発表・掲載日:2020/07/02

反強磁性体における磁気振動モードの結合を発見

-マグノンによる新しい量子情報処理技術の開拓に向けて-

ポイント

  • 人工反強磁性体において、ある条件下で異なる磁気振動モードの結合を発見
  • 磁気双極子相互作用を介した対称性の破れが物理的起源であることを解明
  • 本研究によって、磁気の準粒子であるマグノン同士の結合を利用した新しい量子情報処理技術の開拓に期待

概要

京都大学化学研究所の塩田陽一 助教、石橋未央 同博士課程学生、森山貴広 同准教授、小野輝男 同教授らの研究グループは、産業技術総合研究所スピントロニクス研究センターの谷口知大 主任研究員と共同で、二つの磁石の磁極が逆方向に結合した人工反強磁性体注1)において、反強磁性体特有の二つの磁気振動モード(音響モード・光学モード注2))が、特定の条件下において反発し合う事を発見しました。反発し合う事は、それぞれの振動モードが結合しエネルギーのやり取りをしていることを意味します。二つの異なる準粒子注3)の結合はハイブリッド量子系と呼ばれ、これまではフォトンーマグノン結合、フォノンーマグノン結合などが主に研究されてきました。今回発見した磁気の準粒子であるマグノン同士の結合(マグノンーマグノン結合)は、量子情報処理を目指して研究が進められているハイブリッド量子系に新しい視点を与え、マグノンを利用した新たな情報処理技術の開拓につながることが期待されます。

本成果は、2020年7月1日に米国の科学誌「Physical Review Letters」にオンライン公開されます。

エレクトロニクス・製造領域の最近の研究成果の概要図


背景

二つの異なる準粒子の結合を利用したハイブリッド量子系は、量子コンピューターや量子情報通信など量子情報技術への応用に向けて研究が進められています。これまでは、二つの異なる準粒子の結合(フォトンーマグノン結合、フォノンーマグノン結合など)が主に研究されてきました。近年、磁気の準粒子であるマグノン同士の結合(マグノンーマグノン結合)についても、世界的に研究が進められています。マグノンとは磁石が作る波(スピン波)を量子力学的に扱った粒子の事で、マグノンを利用した電子回路は小型で低消費電力の情報処理システムを作り出す技術として期待されています。

 

研究手法・成果

本研究では、磁性材料として鉄コバルトボロン合金(Fe60Co20B20)を用い、非常に薄いルテニウム(Ru)非磁性層を介して、それぞれの磁極が逆方向に結合した人工反強磁性体を用いました(図1(a))。この人工反強磁性体の薄膜の上に、高周波磁場によってスピン波の励起および検出を行うためのアンテナを作製しました(図1(b))。人工反強磁性体には図1(c)に示すように、いずれも反強磁性に由来する二つの磁気振動モード(音響モード・光学モード)が存在します。図2(a)-(c)に、スピン波の伝搬方向に対してφk=0°,45°,90°だけ傾けて磁場を加えた時のスピン波共鳴スペクトルを示します。φk=0°,90°の時は音響モード・光学モードの共鳴ピークは磁場に対して単調に変化しています。一方、φk=45°の時には二つの共鳴周波数注4)が一致する磁場の条件で、共鳴周波数が反発し合う事を発見しました。反発し合う事は、それぞれの振動モードが結合しエネルギーのやり取りしていることを意味します。またギャップ周波数注5)から結合強度gを求めたところ、エネルギー散逸による共鳴ピーク線幅より大きいことから、強結合状態が実現されていることがわかりました。次に、磁場印加方向をφk=45°に固定し、励起するスピン波の波数(波長の逆数)を変化させながらスピン波共鳴スペクトルを測定したところ、反発の大きさ(つまり結合強度)は波数に比例することもわかりました。

以上の実験結果から、本研究で観測されたマグノン-マグノン結合の物理的起源は、スピン波が励起されたことによる磁気双極子相互作用注6)ではないかと考えました。そこで、磁気双極子相互作用を含めた理論モデルを構築し解析を行ったところ、実験結果をきれいに再現する事ができました。また、反発が起こるのは磁気双極子相互作用によって上下の磁石の交換に対する対称性の破れ注7)が起きている時だとわかりました。

