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発表・掲載日:2019/08/28

単一NVダイヤモンド量子センサで世界最高感度を実現

-合成n型ダイヤモンドにより室温での世界最長T2


概要

京都大学化学研究所の水落憲和 教授、E. D. Herbschleb 同特定研究員、産業技術総合研究所の加藤宙光 主任研究員らの研究グループは、人工的に合成したリンドープn型ダイヤモンドを用い、NV中心(窒素―空孔中心)の室温での世界最長電子スピンコヒーレンス時間(T2と、単一NV中心を用いた量子センサでの世界最高磁場感度実現に成功しました。このT2は、他の固体系電子スピンの中でも室温では一番長いものです。

NV中心は室温でも長いT2を有し、超高感度量子センサや量子情報素子の実現および量子センサの生命科学分野への応用の観点から注目されています。T2は重要な特性で、量子センサではT2が長いほど感度が良くなります。今回、われわれは産総研で作製された高品質なリンドープn型ダイヤモンド中の単一NV中心のT2が、あるリン濃度で非常に長いことを見出しました。リンは電子スピンを有するため磁気ノイズ源となり、リンをドープするとT2は短くなると考えるのが常識ですが、今回の結果はそれに反する結果でした。系統的にリン濃度のみを変えた試料での結果からも、一定量以上のリンがドープされた試料において世界最長のT2が測定され、リンドープの効果が確認されました。n型ダイヤによるT2長時間化は、合成中に生成した空孔欠陥が電荷を帯び、磁気ノイズ源となる複合欠陥の生成が抑制されたためと考えられます。精密なノイズ測定より、今回の試料でのノイズ源は、リン以外の不純物欠陥の電子スピンであることが示唆され、それらの抑制により、さらなるT2の長時間化も期待されます。n型ダイヤにより最長のT2を実現した点は意義深く、さらなる高感度化に加え、n型半導体特性を活かした量子デバイスへの幅広い応用へ道を拓くものと期待されます。

本成果は2019年8月28日に英国の国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されます。

図1
図1 (a) ダイヤモンド中のNV中心の構造. (b) ハーンエコー信号の測定結果。NV中心は電子スピンを有しており(図中オレンジ色の矢印)、0と1の重ね合わせ状態を実現できる. その重ね合わせ状態が1/eの大きさ(およそ0.37.eは自然対数の底)に小さくなるまでの時間がコヒーレンス時間T2.


背景

近年、高品質のダイヤモンドが人工的に合成できるようになってきており、ダイヤモンドを用いたこれまでにないデバイスの実現が期待されています。中でも注目されるのが、ダイヤモンド中のNV中心で、それは図1に示したように、格子中の炭素の位置に炭素のかわりに入った窒素(Nitrogen)と、それに隣接する炭素原子が抜けてできた空孔(Vacancy)から成る不純物欠陥です。NV中心の電子状態はバンドギャップ中にあるために、ダイヤモンドにピンク色に近い色を生じさせる色中心でもあります。

近年、超高感度センサや量子情報素子応用の観点からNV中心が注目されています。特筆すべき点としては、室温で1個(単一)のNV中心が有するスピンを観測でき、さらに他材料に比べ、室温でも際立って長いスピンコヒーレンス時間(T2)を有する点があげられます。センサの観点からは磁場、電場、温度、圧力などの高感度センサとしての応用が期待され、また1個1個を観測できる点から、ナノメートルレベルでの高空間分解能も実現できます。そのため、NV中心による量子センサは高空間分解能、且つ高感度を要求される細胞内計測、タンパク質物質の構造解析などの生命科学分野や、微細なデバイス評価装置用センサなどへの応用も期待されています。また、センサ感度は一度に計測するNV中心の数を増やすことにより、空間分解能は悪くなってしまいますが、さらに感度を飛躍的に高めることができます。原理的には、液体ヘリウムを用いないと動作できない超伝導量子干渉計の感度(フェムトテスラ)レベルに室温でも到達することが期待でき、心磁計、脳磁計などの医療機器を含め、極めて高い感度が要求される分野においても、幅広い応用が期待されます。

