発表・掲載日:2017/04/05

光子一つが見える「光子顕微鏡」を世界で初めて開発

-光学顕微鏡で観測できない極めて弱い光で撮影が可能-

ポイント

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  • 光子を1個ずつ観測でき、その波長もわかる超高感度顕微鏡を開発
  • 従来の光学顕微鏡で観測できない極微弱光でカラー画像の撮影に世界で初めて成功
  • 生体細胞の発光観察や微量化学物質の蛍光分析など、医療・バイオ、半導体分野での利用に期待


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という) 物理計測標準研究部門【研究部門長 中村 安宏】 量子光計測研究グループ 福田 大治 研究グループ長、丹羽 一樹 主任研究員は、従来の光学顕微鏡では観測できない極めて弱い光でも、明瞭なカラー画像を観察できる「光子顕微鏡」を世界で初めて開発した。

 通常、試料をカラー観測する際には、白黒画像しか得られない電子顕微鏡ではなく、光学顕微鏡が用いられる。光学顕微鏡は、試料からの光をレンズで集光してCMOSカメラなどの光検出器で観察する。しかし、試料からの光が極めて弱くて光検出器の検出限界を下回ると、観測できない。

 産総研では、超伝導現象を利用した超伝導光センサーの開発を進めており、これまでに、光の最小単位である光子を1個ずつ検出し、光子の波長(色と関係している)も識別できる光センサーを実現している。今回、この超伝導光センサーを顕微鏡の光検出器として用いて、従来の光学顕微鏡の検出限界を大幅に超える「光子顕微鏡」を開発し、光子数個程度の極めて弱い光でカラー画像の撮影に世界で初めて成功した。

 今回開発した顕微鏡を用いて、生体細胞の微弱発光の観察や微量化学物質の蛍光分析など、医療・バイオ分野や半導体分野における研究開発・製品開発での利用が期待される。

 なお、この技術の詳細は、2017年4月4日(英国時間)に英国科学雑誌Scientific Reports (Nature Publishing Group)にオンライン掲載された。

開発した光子顕微鏡(プロトタイプ)全体写真
開発した光子顕微鏡(プロトタイプ)の全体写真


開発の社会的背景

 微小な物体を拡大して可視化する光学顕微鏡や電子顕微鏡は、広く使われている重要な観察装置である。電子顕微鏡は微細な試料を観察できるが、一般には画像は白黒であるため、カラー観察には光学顕微鏡が用いられることが多い。光学顕微鏡では、通常、観察する試料に光を照射し、その反射光や透過光、あるいは蛍光や発光をレンズで集光して、CMOSカメラなどの光検出器で画像として撮影する。しかし、試料からの光が極めて弱くて光検出器の検出感度を下回ると、画像が暗く不明瞭となる課題があった。そのため、微弱な光でもカラー観察できる高感度な光学顕微鏡が求められていた。

研究の経緯

 産総研では、これまでに単一光子レベルの極微弱な光から、kWクラスの強いレーザー光まで、光強度の精密測定技術を開発し、国家標準として確立してきた。特に光子は光の最小単位で重要な測定対象であり、高精度検出のために、超伝導現象を用いた新しい光検出技術の研究を進めてきた。これまで、世界で最も高効率で光子を検出できる超伝導光センサーを実現した。また、この超伝導光センサーを用いて、光の量子性を最大限引き出し、通信容量を従来の千倍以上とする量子情報通信などへの応用の可能性を提案するなど(2014年4月4日産総研プレスリリース)、この超伝導光センサーの応用範囲や利用の拡大を目指してきた。

研究の内容

 光の最小単位は光子であり、それ以上分けられない最小のエネルギーを持つ。このように光子は粒子の性質を持つが、同時に波動性も持つため固有の波長も持っている。アインシュタインの光量子説では、光子のエネルギーと波長には相関性があるため、光子のエネルギーを測定すればその波長も識別できる。産総研が開発した超伝導光センサーは、超伝導薄膜からなる光検出部と、光を閉じ込めるための誘電体多層膜からなる。極低温に保持された光検出部に光子が入射すると、光子のエネルギーによって一時的に超伝導状態が壊れ、電気抵抗が変化する。その抵抗変化の大きさから光子のエネルギーが分かるので、光子の波長を識別できる。

 今回、この超伝導光センサーを光学顕微鏡の光検出器に用いた光子顕微鏡を開発した(図1)。まず、観察する試料のある場所からの極微弱光をレンズ系で集光し、光ファイバーで冷凍機内の超伝導光センサーへと光子を導く。超伝導光センサーは、冷凍機内で温度100 mKに維持されている。到達した光子を超伝導光センサーで1個ずつ分離検出してそのエネルギーを測定し、ある一定の時間内に到達した光子の数とそれぞれのエネルギー(波長)から、測定場所の試料の色を識別する。試料を走査して、場所ごとにこの測定を繰り返すことで、カラー画像が構築できる。

