発表・掲載日:2018/10/23

木材の成分を用いた自動車内外装部品の実車搭載試験を開始

-改質リグニンを利用した材料の実用化へ-

ポイント

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「研究者が語る! 1分解説」動画(1分53秒)
  • 日本固有種であるスギから抽出した改質リグニンを自動車内外装部品に用いた世界初の試み
  • 改質リグニンを用いた繊維強化複合材料の部品製造プロセスを考案
  • 実車に取り付けて評価試験を開始


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門【研究部門長 古屋 武】 蛯名 武雄 首席研究員、同部門 機能素材プロセッシンググループ 石井 亮 研究グループ長、国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所【理事長 沢田 治雄】(以下「森林総研」という)新素材研究拠点 山田 竜彦 拠点長、株式会社 宮城化成【代表取締役社長 小山 昭彦】(以下「宮城化成」という)らの研究グループは、株式会社 光岡自動車【代表取締役社長 光岡 章夫】(以下「光岡自動車」という)と共同で、スギから抽出した改質リグニンを樹脂成分として用いたガラス繊維強化プラスチック製の自動車内外装部品を世界で初めて実車に取り付け評価試験を開始する。

概要図
改質リグニンを内外装部品に用いた自動車


開発の社会的背景

リグニンは木材を構成する主要成分の一つで、木材成分の約3割を占め、化学構造の特徴としては芳香環を含んでいる。芳香環を持つ素材には、耐熱性、難燃性などを発揮する優れた材料となる可能性があるものの、リグニンを利用した材料の本格的な商用化は達成されていない。

紙パルプ製造の副産物としてリグニン系の素材を製造できるが、通常の紙パルプ製造工程では強いアルカリを用いて処理するため、極めて加工性に乏しい素材しか製造できないという課題がある。また、リグニンは植物種により異なった化学構造を持つため、リグニン系素材を安定的に製造するには、植物種を限定することも重要とされている。

研究の経緯

内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の研究課題「次世代農林水産業創造技術」の「地域のリグニン資源が先導するバイオマス利用システムの技術革新」(平成26~30年度)【研究代表者 山田 竜彦(森林総研)】は、林地残材の収集からリグニンの製造、加工、機能化、最終製品化、副産物利用を含め、農山村のバイオマスを原料とした一連の技術を総合的に開発することで、地域に高収益をもたらす「リグニン産業」という新たなビジネス基盤の確立を目標としている。この課題に取り組むため、森林総研、産総研を中心に、研究コンソーシアム「SIPリグニン」を結成し、研究開発を進めてきた。

森林総研は、日本固有の樹種である「スギ」のリグニンの均一性に注目し、スギ由来の機能性リグニン素材の開発を進めた。そして、140 ℃に保ったポリエチレングリコール(PEG)にスギ木材を加え、少量の酸と共に攪拌して、木材中のリグニンを分解すると同時に分解したリグニンがPEGと結合して、物理特性を改質した形で分離する新技術を開発した。製造されるPEGにより改質されたリグニン(改質リグニン)はリグニン部分の持つ高い耐熱性などの機能性に加え、PEGの効果により極めて加工性のよい物質で、工業用素材としての応用が期待される。森林総研は改質リグニン製造ベンチプラントを設置し、商用生産に向けた技術開発を推進している。

産総研は、改質リグニンの製品化研究を担当し、各種複合材料開発、製造プロセス検討、性能評価、長期耐久性評価を企業と連携して進めてきた。その中で宮城化成と産総研は、改質リグニンの石油由来樹脂を代替する用途などを検討し、特に改質リグニンを樹脂成分として用いたガラス繊維強化プラスチック(GFRP)の開発と製造プロセスの確立に取り組んできた。その結果、改質リグニンを用いたGFRPが、従来のGFRPよりも引張弾性率が10~20 %向上しており、また、長期耐久性試験後も引張弾性率は、従来のGFRPよりも優位で耐久性も改善されることが確認された。

また、自動車内装部品であるドアトリムも試作できた。しかし、自動車は屋外環境下で使用されるものであるが、温度変化・降雨環境・紫外線環境などでの長期耐久性評価が未実施であった。また、外装部品では特に高い加工精度や平坦性が求められるが、これをクリアできるかが未確認であった。

