発表・掲載日:2020/03/03

生命のもととなる可能性のある有機物の合成反応を実証

-生命誕生の解明へのブレークスルー-

ポイント

  • 原始地球にあった鉱物を触媒として、水素と二酸化炭素から多様な有機物が合成できることを発見
  • 水素、二酸化炭素、鉱物が豊富にある熱水噴出孔で、初期生命の元となる有機物ができた仮説を支持
  • 今回の反応機構による新しい二酸化炭素還元反応への展開も期待


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【鈴木 馨 研究部門長】環境生物機能開発研究グループ 五十嵐 健輔 研究員、生物資源情報基盤研究グループ Nobu Masaru Konishi 研究員、生命工学領域【松岡 克典 領域長】鎌形 洋一 領域長補佐は、デュッセルドルフ大学、ストラスブール大学、マックスプランク石炭化学研究所、シャリテ・ベルリン医科大学と共同で、鉱物を触媒として用いて水素(H2)と二酸化炭素(CO2)から容易に有機物が合成できることを発見し、この反応によってできた有機物が生命誕生の基となった可能性を提案した。

生命は有機物で作られているが、最初の生命が誕生する際の有機物がどのようにできたのかについては謎が多かった。これまで、単純なガスから有機物が合成され、その集積を元にして生命が誕生したとする仮説が有力であった。地下から熱水が噴出する熱水噴出孔は、原始の地球にも多くあり、そこにはH2とCO2、触媒となりうる鉱物が豊富にあるので、生命の起源が誕生した場所の最有力候補として考えられてきた。しかしこれまで、H2とCO2からの有機物の合成は、化学工業などにより数百℃以上の極めて過酷な反応条件では実証されていたが、生物の代謝反応に近い温和な条件での反応を天然の鉱物を触媒として用い実証した例はなかった。今回、熱水噴出孔にあったと考えられる複数種の鉱物が触媒として働き、100 ℃以下の温和な条件でCO2から有機物が合成されることを発見した。今回の成果は、生命誕生の理解へ大きく貢献すると期待される。

なお、この成果は2020年3月2日(英国時間)にNature Ecology & Evolution誌に掲載される。

生命工学領域の最近の研究成果の概要図

今回発見した反応の概要



開発の社会的背景

生命の起源は、人類が有史以来、長年考察してきた科学の最大のテーマの一つである。生命の起源(初期生命)は、40~38億年前の地球で化学進化という過程を経て誕生したと考えられている。化学進化過程がどのように起こってきたかを検証するため、当時の環境を模擬し、単純な材料を基にして生体分子のような複雑な有機物をつくり出す室内実験が数多くなされてきた。熱水噴出孔では、H2とCO2が継続して供給されるため、鉱物を触媒としたCO2の還元反応により、段階的に複雑な有機物の合成が可能と考えられている(図1)。そのため、そのような環境での化学進化過程は、絶えずエネルギーと有機物が供給され、より複雑化できたと考えられている。また、現在も熱水噴出孔に生息する原始的な微生物は、H2とCO2を材料とし、タンパク質中に内包した金属原子(鉱物の構成物質)を触媒として利用することで、有機物とエネルギーを同時に作ることができる「独立栄養生物」である。鉱物を触媒としたCO2還元反応は、そのような微生物の代謝反応が進化の過程でつくり出される前の、最も原始的な反応であると考えられる。これらのことから、無機的に起こっていたであろうこの反応がこれらの微生物を誕生させた可能性、すなわちこれらの微生物は化学進化過程の痕跡を残しているとの仮説が提案されてきた。しかし、この反応を無機的に達成させるには、化学工業などの極めて過酷な条件が必要であり、生命が存在できる温和な条件で天然鉱物を用いて実証できた例は無く、これが初期生命の理解における大きな問題となっていた。


