発表・掲載日:2019/05/20

薬品処理と低温加熱だけでダイヤモンド基板の原子レベルの接合を可能に

-ダイヤモンドを用いたパワー半導体の実現を推し進め、省エネルギー社会に貢献-

ポイント

  • 化学薬品による表面処理でダイヤモンド基板をシリコン基板と直接接合する技術を開発
  • 高温や超高真空プロセスを使わないダイヤモンド基板の原子レベルの直接接合を初めて実現
  • ダイヤモンドを用いたパワー半導体の量産化を後押しし、効率的な電力変換技術の普及に貢献


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)集積マイクロシステム研究センター【研究センター長 松本 壮平】MEMS集積化プロセス研究チーム 松前 貴司 研究員、倉島 優一 主任研究員、同研究センター 高木 秀樹 副研究センター長、先進パワーエレクトロニクス研究センター【研究センター長 奥村 元】ダイヤモンド材料チーム 梅沢 仁 主任研究員は、化学薬品によって表面処理したダイヤモンド基板を、大気中で接触させたシリコン(Si)基板と比較的低い温度(200 ℃程度)の熱処理により直接接合する技術を開発した。

近年、ダイヤモンドを用いた高い性能を持つ半導体素子の実現に向けた研究開発が活発化している。今回開発した技術は、ダイヤモンド基板とSi基板の表面反応を用いたもので、大気中での接触と200 ℃程度の加熱で直接接合でき、さらに接合してもダイヤモンドの結晶の乱れが少ない。従来技術のような高温(1000 ℃以上)や超高真空中でのプロセスが不要で、容易に実施できるプロセスで高品質のダイヤモンド半導体の実現が見込まれる。本技術により、電力制御を行うパワー半導体の効率化による省エネ効果や、小型軽量化により電動車両への搭載が可能になるなど、効率的な電力変換技術の普及への貢献が期待される。

なお、この技術の詳細は、2019年5月21~25日に石川県金沢市で開催される国際会議2019 6th International Workshop on Low Temperature Bonding for 3D Integration(LTB-3D 2019)で発表される。

概要図
化学薬品によってダイヤモンド基板を表面処理しSi基板と直接接合する新技術


開発の社会的背景

電力の制御・供給を担うパワー半導体の分野では、高効率化・高出力化やモジュールの小型軽量化のためにSiよりも優れた物性の新材料が注目されている。特にダイヤモンドはSiの15倍(炭化ケイ素(SiC)の4倍・窒化ガリウム(GaN)の16倍・銅(Cu)の5倍)の熱伝導率や、Siの60倍(SiCの3倍・GaNの10倍)の絶縁破壊電界といった優れた物性から、パワー半導体の「究極の材料」と期待されている。ダイヤモンドを用いたパワー半導体の実現のための技術開発も進んでおり、産総研は1 cm3サイズの大型単結晶ダイヤモンドの合成を実現した(2019年3月20日 産総研プレス発表)。

一方で、パワー半導体をダイヤモンド基板のみで作製すると高コストとなるため、ダイヤモンド基板とSi基板との直接結合により、性能への寄与が少ない部位の安価な材料への置き換えが提案されている。しかし従来の直接結合技術では1000 ℃以上の高温処理、もしくは超高真空での表面スパッタエッチング処理が必要で、そのための特殊な装置が必須となる。また、接合処理によりダイヤモンドの結晶構造が乱れてアモルファス化しデバイスの特性を劣化させるという課題があった。

研究の経緯

産総研集積マイクロシステム研究センターは、どのような材料の組み合わせでも原子レベルで接合させる技術を目指して、格子定数や熱膨張係数の差に関わらずに異種基板を直接接合する低温接合技術の開発に取り組んできた。現在、半導体素子やMEMSデバイスの真空気密封止や、熱伝導率の低いはんだや接着剤を用いない半導体素子と放熱基板の直接接合などに力を入れている。一方、先進パワーエレクトロニクス研究センターはダイヤモンド表面の化学修飾技術を持っている。

水酸基(-OH)で化学修飾した基板同士は200 ℃程度に加熱すると脱水反応を起こし、表面間の化学結合(-O-)により接合できることが知られている。今回、先進パワーエレクトロニクス研究センターのダイヤモンド表面の化学修飾技術を応用するアプローチで、両研究センターは直接接合に適したダイヤモンドの水酸基修飾技術の開発に取り組んだ。

