発表・掲載日:2019/06/10

反強磁性交換相互作用に起因するダブロン―ホロン間引力の発見

-テラヘルツパルスを用いたモット絶縁体の電場効果の精密測定と理論解析-

発表のポイント



発表概要

強相関電子系において電荷とスピンの自由度の相互作用(電荷―スピン相互作用)は重要な役割を果たすことが知られており、さまざまな特徴的物性が現れる要因となっています。例えば、銅酸化物高温超伝導体におけるクーパー対(注9)の形成は、スピン間に働く反強磁性交換相互作用Jによる引力に起因することが指摘されています。高温超伝導体の母物質である二次元モット絶縁体では、光励起によってダブロンとホロンという電荷キャリアが生成しますが、この両者の間にもクーパー対の形成と同様の機構による引力の効果で励起子的な束縛状態が形成されると予想されていました。しかし、これまで、その実験的な証拠は得られていませんでした。

産業技術総合研究所 産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ有機デバイス分光チーム(兼東京大学大学院新領域創成科学研究科客員研究員)の寺重翼産総研特別研究員(研究当時)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の宮本辰也助教、貴田徳明准教授、岡本博教授(兼産業技術総合研究所 産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ有機デバイス分光チーム ラボチーム長)、産業技術総合研究所電子光技術研究部門強相関エレクトロニクスグループの伊藤利充研究グループ長、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授、東京理科大学理学部第一部応用物理学科の遠山貴巳教授らの研究グループは、テラヘルツパルスを利用した電場変調反射分光法(注10)を異なるJの値を持つ三種の銅酸化物Nd2CuO4、Sr2CuO2Cl2、La2CuO4に適用することにより、二次元モット絶縁体中のダブロンとホロンの引力の起源を調べました。そして、三種の物質において、電場印加による反射率スペクトルの変化を解析することにより、Jの増加に伴いダブロン―ホロン間の引力(束縛エネルギー)が増加することを明らかにしました。実際に、このような傾向をt-Jモデル(注11)による理論計算によって説明することができました。本研究の結果は、ダブロンとホロンが高温超伝導体のクーパー対と同様にスピン間に働く反強磁性交換相互作用の効果で束縛状態を形成することを明確に示しています。

この発見は、強相関電子系における光励起状態の非平衡ダイナミクスや高温超伝導体の発現機構など未解明の問題に対する深い理解につながることが期待されます。

本研究成果は2019年6月7日付けで、米国科学誌「Science Advances」にオンライン掲載される予定です。



発表内容

① 研究の背景・先行研究における問題点

強相関電子系では、電荷―スピン相互作用によって特徴的な物性が現れます。例えば、ペロブスカイト型マンガン酸化物の超巨大磁気抵抗効果や、銅酸化物の高温超伝導はその典型例です。また、電荷―スピン相互作用は光学的性質にも大きな影響を与えています。これまでの理論研究では、反強磁性的スピン配列を持つ二次元モット絶縁体において光励起された電子とホール(ダブロンとホロン)が、クーロン相互作用だけでなく、電荷―スピン相互作用を介して互いに影響し合い、励起子的な束縛状態を形成することが予想されていました(図1)。この機構は、ドープされた銅酸化物におけるクーパー対に働く引力相互作用の機構と似通っており、電荷―スピン相互作用による励起子効果が存在することが示唆されます。

励起子効果を調べるための有効な手法として試料に電極を付けて交流電場を印加し、反射率変化を測定する電場変調反射分光法がしばしば用いられています。しかし、銅酸化物モット絶縁体では、電気抵抗が比較的小さいため、強い電場を印加すると大きな電流が流れて試料が破壊されてしまいます。そのため、電場変調反射分光を適用することができず、励起子効果を詳しく調べることは行われていませんでした。

図1
(図1)二次元モット絶縁体において、スピン間に働く反強磁性交換相互作用により生じるダブロン(D)―ホロン(H)間の引力の概念図。(A)基底状態。隣接サイト間のスピンが互いに反平行であり、反強磁性交換相互作用Jのエネルギー利得が生じている。(B)ダブロンとホロンが離れたサイトに存在する状態。ダブロンとホロンの位置でスピンが消滅することで、これらと隣接サイトとの反強磁性交換相互作用の利得がなくなり、エネルギーが8J上昇する。(C)ダブロンとホロンが隣接サイトに存在する状態。ダブロンとホロンが隣接しているため、スピンが消滅することによるエネルギーの上昇は7Jとなる。この値は、(B)の場合よりも小さい。このように、スピン間に働く反強磁性交換相互作用の効果でダブロンとホロンの間にJ程度の束縛エネルギーが生じる。