研究の経緯

産総研は長年、原始的な微生物代謝に関して、それが地球惑星化学とどのように関連するかという視点から、多様な研究を行ってきた。近年では、原始の地球環境での生命誕生過程について包括的な研究を行うプロジェクト「文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究 冥王代生命学の創成」へも参画してきた。加えて産総研では、真核生物の祖先と考えられる微生物の単離と性質の解明や、新しいメタン生成経路の発見など、初期生命の進化や、極限環境に住む微生物の解析、またそこで行われている代謝反応の解析など、微生物学・地学・進化学などを包括する境界領域の研究を推進してきた。今回、最新の地球惑星化学の知見を取り入れ、熱水噴出孔での生命誕生過程に焦点を当てた研究を行った。


研究の内容

化学進化でとりわけ重要となる反応は、原始の地球環境で無機物から有機物を作り出す反応であり、H2によるCO2の還元反応はその代表例である。この反応は有機物を生み出すだけでなく、多くの場合、エネルギーを放出する反応であるため、初期生命が作りだされる際のエネルギー源となったと考えられている。しかし、この反応を進行させるには高い活性化エネルギーの壁を乗り越える必要があるため適切な触媒が存在したと想定されてきた。

図1

図1 熱水噴出孔で作られる3種類の天然鉱物と、それらが触媒となるCO2からの有機物合成反応


今回、3種類の天然鉱物(グライガイトFe3S4マグネタイトFe3O4アワルイトNi3Fe)が、いずれもH2によるCO2の還元反応の触媒となり、有機物を合成できることを実験室での実験により明らかにした(図2)。触媒となる3種類の天然鉱物は、地下での熱水と岩石の反応により継続して形成され、熱水噴出孔付近に蓄積したと考えられる。これらの鉱物と共に、原始の地球環境を模擬した多様な条件でH2、CO2、水を反応させたところ、ギ酸、酢酸、ピルビン酸など、初期生命を作り出す基になったであろう多様な有機物が合成された。

この反応は、最も原始的な生物とされるメタン菌酢酸生成菌などが行っているH2によるCO2還元反応(還元的アセチルCoA経路)と基本原理が類似している(図2)。そのため、「鉱物表面で無機的(非生物的)に起こっていたCO2からの有機物の合成反応自体が、有機物とエネルギーを供給することで、独立栄養性の初期生命を作り出した」とされる仮説を強く支持する。このようなCO2還元反応が継続して起こることで、タンパク質や核酸、そして脂質が作られ、最終的には初期生命の誕生に結びついたと考えられる。今回の成果は、他の惑星でも、熱水噴出孔のような条件の環境さえ整えば、有機物の合成や生命の誕生が可能であることを示唆しており、生命の起源と地球外生命探査への重要な知見を提供すると期待される。加えて、今回発見されたCO2の還元反応機構を詳細に解明することで、新しいCO2分子の活性化方法の発見や新規の触媒開発などに役立つ可能性が期待される。

図2

図2 原始的な微生物がもつ代謝(左)と、鉱物によるCO2還元反応(右)の類似性


今後の予定

今後は、今回発見したCO2還元反応系で、酢酸やピルビン酸のような小分子有機物だけでなく長鎖脂肪酸や核酸のような分子量の大きい生体分子の合成が可能かを検証していく。



