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発表・掲載日:2018/09/21

長期間運転可能なイッテルビウム光格子時計の開発

-新しい「秒」の定義の有力候補の一つとして、国際的な標準時の精度向上に期待-

ポイント

  • 長期間運転可能なイッテルビウム光格子時計を開発し、その誤差要因を詳細に検証
  • 多数のレーザーを光周波数コムで制御することで、光格子時計の安定な動作を実現
  • 秒の定義改定に向けて、国際的な標準時である国際原子時への貢献に期待


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 藤間 一郎】時間標準研究グループ 小林 拓実 研究員、赤松 大輔 主任研究員、安田 正美 研究グループ長、周波数計測研究グループ 稲場 肇 研究グループ長は、横浜国立大学と共同で、長期運転できるイッテルビウム光格子時計を開発した。

近年、光格子時計など光を用いた原子時計の進展は目覚ましく、国際度量衡局で開催されたメートル条約関連会議において、2026年頃をめどに、時間の単位である「秒」の定義を現行のマイクロ波から光に基づく定義に変更することが検討されている。定義改定に向け、国際的な標準時である国際原子時の精度向上に貢献できること、原子時計自身の精度を向上させること、などの必要条件が示され、これらの条件を達成すべく、さまざまな原子を用いた研究が各国で展開されている。光格子時計が国際原子時の精度向上に貢献するためには、長期間の運転が不可欠となる。しかしながら、光格子時計は多数のレーザー光源を必要とする複雑な装置であるため、長期間安定して動作させることは難しい。

今回、時計の動作に必要な全てのレーザー光源を光周波数コムで制御する、新しい制御システムを構築することで、イッテルビウム光格子時計の安定した動作を実現した。数カ月の実験期間内において1回3時間以上の運転を定期的に行い、積算運転時間は60時間以上となった。これまで他機関のストロンチウム光格子時計で長期運転が実現されていたが、イッテルビウムにおいても実現可能であることを示した。この光格子時計とマイクロ波を用いた従来の原子時計を定期的に比較することで、国際原子時の精度向上への貢献が現実的になった。さらに、この安定動作可能な光格子時計を用いることで、時計としての誤差要因を詳細に評価することが可能になり、時計の精度が9000万年に対して1秒程度の誤差に相当することを確認した。開発したイッテルビウム光格子時計により、将来の国際原子時の精度向上への貢献が期待される。

なお、この技術の詳細は、学術誌IEEE Transactions on Ultrasonics, Ferroelectrics, and Frequency Controlで2018年9月18日にオンライン掲載された。

概要図
イッテルビウム光格子時計


開発の社会的背景

時間の単位である「秒」は、現在セシウム原子のある準位間の遷移に共鳴するマイクロ波の周波数を用いて定義されているが、近年、マイクロ波よりも周波数が4~5桁高い光を用いた、より高精度な光格子時計が注目されている。光格子時計は光を用いる原子時計(光時計)の1つで、次世代の秒の定義の有力な候補である。これまで、国際度量衡局で開催されたメートル条約関連会議で、秒の二次表現(新しい秒の定義の候補)として、イッテルビウム光格子時計を含む8種類の光時計が推奨されたが、どの時計が再定義に最も適しているかの結論は出ていない。

また、最近のメートル条約関連会議で、秒の再定義に向けた要求精度などの条件が具体的に設定され、その条件の1つに、光時計による国際原子時の精度向上が挙げられた。時計の高精度化に関する研究のみならず、高精度な時計を運用し、時間標準として社会へ供給するための実用化に向けた研究も秒の定義改定に向けて達成しなくてはならない条件の1つであるが、この条件を達成するには、長期運転可能な光時計の開発が必要である。これまで、研究が先行しているストロンチウム光格子時計において長期運転が実現されたが、さらに他の原子を用いた光時計でも長期運転の実現が求められていた。

イッテルビウム光格子時計は、時計の高精度化を実現する上で、黒体輻射の影響が小さいことや、核スピンが小さいためにエネルギー準位が単純で制御しやすいといった利点があり、産総研をはじめ世界中で盛んに開発が進められてきた。