② 研究内容

上記の問題を克服するために本研究グループは、テラヘルツパルスをポンプ光として利用したポンプ―プローブ分光法を開発しました。時間幅がわずか1ピコ秒の電場パルスである、ほぼ単一サイクルのテラヘルツパルスを外部電場として利用することで、ほとんど電流を流さずに100 kV/cmを遥かに超える電場を印加することが可能です。この手法によって、従来の電場変調分光が適用できなかった物質においても電場を印加したときの反射率スペクトルの変化を測定することが可能となりました。

本研究では、スピン間に働く反強磁性交換相互作用Jが異なる三種の二次元モット絶縁体Nd2CuO4、Sr2CuO2Cl2、La2CuO4を対象とし、電場印加による反射率スペクトルの変化を系統的に測定しました。その結果を三次の非線形光学効果(注12)の枠組みで解析し、三次の非線形感受率χ(3)スペクトルを計算しました。得られたχ(3)スペクトルを、基底状態|0⟩、奇の対称性を持つ一光子許容の励起子状態|1⟩、偶の対称性を持つ一光子禁制の励起子状態|2⟩の三つの準位を考慮したモデルを用いて解析しました。その結果、偶の対称性を持つ励起子状態は奇の対称性を持つ励起子状態の低エネルギー側に位置することが明らかとなりました(図2)。これは、スピンの自由度と電荷の自由度が分離される一次元モット絶縁体において二つの励起子状態のエネルギー準位がほぼ縮退することとは対照的であり、二次元モット絶縁体の特徴を表しています。この二つの励起子状態のエネルギー差は、偶の対称性を持つ励起子を構成するダブロン―ホロン対の束縛エネルギーに対応しますが、これがJの増加と共に増大することが明らかになりました(図3)。実際に、この傾向は、t-Jモデルを用いた理論計算によって再現することができました。t-Jモデルによる計算では、奇の対称性を持つ励起子はp波の対称性(注13)を持ち、偶の対称性を持つ励起子がs波の対称性(注13)を持つことが予測されていましたが(図2)、本研究の実験結果はそれに合致するものとなりました。

図2
(図2)銅酸化物モット絶縁体のエネルギー準位構造と励起子の波動関数の概念図。一光子禁制である偶の対称性の励起子状態がs波対称性を持ち、最低エネルギー励起状態となり、一光子許容である奇の対称性の励起子状態がp波対称性を持ち、より高いエネルギーの励起状態となる。後者はダブロン―ホロン連続状態に近接しているため、二つの励起子状態のエネルギー差が最低の偶の励起子状態の束縛エネルギーの目安となる。

図3
(図3)三種類の銅酸化物モット絶縁体における奇と偶の励起子状態のエネルギー差。これが最低エネルギーの偶の対称性を持つ励起子状態の束縛エネルギーの目安となる。反強磁性交換相互作用Jが大きいほど束縛エネルギーが大きくなることが分かる。

③ 社会的意義・今後の予定

本研究では、二次元モット絶縁体において、スピン間に働く反強磁性交換相互作用を介してダブロン―ホロン間に引力が働くことを実証しました。これは、銅酸化物高温超伝導体のクーパー対に働く引力相互作用と類似した機構であるため、クーパー対の形成機構の理解につながると期待されます。

