発表・掲載日:2021/01/22

結晶はどうやってできる?その瞬間を見た!

発表のポイント

  • 無秩序な集合体からナノメートルサイズの食塩結晶ができる瞬間、さらにそれが大きく成長する様子を、スローモーション映像として連続的に記録した。
  • 無秩序から秩序が発現していく過程の全体像を初めて観察・測定することで、イオン結晶の生成機構を解明した。
  • 結晶の形を制御することで望みの性質を持った結晶を手にすることが可能となり、製薬・材料分野へ革新をもたらすことが期待される。

発表概要

人類が結晶を生み出してきた歴史は長く、紀元前より行われてきた製塩はその代表例である。現在では、結晶化は医薬・材料などさまざまな分野において欠かせない技術となっているが、その機構の理解は十分ではない。1913年にX線結晶構造解析法が提唱されて以来、結晶中の原子配列など静的な構造は明らかにされてきた一方で、結晶化という動的な過程を原子レベルで詳細に観察することは困難だった。今回、東京大学大学院理学系研究科化学専攻の中村栄一特別教授らの研究グループは、産業技術総合研究所の灘浩樹研究グループ長の研究グループと共同で、無秩序な分子集合体から結晶核が形成される過程を原子分解能透過電子顕微鏡(注1)でスローモーション映像として記録することに成功した。結晶化プロセスの最初期段階を空間的に精密に制御することで、これまで困難とされてきた結晶化現象の直接観察を実現した。1分子レベルでの動的挙動解析の結果、これまでその性質が明らかでなかった結晶化前の分子集合体について、結晶とは異なりその構造が動的に変化していることを発見した。本研究は、サイズ・構造選択的な結晶合成手法の開発や、天然の鉱物や歯・骨などの生体鉱物の生成機構解明につながると期待される。


発表内容

結晶化現象は、日常生活から生体内、産業プロセスまで広く見いだされる現象であるが、その原子レベルでの詳細なメカニズムに関しては議論が続いてきた。特に、結晶化現象の最初期過程である核生成は、その確率論的な挙動と微小な時間・空間スケール事象であることなどの理由から、従来の実験手法による解析が困難であり、専らシミュレーションによる理論研究やコロイド粒子によるモデル系を用いた研究がなされてきた。しかし、これらの手法にもモデルの妥当性などの問題が指摘されており、決定的な成果が得られていない。

中村教授らの研究グループでは2005年以来、「原子分解能単分子実時間電子顕微鏡(SMART-EM)イメージング法(注2)」とよばれる分子電子顕微鏡技術の開発に取り組み、小さな分子1つ1つ、さらには単分子のみならず分子集合体の動きを動画撮影して記録する研究を行ってきた。今回、当研究グループはSMART-EMイメージング法と新規に開発した試料調製法とを組み合わせることで、自発的に集合した分子がその構造を秩序だった結晶構造へと変化させ、さらには結晶として成長していく過程を連続的に撮影し解析することに成功した(図1、2)。

本研究では、塩化ナトリウム(NaCl)水溶液を水分散性円錐状カーボンナノチューブ(CNT、注3)に内包させ、その後乾燥により水を除去することで、CNT内部に導入されたNaClが真空下で結晶化する様子を撮影した。原子レベルでの実時間観察は、円錐という異方的な形状がCNT先端におけるNaCl分子の自己集合・核形成を誘起し、さらにCNT内部というナノメートルサイズの制限空間が分子拡散を抑制することで達成されたものである。撮影された動画では、CNTの先端部に1ナノメートル(10億分の1メートル)程度のNaCl結晶核が再現性よく繰り返し形成される様子が捉えられている(図3)。以上の結果は、適切な空間を設計することで、制御困難とされてきた核形成過程を原子レベルで精密に制御することが可能であることを示すものであり、結晶サイズや結晶多形(注4)制御手法としての展開が予測される。

また、従来の手法では研究の対象となり得なかった結晶化以前の分子集合体が、離合集散することで結晶に類似した秩序だった構造と無秩序な構造との間を行き来していることが明らかになった。これまで、結晶化以前の分子集合体の性質・構造は明らかにできなかったが、今回の原子分解能での連続高速撮像(40ミリ秒/フレーム)により、これらの集合体が結晶とは異なり極めて流動的な構造を持つことが実証された(図4)。この結果は、核形成過程において分子集合体のサイズだけでなくその構造ダイナミクスが重要な役割を果たすことを示唆しており、1分子ごとの振る舞いを観察することによって見いだされた新たな知見である。

結晶化現象をはじめとする自己集合過程や相転移現象は、多くの分子が互いに動的に相互作用することで引き起こされる現象である。従来、分子集合体中での原子レベルの運動を観察することは極めて困難であるため、マクロな視点から取り扱われてきた。今回達成された結晶化過程の直接観察は、これらの現象をミクロな視点から研究できる可能性を示したものであり、自己集合・相転移現象の新たな研究展開につながるだけでなく、望みの形状や性質を持つ新材料を分子レベルでの観察に基づいて設計・開発する、といった革新的分子技術への応用が期待される。

