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発表・掲載日:2019/11/22

アルツハイマー病発症初期の病態を示す新たなモデルマウスを開発

-発症のメカニズムの解明や、認知機能障害の予防・改善方法の開発に期待-

ポイント

  • アミロイドβタンパク質のオリゴマーのみが神経細胞内に作られるモデルマウスを開発
  • アルツハイマー病発症初期の病態モデルとして詳細な発症メカニズムの理解へ貢献
  • 初期の認知症の予防や進行を抑える新規創薬候補物質の探索に利用可能


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という) バイオメディカル研究部門【研究部門長 大西 芳秋】脳遺伝子研究グループ 落石 知世 主任研究員、戸井 基道 研究グループ付、海老原 達彦 研究グループ付、細胞分子機能研究グループ 清末 和之 研究グループ長、は、学校法人 植草学園【理事長 植草 和典】植草学園大学 保健医療学部 角 正美 講師、学校法人 順天堂【理事長 小川 秀興】順天堂大学 医学部 脳神経内科 志村 秀樹 准教授らと、アルツハイマー病(AD)の原因因子の一つであるアミロイドβタンパク質(Aβ)のオリゴマーのみを神経細胞内に発現し、発症初期の病態を示す新規ADモデルマウスを開発した。

ADはAβが凝集し、老人斑となって脳の神経細胞周囲に蓄積することが発症の引き金であると考えられてきた。しかし最近、老人斑ができる以前から神経機能障害が始まり、これを引き起こすのは、少数のAβ分子が重合したAβオリゴマーであることが多数報告されている。産総研はこれまでにAβと緑色蛍光タンパク質のGFP(Green Fluorescent Protein)を融合させると細胞内で3量体前後のオリゴマーを形成することを見出していた。今回、このタンパク質を発現し神経細胞内に蓄積するADモデルマウスを開発した。このマウスは、AD発症初期に見られるオリゴマーの毒性による神経機能障害を示した。このマウスを用いることで、ADの発症原因の解析や予防、初期の段階で病気の進行を抑える創薬候補物質の開発への貢献が期待される。なお、この成果の詳細は、2019年11月22日にScientific Reports誌(電子版、オープンアクセス)に掲載される。

概要図
Aβ-GFP融合タンパク質(模式図左)のオリゴマーを発現するADモデルマウス(Aβ-GFPマウス)の開発。脳の海馬や大脳皮質の神経細胞内にAβオリゴマーが強く発現する(右写真)。


開発の社会的背景

超高齢社会を背景に、世界的に認知症患者が急速に増加している。それに伴い、介護制度の現状や医療費の問題などが絡み合い、大きな社会問題となっている。認知症の発症や進行を少しでも遅らせることは増大する社会的負担の軽減につながるため、その予防や治療のための創薬研究や早期診断法の開発は喫緊の課題となっている。特にADは認知症の中でも半数以上を占めるにも関わらず、発症メカニズムは未だに解明されておらず、有効な治療法も開発されていない。

ADは神経細胞外でのAβの凝集・蓄積が引き金となって発症すると考えられきた。そこでこの病態を再現するために、これまでAβの前駆体であるアミロイド前駆体タンパク質(APP)を過剰に発現させたさまざまなトランスジェニックマウスが作製された。しかし、APPからはAβ以外のペプチドも過剰発現し、それらによる二次的な作用も考慮しなければならず、ADのモデルとして適切とは言い切れない。一方、最近では、老人斑が蓄積する以前から、Aβオリゴマーが神経細胞内に蓄積し、発症に関与するという説が有力となっている。しかし、これまでのモデルマウスではオリゴマーの作用と神経細胞外の凝集体の作用との区別が困難で、オリゴマーの毒性解析に適したモデルマウスは開発されていなかった。

研究の経緯

産総研は、生体メカニズムや疾患の発症メカニズムに関連するさまざまな分子の機能・構造の解明や、疾病の診断に寄与する技術など、創薬・医療基盤技術の開発に取り組んでいる。これまでにAβを生体内で可視化するためAβとGFPを融合させたタンパク質(Aβ-GFP)を開発した。GFPとの融合により、Aβは重合が一定以上進まず、生細胞の細胞質で3量体前後のオリゴマー状態となる(2016年3月16日 産総研プレス発表)。今回、Aβ-GFPをマウス個体に発現させ、生体内でAβオリゴマーの動体や局在部位を直接可視化し、発症初期の神経細胞内の微細な変化を捉え、毒性との因果関係や治療薬の候補物質の効果を解析できる新たなADモデルマウスの開発に取り組んだ。