モット絶縁体においては、これまでに超高速の光非線形性や光誘起金属化など、興味深い光誘起現象が見いだされてきました。これらの現象を解明するには、光励起後の電子系の非平衡ダイナミクスに本質的な効果を及ぼす電荷―スピン相互作用の役割を明らかにする必要があります。さらに本研究グループでは、銅酸化物の一つであるNd2CuO4において、光キャリアの生成に伴って生じるスピン系の超高速ダイナミクスを捉えることにも成功しています。本研究で明らかとなったダブロン―ホロン対のエネルギー準位構造は、この非平衡ダイナミクスを解明するにも役立つと考えられます。今後は、情報科学的な手法を取り入れた理論解析手法を用いることにより、光照射や電場印加によって生じる反射率スペクトルの変化を可能なかぎり正確に再現し、電子(スピン)系の非平衡ダイナミクスの詳細な理解を目指します。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」(研究総括:雨宮慶幸 東京大学大学院新領域創成科学研究科 特任教授)における研究課題「強相関系における光・電場応答の時分割計測と非摂動型解析」(課題番号JPMJCR1661、研究代表者:岡本博 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授、研究期間 : 平成28~33年度)、および日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:JP25247049)の一環で実施されました。

発表者

寺重 翼(研究当時:産業技術総合研究所 産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ有機デバイス分光チーム 産総研特別研究員/東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 客員研究員(現:株式会社キーエンス))
宮本 辰也(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 助教)
貴田 徳明(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)
伊藤 利充(産業技術総合研究所電子光技術研究部門強相関エレクトロニクスグループ  研究グループ長)
笹川 崇男(東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所 准教授)
遠山 貴巳(東京理科大学理学部第一部応用物理学科 教授)
岡本 博(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/産業技術総合研究所 産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ有機デバイス分光チーム ラボチーム長)

発表雑誌

雑誌名:「Science Advances」(2019年6月7日付け)
論文タイトル: Doublon-holon pairing mechanism via exchange interaction in two-dimensional cuprate Mott insulators
著者:T. Terashige, T. Ono, T. Miyamoto, T. Morimoto, H. Yamakawa, N. Kida, T. Ito, T. Sasagawa, T. Tohyama, and H. Okamoto
DOI番号:10.1126/sciadv.aav2187



