発表・掲載日:2017/06/07

新規な骨格構造を持つゼオライトの合成に成功

-高選択的触媒機能と反応活性点の自在制御-


 横浜国立大学の窪田好浩教授、産業技術総合研究所の池田拓史主任研究員らは、まったく新しい構造のゼオライト注1)(「YNU-5」と命名)の合成に成功しました。

 工業的に用いられる主な化学反応触媒として、石油精製やファインケミカルズ合成など私たちの生活を支えている大細孔ゼオライト、天然ガス利用の化学や現代的石炭化学、自動車排ガスの低減などで注目度を増している小細孔ゼオライトがありますが、これらの長所を併せ持つ新規な骨格構造のゼオライトの合成が望まれていました。

 本研究グループは、従来複雑であった鋳型剤の構造を単純化するとともに、水熱合成と呼ばれる典型的な合成法の中で、用いる水の量を大胆に減らすなど、合成条件を工夫することにより、これまでに知られていない新規なゼオライトを簡単な方法で合成できることを明らかにしました。

 開発されたゼオライトの構造は、大細孔の側面に小細孔が存在するという特徴をもっており、大細孔の通路が二次元に交差し、小細孔は双子のように並んでいる構造です。また、これらとは別の独立した小細孔の通路は、今回見いだされた新しい特徴です。

 触媒特性としては、高い熱安定性と耐久性を備えており、非石油資源から有用物質への転換反応の1つであるDTO注2)と呼ばれる反応に対して、優れた触媒性能を示すことが確認されています。

 近年、国内外で報告される新規なゼオライトのほとんどは、煩雑な合成操作が必要なため触媒開発や社会実装の障害になっていましたが、今回開発されたゼオライトは、簡単に合成することができるため、今後新規触媒開発が加速されるものと思われます。さらには、この技術を通じて革新的な触媒の創製がなされ、資源やエネルギー問題の解決や持続的社会の構築につながることが期待されます。

 本研究は、横浜国立大学にて JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「超空間制御に基づく高度な特性を有する革新的機能素材等の創製」(研究総括:瀬戸山 亨)の研究課題「超空間制御触媒による不活性低級アルカンの自在転換」の一環として行われました。

 本研究成果は、2017年6月7日(日本時間)にアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で公開される予定です。



研究の背景と経緯

 ゼオライトは、工業触媒の分野で極めて重要な物質群です。その地位をゆるぎないものにしているのは、石油精製で重要な役割を果たしている「大細孔注3)」ゼオライト触媒であり、半世紀以上にわたり用いられています。また、大細孔ゼオライトはファインケミカルズ合成触媒としての用途拡大のためにも重要なものです。一方で、ゼオライト合成の初期に見いだされた「小細孔注4)」ゼオライトへの注目度が、10年前と比較して格段に増えています。これは、クリーンな化石資源の一種であるメタンなどの化学変換や、自動車排ガスの低減のために、「小細孔」ゼオライトが有効であることが最近になって認識されてきたからです。

 ゼオライト触媒の性能は、その細孔構造(元をたどれば骨格構造)に大きく依存するため、「大細孔」と「小細孔」のそれぞれの長所を併せ持った新しい構造の合成が望まれています。

 従来、ゼオライト合成研究では、複雑な有機の鋳型剤注5)を用い、複雑な手順で調製し、高性能化するものでした。しかし、この手法では、有機物のコスト高と、技術移転の難しさが課題となり、特殊技術を持つ特定の場所でしか検討が進まないため、産業化への研究開発が加速されにくいという課題がありました。

 今回、横浜国立大学、および産業技術総合研究所で開発された新規ゼオライト(YNU-5)は、構造的な要請を満たしているだけでなく、これまでの材料とは異なり、合成プロセスが簡単であるため、より応用に近い触媒開発研究や社会実装が今後加速されることが期待されます。

研究の内容

 本研究グループは、まったく新しい構造のゼオライト「YNU-5」の合成に成功しました。新規構造のゼオライトが創製されたのは、国内では2004年以来13年ぶり三例目であり、特に有用性の高い三次元の細孔構造を持つものとしては初めてです。YNU-5は、「大細孔」と「小細孔」を併せ持つ、待望の新規構造ゼオライトです。

 ゼオライトを水熱合成注6)する際に、まず、ケイ素とアルミニウムの供給源を吟味して選び、その上で、用いる水の量を大胆に減らすとともに、注意深く量を調節するという、簡便な操作のみで、純粋なYNU-5の合成が世界で初めて可能となりました。

 YNU-5の結晶構造は、粉末X線回折法や透過走査型電子顕微鏡法、固体核磁気共鳴法という解析手法を駆使して解明されました。YNU-5には、直径が0.78ナノメートル注7)の「大細孔」があり、その側面には直径0.44ナノメートルの「小細孔」が2つ並んで存在します。この特徴は、工業的に有用なモルデナイト注8)とも類似性がありますが、「大細孔」の通路が二次元に交差しているところがモルデナイトとは異なっています。また、大細孔の通路とは交わらない、独立な小細孔通路の存在が確認されています。

 YNU-5は、非石油資源から導かれるジメチルエーテル(DME)を有用な化成品原料である低級オレフィン注9)類に転換する、いわゆるDTO反応に対し、優れた触媒性能を示します。低級オレフィンの中で、エチレン注10)の需要は満たされており、現在、需要が増加している低級オレフィン類は、プロピレン注11)ブテン注12)です。同反応に対して有用とされる既存の「小細孔」ゼオライト触媒と比較して、上記プロピレン・ブテンの収率が1.2倍以上の高水準であり、選択的な製造の必要性が特に高いプロピレンと、需要が満たされているエチレンとの比(P/E比)は、10倍以上に向上しました。また、触媒寿命も、少なくとも5倍以上となりました。これは、YNU-5が「小細孔」に加えて「大細孔」の長所を併せ持つことの現れと考えられます。なお、YNU-5は、高い熱安定性と耐久性を備えていることが確認されています。

