発表・掲載日:2020/08/20

特異な構造相転移挙動を活用した高い製造プロセス適性を持つ高性能な有機半導体を開発

English (The University of Tokyo site)

発表のポイント

  • 高い溶解性を示す結晶相と高い半導体性能を示す結晶相の特異な相転移挙動を活かした製造プロセス適性が高く高性能の有機半導体C10–DNS–VWを開発しました。
  • 近未来のIoT(注1)社会のキーデバイスである安価な電子タグやマルチセンサーの実用化を大幅に加速させることが期待されます。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の岡本敏宏准教授、三谷真人特任助教、竹谷純一教授、同大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の加藤隆史教授、富山高等専門学校物質化学工学科の山岸正和講師、筑波大学数理物質系の石井宏幸助教、北里大学理学部物理学科の渡辺豪講師、産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注2)は、特異な構造相転移挙動により、高溶解性(注3)・高移動度(注4)・環境ストレス耐性を実現した高製造プロセス適性かつ高性能有機半導体を開発しました。

一般に、有機半導体はベンゼン環やヘテロール環(注5)が単結合もしくは縮環したπ電子系分子(注6)からなります。半導体性能として求められる電荷輸送能の指標である移動度や用いられる電極からの電荷注入のしやすさ(電荷注入能)を向上・改善するためには、π電子系骨格の拡張とその骨格が電荷輸送に有利な2次元集合体構造を形成することが重要です。これまでの有機半導体の開発により、市販されている製品中のアモルファスシリコンよりも1桁以上高い10 cm2/Vs級の移動度を有する有機半導体が報告されています。しかしながら、高性能有機半導体分子の多くは、一般的な有機溶媒に対する溶解性が乏しく、適用できる製造プロセスが限られていることが課題でした。

研究グループでは、これまで報告されている他の有機半導体に見られない集合体構造間の特異な相転移によって、製造プロセス適性が高く高性能の有機半導体であるデシル置換(注7)セレン架橋V字型分子C10–DNS–VWを開発しました。大型放射光施設SPring-8(注8)(ビームラインBL02B1)では、C10–DNS–VWは、高溶解性で電荷輸送に不利な1次元集合体構造と低溶解性で電荷輸送に有利な2次元集合体構造の異なる2種類の集合体構造を形成することがわかりました。興味深いことに、蒸着法および塗布結晶化法などの製造プロセスの種類に関わらず、薄膜作製時には電荷輸送に有利な2次元構造が再現性よく得られ、塗布プロセスで得られた単結晶薄膜を用いたトランジスタにおいて、世界最高レベルの11 cm2/Vsの移動度、良好な電荷注入特性、高環境ストレス耐性が得られました。

今回開発したC10–DNS–VWからなる有機半導体は、蒸着法や印刷法(注9)などの各種製造プロセスに対する適合性が高く、電子タグやマルチセンサーなどの各種ハイエンドデバイス開発が加速し、次世代のプリンテッド・フレキシブルエレクトロニクス(注10)分野の起爆材料となることが大いに期待されます。

本研究成果は、2020年8月19日付でアメリカ化学会(ACS)「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で公開されます。


発表内容

<研究の背景と経緯>

π電子系分子が弱い分子間力によって集合した固体である有機半導体は、軽量かつ機械的に柔軟な特長を持っています。また、印刷による低温での製膜が生産時のコストと環境負荷を飛躍的に軽減し、次世代のプリンテッド・フレキシブルエレクトロニクスにおける鍵となる材料として大いに期待されています。近年の活発な有機半導体の開発により、アモルファスシリコンよりも1桁以上高い10 cm2/Vs 級の移動度を有し、かつ実用に必要な環境ストレス耐性を示す有機半導体が報告されています。これまでの研究では、性能(電荷輸送能と電荷注入能)を向上させるために、π電子系骨格の拡張と電荷輸送に有利な2次元集合体構造の形成を目指した分子デザインが行われてきました。しかしながら、この分子デザインで開発された有機半導体の多くは、有機溶媒に対する溶解性が低く、製造プロセスが制限されることが課題でした。したがって、性能の高い有機半導体において高い製造プロセス適性を持つ分子デザインの創出が求められていました。

<研究の内容>

研究グループでは、この課題を解決するために、独自に開発した典型元素架橋V字型π電子系骨格の架橋部位にセレン元素とデシル基を導入したC10–DNS–VWを開発し、製造プロセス適性とデバイス性能を両立する優れた半導体材料であることを明らかにしました(図)。C10–DNS–VWは、報告されている高性能有機半導体材料とは異なり、高溶解性で電荷輸送に不利な1次元集合体構造と低溶解性で電荷輸送に有利な2次元集合体構造の異なる2種類の集合体構造を形成することがわかりました。また、これらの集合体構造は、加熱処理により1次元から2次元へ、良溶媒存在下で2次元から1次元へ相転移することも明らかにしました。興味深いことに、蒸着法および塗布結晶化法の別に関わらず、C10–DNS–VWは、薄膜作製時には電荷輸送に有利な2次元構造が再現性よく得られました。塗布結晶化法で得られた単結晶薄膜を用いたトランジスタにおいては、世界最高レベルの11 cm2/Vsの移動度、良好な電荷注入特性、高環境ストレス耐性が得られました。分子動力学計算から、基板表面では2次元集合体構造が1次元よりも安定であることを実証しました。また、C10–DNS–VWは、良溶媒存在下での相転移挙動により、さまざまな印刷プロセスが適用可能な1 wt%以上の溶解性(一般的な芳香族溶媒に対して)を有する半導体材料であることも明らかにしました。このような構造相転移を介した高い溶解性と高いデバイス性能の両立を実証したC10–DNS–VWは、次世代の有機半導体のための新しい分子デザイン指針を示しました。