研究の内容

ダイヤモンド基板を1150 ℃に加熱し他の基板と加圧すると直接接合(熱圧着)できるが、接合材料の熱膨張係数に差があると基板が破損するほどの応力が発生することがある。一方、超高真空中でのアルゴン(Ar)ビームによるスパッタエッチングでダイヤモンド基板とSi基板の表面層を除去し、露出した面同士を接触させると常温でも直接接合できる(表面活性化接合)。しかし、特殊な超高真空接合装置が必要なうえ、表面層除去処理によりダイヤモンド表面が結晶の乱れによりアモルファス化し、機械・電気・熱的物性の劣化が懸念されていた。

水酸基同士の脱水反応による接合(親水化接合)はSiなどの半導体材料の基板の直接接合に広く用いられているが、これまで、ダイヤモンド基板の直接接合に適切な水酸基修飾手法が見つかっていなかった。そこで今回、半導体基板の洗浄に広く用いられる硫酸/過酸化水素(H2SO4/H2O2)混合液を用いて、ダイヤモンド表面を洗浄と同時に水酸基修飾できる技術を開発した。この技術では、処理条件を制御することで、ダイヤモンド結晶の特定の面[(111)面]を、接合に望ましい平滑な表面を保ちながら水酸基修飾できる。これを、同じく水酸基修飾したSi基板と接触させた後200 ℃にて加熱すると、次の化学式:

Si-OH + C-OH → Si-O-C + H2O

の脱水反応が起こり直接接合できる(図1左)。この脱水反応は大気雰囲気中でも可能なので、特殊な真空接合装置が不要である。今回開発した接合技術は、一般的な洗浄処理と比較的低い温度での加熱処理だけでダイヤモンドの直接結合が可能になるという特徴を持つ。

図1 右に透過型電子顕微鏡を用いて観察した接合界面のナノ構造を示す。今回開発した技術によりシリコン表面の酸化膜(SiO2とダイヤモンドが欠陥なく原子レベルで密着していることが確認できる。この酸化膜は約3 nmの厚さであり十分に薄いため、伝熱に与える影響は少ないと見込まれる。また透過型電子顕微鏡では、結晶部分はその規則性より構成原子が格子状(粒状)に観察できる。SiO2膜は一般的に結晶とならないため格子構造が観察できないが、ダイヤモンド側は接合界面まで格子構造が観察された。これはダイヤモンド結晶が接合処理してもアモルファス化がほとんど発生せず、結晶構造が維持されているためと考えられる。なお、このダイヤモンド結晶の格子構造は高温加熱もしくは表面スパッタリングを用いた従来手法による接合界面では観察できない。

今回開発した技術により、比較的簡易で一般的な装置でもダイヤモンド基板の直接接合が可能となり、加えて高品質なダイヤモンド半導体の製造が期待できる。この技術の応用によりパワー半導体の変換効率や入出力電力の向上、冷却機能効率化や小型軽量化などが進むことによって、電力変換ロスの削減による省エネ化や車両を含む電動機器の高性能化が見込まれる。

図1
図1 接合反応のメカニズム(左)と透過型電子顕微鏡で観察した接合界面(右)

今後の予定

今回はダイヤモンドの(111)面とSi基板の表面の良好な接合を達成した(特許出願中)が、今後は合成・研磨しやすい(100)など他の結晶面への適用を進める。また、放熱基板や絶縁基板としての応用の可能性も検討するため、SiC、GaN、酸化ガリウム(Ga2O3)といった他のパワー半導体材料との接合や、多結晶ダイヤモンドの接合を試みるとともに、接合界面のSiO2層厚の低減を試みる。



