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発表・掲載日:2019/04/24

全ての光を吸収する究極の暗黒シート

-世界初!高い光吸収率と耐久性を併せ持つ黒色素材-

ポイント

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「研究者が語る! 1分解説」動画(2分11秒)
  • 紫外線~可視光~赤外線のあらゆる光を吸収し、耐久性にも優れた、究極の暗黒シートを開発
  • イオンビーム照射と化学エッチングで微細な円錐状の構造を形成し、光閉じ込め構造を実現
  • 美しい黒が映える新素材としての活用や熱赤外線の乱反射防止への応用などに期待


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 藤間 一郎】応用放射計測研究グループ 雨宮 邦招 研究グループ長、井邊 真俊 研究員、光放射標準研究グループ 蔀 洋司 研究グループ長と、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構【理事長 平野 俊夫】(以下「量研」という)量子ビーム科学研究部門 高崎量子応用研究所 越川 博 主任研究員、八巻 徹也 上席研究員は、微細な表面構造であらゆる光を吸収する、究極の暗黒シートを開発した。

表面を黒色化した材料は、装飾や映像分野などの幅広い用途があり、特に乱反射防止用には、100 %に近い光吸収率の材料が求められている。しかし、99 %以上の光を吸収する従来の材料は耐久性に乏しく、一般環境での利用が困難だった。今回、シリコーンゴムなどの表面に、あらゆる光をとらえて逃がさない光閉じ込め構造を形成することで、柔軟で耐久性にも優れた究極の暗黒シートを製造する技術の開発に成功した。ポイントとなる光閉じ込め構造は、サイクロトロン加速器からのイオンビームの照射と化学エッチングにより、ポリマー表面に微細な円錐状の空洞構造を多数形成することで実現した。これを原盤としてシリコーンゴムに転写作製した暗黒シートは、紫外線~可視光~赤外線の全域で99.5 %以上の光を吸収し、特に熱赤外線に対しては99.9 %以上という世界最高レベルの光吸収率を達成した。これまでにない美しい黒が映える新素材としての活用や、映像のコントラスト向上のほか、サーモグラフィーなどでの熱赤外線の乱反射防止といった応用も期待される。

なお、この技術の詳細は、英国王立化学会の学術誌Journal of Materials Chemistry Cに2019年4月23日付(英国標準時間)でオンライン掲載された。

概要の写真
(左)今回開発した暗黒シート (右)その表面の微細な円錐状空洞構造の電子顕微鏡画像
ライン状の照明の真下でも、暗黒シートは微細空洞構造が光を吸収して反射が見えない。


開発の社会的背景

「黒」は何物にも染まらない唯一の色であり、黒色仕上げした外観は格調と高級感を感じさせる。黒色素材は装飾目的のほかにも、太陽エネルギー利用、光センサー、熱放射体などに幅広く応用されており、映像用のカメラ内部の乱反射防止用途などでは、100 %に近い光吸収率も必要とされている。

可視光の99.9 %以上を吸収する(反射率0.1 %未満)材料の報告例(カーボンナノチューブの垂直配向体)は既にある。しかし、表面に触れると性能が損なわれるなど、耐久性に乏しく、一般環境での利用は困難だった。

研究の経緯

産総研ではこれまでに、光吸収率の高い材料の研究開発を行い、材料の表面に微細な凹凸構造を作製し、その鋭さや、サイズ、組成の条件を調整すると、光吸収率を極限まで大きくできることを見いだしていた。そこで、サイクロトロン加速器のイオンビームを用いた微細加工法に強みを持つ量研とともに、丈夫な素材上に微細な凹凸構造を作ることで、あらゆる光を吸収して、高い耐久性も併せ持つ、新しい光吸収材料の研究開発に取り組んだ。

なお、この研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科研費 18K11940 (2018~2020年度)の助成と東京大学大学院工学系研究科原子力専攻が推進する原子力機構・量研施設利用共同研究制度の支援を受けて行った。

研究の内容

図1左に素材表面の微細な円錐状空洞構造に光が閉じ込められる原理を示す。微細な空洞に光が入射すると、壁面で何度も反射を繰り返して、最終的に正味の反射率がゼロ近くまで低減するので光吸収率は100 %近くなる。この原理は、いわゆる空洞黒体と同じである。微細空洞構造により、100 %近い光吸収率を達成するには、空洞壁面の傾斜を急峻にしつつ、その表面はナノメートルレベルで滑らかにし、円錐状空洞構造のエッジは十分に鋭くする必要がある。また、紫外線~可視光~赤外線の全てを吸収させるには、空洞の深さは最大波長以上の数十マイクロメートル程度にする必要もある。