研究の経緯

産総研 計量標準総合センターは、社会活動に必要とされるさまざまな「ものを測る基準」(計量標準)を開発し、その標準を社会に供給する役割を担っている。国が定めた最上位の計量標準は「国家計量標準」と呼ばれ、国際単位系の定義に基づき、極力高い精度をもって実現し、安定した標準供給の源として運用されなくてはならない。産総研は各国の標準研究所と共に、不変・普遍なものさしの開発を通して科学・技術の発展に貢献してきた。時間標準に関しては、時計を長時間動作させて安定な時間標準を国内に供給するとともに、再定義後の国家標準の構築と安定した標準供給に向けて研究開発を進めてきた。この取り組みの一環で、2009年に世界に先駆けてイッテルビウム光格子時計を開発し、2014年にはストロンチウム光格子時計も開発した。また、光周波数コムは長期間安定に動作し、高い精度でレーザー周波数の制御が可能な装置であるが、産総研では、安定に動作し、周波数雑音の極めて小さい世界最高水準の光周波数コムを開発してきた。

今回、長期運転が可能なイッテルビウム光格子時計の開発に取り組むにあたり、これまで問題であったレーザー周波数の不安定性を解決するために、光周波数コムの技術を用いることにした。

なお、今回の開発は、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業 基盤研究C(15K05238)、若手研究B(17K14367)、基盤研究A(17H01151)による支援を受けて行った。

研究の内容

レーザーは周波数安定度に優れ、理想的な振動子(振り子)に近いと考えることができるが、長期的には周波数が徐々にずれていく。この周波数のずれを原子のある準位間の遷移の共鳴周波数を基準に補正することでより理想的な振動子が実現でき、時計の精度が向上する。光格子時計では、レーザー光を重ね合わせて作る光格子という容器に、約千個の原子を捕獲する。これにより信号が大幅に増加し、精度の向上に寄与する。

図1にイッテルビウム光格子時計の全体像と光周波数コムによるレーザー制御の概念図を示す。イッテルビウム光格子時計は多数のレーザー光源を用いるが、時計の動作には、全てのレーザー周波数を精密に制御する必要がある。一般に、この制御を長期間持続させることは難しく、時計の運転時間を制限する要因となっていた。イッテルビウム原子は常温では固体であり、オーブンで約400 ℃に加熱し気体蒸気にする。このようにして得られる原子の速度は音速程度であり、すぐに光格子に捕獲することができない。そのため、減速レーザー(波長399 nm)、冷却レーザー(波長399 nmおよび556 nm)を照射することで約10 µKに冷却し、原子を光格子に捕獲できる速度まで減速させる。波長759 nmのレーザーで作った定在波による光格子に減速した原子を捕獲する。光格子に捕獲された原子に波長578 nmの振動子の役割をはたすレーザー(時計レーザー)を照射し、原子のある準位間の遷移の共鳴信号が最大になるように時計レーザーの周波数をチューニングすることで、高精度な基準信号が作られる。

今回、これら全てのレーザー光源の周波数を光周波数コムで制御した新しいシステムを開発した。それにより、今回開発したイッテルビウム光格子時計は、運転に必要な全てのレーザー光源の周波数を信頼性の高い光周波数コムを基準に制御して、長期間安定に動作できるシステムとなった。実際に、イッテルビウム光格子時計を数カ月の実験期間内において定期的に運転したところ、積算して60時間以上の運転を実現できたことから、この成果は、イッテルビウム光格子時計が将来国際原子時の精度向上に貢献できる能力があることを示している。

図1
図1 イッテルビウム光格子時計の全体像と光周波数コムにより制御されるレーザー

光格子に補足された原子の共鳴周波数は、時計の運転時に不可避なさまざまな外的要因により、極めて微小なずれが生じる。そこで、外的要因に対する共鳴周波数のずれを精密に測定することで、今回開発したイッテルビウム光格子時計の誤差評価を行った。図2に例として、(a)光格子を作るレーザー(光格子レーザー)の光周波数と、(b)外部磁場強度に対する共鳴周波数の変化の様子を示す。それぞれの測定点の誤差は10-16台前半であるが、このレベルの精度において理論予測とよく合っており、信頼性の高いデータ取得に成功した。時計の運転は、可能な限り原子の共鳴周波数と時計レーザーの周波数のずれがゼロになる条件で行う。図に示した時計の運転条件においては、ずれを10-16台前半以内に抑えることができており、この結果は時計の誤差が10-16台前半であることを示している。これらの測定結果から、今回開発したイッテルビウム光格子時計の周波数の相対的な誤差は3.6×10-16、つまり9000万年に対して1秒程度の誤差であることが確かめられた。