用語解説

(注1)モット絶縁体
固体において、価電子帯が半分または部分的にしか満たされていない場合、通常のバンド理論では金属状態となる。しかし、電子間に強いクーロン相互作用が働く場合は、電子は互いを避け合って各サイトに局在して絶縁体となる。この時、元のバンドは上部ハバードバンドと下部ハバードバンドに分裂し、エネルギーギャップが生じる。このような絶縁体を、モット絶縁体と呼ぶ。[参照元へ戻る]
(注2)テラヘルツパルス
本稿では、約1 テラヘルツ(1 THz=1012 Hz)の周波数、および、約1ピコ秒(=10-12秒)の時間幅を持つほぼ単一サイクルの電磁波パルスのことをテラヘルツパルスと呼ぶ。このパルスは、光子エネルギーに換算すると約4ミリエレクトロンボルト(meV)となる。[参照元へ戻る]
(注3)ポンプ―プローブ分光法
ある物質にポンプ光(強い光)を照射した場合に生じる電子状態変化を、プローブ光(弱い光)に関する光学定数(反射率や透過率)の変化で検出することにより調べる手法。プローブ光の光子エネルギーを変化させることによって過渡的な光学スペクトルの変化を測定することができる。ポンプ光とプローブ光にはいずれもパルス光を用いる。本研究ではポンプ光をテラヘルツパルスに、プローブ光を可視から中赤外域のフェムト秒パルスとしたポンプ―プローブ分光測定を行っている。[参照元へ戻る]
(注4)ダブロンとホロン
本研究で対象とした銅酸化物は一つのサイトに一つの電子が存在する系であり、モット絶縁体となっている。この系において、一つのサイトに二つの電子が存在する状態は負電荷を、電子が存在しない状態は正電荷を持つが、負電荷をダブロン、正電荷をホロンと呼ぶ。光励起すると、これらが対となって生成される。その状態をダブロン―ホロン対と呼ぶ(図1)。[参照元へ戻る]
(注5)励起子
電子とホールの間に引力が働くことによって生じる束縛状態。通常の半導体やイオン結晶では、電子とホールにクーロン引力が働くことにより励起子が形成される。本研究の結果から、モット絶縁体である銅酸化物では、スピン間に働く反強磁性交換相互作用の効果でダブロンとホロンの間に引力が働き励起子が形成されることが明らかとなった。[参照元へ戻る]
(注6)反強磁性交換相互作用
隣接サイト(原子や分子)にある電子のスピンの向きが、互いに逆方向になるように働く相互作用。これは電子が少しでも隣接サイトに飛び移れる方がエネルギー的に安定することによる。また、この相互作用によって隣接サイト同士のスピンが全て互いに逆方向に揃っている状態は反強磁性スピン配列と呼ばれる。[参照元へ戻る]
(注7)強相関電子系
電子間に強いクーロン相互作用が働く系の総称。絶縁体―金属転移や高温超伝導など、興味深い物性が現れるため、物性物理や物質科学の分野で盛んに研究されている。[参照元へ戻る]
(注8)光励起状態の非平衡ダイナミクス
物質に光を照射すると、その物質は光照射前の平衡状態(基底状態)とは異なる電子状態となる。通常の半導体であれば、バンドギャップを超えるエネルギーを持つ光を照射した場合、電子キャリアとホールキャリアが生成する。その後、生成したキャリアが様々な過程を経て再結合し、元の基底状態へ戻る。このように、光励起後の物質の電子状態の動的挙動を光励起状態の非平衡ダイナミクスと呼ぶ。強相関電子系の場合は、電子間に強いクーロン相互作用や電荷―スピン相互作用が働くため、非平衡ダイナミクスは一般に複雑になる。例えば、モット絶縁体に光を照射すると絶縁体から金属への相転移が生じることが知られているが、その過程での電子やスピンのダイナミクスは極めて複雑なものになる。このような現象(光誘起相転移)は、新しい物性物理のパラダイムとして注目され、盛んに研究されている。[参照元へ戻る]
(注9)クーパー対
超伝導状態の起源となる二つの電子(あるいはホール)の対のこと。二つの電子は、スピンが互いに逆向きで、合計の角運動量は0となっている。電子は、単独ではフェルミオンであるが、対になることでボゾンになる。そのため最低エネルギー状態に集団で凝縮することが可能となり、超伝導状態が実現する。二つの電子に働く引力は、通常の超伝導体ではフォノンによるが、銅酸化物高温超伝導体ではスピンの揺らぎによることが示唆されている。[参照元へ戻る]
(注10)電場変調反射分光法
電場印加による光の反射率変化を測定する非線形分光法。この手法を用いて、線形分光では検出できない一光子禁制の偶の対称性を持つ励起状態のエネルギーや三次の非線形感受率の大きさを決定することができる。[参照元へ戻る]
(注11)t-Jモデル
ハミルトニアンに、電子の最近接ホッピングtと、隣接するスピン間に働く反強磁性交換相互作用Jを含めたモデル。本研究では、ホロンとダブロンのホッピング項として、最近接tだけでなく、第二最近接t’、第三最近接t”も含んでいる。t’とt”はダブロンとホロンの非対称性を表すために必要な項である。また、このモデルに、ダブロン―ホロン間のクーロン相互作用(-V)を含めることも可能である。本研究において、銅酸化物モット絶縁体では、Vの効果は励起子効果の大きさに大きな影響を与えないことが示されている。[参照元へ戻る]
(注12)非線形光学効果
物質に光を照射すると、通常は光の電場に比例した分極が生じる(線形応答)。電場が大きくなると、電場の2乗あるいは3乗に比例した分極が現れる場合があるが、これは非線形光学効果と呼ばれる。銅酸化物のように反転対称性がある系では、最低の非線形光学効果は三次となる。この三次の非線形光学効果を利用すると、ある光に対する光学定数を、他の光や電場によって変化させることが可能となる。三次の非線形感受率は、三次の非線形光学効果の大きさを表す指標である。[参照元へ戻る]
(注13)p波(s波)の対称性
軌道角運動量l=0,1,2の状態をそれぞれs波、p波、d波という。ダブロンとホロンの2粒子の場合は、軌道角運動量は両者の相対角運動量を指す。通常の超伝導体におけるクーパー対はs波の対称性を持つ。一方、銅酸化物高温超伝導体におけるクーパー対はd波の対称性を持ち異方的であることが知られている。クーパー対は同種の粒子からなるが、励起子はダブロンとホロンという互いに反対の電荷を持つ粒子からなる。この電荷の符号の違いによって、最近接ホッピングtの符号がクーパー対の場合と異なる。この符号の違いが波動関数の位相に影響を与えることになりダブロン―ホロン対はs波対称性となる。[参照元へ戻る]


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