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発表・掲載日:2018/07/09

ゲノム編集により鶏卵を使って有用な組換えタンパク質を大量生産

-「金の卵」を産むニワトリ生物工場の実現の見込み-

ポイント

  • ニワトリの遺伝子を改変し、有用組換えタンパク質(ヒトインターフェロンβ)を大量に含む鶏卵を生産
  • 有用組換えタンパク質を含む鶏卵を長期間、世代を超えて安定的に生産
  • 鶏卵を用いて高価な有用組換えタンパク質を、極めて安価に大量生産できる新技術に道筋


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 近江谷 克裕】先端ゲノムデザイン研究グループ 大石 勲 研究グループ長は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構【理事長 久間 和生】畜産研究部門 田上 貴寛 上級研究員らと共同で、卵白に有用組換えタンパク質を大量に含む卵を産む遺伝子改変ニワトリを作製する技術を開発した。

この技術は、次世代の遺伝子操作技術としてさまざまな動植物で研究がなされているゲノム編集技術クリスパー・キャス9(ナイン)法をニワトリに適用し、卵白の主要なタンパク質のオボアルブミン遺伝子座に有用タンパク質のモデルとしてヒトインターフェロンβの遺伝子を挿入(遺伝子ノックイン)する技術である。また、遺伝子を挿入した雌のニワトリ(ノックインニワトリ)が産む卵は、卵白にヒトインターフェロンβタンパク質を大量に含むこと、また、雄のノックインニワトリを利用して繁殖できることが確認された。今後、さまざまなノックインニワトリを作製することで、ヒトインターフェロンβに留まらず、バイオ医薬品や酵素タンパク質など高価な有用組換えタンパク質を極めて安価に大量生産する技術に繋がるものと期待される。

なお、本成果の詳細は、2018年7月5日(英国時間)にScientific Reportsに掲載された。

写真1
今回作製したヒトインターフェロンβノックインニワトリ
写真2
ノックインニワトリが産んだインターフェロンβを含む卵
(白身が白濁している)
写真3
通常(野生型)の卵
(白身は透明)


開発の社会的背景

近年、バイオ医薬品など組換えタンパク質の需要は拡大しているが、高い製造コストが課題となっている。現在、この課題を解決し得る製造技術として、さまざまな生物を遺伝子改変し、組換えタンパク質を低コストで作り出す「生物工場」が注目を集めている。例えば、ヤギを遺伝子改変し乳汁に医薬品となる有用組換えタンパク質を作らせたり、遺伝子改変イチゴを用いてイヌ歯肉炎軽減剤を製造したりするなど既に実用化されている生物工場もある。

鶏卵の卵白は多くのタンパク質を含み、しかも安価に大量生産できることから、ニワトリは組換えタンパク質の生物工場として有望視されてきた。しかし、ニワトリは受精直後の卵細胞の操作が困難なので、高精度な遺伝子改変はほとんど例がなく、組換えタンパク質を含む鶏卵を安定して大量生産する技術がなかった。

研究の経緯

産総研は、ワクチンやバイオ医薬品、再生医療研究用試薬など有用組換えタンパク質を含む鶏卵の安価な大量生産を目指しており、ニワトリを用いた高精度な遺伝子改変技術の開発に取り組んできた。これまでに、卵白アレルゲン遺伝子を欠損したニワトリ(ノックアウトニワトリ)をゲノム編集により作製してきたが(2016年4月6日 産総研プレス発表)、今回は卵白タンパク質の約半分を占めるオボアルブミンの遺伝子座にヒト遺伝子を挿入したニワトリ(ノックインニワトリ)を作製し、鶏卵を用いて有用組換えタンパク質を安定に大量生産する技術を目指した。

研究の内容

今回、ゲノム編集技術により精子や卵子の元になる始原生殖細胞に遺伝子ノックインを行い、この細胞を元に卵白中にヒトインターフェロンβを生産するノックインニワトリを作製した。図1にノックインニワトリの作製法を示す。まず、雄ニワトリの初期胚血液から始原生殖細胞を分離・培養し、ゲノム編集技術のひとつであるクリスパー・キャス9法を用いて、細胞のオボアルブミン遺伝子の翻訳開始点に、有用タンパク質遺伝子のモデルとしてヒトインターフェロンβ遺伝子をノックインした。この細胞を別の雄ニワトリの初期胚に移植した後に孵化させ(第0世代)、成長させるとヒトインターフェロンβ遺伝子がオボアルブミン遺伝子座にノックインされた精子を生産した。この雄ノックインニワトリを、野生型の雌ニワトリと交配させると、次の世代(第1世代)で雌・雄のノックインニワトリが得られた。得られたすべての雌ノックインニワトリは30~60 mgのヒトインターフェロンβを含む卵を5ヶ月以上に渡って産み続けた。このヒトインターフェロンβを含む卵は孵化せず、雌ノックインニワトリから次の世代は得られなかったが、雄ノックインニワトリと野生型の雌ニワトリを交配することで、次の世代(第2世代)の雌・雄のノックインニワトリが得られた。第2世代の雌はすべて第1世代と同様に30~60 mgのヒトインターフェロンβを含む卵を生産したことから、ノックインニワトリを用いて組換えタンパク質を安定的に大量生産できることが示された。第3世代以降も同様であり、長期間、世代を超えて組換えタンパク質が生産できることや、繁殖により組換えタンパク質の生産を大規模化できることも示された。卵白に含まれるヒトインターフェロンβは、総量に対して5 %程度の活性しか認められなかったが、ヒトインターフェロンβタンパク質に簡単な変性や巻き戻し操作を施すことで、100 %の活性を回復でき、市販試薬と同等の性能が予想された。また、ヒトインターフェロンβを卵白に含む卵は数や大きさが野生型より減少する傾向はあるものの、ノックインニワトリに健康異常は認められず、野生型との間に寿命の差はなかった。