図2
図2 イッテルビウム光格子時計の誤差評価の例
(a)光格子レーザー周波数と、(b)外部磁場に依存したイッテルビウム原子の 共鳴周波数のずれの測定結果。赤点は測定値、青線は理論予測に基づき、 (a)では1次関数、(b)では2次関数によるフィッティングを行った。

今後の予定

今後は、イッテルビウム光格子時計の安定性と信頼性をさらに向上させ、標準器としての完成度を高め、国際原子時への貢献を目指す。



用語の説明

◆光格子時計
2001年に東京大学大学院工学系研究科の香取 秀俊 助教授(当時)によって提案された原子時計の1つである。多数の原子をレーザー光によって空間に巧みに捕捉することで、それらの原子の振動数の同時測定が可能となり、原子の振動数に基づく正確な時間を測定することができる。現在の1秒の定義を15桁の精度で実現するセシウム原子時計に対して、18桁台にまで向上させることが可能とされる。[参照元へ戻る]
◆原子時計
原子のある準位間の遷移の共鳴周波数を利用して、正確な時間を測定する装置。現在秒の定義を実現しているセシウム原子時計は、セシウム原子の約9.2 GHzの共鳴周波数を利用している。より高い共鳴周波数を使うと原子時計の精度が上がるので、近年、原子の光領域の遷移の共鳴周波数を利用した光時計の研究が盛んになっている。[参照元へ戻る]
◆国際度量衡局
国際度量衡局はパリ郊外にあるメートル条約に基づく機関で、その任務は、世界中の計測の同等性と国際単位系(SI)へのトレーサビリティを確保することである。国際度量衡委員会の直接監督下に置かれ、同委員会の事務局であると同時に研究機関でもある。[参照元へ戻る]
◆メートル条約
1875年に創設された国際条約。国家計量標準の同等性のために国際単位系(SI)を普及・改良し、計量学上の諸問題を国際的観点から科学的に解決することを目的とする。わが国が加盟したのは1885年。[参照元へ戻る]
◆国際原子時
世界中の標準研究所などで維持されている原子時計の平均をとり、一次周波数標準器を使って秒の定義に基づく校正を行った時系。1958年1月1日0時に、世界時UT2と原点を一致させてスタートした。現在は地球の運動とは無関係。[参照元へ戻る]
◆光周波数コム
モード同期レーザーと呼ばれる超短光パルスレーザーから出力される、広帯域で櫛状(comb, コム)のスペクトルを持つ光のこと。一本一本の櫛は一定の周波数間隔で並んでいるため、周波数のものさしとして光の周波数測定に用いることができる。 [参照元へ戻る]
◆秒の二次表現
現在の秒の定義であるセシウム原子時計に対して、今後、その性能を上回る可能性を持つ原子時計の候補のリストである。このリストの作成は、将来の秒の再定義を視野に入れた活動となる。現在、光による原子時計としては、中性原子のストロンチウム、イッテルビウム、水銀の3種類の光格子時計と、5種類の単一イオン光時計の計8種類がリストに載っている。[参照元へ戻る]
◆黒体輻射
全ての物体は、それぞれの温度に対応した強度と波長分布の電磁波(熱輻射)を放出している。黒体は、全ての波長の電磁波を吸収するもので、温度のみで決定される最大の熱輻射を放出する。この熱輻射を黒体輻射と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆核スピン
原子核内部の全角運動量のこと。これに伴って、原子核は磁気モーメント(小さな棒磁石のようなもの)を持つ。この大きさが小さいほど、共鳴遷移スペクトルの本数が少なくなり、原子の量子操作が容易になる。また、残留磁場による原子の共鳴周波数への影響も小さくなる。[参照元へ戻る]
◆誤差評価
ここでは原子時計の誤差評価を指す。原子時計は原子のある準位間の遷移の共鳴周波数を利用して「秒」を決めるため、原子時計の精度はこの共鳴周波数の精度で決まる。原子のある準位間の遷移の共鳴周波数は、外部からの摂動がない状態において、一定不変とされている。しかし、原子時計の運転の際に、わずかな地磁気の影響など原子にさまざまな摂動が加わり、この共鳴周波数に極めて微小なずれが生じる。このずれを測定することで、原子時計の誤差の評価を行っている。[参照元へ戻る]



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