T2に関する研究では10年ほど前に、水落らはドイツのシュトゥットガルト大学等との共同研究で、不純物欠陥の少ない高品質ダイヤモンドでは、T2が核スピンの濃度に依存することを示し[1]、さらに13C濃度を0.3%に減らした合成ダイヤモンドで、室温での最長T2時間(1.8ミリ秒)を報告していました[2]。室温では、他の固体系電子スピンの中でも最長のT2でした。その後、13C濃度を0.002%程度までに減らしたダイヤモンドを合成することが、世界のいくつかのグループで実現しましたが、当時の1.8ミリ秒という長さは、単結晶タイヤモンドで、室温での長さとしてはその後も破られませんでした。これは核スピン以外の何らかのノイズ源が存在していることを示唆しており、それをいかに減らしてT2を伸ばすかということが課題でした。

研究手法・成果

これまでNV中心の研究に用いられていたダイヤモンド試料は、主に、不純物を意図的にはドープしない絶縁体のダイヤモンドでした。不純物はノイズ源となる電子スピンを有している場合が多く、なるべく不純物を排除したダイヤモンドの方がT2や感度などの特性が良かったからです。一方で、われわれは産総研で作製された高品質なリンドープn型ダイヤモンド中の単一NV中心において、NV中心の電荷安定性を目的とした研究を以前から行っていました。応用が期待されるNV中心の電荷状態は-1価の状態であるため、n型ダイヤで電荷状態が安定化されます。ダイヤモンドはn型半導体化することが難しく、n型半導体ダイヤモンドを作製できる研究グループは世界でも数グループに限られていますが、産総研グループはその中でも高品質なリンドープn型ダイヤモンドを化学気相堆積法(CVD法)により合成できるグループです。その電荷状態安定性の研究の中で、あるリン濃度の試料において、世界最長レベルの非常に長いT2を有するNV中心が存在することを京大グループは見出しました。リンは電子スピンを有する常磁性不純物で磁気ノイズ源となるため、リンをドープするとNV中心のT2は短くなると考えるのが常識ですが、今回の結果はそれに反する驚きの結果でした。われわれはリンの効果を確かめるために、系統的にリン濃度のみを変えた試料を産総研グループが作製し、測定したところ、一定量以上のリンがドープされた試料(リン濃度が1016/cm3程度)において、世界最長のT2が観測されることを見出し、リンドープの効果を確認しました。室温におけるT2の最長報告値は1.8 ミリ秒でしたが[2]、われわれは2.4 ミリ秒を実証しました(*)。さらにそのT2最長の単一NV中心において、交流磁場感度を見積り、単一NV中心の室温における世界最高値(9 ナノテスラ/√Hz)も実証しました。また、直流磁場センサにとって重要な自由誘導減衰時間(T2*)の最長報告値は0.47ミリ秒でしたが、今回われわれは1.5 ミリ秒を実証しました。これらT2、T2*は、NV中心のみでなく、他の固体系量子ビットの中でも室温では一番長いものです。さらに最適なリン濃度に近い4個の試料を測定し、それらでも2ミリ秒以上のNV中心が多数観測され、再現性も確かめられました。

CVD法によるダイヤモンド合成では、ダイヤモンドの安定化のため、合成中に空孔欠陥が生じることが考えられていました[4]。合成中に、この空孔欠陥がさらに複数結合した複合欠陥を生じさせます。この磁気ノイズ源となる複合欠陥は熱的に安定なため、取り除くことが困難でした。リンドープn型によるT2長時間化は、合成中に生じた空孔欠陥が電荷を帯び、この複合欠陥の生成が抑制されたためと考えられます。われわれはさらにノイズの精密な測定を行い、ノイズ源がリン以外の不純物欠陥の電子スピンであることを示唆する結果を得ました。それらを取り除くことにより、さらなるT2の長時間化や感度向上も期待されます。

(*) 既報のT2=1.8 ミリ秒[2]や、多結晶ダイヤでの最長値T2=2.0 ミリ秒[3]はノイズを十分に除去する測定をしておらず、われわれがT2=2.4 ミリ秒と測定したNV中心において、彼らと同様の測定をするとT2=2.9 ミリ秒と見積もられます。

図2
図2 化学気相堆積法(CVD法)によるダイヤモンド合成. マイクロ波で水素、メタンなどの気体をプラズマ状態にし、基板にダイヤモンドを堆積させる. 気相成長中に特定の不純物を導入し、半導体の特性を変えることも可能.

