製、評価に活用されるものである。なお、本研究で開発したものと同様の精度管理用標品はNITEより広く頒布されることが計画されている。

また、上記分析法に基づいた日本人マイクロバイオームデータベースの構築を進め、マイクロバイオーム産業の拡大を進めていく予定である。なお、本技術は、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマートバイオ産業・農業基盤技術:食を通じた健康システムの確立による健康寿命の延伸への貢献」(2018年度〜)で実施されている、日本人健常人糞便マイクロバイオーム大規模データ取得課題の分析方法として採択、プログラム内での大規模マイクロバイオームデータの取得に活用されている。

本研究は、マイクロバイオームに関する計測の基盤技術開発から標準化、実用化まで一貫した研究を加速し、わが国の産業競争力のさらなる強化へ寄与する成果である。また、今後整備が求められるマイクロバイオーム関連ビッグデータの品質保証や、検査機関のマイクロバイオーム解析の質を保証する方法を確立した成果であり、これらを基盤としたさらなるマイクロバイオーム産業の拡大が期待される。

図2

図2 同一の糞便試料を対象としたメタゲノム解析の室間共同試験結果の一例。
精確な方法で得られた各種菌株の相対存在量を期待値とし、その期待値からの偏差(平均偏差)を示す。

 

今後の予定

今後、開発した標品および推奨分析手法を利用したマイクロバイオーム解析を広く医療、食品分野等に適用し、その信頼性の確保に向けた取り組みを実施する予定である。本研究で開発したものと同様の精度管理用菌体および核酸標品はNITEより頒布する予定である。また、本成果に基づく国内、国際的なマイクロバイオーム解析の標準化に取り組む予定である。


用語の説明

◆マイクロバイオーム(複合微生物相)
特定の環境中に存在する微生物群や、そのゲノム、あるいはそれらの持つ遺伝子の集合体を指す。ヒト腸内マイクロバイオームや土壌マイクロバイオームなどがある。[参照元へ戻る]
◆次世代シーケンサー
従来のシーケンサーとは異なり、一度に読み取れる塩基配列の長さが50~500塩基と従来のシーケンサーの約800塩基よりも短いが、高度並列処理により1回の解析で数千万~数十億塩基対の塩基配列情報が得られる。[参照元へ戻る]
◆ショットガンメタゲノム解析・メタゲノム解析
マイクロバイオーム中のDNAを抽出、回収し、塩基配列を網羅的に解読すること。[参照元へ戻る]
◆シーケンシング
シーケンサーで塩基配列を読み取ること。[参照元へ戻る]
◆ライブラリ調製
シーケンサーで塩基配列の読み取る際、対象DNA断片をシーケンサーで読み取れるように化学的修飾等の前処理を行うこと。[参照元へ戻る]
◆モザイクチャレンジ
糞便を対象に異なる機関で同一検体のマイクロバイオーム解析を実施し、その結果を比較する国際的な取り組み(https://mosaicbiome.com/challenges/)。[参照元へ戻る]
◆コホート研究
ある条件で選んだヒトの集団を対象として一定期間追跡観察し、マイクロバイオームの構成などの要因と疾患の関連有無を調査する研究。[参照元へ戻る]

 

(注1) JMBCは、国内の製薬、食品、化粧品、検査会社など32社(2021年4月1日現在)が参画する一般社団法人。マイクロバイオームの産業応用に向けて、疾患とマイクロバイオームの関係を知るため健常人のコホート研究が必要であり、産業界が一体となるコンソーシアムが必須との理解のもと、2017年4月に設立した。マイクロバイオーム産業の基盤となる健常人マイクロバイオームのデータベース構築やマイクロバイオーム研究の普及・促進を進めている。
※JMBCホームページ:http://www.jmbc.life/index.html [参照元へ戻る]

(注2) 産総研は、マイクロバイオーム解析の精度管理のための人工核酸標準物質を開発、開発した精度管理用標準物質などを利用した精度管理技術を、医療、食品、環境分野など実際のマイクロバイオーム解析に広く適用し、信頼性の確立を目指して研究を進めている。
※2016年12月14日産総研プレスリリース:
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2016/pr20161214/pr20161214.html [参照元へ戻る]

(注3) 産総研とJMBCはマイクロバイオーム関連産業におけるわが国の産業競争力強化に重要な役割を果たすことを共通の目的として、ヒトマイクロバイオーム分析法の標準化を両者の連携により加速していくことに合意、標準化された分析法に基づいた健常人マイクロバイオームデータベースの構築を目標に、今後両機関の共同研究で推奨分析手法の作成や分析用標準物質の開発に取り組んでいる。
※2018年6月7日産総研プレスリリース:
https://www.aist.go.jp/aist_j/news/pr20180607.html [参照元へ戻る]


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