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発表・掲載日:2020/04/15

積層ナノ磁性体における磁気振動の増幅効果の発見

-AI技術開発に「ブランコの数理」が示す新しい視点-

発表のポイント

  • AIハードウエアの要素となる磁気素子の開発に新しい視点を与える成果
  • 積層ナノ磁性体の磁気振動の増幅効果を独自の光計測技術で発見
  • ブランコを漕ぐ運動と等価の数理が内在していることの証明が鍵

概要

東北大学材料科学高等研究所の水上成美教授は、同大学院工学研究科の上牧瑛博士後期学生らとともに積層ナノ磁性体に、特異な磁気振動の増幅現象を発見しました。AIハードウエアの要素となる磁気素子の開発に新しい視点を与える成果です。本研究は、同研究所の義永那津人准教授、兼産業技術総合研究所 産総研・東北大 数理先端材料モデリングオープンイノベーションラボラトリ 副ラボ長と共同で行われました。

磁気の振動や波を情報の担体とするAIハードウエアの研究が世界的に進展しており、ナノメートルスケールかつ高エネルギー効率で磁気の振動や波動を増幅・発振する素子の開発は重要な課題の一つです。本研究グループでは、金属ナノ薄膜をナノ薄膜磁石で挟み込んだ積層ナノ磁性体の磁気の振動を研究し、二つの固有の磁気振動が、ブランコを「漕ぐ」時に働く係数励振の数理に支配されており、磁気の摩擦力を越えて増幅や発振が可能であることを示しました。また、磁気の振動の増幅過程を独自の光計測技術で観測することに成功しました。この原理はAIハードウエアの要素となるナノ磁気素子の開発に新しい視点を与えるものです。

本研究の内容は4月14日(米国時間)に、米国物理学会の学術誌「Physical Review Applied」の電子版に掲載されます。


研究の背景

社会を取り巻く情報量は爆発的に増大しており、これを効率よく利用するための新しい技術として、量子計算技術やAI技術など、従来とは異なる概念に基づいた科学技術の研究が世界各国で進んでいます。磁気のナノテクノロジーを用いたAI技術注1)もその一つです。例えば、ナノメートルサイズの磁石の発する磁気の振動や波動注2)を情報の担体とし、それらの重ね合わせを演算に用いる波動計算やリザーバー計算は、ノイマン型計算機注3)の不得意とする問題を効率的に処理できることが示唆されています。これまでの研究では、電気を通電することで動作するナノ磁気発振器や増幅器を用いるAI技術の研究が進められてきました。高エネルギー効率化に向けたさらなる技術の発展のためには、新しい原理で動作する発振器や増幅器といったナノ磁気素子の開発も重要です。

 

研究の内容

本研究では、1ナノメートルに満たない非磁性金属を、3ナノメートルの厚みを持つ2枚の磁性体で挟み込んだ積層ナノ磁性体(シンセチックアンチフェッロマグネット)注4)に着目しました(図1a)。この積層ナノ磁性体では、二つの層の磁気がばねのような力で結びついています。このばねの力のため、二つの層の磁気が、同じまたは逆のタイミングで振動することで構成される二つの振動の仕方(以下では単に同方向・逆方向と呼ぶ)があることがこれまで分かっています(図1b,c)。本研究グループでは、独自のパルス光を用いた計測により、これらの磁気の合成振動の運動を数ピコ秒(ピコ:10-12)の時間分解能でリアルタイムに観察しました(図2a)。磁気の振動は摩擦力が働くため、時間とともに次第に減衰していきます(図2b)。しかし、ある条件を満たした場合には、磁気の振動が時間とともに増幅することを発見しました(図2c)。磁気の運動の数理を詳しく分析したところ、磁気の二つの振動の仕方の間には、ブランコを漕ぐときの運動と同様の数理が内在していることが分かりました(図3)。人がブランコに乗る時、最初はブランコの揺れが小さくても、ブランコを「漕ぐ」ことでブランコの揺れが大きくなります。これは係数励振注5)と呼ばれ、自然界に普遍的にみられる現象です。積層ナノ磁性体では、ブランコと同様に、二つの合成された磁気振動のうち、一方がもう一方を「漕ぐ」ことで振動を増幅できると言えます。

 