本研究の主たる成果は、JSPS科学研究費助成金(課題番号:JP19H05459 分子および分子集合体の動的挙動研究のための分子電子顕微鏡技術の開発 代表者 : 中村栄一、JP20K15123 高速分子動画撮影による結晶化過程の四次元解析 代表者 : 中室貴幸)および日本顕微鏡学会長舩記念特別研究奨励金(その場観察によるナノ結晶の動的挙動研究の開拓 代表者 : 中室貴幸)の支援により得られたものである。電子顕微鏡の動画記録と画像処理の最適化については、科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業 先端計測技術・機器開発プログラム(課題番号:JPMJSN16B1 原子解像度電子顕微鏡で得られる超高速分子動画の自動化解析技術の開発 代表者 : 原野幸治)の支援によって実施された。本研究では、国際科学イノベーション拠点整備形成事業により導入され、東京大学分子ライフイノベーション機構により運営されている共用機器である原子分解能透過電子顕微鏡(日本電子株式会社製JEM-ARM200F)を利用した。

図1

図1:本研究の概念図。従来のマクロな研究では結晶が生成する瞬間の詳細な観察は不可能であったが、今回、CNTをナノフラスコとして利用することで原子レベルでの観察が達成された。

図2

図2:CNT内でNaCl結晶核が形成される様子を捉えた原子分解能電子顕微鏡動画(40ミリ秒/フレーム)。図中の数字は動画撮影開始時からの経過時間。円錐状のCNT内で幅4原子、高さ6原子の直方体型NaCl結晶核(5.04秒)が形成される様子を捉えている。赤色の破線はNaCl分子集合体の位置を示す。図中のスケールバーは1ナノメートル。

図3

図3:CNT構造に誘起され、同じサイズ・構造を示すNaCl結晶核が再現性よく9回繰り返し形成される様子が観察された(5.04, 21.76, 31.44, 47.36, 56.24, 63.64, 77.76, 103.72, 126.84秒)。核形成にかかる時間も2 ~ 10秒以内に再現性よく分布していた(平均5.07秒)。括弧内の数字は結晶核の二次元上の大きさを示す。図中のスケールバーは1ナノメートル。

図4

図4:本研究によって、結晶核を形成する以前の分子集合体の性質が明らかとなった。流動的に構造を変化させながら、無秩序な構造だけでなく結晶に類似した秩序だった構造をも過渡的にとりうることが示された。

 

発表者

中村 栄一(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 東京大学特別教授/東京大学名誉教授)
中室 貴幸(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任助教)
灘 浩樹(産業技術総合研究所 環境創生研究部門 反応場設計研究グループ 研究グループ長)

 

発表雑誌

雑誌名:Journal of the American Chemical Society(米国化学会誌)
論文タイトル:Capturing the Moment of Emergence of Crystal Nucleus from Disorder
著者:Takayuki Nakamuro, Masaya Sakakibara, Hiroki Nada, Koji Harano, Eiichi Nakamura*
DOI番号:10.1021/jacs.0c12100
アブストラクトURL:https://dx.doi.org/10.1021/jacs.0c12100


用語解説

(注1)原子分解能透過電子顕微鏡
原子1つ1つを区別して観察可能な性能を持つ透過電子顕微鏡。透過電子顕微鏡は光より波長の短い電子線を用いる顕微鏡で、物質を透過してきた電子線により像を結ぶことによって物質の形状を視覚的に知ることができる。近年の収差補正技術の進歩により、有機材料の観察に適した低加速電圧を用いた電子顕微鏡においても原子分解能での撮影が可能になった。[参照元へ戻る]
(注2)原子分解能単分子実時間電子顕微鏡(SMART-EM)イメージング法
原子分解能電子顕微鏡を用いて、分子1つ1つの構造や形状の時間変化を原子分解能で追跡する分析手法。中村教授らの研究グループにより独自に開発された手法で、カーボンナノチューブ(CNT、 注3)を担体とすることで有機分子を長時間安定して観察することが可能である。これまでに、CNTに内包した分子が回転、並進運動する様子や分子同士が反応する様子の動画撮影、またCNT表面に結合した「化学釣り針」によって有機結晶の核前駆体や化学反応の微小中間体の構造を初めて捉えることに成功している(2007、2008、2010、2011、2012、2017、2019、2020年東京大学理学部プレスリリース参照)。[参照元へ戻る]
(注3)カーボンナノチューブ(CNT)
飯島澄男教授(現名城大学)が1991年に発見した。ダイヤモンド、非晶質、グラファイト、フラーレンに次ぐ5番目の炭素材料。炭素単層からなるグラフェンシートが直径1ナノ(10億分の1)メートルから数ナノメートルに丸まった極細チューブ状構造を有している。CNTはその丸まり方、太さ、端の状態などによって、電気的、機械的、化学的特性などに多様性を示し、次世代産業に不可欠なナノテクノロジー材料として注目されている。今回の研究で利用されたのは2006年に中村教授らの研究グループにより開発されたアミノ化カーボンナノホーンと呼ばれるもので、カーボンナノチューブの一種に化学処理を行うことで水への分散性を向上させている。[参照元へ戻る]
(注4)結晶多形
同じ組成の化学物質がとる複数の結晶構造。多形によって安定性や溶解性が異なり、医薬品では薬効に影響を与えることがある。[参照元へ戻る]


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