なお今回の開発は、日本学術振興会 科学研究費補助金(26640023)による支援を受けて行った。

研究の内容

今回開発したADモデルマウスは、Aβ-GFPを発現するトランスジェニックマウス(Aβ-GFPマウス)である。Aβ-GFPマウスは、APPではなく、毒性の強いAβ1-42のみにGFPを融合させたタンパク質を発現するため、APPの過剰発現によって産生されるAβ以外の生理活性ペプチドの作用を考慮する必要がない。また細胞外に分泌されるシグナル配列を持たないので、細胞内だけにAβオリゴマーが蓄積する。脳内では海馬・大脳皮質などの神経細胞に強く発現する。図1Aに示すようにAβ-GFPマウス(左)の神経細胞には、GFPのみを発現した対照マウス(右)と比較してAβ-GFPの小さな粒が無数に見え、細胞内でAβがオリゴマーを形成していることを示している。

ADはAβを主成分とする老人斑の神経細胞周囲への沈着と、過剰にリン酸化されたタウタンパク質が神経細胞内に沈着する神経原線維変化と、脳の萎縮を主な病理学的特徴とする。Aβ-GFPマウスはオリゴマーだけを形成し、細胞外に分泌されないので老人斑は形成せず、脳萎縮も起こらないが、加齢とともにタウタンパク質のリン酸化が亢進した。

記憶や学習に重要な脳の領域“海馬”で、シナプスの可塑性を評価したところ、刺激に応じてシナプス伝達の増強が長く続く長期増強(LTP)が、このモデルマウスでは野生型と比較して有意に低下していた(図1B)。この現象は細胞レベルでの記憶形成に関わる現象として考えられており、機能的に記憶形成に異常があることを示している。また、樹状突起のスパインの数や、一部のシナプス構成タンパク質の量も減少した。これらの現象はAD患者の死後脳から抽出したAβオリゴマーや合成されたオリゴマーを用いたこれまでの報告と同様の結果であり、Aβ-GFPがヒトのAβオリゴマー同様の強い毒性を持つことを示している。

図1
図1マウスの神経細胞内に発現するAβオリゴマー(A)とLTPの解析による細胞レベルでの記憶・学習能力の検証(B)。 Tgは今回開発したモデルマウス、non-Tgは野生型を示す。

さらに、新奇物体認識テストによる行動学的解析行った(図2)。見本期1時間後のテストでは、生後2〜3ヶ月齢の若い個体と18ヶ月齢の老齢個体の両者で、新奇物体に対する探索行動はAβ-GFPマウスで有意に減少した。また、認知機能障害が起こっていると判断されるチャンスパフォーマンス(選好率=0.5、破線で示す)と比較したところ、野生型では若い個体でも老齢個体でも全てのテストで選好率がチャンスパフォーマンスより有意に高く、記憶障害は見られなかった。一方Aβ-GFPマウスでは、若い個体の1時間後のテスト以外では選好率とチャンスパフォーマンスには有意差が認められなかった(図2B)。これらは、Aβ-GFPマウスでは、生後2〜3ヶ月齢の若い時期から認知機能が低下しており、それが加齢とともに悪化することを示している。従来のモデルマウスでは認知機能の低下は早くても6ヶ月齢程度で初めて現れることから、Aβ-GFPマウスは極めて若い時期から認知機能障害を示している。これらのことから、Aβ-GFPマウスは、神経細胞の周囲にAβの凝集体が沈着する以前に神経細胞内で発現するAβオリゴマーの毒性の解析に極めて有効であり、認知症発症初期のシナプス部で起こる変化を捉え、発症のメカニズムの解明や、予防・病気の進行を抑える創薬候補物質の探索に利用できる。

図2
図2 Aβ-GFPマウスの新奇物体認識テストの概要(A)と認知機能の検証結果(B)
Tgは今回開発したモデルマウス、non-Tgは野生型を示す。p値(*で示す)は統計的な有意差の大きさを示す。値が小さいほど有意差は大きい。