こうした超精密な空洞構造は、通常の微細加工技術(リソグラフィー超精密機械加工など)では作製できない。今回は、サイクロトロン加速器からのイオンビームを用いて、この難しい構造を作製した。これは、樹脂材料基板にイオンビームを照射して、高分子切断の痕跡を生じさせ、続く化学エッチングでその痕跡を円錐孔に拡大形成する技術である。エッチング処理後でも極めて表面粗さの小さい加工面が得られる、均質で非晶質性の樹脂(CR-39樹脂)を基板に用いることで、設計通りの精巧な微細空洞構造を実現できた。しかしCR-39樹脂素材は元々無色透明であり、そのままでは黒色素材とはならない。また、別の素材に同じ加工を直接高精度に施すのは難しい。

そこで、別の黒色材料に拡張して暗黒シートを作成するために、微細空洞構造を転写する方法を開発した(図1右)。今回、微細空洞構造を作製したCR-39樹脂基板を原盤として利用し、カーボンブラックを混錬したシリコーンゴムの表面に微細構造を転写することで、紫外線~可視光~赤外線のあらゆる光を99.5 %以上も吸収することが確認でき、“究極の暗黒シート”を作成できることが示せた(図2)。特に熱赤外線の波長域では、世界最高水準となる99.9 %以上の光吸収率が得られた。この暗黒シートはシリコーンゴムの柔軟性を保っており、曲げても触っても、粘着テープを貼りつけて剥がしても、性能が劣化せず、高い光吸収率を維持できる。このように、耐久性と、極めて高い光吸収率を併せ持つ黒色素材は世界初である。暗黒シートは原盤から繰り返し作製できるため、量産性もよい。また、他の素材への拡張性の高さも示すことができた。美しい黒が映える新素材として、例えば高級感ある黒の演出や、黒が沈む高鮮明映像への貢献のほか、サーモグラフィーでの熱赤外線の乱反射の防止など、一般環境での幅広い応用が期待される。

図1
図1 (左)表面の微細な円錐状空洞構造に光が閉じ込められる原理 (右)暗黒シートの作成方法

図2
図2 (左)作成した暗黒シート(右)暗黒シートの光吸収率の波長特性
暗黒シートは柔軟で耐久性も高い。

今後の予定

今後は、可視光に対しても99.9 %以上の光吸収率を目指す。また、広く一般用途に使用できるよう、実用化のための研究開発を進める。


用語の説明

◆サイクロトロン加速器
加速器は、イオンや電子などの荷電粒子を電磁気の力で加速する装置。サイクロトロンは、小型の加速器では得られない高いエネルギーにまでイオンを加速できる大型装置である。高エネルギーのイオンビームは、照射試料の奥深く(100 μm以上)にまで打ち込むことができる。[参照元へ戻る]
◆熱赤外線
あらゆる物体は、その温度に応じた光を放出している。常温域では主に赤外線を、高温になると主に可視光を放出する(例:赤熱)。常温域で主に放出される波長帯(8 μm-15 μm)の赤外線を特に熱赤外線と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆サーモグラフィー
物体の温度に応じて放出される光を画像として撮影する装置。常温に近い温度で用いるものは、熱赤外線カメラ素子が備えられていて、空港での発熱者検知、自動車用の夜間カメラ(歩行者検知)、建物の断熱診断、機器の異常発熱の検査などにも用いられている。[参照元へ戻る]
◆空洞黒体
あらゆる光を完全に吸収する理想的な物体である黒体は、現実には存在しないので、大きな中空の空洞に小さな穴を設けて、模擬的に黒体を実現したものを空洞黒体と呼ぶ。小さな穴から空洞に入った光は内部で繰り返し反射していくうちに吸収されて減衰し、再び小さな穴から出ていく確率は非常に小さくなる。[参照元へ戻る]
◆リソグラフィー
微細加工技術の総称。光を用いてパターンを形成するフォトリソグラフィー、加速した電子で描画する電子線リソグラフィー、X線を用いるX線リソグラフィーなどがある。[参照元へ戻る]
◆超精密機械加工
微小なダイヤモンド工具を精密に制御して、材料を機械的に切削加工する方法。[参照元へ戻る]
◆CR-39樹脂
アリルジグリコールカーボネイトからなる3次元網目構造の熱硬化性ポリマー。透明度が高く、光学特性がよいため、工業的にはメガネのレンズとして用いられている。高品質のCR-39樹脂は、一様等方性、均質性、非晶質性に優れ、放射線感受性が高い(放射線損傷を受けやすい)。このため、イオンビームや荷電粒子線の暴露で生じた損傷痕跡が化学エッチングにより明瞭な円錐状の穴となり、容易に計数できるので、アルファ線や中性子線といった放射線のモニタリングにも用いられる。[参照元へ戻る]
◆カーボンブラック
炭素の微粒子。油やガスを不完全燃焼させるか、炭化水素を熱分解すると得られる。いわゆる煤(すす)もカーボンブラックの一種。黒色顔料として着色に広く用いられるほか、ゴムに混ぜると強度が増すので、タイヤゴムにも使用される。[参照元へ戻る]


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