図1
図1ゲノム編集による有用タンパク質遺伝子ノックインニワトリの作製法

今後の予定

本研究により、ニワトリを生物工場として高価な組換えタンパク質を低コストで大量生産可能なことが初めて示された。現在、ヒトインターフェロンβは10 μgあたり約2~5万円と高額である。今回開発した技術では、卵1個に30~60 mgのヒトインターフェロンβを含んでおり、単純計算では6,000万~3億円分に相当するが、製品化には精製工程の開発が重要である。現在、国内企業(コスモ・バイオ株式会社)と、従来品より安価な製品(研究用試薬)を目指した精製工程の研究を行っている。また、さまざまな企業ニーズを踏まえて新しいノックインニワトリを開発し、インターフェロンβ以外にも鶏卵を用いた組換えタンパク質生産の研究を行うとともに、今回開発した技術自体の改良にも取り組む。



用語の説明

◆ゲノム編集技術
ゲノム上の特定の配列を標的として遺伝子の変異、削除や挿入などを行う技術。広い汎用性や高い効率から次世代の遺伝子改変技術として、医学分野や農水産物の品種改良分野で応用研究が進められている。[参照元へ戻る]
◆クリスパー・キャス9(ナイン)法
ゲノム編集技術の手法の一つ。細菌など原核生物の持つ免疫系を活用して特定の遺伝子配列を切断し、これに伴う遺伝子の変異や改変を可能にする。使用に際して設計が容易なこと、効率が高いことなどからゲノム編集技術の中で最も多用されている。[参照元へ戻る]
◆オボアルブミン
卵白のタンパク質の半分以上を占める主要な卵白構成タンパク質。ヒヨコの発生に必要な貯蔵タンパク質として働くと考えられている。性成熟した雌ニワトリの卵管腺細胞でのみ作られ、卵白に大量に分泌されるが、雄ニワトリでは作られない。[参照元へ戻る]
◆遺伝子座
染色体上の遺伝子の位置、場所のこと。[参照元へ戻る]
◆ヒトインターフェロンβ
ヒトの体内でウイルス感染により分泌されるタンパク質の一つであり、抗ウイルス作用を持つ。ウイルスの増殖を遅らせる、細胞のウイルス抵抗性を高める、感染に抵抗するための免疫系を制御するなどの機能を持つ。大腸菌や動物細胞を用いて作られた組換えヒトインターフェロンβはバイオ医薬品や研究用試薬として用いられている。[参照元へ戻る]
◆遺伝子ノックアウト・ノックイン
染色体上の遺伝子を高い精度で改変する代表的な技術。一般に、特定の遺伝子座を狙って正確に遺伝子を破壊し、働かなくさせることを遺伝子ノックアウトと呼び、特定の遺伝子座を狙って正確に外部から遺伝子を挿入し、挿入した遺伝子を機能させることを遺伝子ノックインと呼ぶ。今回の遺伝子ノックインではニワトリのオボアルブミン遺伝子座にヒトインターフェロンβ遺伝子を挿入した。これにより、ヒトインターフェロンβがオボアルブミンと同じようにニワトリ卵管で作られ、卵白に分泌された。遺伝子ノックアウトやノックインは、従来はマウスなど限られた生物以外では困難であったが、ゲノム編集技術を利用することでさまざまな生物で可能になっている。[参照元へ戻る]
◆始原生殖細胞
発生過程の初期に認められる将来精子や卵子に分化可能な生殖系幹細胞。ニワトリの場合は、孵卵後2~3日の血液から採取できる。ニワトリに遺伝子ノックインなど高精度な遺伝子操作行う上で不可欠な細胞であり、今回は遺伝子ノックインを行った始原生殖細胞を第0世代の体内で精子に分化させ、これを元にノックインニワトリ個体を作製した。[参照元へ戻る]
◆翻訳開始点
遺伝子上でひとつのタンパク質をコードする領域の最初の部分。今回はオボアルブミンの翻訳開始点にヒトインターフェロンβ遺伝子をノックインした。これにより、ノックインニワトリではオボアルブミンが合成されるのと同じメカニズムによりヒトインターフェロンβが合成される。実際、性成熟した雌ノックインニワトリの卵管腺細胞でのみインターフェロンが作られ、卵白に分泌された。[参照元へ戻る]
◆変性、巻き戻し操作
組換えタンパク質を細胞中で作らせた場合に正しい構造を取れなかったり、凝集体を形成して期待した機能を十分に発揮できないことがある。そのような場合、尿素や塩酸グアニジンといった化学物質(変性剤)を加えてタンパク質を変性させ、その後変性剤を除くことで正常な構造を持つタンパク質に巻き戻す手法が用いられる。[参照元へ戻る]


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