用語の説明

◆直接接合
接着剤やはんだなどを用いる手法は間接接合と呼ばれ、粗い表面を持つ基板でも接合できる一方、接着層が伝熱などの特性を制限してしまう。それに対して基板表面の原子同士を結合させ接合する手法は直接接合と呼ばれ、平滑な基板が必要となるが、微細な構造体を複合化でき、また電気的・熱的接続に有利である。産業として半導体用基板作製やMEMS作製に実用化されている。[参照元へ戻る]
◆パワー半導体
情報信号でなく、電力の制御や供給を担う半導体。交流と直流との変換、電圧の降下や上昇、周波数変換、モーター駆動、バッテリー充電などを行う。効率や出力の向上は機器の省エネ・高性能化につながり、モジュールの小型軽量化は電気自動車を含む電動機器の性能向上に貢献する。我が国の産業競争力が高い分野である。[参照元へ戻る]
◆炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)
シリコン(Si)に代わる新しいパワー半導体の候補とされている材料。SiC、GaNともに、パワー半導体に必要な熱伝導率、電子・正孔の移動度、絶縁破壊電界などがSiよりも高く次世代材料として注目されるが、ダイヤモンドはさらに高い。[参照元へ戻る]
◆絶縁破壊電界
絶縁基板に加わる電界が一定以上の限度を超えると、絶縁が破壊され大きな電流が流れる。この限度となる値が絶縁破壊電界と呼ばれ、大きな電圧が付加されるパワー半導体の基板には高い値が求められる。[参照元へ戻る]
◆スパッタエッチング
真空中にてアルゴン(Ar)などの不活性ガスを加速し、材料表面に衝突させて表面層を削り取る技術。表面の加工や削り取った材料を堆積させる成膜プロセスなどに使用される。また表面の不活性層の除去により基板同士の常温接合を可能にするが、ダイヤモンドの場合は表面がアモルファス化してしまう。[参照元へ戻る]
◆アモルファス化
下図右のような無秩序な構造(アモルファス)になること。炭素原子が下図左のような構造を周期的に持つとダイヤモンドとなりパワー半導体に望ましい特性を示すが、外界からの刺激などにより構造が変化し、下図右のようなアモルファスになると機械的、電気的、熱的特性が劣化してしまう。[参照元へ戻る]
図2
◆格子定数や熱膨張係数の差
異種材料の接合では、それらの結晶構造の大きさ(格子定数)が大きく異なると結晶成長法を用いて組み合わせることができない。その場合は直接接合が用いられるが、材料の熱膨張係数が大きく異なる場合、熱圧着や陽極接合など高温で接合すると反りや割れが発生するため、室温や比較的低い温度で接合する必要がある。[参照元へ戻る]
◆MEMS
Micro Electro Mechanical Systemsの略。半導体に用いられる微細構造加工技術を応用し製造されるマイクロメートルからナノメートルレベルの機械。圧力センサー、加速度センサーなどのセンサー類やマイク、光学素子や回路部品などに使用されている。微細構造を破壊せずに複合構造に加工するために低温での直接接合が使用される。[参照元へ戻る]
◆化学修飾
材料の最表面の化学構造を化学反応によって変換・制御すること。今回はシリコン酸化膜とダイヤモンドの表面を水酸基(-OH)で覆う処理を行った。水酸基は互いに水素結合により引き寄せあうことができ、さらに大気中での比較的低い温度による加熱処理でも化学結合を形成できる。[参照元へ戻る]
◆脱水反応
加熱などにより分子(あるいは分子内の官能基)同士を反応させ、水分子を生成脱離させながら新しい結合を形成させる反応。今回は基板表面の水酸基(-OH)同士を加熱により脱水反応させ、基板同士の直接接合(Si-O-C)を得た。[参照元へ戻る]
◆表面活性化接合
超高真空中で材料表面の酸化膜や吸着物を取り去り、それにより露出した活性な表面同士を接触させて材料同士を直接接合する手法。常温でも多くの材料の同種接合や異種接合が可能である。Siなどの半導体基板、アルミニウム、銅、金をはじめ多くの金属や、近年はナノメートルレベルの接着層を成膜することでガラス(SiO2)やSiC、高分子フィルムなどの常温接合への応用が進んでいる。[参照元へ戻る]
◆硫酸/過酸化水素(H2SO4/H2O2)混合液
強力な酸化力を持つため、半導体産業で基板表面から有機物汚染を除去するために使用される溶液。特にフォトレジストの残渣の除去に頻繁に使用される。[参照元へ戻る]
◆(111)
ミラー指数と呼ばれ結晶中の面を示し、ダイヤモンドの場合は下図にて赤く示す面を指す。[参照元へ戻る]
図3
◆透過型電子顕微鏡
電子顕微鏡の一種で、薄片化した試料に加速した電子をあて、通り抜けた電子から試料の微細構造を観察する顕微鏡。原子の大きさ以下の分解能で観測でき、結晶性の材料では図1右のように格子状の原子を観察できる。[参照元へ戻る]
◆シリコン表面の酸化膜(SiO2
Siの表面は研磨や洗浄処理により酸化するため、一般に数nm程度の厚さのSiO2層に覆われている。[参照元へ戻る]


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