今回、GFRP部品を用いた自動車を生産している光岡自動車にこれらの成果を説明し、協力を打診したところ内外装部品の実車搭載評価に協力・参画する合意が得られた。

研究の内容

図1に自動車内外装部品の製作法を示す。改質リグニンをネットワークポリマー化するための液状硬化剤を改質リグニンに加える。この硬化剤は改質リグニンと極めて混合しやすく、揮発性有機溶媒は不要である。次に分散媒として、改質リグニンと反応して堅牢にするエポキシ化合物(ビスフェノールA型エポキシ樹脂)を改質リグニンに対し五倍重量加えて均一に混合すると成形樹脂が得られる。成形樹脂を真空含浸法で型に設置したガラス繊維布に含浸させ、乾燥・仮硬化を行った後、型から外して120 ℃で最終硬化を行った。

図1
図1 改質リグニンを用いたガラス繊維強化プラスチック部品試作評価フロー

改質リグニンは粘性が高く、そのままでは真空含浸できない。粘性を下げるために溶媒を加えると乾燥収縮が起き、十分な寸法精度が得られなかった。また、加熱によって粘性を下げると、樹脂が硬化してしまう問題があった。今回、溶媒の代わりに液状硬化剤を添加して粘性を下げ、通常よりも高温だが、樹脂の硬化を防げる温度に調節されたオーブン中に型を設置し、真空含浸法で、均一に樹脂を含浸させた。作製したサンプルからの揮発性有機溶媒スチレンの発生量を評価したところ、改質リグニンを用いたGFRPの場合は、不飽和ポリエステル樹脂を含浸させる従来品の4500分の一未満であった(表1)。また、硬化処理前後の部品の収縮率は従来品と比較して一ケタ小さくなり、自動車用として十分な寸法精度が確認された。

内装部品としてはドアトリム4枚、スピーカーボックス、アームレストそれぞれ4つを試作し、小型車に取り付けた(図2)。自動車外装部品としてはボンネットを試作した。ボンネットについては、強度の他、製品として問題のない外観の塗装ができた。

10月より、これら改質リグニン使用GFRPの実車搭載試験を世界で初めて開始した。実車搭載試験では、車内環境(温度、湿度)を自動計測するとともに天候(降雨、日照)と走行を記録して、部品の経時変化を評価し、実使用上の問題点などを抽出する。

図2
図2 部品を装着した小型車の外観(上)と内装(下)

表1 揮発性有機物測定結果
表1

今後の予定

今後は、一年程度をかけて紫外線、温度変化などによる自動車内外装部品の変化をモニターして、長期間、十分実用に耐えるかどうかを確認する。改質リグニンの生産開始が予定される2022年に改質リグニンを用いたGFRP製自動車部品を用いた環境にやさしい自動車としてのブランド化を目指す。



用語の説明

◆リグニン、改質リグニン
リグニンは、木材の25~35 %を占める構成成分として重要な高分子化合物。ラテン語で木材を意味するリグナム(Lignum)に語源を持つ。ベンゼン環に水酸基、メトキシル基などが結合した基本要素からなる。植物体の細胞や細胞壁を結合させ、強靭な木材を形成する成分。
改質リグニンは、木材にポリエチレングリコールと少量の硫酸を加え、約140 ℃の加温をする抽出工程と分離工程を経て得られるポリエチレングリコールで改質された加工性のよいリグニン誘導体。[参照元へ戻る]
◆ポリエチレングリコール
エチレングリコールが重合した構造をもつ高分子化合物(ポリエーテル)であり、無毒でありさまざまな製品に用いられる。[参照元へ戻る]
◆ガラス繊維強化プラスチック(GFRP)
強化材であるガラス繊維を母材であるプラスチック(樹脂)に入れて強度を向上させた複合材料。比強度が高いことから、小型船舶の船体や、自動車・鉄道車両の内外装、ユニットバスや浄化槽などに用いられている。[参照元へ戻る]
◆真空含浸法
型内に設置した繊維の織物もしくは不織布に真空引きで樹脂を含浸させる繊維強化複合材料の成形方法。[参照元へ戻る]
◆エポキシ樹脂
樹脂中のエポキシ基が架橋して硬化する熱硬化性樹脂の総称。耐薬品性、防食性、寸法安定性が高いので、接着剤のほか、塗料、電子回路基板などに用いられている。[参照元へ戻る]
◆ドアトリム
ドア内部に取り付ける内装部品。 [参照元へ戻る]


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