用語の説明

◆触媒
活性化エネルギーを低下させる作用をもつ物質。反応に関わる分子が触媒と結合して不安定化することで、必要な活性化エネルギーの量を減らすことができる。触媒機能をもつタンパク質は酵素といわれる。[参照元へ戻る]
◆熱水噴出孔
地下に浸透した水が地下のマグマにより熱せられ、熱水となり地表へ噴出する場所。熱水は周囲の岩石と反応して多様な金属を溶解させる。金属イオンを含んだ熱水は噴出孔出口で冷却・酸化され、金属が沈殿し煙突状の構造物(チムニー)を形成する。熱水にはH2が含まれる場合がある。[参照元へ戻る]
◆生命の起源
生命の起源の誕生過程については、大きく二つの説が提唱されている。一つは、無機的に合成された有機物を消費する過程で生体分子とエネルギーを得て、最初の生物(従属栄養生物)が生まれたとするもの。もう一つは、無機的に有機物が合成される反応自体が生体分子とエネルギーの供給源となり、独立栄養生物が生まれたとするもの。前者では多くの場合、DNAやRNAなどの遺伝情報を格納する分子が、代謝反応に先立ってできたとされる。後者では逆に、代謝反応が情報分子の合成に先だって構築されたとする。[参照元へ戻る]
◆化学進化
初期生命は、単純な分子が非生物的な反応を経て、徐々に生体分子のように高分子化・複雑化する過程を経て生まれたとされる。この過程は、化学物質があたかも生物のように”進化”していくように見えることから化学進化と呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆独立栄養生物
CO2や一酸化炭素(CO)などから、生存に必要な炭素源(有機物)を自ら合成する生物。たとえば植物は、光のエネルギーを用いて、CO2から有機物を合成できる(光合成独立栄養生物)。一方、光のエネルギーではなく、H2や硫化水素(H2S)などの化学物質から獲得したエネルギーを用いて有機物を合成できる生物は「化学合成独立栄養生物」といわれ、後述のメタン菌や酢酸生成菌などが含まれる。[参照元へ戻る]
◆活性化エネルギー
反応を開始させる際に必要なエネルギー。エネルギーを放出する反応であっても、反応に関わる分子が安定な場合、活性化エネルギーを与え分子を励起(一時的に活性化させ反応しやすい状態に変えること)する必要がある。[参照元へ戻る]
◆グライガイト
天然鉱物の一つであり、磁性をもつ硫化鉄の一種。Fe3S4。含まれる鉄原子は、三価の鉄原子二つと、二価の鉄原子一つから成る混合原子価の鉄鉱物。[参照元へ戻る]
◆マグネタイト
天然鉱物の一つであり、磁性をもつ酸化鉄の一種。Fe3O4。含まれる鉄原子は、三価の鉄原子二つと、二価の鉄原子一つから成る混合原子価の鉄鉱物。工業では磁気記録媒体の材料として使用される。[参照元へ戻る]
◆アワルイト
天然鉱物の一つであり、元素状金属合金の一種。Ni3Fe。原始の地球では豊富に存在したとされる鉱物。マグネタイトがニッケル含有鉱物の存在下でH2と反応して形成される。[参照元へ戻る]
◆メタン菌
メタンを作りだす微生物の総称。メタン生成アーキア、メタン生成古細菌などともいわれ、多様な嫌気環境(酸素のない環境)に生息するアーキア(古細菌)である。主にH2とCO2からメタンを生成することで、エネルギーと有機物の両方を生み出して生育する。多くの種が還元的アセチルCoA経路による独立栄養的な代謝を行う。[参照元へ戻る]
◆酢酸生成菌
嫌気環境で酢酸を作りだす微生物の総称。多様な嫌気環境に生息するバクテリア(真正細菌)のグループである。メタン菌と同様に、多くの種が還元的アセチルCoA経路を用いる。H2とCO2から酢酸を生成し、同時にエネルギーと有機物の両方を生み出すことができ、独立栄養的な代謝により生育できる。[参照元へ戻る]
◆還元的アセチルCoA経路
嫌気環境に生息する多くの独立栄養微生物(例えばメタン菌や酢酸生成菌)がCO2を還元する際に使用する代謝経路。CO2を還元する反応は他にも複数あるが、この経路は最も原始的と考えられている。メタン菌と酢酸生成菌は、共通して還元的アセチルCoA経路をもつため、初期生命が誕生した直後に分かれて進化したと考えられている。[参照元へ戻る]
◆従属栄養生物
生存に必要な炭素源を、細胞外の有機物から得る生物。人間を含む多くの生物は、独立栄養生物が作りだした有機物に依存して生存している。[参照元へ戻る]



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