今後の予定

今後はAβ-GFPマウスにADの予防薬や治療薬の候補物質を投与して、認知機能の改善に効果のある創薬候補物質の探索を行う。また、認知機能を改善するとされる運動などによる効果をこのマウスで検証し、生体の持つ認知機能向上のメカニズムの解明や、AD予防に関する研究を進める。



用語の説明

◆アルツハイマー病
記憶障害を中心とした認知機能障害を主な症状とする認知症。認知症の中で最も多い。[参照元へ戻る]
◆アミロイドβ(Aβ)タンパク質
アミロイド前駆体タンパク質(APP)から切り出される40個程度のアミノ酸からなるタンパク質。今回は毒性がより強いとされる42個のアミノ酸からなるタンパク質(Aβ1-42)を使用している。[参照元へ戻る]
◆オリゴマー
単量体(モノマー)が少数個結合(重合)したもの。[参照元へ戻る]
◆神経細胞
脳をはじめとした神経系の主要な構成細胞。神経細胞は、その樹状突起から出ているトゲ状の隆起であるスパインで刺激を受けて興奮し、その電気信号を軸索の末端(終末)から他の細胞に伝達する。この神経同士の結合構造がシナプスと呼ばれ、神経細胞間の情報伝達を担っている、シナプスには、情報を伝えるためのシナプス構成タンパク質が多数存在し、神経活動に依存してそれらの量や分布が変化する。[参照元へ戻る]
◆GFP(Green Fluorescent Protein緑色蛍光タンパク質)
オワンクラゲがもつ緑色蛍光タンパク質。青色の光を吸収して緑色の蛍光を発するため、生きた細胞や個体内のタンパク質の局在などを観察する際によく用いられる。[参照元へ戻る]
◆トランスジェニックマウス(Tg)
外部から特定の遺伝子を人為的に導入したマウス。[参照元へ戻る]
◆シグナル配列
細胞質内で生合成されたタンパク質の輸送や局在化を指示する短いペプチド配列。ここでは細胞外への分泌を指示する配列を意味する。[参照元へ戻る]
◆タウタンパク質と神経原線維変化
神経原線維変化とは、神経の軸索内で、細胞の骨組みや物質輸送経路として機能する微小管の安定化に関与するタウタンパク質が過剰にリン酸化され、神経細胞の細胞質で線維状の塊となったもの。リン酸化とはタンパク質の特定のアミノ酸に、リン酸化酵素によりリン酸基が付加される化学反応であり、リン酸化されたタンパク質は生体内でその機能が活性化されたり抑制されたりする。タウタンパク質の場合、リン酸化されると微小管から離れ、タウタンパク質同士で結合する。[参照元へ戻る]
◆シナプスの可塑性
神経細胞同士の情報伝達部位であるシナプスにおいて、外からの刺激に応じてその伝達効率が変化する性質。記憶や学習を形成するための基本的な神経機能。[参照元へ戻る]
◆長期増強 (LTP:Long Term Potentiation)
神経細胞のシナプス部位において、信号の送り手になる細胞に繰り返し電気刺激を与えると受け手の細胞との間の伝達効率が長時間にわたって増強される現象。学習と記憶の主要な細胞機構の一つであると考えられている。[参照元へ戻る]
◆新奇物体認識テスト
げっ歯類(ここではマウス)が新奇性を好むという特性を利用した記憶・学習能力を評価する一般的なテスト。馴化、見本期、テスト期の3つの試行からなる。予め観察箱に馴化させたマウスを、同一の観察箱に入れ、2個の同一物体を10分間自由に探察させる(見本期)。一定時間経過後、片方の物体を別の物体に変え、再度同様に探索させる。記憶が正常な場合、マウスは馴染みのある物体より新しい物体を探索することにより多くの時間を費やすが、認知機能に障害がある場合、両方の物体に対する探索時間の差がなくなってくる。 テスト結果は

選好率=新奇物体に対する探索時間÷両方の物体に対する総探索時間

という式で計算される選好率として表される。両方の物体の探索時間が同じであれば、認知機能に障害があると解釈でき、これをチャンスパフォーマンスと呼ぶ。 [参照元へ戻る]


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