光子顕微鏡概略図
図1 光子顕微鏡の概略図

 光子顕微鏡の性能を実証するため、カラー印刷したテストパターンを極微弱光で照らし、反射光を、カラーCMOSカメラを用いた一般的な光学顕微鏡と、今回開発した光子顕微鏡でそれぞれ撮影して比較した。試料からの反射光の光強度が微弱だと、光学顕微鏡では色を見分けることが困難(図2(a))であったが、光子顕微鏡では同じ光強度でも、赤、黄、青の各色を明瞭なコントラストで識別できた(図2(b))。この測定では1測定点あたりの光子数は、平均して20個程度(露光時間50 ms)であり、これは0.16 fW(フェムトワット)程度の極微弱な光強度に相当する。これほどの極微弱光で鮮明なカラー画像が得られたのは、世界初となる。

 図2(b)では、波長400 nm~700 nmの可視光領域の光子だけから画像を構築したが、今回光子顕微鏡に用いた超伝導光センサーは、波長200 nm~2 µmの紫外光や赤外光領域も含む広範な波長領域の光子を識別でき、スペクトル測定も可能である。光の反射・吸収の波長や、発光・蛍光の波長は物質により異なるが、広い波長領域で光子を検出できる今回の光子顕微鏡によって、さまざまな物質からの光子を、その物質に特徴的な波長から識別できるので、複数の物質を同時に高感度観察できることが期待される。

(a)光学顕微鏡(カラーCMOSカメラ)、(b)今回開発した光子顕微鏡で撮影した画像
図2 (a)光学顕微鏡(カラーCMOSカメラ)と(b)今回開発した光子顕微鏡で撮影した画像

今後の予定

 今回は反射光の光子を観察したが、今後、生体細胞からの発光や化学物質の蛍光などを観察し、今回開発した光子顕微鏡の更なる有効性を実証する予定である。また、超伝導光センサーの高感度化などによって、今回の光子顕微鏡の改良を進めるとともに、超伝導光センサーの多素子化により、試料からの極微弱な発光や蛍光のカラー動画を撮影できる技術の開発にも取り組んでいく。



用語の説明

◆光子
光を構成する最小単位であり、それ以上分けることができない素粒子の一つ。波動性と粒子性の両方の性質を併せ持つ。光の強度は、光子のエネルギーと単位時間当たりの光子数の積に比例する。[参照元へ戻る]
◆CMOSカメラ
半導体撮像素子であるCMOSイメージセンサーを使用したカメラ。光が半導体中に入射したときに生成される電荷を検出原理とする。光学顕微鏡の光検出器として一般的に用いられている。[参照元へ戻る]
◆超伝導光センサー
ある種の金属を低温に冷やすと電気抵抗が突然ゼロとなる現象を超伝導と呼ぶ。超伝導光センサーは、この現象を利用し、入射した光子のエネルギーによって超伝導状態が壊され常伝導状態へと相変化することを検出原理とする。今回使用した超伝導光センサーは、超伝導転移端センサー(Transition Edge Sensor; TES)と呼ばれる技術を用いており、光子の入射による相変化に伴って生じた電気抵抗の変化から光子のエネルギー(と波長)を計測できる。[参照元へ戻る]
◆蛍光・発光
蛍光色素分子、蛍光タンパク質、発光酵素などから放出される光。これらの分子を細胞表面や細胞内部の分子に結合させて、顕微鏡観察のための目印(標識)にすることができる。これらの光子は標識分子に特有の波長を持つので、光子を波長ごとに区別して観察することで細胞の様々な情報が得られる。[参照元へ戻る]
◆量子情報通信
現在の情報通信システムは、電磁気学や光学などの古典力学に基づいて設計されているが、情報操作の原理を量子力学まで拡張することにより従来不可能だった新機能、例えば、盗聴不可能な暗号通信(量子暗号)や究極的な低電力・大容量通信(量子通信)が可能になる。これらを総合して量子情報通信と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆アインシュタインの光量子説
1905年にアインシュタインが提唱した説。振動数νを持つ光子のエネルギーEは、プランク定数をhとして、E=hνと表せるとした。光の波長λと振動数νの間には、光速をcとしてc=λνの関係があることから、光子のエネルギーEが分かれば、光量子説より光子の波長λを求めることができる。[参照元へ戻る]
◆fW(フェムトワット)
光の強度を表す一つの量として、放射束があり、W(ワット)が単位として用いられる。放射束は、ある面を単位時間あたりに通過する光のエネルギーで定義される。光子顕微鏡で、露光時間50 ms内に波長500 nmのフォトンを平均1個検出する放射束は約8 aWである。1 aW(アトワット)は10-18 W、1 fW(フェムトワット)は10-15 Wを表す。[参照元へ戻る]


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