図1

図1 (a) 人工反強磁性体の概念図。 (b) 本研究で作製したスピン波デバイスを上から見た光学顕微鏡図。右図はスピン波の伝搬方向と磁場印加方向の関係。(c)同位相で振動している音響モード(上段)と逆位相で振動している光学モード(下段)を表した図。

図2

図2 (a)-(c) φk=0°,45°,90°におけるスピン波共鳴スペクトル。暗部が共鳴ピークを表す。φk=45°の時のみ、音響モードと光学モードの共鳴ピークが交差せず、ギャップ周波数が存在する。

 

波及効果、今後の予定

本研究では、人工反強磁性体における二つの異なる振動モードが結合する事を発見し、その物理的起源が磁気双極子相互作用を介した対称性の破れであることを明らかにしました。本研究成果は、量子情報処理を目指して研究が進められているハイブリッド量子系に新しい視点を与え、マグノンを利用した新たな情報処理技術の開拓につながることが期待されます。

 

研究プロジェクトについて

本研究の一部は、科学研究費補助金「特別推進研究」、「若手研究(A)」、「挑戦的研究(萌芽)」、「新学術領域研究:ナノスピン変換科学」、「若手研究」「京都大学リサーチ・ディベロップメントプログラム【いしずえ】」の助成を受けて行われました。

 

論文タイトルと著者

タイトル:Tunable Magnon-Magnon Coupling Mediated by Dynamic Dipolar Interaction in Synthetic Antiferromagnets(人工反強磁性体における動的双極子相互作用を介したマグノン-マグノン結合)
著者:Yoichi Shiota, Tomohiro Taniguchi, Mio Ishibashi, Takahiro Moriyama and Teruo Ono
掲載誌:Physical Review Letters

 

用語解説

注1 人工反強磁性体
非磁性層を介して二つの磁性層の磁極が逆方向に結合した構造。非磁性層の膜厚に依存して、平行または反平行に結合させることができ、本研究では反平行に結合させるようにルテニウムの膜厚を設定した。[参照元へ戻る]
注2 音響モード・光学モード
二つの振動子が互いに同位相で振動する場合を音響モード、逆位相で振動する場合を光学モードという。[参照元へ戻る]
注3 準粒子
量子力学的な振る舞いをする粒子、または集団モードのことをいう。例えば、電子・正孔・フォノン・フォトンなどが挙げられる。磁石が作る波であるスピン波を量子力学的に扱った準粒子の事をマグノンという。[参照元へ戻る]
注4 共鳴周波数
ある条件(磁場の強度・方向、スピン波の波数)下では、特定の周波数において磁極が回転運動(共鳴)を起こす。この周波数を共鳴周波数という。[参照元へ戻る]
注5 ギャップ周波数
本研究においては、音響モードと光学モードのスピン波が交差する条件でのそれぞれの共鳴周波数の差、つまりスピン波が存在することのできない周波数のこと。[参照元へ戻る]
注6 磁気双極子相互作用
正負の磁極の対の事を磁気双極子と言い、その磁気双極子から生じる磁場による相互作用のこと。例えば磁石において、N極(S極)同士は反発し、N極とS極が引き付け合うのは磁気双極子相互作用によるものである。[参照元へ戻る]
注7 対称性の破れ
対称性とはある操作を行っても元の状態(不変)であること。たとえば円を中心周りに何度回しても見た目は変わらないので、(連続的な)回転対称性がある、という。ところが円を引っ張って楕円にしてから回すと、(180度のように特定の角度で回転させない限り)楕円が斜めを向くので見た目が変わってしまう。このように元々あった対称性が何らかの操作でなくなることを対称性の破れという。本研究では2つの磁石の磁極(磁石のN極とS極を結ぶ線)の真ん中をスピン波が伝わる時、2つの磁石の入れ替えに見た目は何も変化しない。しかしスピン波が違う向きを伝わると、2つの磁石はスピン波に近い磁極と遠い磁極というように区別できてしまうため、磁石の入れ替えに対して対称性が破れている。[参照元へ戻る]


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