 新規骨格として国際ゼオライト協会に認定申請するとともに、YNU-5の応用開発および、さらに新しいゼオライトの開発と創製研究を進めていく方針です。

今後の展開

 今回開発されたYNU-5は、簡単に合成でき、熱安定性も高いため、新規触媒開発が今後加速すると期待されます。活性点の位置の制御や数の制御などを行いやすい構造であるため、超高性能触媒への展開も夢ではありません。

 また、8員環の一次元細孔を活用するゼオライト膜を作成できれば、分離膜としての展開も可能です。

 これらの技術を駆使することで、資源やエネルギー問題を解決し、持続的社会の実現につながる、革新的な触媒の創製や、触媒・分離膜を組み合わせた化学変換システムの構築に役立つことが期待されます。


参考図

YNU-5の結晶構造図
図1
YNU-5の結晶構造図。黄色はケイ素(一部アルミニウム)原子、赤色は酸素原子、紫色はカリウム原子(合成に用いたカリウムイオン)を示す。左下の abc は座標の軸であり、この図は c 軸の方向に見た図であることを示している。

YNU-5の細孔構造の模式図
図2
YNU-5の細孔構造の模式図。水色の曲面は骨格が作る細孔構造を表す。
左図の青色矢印と右図の緑色矢印は、それぞれ大細孔と小細孔の通路(通る経路) を表す。

YNU-5の細孔構造の模式図(図2の左図を異なる表現方法で描写したもの)
図3
YNU-5の細孔構造の模式図。図2の左図を異なる表現方法で描写したもの。紙面に沿って切り取ってあるため、大細孔は縦横に走る「溝」として表現される。「溝」の底には、双子のように並んだ小細孔が存在するのがわかる。

YNU-5の電子顕微鏡像の写真
図4
YNU-5の電子顕微鏡像。結晶サイズは1マイクロメートル(1000ナノメートル)以下であり、触媒用の粒子としては十分小さい。八角柱状の結晶形態が認められる。


用語解説

注1)ゼオライト
沸石類と呼ばれる鉱物の総称で、ケイ素、酸素、アルミニウムを主成分とし、1ナノメートルより少し小さい孔(細孔と呼ぶ)が規則的に配列した構造を有する無機結晶。「細孔」と呼ばれる極微小な空洞がアリの巣のようにあいており、この細孔の効果が様々な分野で利用されている。天然のものが古くから知られていたが、最近は人工的に合成されたものが増えている。[参照元へ戻る]
注2)DTO
天然ガス(シェールガスも含む)や石炭などの非石油資源から導かれるジメチルエーテル(DME)という原料物質を有用な化成品原料である低級オレフィン類に転換する反応のこと。「DME to Olefin」の略。石油依存の社会から脱却するために切り札となる技術の1つで、二酸化炭素の排出削減にもつながり得る。[参照元へ戻る]
注3)大細孔
12員環の細孔のこと。「n員環」とは、ゼオライトの分野では、2 n個の原子が連なってできた環状構造のことを言う。nは酸素の数と同じなので、「酸素12員環」とも言う。[参照元へ戻る]
注4)小細孔
8員環の細孔のこと。「n員環」とは、ゼオライトの分野では、2 n個の原子が連なってできた環状構造のことを言う。nは酸素の数と同じなので、「酸素8員環」とも言う。[参照元へ戻る]
注5)鋳型剤
自分自身のまわりに環状の構造体を形作るのを助ける物質。その後、自分自身は除去されることで、ある特定の形の空洞を残す。[参照元へ戻る]
注6)水熱合成
ケイ素の酸化物(シリカ)やアルミニウムの酸化物(アルミナ)の前駆体を、水中で、主としてアルカリの共存下、高温高圧の条件で重合(脱水縮合)させ、酸化物(本件の場合はアルミノシリケートと呼ばれる物質)の構造体を構築する手法。ゼオライトの合成法の中で、最もよく使われる手法。[参照元へ戻る]
注7)ナノメートル
1ナノメートルは、10億分の1メートルのこと。触媒作用を受ける有機分子の大きさは約0.5ナノメートルなので、それと比較して、0.78ナノメートルは大きく、0.44ナノメートルは小さい。[参照元へ戻る]
注8)モルデナイト
ゼオライトの一種。天然品も人工合成品もある。すでに知られている232種類のゼオライト骨格の中で、工業的に最も有用な5種類に入る。[参照元へ戻る]
注9)低級オレフィン
化学物質のグループの1つ。2~6個の炭素原子とその二倍の数の水素原子から成り、そのうち2つの炭素が「二重結合」と呼ばれる結合で結ばれていることに起因して、化学反応による構造変化をしやすい。そのため、様々な化成品へ変換することが可能な物質である。[参照元へ戻る]
注10)エチレン
ポリ袋として多用されるポリエチレンの原料。化学構造的には、炭素の数が2の低級オレフィン。[参照元へ戻る]
注11)プロピレン
日常、各種プラスチック製品として多用されるポリプロピレンの原料。化学構造的には、炭素の数が3の低級オレフィン。[参照元へ戻る]
注12)ブテン
ブチレンとも呼ばれる。各種の化成品や合成ゴムの原料になる物質。[参照元へ戻る]



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