展望

本研究から明らかとなった積層ナノ磁性体の磁気振動の数理は、この積層ナノ磁性体が、通電の不要な磁気振動や波動のナノ増幅器あるいはナノ発振器となりうることを示しています。研究は端緒についたばかりであり、素子として用いる際の基本的な特性と材料、集積化した際の性質など、AIハードウエアへの応用を目指した研究を今後進めます。

 

説明図

図1

図1 積層ナノ磁性体と磁気の振動の概念図。(a) 本研究で研究した積層ナノ磁性体。ホウ化コバルト鉄(磁性体)の厚みは3ナノメートル、ルテニウム金属の厚みは0.4ナノメートル。(b) 同じ方向に磁気が振動する様式、(c) 逆方向に磁気が振動する様式。各々専門的には音響モード、光学モードという。

図2

図2 測定手法と観測データの例。(a) 測定手法の模式図。振動を作り出す強い励起パルス光が積層ナノ磁性体に照射されると二つの磁気振動が発生し、遅れて磁性体に照射される弱いパルス光の反射の仕方から磁気の振動を検出する。ブランコと同様な条件を満たしていない場合には、(b) のように磁気の振動が時間とともに磁気に働く摩擦によって自然に減衰する。条件を満たしていると、(c) のように磁気の振動が時間とともに増大することが分かる。

図3

図3 (a) 観察された同方向の振動の振幅と二つの磁気の振動の周波数との関係。磁気が同方向に動く時の振動数(fa)が、磁気が逆方向に動く時の振動数(fo)に対して二倍となる条件を満たし、かつパルス光の強度が大きくなると、磁気の振動の増大が生じる。(b) ブランコの類推。数理的には、ブランコに乗る人の重心移動とブランコの運動が、各々磁気の二つの振動に対応する。したがって、人がブランコを漕ぐのと同じ原理で、磁気の振動がもう一方の磁気の振動を漕ぎ、磁気振動が増幅すると言える。

 

掲載論文

Title: Parametric amplification of magnons in synthetic antiferromagnets
Authors: A. Kamimaki, S. Iihama, K. Z. Suzuki, N. Yoshinaga, and S. Mizukami
Journal: Physical Review Applied 13, 044036 (2020)
DOI: 10.1103/PhysRevApplied.13.044036


用語解説

注1) 磁気のナノテクノロジーを用いたAI技術
トンネル磁気抵抗素子や半導体素子といった磁気抵抗不揮発性メモリーで培われた従来の素子に基づいた計算技術に加え、最近では、磁気の振動や波動の複雑さを利用した非逐次的な手法であるリザーバー計算とよばれる技術も社会実装が期待され研究が進められている。[参照元へ戻る]
注2) 磁気の振動や波動
磁性体は、ミクロな棒磁石(スピン)が整然と整列しているように振る舞う。そのミクロな棒磁石はコンパスが揺れるかのように、その方向を振動させ、これが磁気の振動となる。川や海に見られる波のように、磁気の振動も磁性体の内部や表面を伝搬する磁気の波を発生する。磁気の振動や波の伝搬に伴うエネルギーの消費は、電気を通電する素子に比較して非常に小さく、省エネルギーの情報処理装置に利用することが期待されている。[参照元へ戻る]
注3) ノイマン型計算機
情報演算装置や情報記憶装置など各機能に特化した装置から構成され、記憶装置に内蔵されたプログラムに従って情報が逐次的に処理される計算機。現在広く普及している電子計算機のほとんどがノイマン型に相当する。[参照元へ戻る]
注4) 積層ナノ磁性体(シンセチックアンチフェッロマグネット)
ナノメートルの厚みで磁石の性質を有する薄膜材料を用いて、同じくナノメートルの厚みの金属を挟み込んだ二次元的な人工ナノ材料。中間の金属の厚みによって二つの磁性体の磁気が強め合ったり、弱め合ったりするような結合(ばね)力が働く。弱め合う結合力が働いている場合に積層反強磁性体と呼ばれる。[参照元へ戻る]
注5) 係数励振(パラメトリック励振)
ある系に固有な振動数で振動する物体において、その振動数を決定する物理係数が周期的に振動した時に生じる現象。ブランコの物理学(力学)は有名な例である。非常に普遍的な物理現象で、電気工学、電子工学、光工学、制御工学など様々な分野で用いられている。これを利用したパラメトロン計算機は磁気を用いた我が国初の計算機として有名である。[参照元へ戻る]


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