波及効果、今後の予定

本成果により、NV中心における室温での世界最長T2, T2*、および単一NV中心における室温での世界最高磁場感度を実現しましたが、一方で、センサ感度は一度に計測するNV中心の数を増やすことにより、さらに高めることができます。数を増やすと空間分解能が下がるというデメリットもありますが、これまで多数のNV中心を一度に計測することにより、0.9 ピコテスラ/√Hzの交流磁場感度が報告されています。多数のNV中心を一度に計測できる試料を今回の合成法で合成することにより、さらなる感度向上も期待され、空間分解能が高くなくてもよい応用で、高い感度が要求される核磁気共鳴、心磁計、脳磁計などへの適用も期待されます。

NV中心のスピン状態は高度な量子制御を行うことができるため、古典力学の世界では実現できない高度な量子状態を生成し、利用することができます。これにより、古典力学の世界では実現できない、さらに高い感度を実現することも今後期待されます。また、本成果でn型半導体試料により最長のT2を実現した点は意義深く、さらなる高感度化に加え、n型半導体特性を活かした電子デバイス素子を用いた幅広い応用に道を拓くものと期待されます。

研究プロジェクトについて

本研究は、主に科学研究費・基盤A「ダイヤモンドによる超高感度・超高分解能量子ナノセンサ」(代表者:水落憲和、16H02088)、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」(代表者:波多野睦子東京工業大学教授、JPMXS0118067395)、京大化研共同研究拠点(2019-103)の支援を受けて行われました。

参考文献

  1. [1] N. Mizuochi, P. Neumann, F. Rempp, J. Beck, V. Jacques, P. Siyushev, K. Nakamura, D. Twitchen, H. Watanabe, S. Yamasaki, F. Jelezko, J. Wrachtrup, Physical Review B, 80, 041201(R) (2009).[参照元へ戻る]
  2. [2] G. Balasubramanian, P. Neumann, D. Twitchen, M. Markham, R. Kolesov, N. Mizuochi, J. Isoya, J. Achard, J. Beck, J. Tissler, V. Jacques, F. Jelezko, J. Wrachtrup, Nature materials, 8, 383 (2009).[参照元へ戻る]
  3. [3] K. D. Jahnke, B. Naydenov, T. Teraji, S. Koizumi, T. Umeda, J. Isoya, F. Jelezko, Appl. Phys. Lett. 101, 012405 (2012).[参照元へ戻る]
  4. [4] Bar-Yam, Y. & Moustakas, T. D. Defect-induced stabilization of diamond films. Nature 342, 786–787 (1989).[参照元へ戻る]

論文タイトルと著者

タイトル:Ultra-long coherence times amongst room-temperature solid-state spins(固体中スピン系での室温における非常に長いコヒーレンス時間)
著者:E. D. Herbschleb, H. Kato, Y. Maruyama, T. Danjo, T. Makino, S. Yamasaki, I. Ohki, K. Hayashi, H. Morishita, M. Fujiwara, N. Mizuochi
掲載誌:DOI:10.1038/s41467-019-11776-8


用語解説

◆スピンコヒーレンス時間(T2
スピンを用いて0と1の量子的な重ね合わせ状態を実現できますが、その重ね合わせ状態が1/eの大きさ(およそ0.37.eは自然対数の底)に小さくなるまでの時間をスピンコヒーレンス時間T2と呼びます。厳密には、今回の実験で示しているT2は、ハーンエコー法により求めたコヒーレンス時間です。磁気共鳴スペクトルにおける均一線幅はT2の逆数に依存し、T2が長ければ均一線幅も狭くなります。これはセンサ感度が良くなることに対応します。[参照元へ戻る]
◆化学気相堆積法(CVD法)
気相成長方法のひとつで、2.5 GHzのマイクロ波で水素、メタンなどの気体をプラズマ状態にし、基板にダイヤモンドを堆積させる結晶成長方法。気相中の化学反応により高純度な薄膜を型成する技術です。また、気相成長中に特定の不純物を導入することで、半導体の特性を変えることができます。リン原子などのマイナス電荷である電子を作り出す不純物をダイヤモンドに少量混ぜることによりn型半導体特性が得られます。[参照元へ戻る]
◆交流磁場
周期的に変化する交流電流などにより発生する磁場。[参照元へ戻る]
◆直流磁場
直流電流により発生する強度が一定の磁場や、永久磁石による磁場。[参照元へ戻る]
◆自由誘導減衰時間(T2*
パルス磁気共鳴において観測される歳差運動の信号強度が1/eの大きさ(およそ0.37.eは自然対数の底)に減衰する時間。磁気共鳴スペクトルにおける不均一線幅は、T2*の逆数に依存し、T2*が長ければ不均一線幅も狭くなります。T2*が長くなると直流磁場を検出する感度が向上します。[参照元へ戻る]


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