<今後の展開>

C10–DNS–VWは、高性能、高い製造プロセス適性、高環境ストレス耐性を持つ極めて優れた有機半導体であり、きたるIoT社会における要素技術である電子タグやマルチセンサーから、曲がる軽量ディスプレイや熱電変換素子などの電子デバイスの開発・社会実装を急速に加速させます。次世代エレクトロニクスの研究開発・産業の戦略材料となるだけにとどまらず、本研究の新しい分子デザインによりもたらされる新規有機半導体群の開発を通じて、社会への貢献が大いに期待されます。

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

JST戦略的創造研究推進事業 さきがけ
研究領域 「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」
 (研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授、副研究総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所 デバイス技術研究部門 総括研究主幹)
研究課題 「有機半導体の構造制御技術による革新的熱電材料の創製」
研究者 岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)
研究期間 平成29年10月~令和3年3月

図

(図)本研究の有機半導体C10–DNS–VWの特徴

 

発表者

岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 准教授/
 科学技術振興機構(JST) さきがけ研究者 兼務/
 産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)
三谷 真人(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 特任助教)
山岸 正和(富山高等専門学校物質化学工学科 講師)
石井 宏幸(筑波大学数理物質系 助教)
渡辺 豪(北里大学理学部物理学科 講師)
橋爪 大輔(理化学研究所創発物性科学研究センター物質評価支援チーム チームリーダー)
矢野 将文(関西大学化学生命工学部 准教授)
杉本 邦久(高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室 主幹研究員)
加藤 隆史(東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 教授)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/
 マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務/
 産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務/
 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)MANA 主任研究者(クロスアポイントメント))

 

発表雑誌

雑誌名:「Journal of the American Chemical Society」(2020年8月19日付)
論文タイトル:Alkyl-Substituted Selenium-Bridged V-Shaped Organic Semiconductors Exhibiting High Hole Mobility and Unusual Aggregation Behavior
著者:Toshihiro Okamoto*, Masato Mitani, Craig P. Yu, Chikahiko Mitsui, Masakazu Yamagishi, Hiroyuki Ishii, Go Watanabe, Shohei Kumagai, Daisuke Hashizume, Shota Tanaka, Masafumi Yano, Tomokatsu Kushida, Hiroyasu Sato, Kunihisa Sugimoto, Takashi Kato, and Jun Takeya
DOI番号:10.1021/jacs.0c05522


用語解説

(注1)IoT
モノのインターネット(Internet of Things)の略で、モノがインターネット経由で通信することを意味する。[参照元へ戻る]
(注2)産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリオペランドOILのロゴ画像
平成28年6月1日、東大柏キャンパス内に設置した産総研と東大の研究拠点。相互のシーズ技術を合わせ、産学官ネットワークの構築による「橋渡し」につながる目的基礎研究の強化や、先端オペランド計測技術を活用した生体機能性材料、新素材、革新デバイスなどの産業化・実用化のための研究開発を行っている。[参照元へ戻る]
(注3)溶解性
化合物の溶媒に対する溶けやすさのこと。有機半導体の場合には、溶解性が高い方がさまざまな溶液プロセスが適用でき、良好な製造プロセス適性に直結する。[参照元へ戻る]
(注4)移動度(電荷移動度)
正孔もしくは電子の電荷1個あたりの伝導率であり、半導体中での電荷の移動しやすさの指標となる。値が大きいほど伝導しやすいことを意味する。易動度と表記される場合もある。[参照元へ戻る]
(注5)ヘテロール環
炭素以外の元素を骨格に含み、ベンゼンと同様に芳香族化合物としての性質を示す分子ユニット。例としては、チオフェンやセレノフェンなどが挙げられる。[参照元へ戻る]
(注6)π電子系分子
炭素原子による主骨格を有し、一重結合と二重結合が交互に連なった共役二重結合をもつ化合物。特に、環状の共役二重結合を形成し芳香族性を有する化合物は芳香族化合物と呼ばれる。[参照元へ戻る]
(注7)デシル基
炭素と水素の一重結合で構成された置換基をアルキル基という。炭素数が10個のアルキル基をデシル基と呼ぶ。アルキル基の長さは、有機半導体の溶解性や結晶構造内での分子間の相互作用に影響する。[参照元へ戻る]
(注8)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所が所有する大型放射光施設で、その利用者支援は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。
SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。[参照元へ戻る]
(注9)印刷法
インクで紙に文字を印刷するように、溶媒に溶かした有機半導体を基板の上に印刷して半導体膜を形成する手法。有機半導体の最大の強みの一つであり、安価で大量生産が可能となる。[参照元へ戻る]
(注10)プリンテッド・フレキシブルエレクトロニクス
プラスチックのような機械的に柔軟な電子機器をインクジェットプリンターやはんこのような印刷プロセスによって作製する技術はプリンテッド・フレキシブルエレクトロニクスと呼ばれる。これを実現する材料として、溶媒に溶け、固体が柔らかい有機半導体が注目されている。[参照元へ戻る]


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